第8話(決断の日)
冬雪流の決断は、会社へ対するものだけでは無かった。
自分のこれからの人生への決断。
そして、異世界では国王ルヘルミナも決断を迫られていたのだった......
その後の煌月冬雪流。
会社に出社しても、何も仕事を与えられず、手持ち無沙汰な日々を過ごしていた。
最初は、犯罪被害者として少し配慮していた会社側としても、突如弁護士を使ってサービス残業代を請求してくるような平社員を厚遇する理由は無かったからだ。
暫く経つと、噂の部屋に冬雪流の席が置かれることとなっていた。
所謂、リストラ部屋であった。
会社側の指示に従い、別館がある古い雑居ビルの一室に出勤すると、机と椅子だけが置かれただけの部屋で、他には何も無く、そこでは5人の社員が座っていたのだ。
近年の業績伸び悩みに伴い、バブル期に大量採用した社員のうち、係長以下の役職で、昇進の可能性がゼロである典型的な穀潰し社員の解雇と整理を、会社側は数年前から進めてきたのだが、大してやる気が無く、ひたすら終身雇用制度にしがみついているだけのリストラ対象社員の一部は、どんな説得にも応じず、辞めさせることに苦慮していたのだ。
そこで、一部企業が取り入れて物議を醸した『リストラ部屋』を、冬雪流の勤める企業でも密かに導入しており、なんとしてでも辞めさせようと躍起になっていたのだった。
「君が新しい対象か〜」
「若い女性社員って珍しいね〜」
冬雪流から見ると、如何にも意欲が低そうで、くたびれた初老の社員ばかりが在室中の部屋であった。
「暫くの間ですが、よろしくお願いします」
と挨拶すると、
「へ〜、君はもう辞めるつもりなんだ〜」
と質問される。
「未払いの残業代を勝ち取ったら、辞めるつもりですが、貰えるまでは粘りますよ~」
自身の状況を簡単に説明する。
「僕達の目標は55歳かな? ここに残っているのは全員54歳なんだ。 うちの会社は55歳になると課長以下の中堅・平社員は、退職金を貰った上で、自動的に雇用契約の結び直しとなるからね」
その説明を聞き、なるほどと納得した冬雪流。
勧奨退職に応じてしまうと、失業保険が切れた後の収入がゼロとなってしまい、この年齢と経歴では仕事を探してもバイト以外は殆ど見つからないのだという。
ただ、少し疑問を持った冬雪流。
「契約結び直しだと、その時、クビを切られちゃうのではありませんか?」
「そう思うだろ? でも、元々60歳までの雇用が保障されていたものを改定しただけのうちの会社の制度なので、事実上55歳では雇用契約を切ることが出来ないことになっているんだ。 労使間の取り決めでね」
「55歳で退職金を受け取る場合、その代わりに、退職を申し出るまでの残りの期間の雇用は保障しなければならないっていう決まりなんだよ。 労働規約を改定した当時、年功序列制度で賃金の高い50代社員への支払う賃金や退職金を抑えたい会社側と、大規模リストラを避けたい労働者側が玉虫色の内容で妥協した結果なのだけど、僕達はそれにしがみつかなければ、家族もろとも路頭に迷ってしまうからね」
十数年前の大不況の時代。
60歳から55歳に退職金の支払い時期を変更したことで、退職金算定の勤続年数が短くなり、一人当たり数百万円の負担軽減となる上、55歳以降の社員の年俸を55歳時点での6割程度に減らせるとあって、会社側は喜んでこの労使協定を結んだという。
労働者側も、不況下で同業他社が大規模リストラに踏み切る中、小規模なリストラに留めることだけを目指していたという厳しい時代の際、賃金の総額を抑えつつ雇用を維持することが出来るというこの案を受け入れ、雇用契約全体が結び直されていたのだ。
しかし、終身雇用が前提での60歳定年制の時代から、年金受給開始年齢の引き上げを睨み、65歳までの雇用の延長を各大企業が政府から求められたことに対し、冬雪流が勤めている企業では、特需発生で一時的に業績が良く、面倒な労使交渉を避けて速やかに導入したので、業績が落ちた今、逆にこれが現在の重荷になっているのだという。
「十数年前に全社員と結び直した労働契約の際、会社側は55歳以降っていう部分に60歳までと書かなかったことが裏目に出たんだよ。 今では65歳までの10年間、当人から退職希望が出されない限り雇用し続け、しかも給与も6割保障しなければならないことになってしまってね」
「時代を読むことが苦手な、うちの会社らしいミスだよね。 60歳で定年退職するのが当然のことだったから」
そう言いながら、説明してくれた円城係長は苦笑いするのだった。
その後は全員、椅子に座って黙ったまま、じーっと机を見つめ続ける。
部屋はカメラで監視されているので、あまり私語ばかりしていたり、居眠りしていると、勤務態度不良ということで、懲戒の対象になりかねないのだという。
こうした無為な日々を過ごす、リストラ部屋の面々。
昼休みの時間等で、冬雪流は色々な話をした結果、5人には頑張って会社にしがみつき続けなければならない理由が5人5色で存在していたのだ。
子供が大学に進学していて、学費の負担が重い家庭。
子沢山で、しかもまだ中高生の家庭。
住宅ローンの残債が重い家庭。
病気の妻と年老いて介護が必要な両親を抱え、家計が火の車の家庭、等々。
そんな事情を聞いた冬雪流は、丸目弁護士と定期的な相談や打ち合わせをした際、リストラ部屋の話をして、何か良い方法は無いかと質問したものの、
「企業って不思議なもので、労働者が弁護士を使って、戦いを挑んで来ると、徹底的に潰してやるっていう態度を取る場合が多いんだよね。 権力を持つ者に対して、一庶民が戦いを挑んでも、生意気だとやり返されて、勝つことは稀であるように」
それを聞き、残念そうな表情に変わった冬雪流。
「リストラ部屋で無抵抗を装いつつも、戦い続けている5人のことを思うのならば、余計な手出しをしない方が良いというのが最善のアドバイスかな? この会社の労働者との契約に基づけば、現在54歳の社員が55歳になってしまえば、リストラの対象に出来なくなるんだよ。 十数年前に交渉した労働者側には、良い知恵を持った方が居たのだろうね。 高齢社員の賃金4割カットに、退職金25%カットという厳しい条件を飲む代わりに、リストラの対象にできる社員年齢を54歳までと規定し直している。 それ以降の年齢の正社員は自動的に賃金カットされるのだから、安易にリストラの対象にしないでねという願いが込められていたのだろうね」
丸目弁護士は、少し感心した様子で冬雪流に説明をする。
もちろん、現在採用されている若い社員や規約改定以後中途採用されている社員には適用されない条件だ。
「長く在籍している正社員の、最後の特権ということかな。 会社側も当時大不況でボーナス大幅カットを繰り返していたから、その負い目を感じて目を瞑ったのだと推測されるね」
そこまで説明を受けて、完全に納得した冬雪流。
以後、リストラ部屋に出社する度、密かに5人のことを応援し続けるのであった。
リストラ部屋に配属されて約2週間。
代理人である丸目弁護士と会社側の話し合いの末、ようやく冬雪流の出した未払い残業代の請求の交渉が決着したのだった。
予想以上に早く決着したのは丸目弁護士の腕もあるが、不祥事のオンパレードでパニック状態の会社側が、これ以上ネガティブな情報を出されては、世間の批判が酷くなると判断して、冬雪流の件の早期決着を望んだからであった。
会社側は、不当なサービス残業をさせ、更に不適切な業務管理が慣習となっていて、幹部社員が入力された残業時間の大半を一方的に抹消し、削除された時間を基に残業代を計算していたという法律違反に当たる不適正処理を非公式に認めた上で、
以後、一切の訴訟の提起と内部事情の暴露をしないこと
煌月冬雪流が勧奨退職に応じること
を条件に、法律に基づいて算定した本来支払うべき残業代を過去3年に遡り、一定の利息を加算した上で全額支払うものとする
多友忠洋が引き起こした犯罪被害に関しては、会社側の責任を一定の範囲で認め、別途見舞金を支払う
これで合意し、それを冬雪流が受け容れたのであった。
「ありがとうございます、丸目弁護士」
冬雪流は約2週間とはいえ、非常に辛いリストラ部屋生活を思い出すと、心から感謝せずにはいられなかった。
「事件の示談の方もお願いしますよ。 そっちの約束で、今回の交渉を引き受けたのですから」
丸目弁護士は笑いながら、続けてその説明に入るのだった。
「この後、被疑者多友忠洋のご両親が、示談交渉に同席致します。 依頼者はご両親ですから」
改めて念押しされ、頷く冬雪流。
「示談金は、増額の話も出ていましたが、当初、こちら側が提示した金額で宜しいのですよね?」
「はい。 未払い残業代の請求交渉をして頂きましたし、そちらの金額が500万円以上とだいぶ大きいので、示談金は当初の金額で構いません」
「それでは、のちほど準備が出来たら連絡致します」
弁護士との話しが終わってから、リストラ部屋に戻ると5人が祝福してくれたのだった。
「姉ちゃん、おめでとう〜」
「久しぶりに、会社に勝った人を見たよ」
「俺達の励みになる。 ありがとう」
全員が嬉しそうな表情を見せている。
短い期間とはいえ、冬雪流との間にも、同士としての友情と絆が生まれていたようだ。
「今日がここに来る最後になります......皆さんが居なかったら、たった半月でしたが、耐えられなかったと思っています......」
ここまで話すと、涙ぐんでしまう。
「かくいう俺達も、本音は降伏しかけているところだったんだよ」
「何度も戦いを諦めようかと思ったりしているんだ。 ここは辛いしね。 本当に......」
「でも、早期退職を受け入れたら、数年後には路頭で彷徨っている、自分と家族の姿が脳裏に浮かぶんだ」
「そんな心が折れかけているところで、姉ちゃんみたいな犯罪被害を期に、会社から爪弾きにされるという理不尽な扱いをされる例を目にすると、やっぱり燃えるものが湧いて来るよ。 こんちくしょう、こんな会社に負けてたまるかってね」
「俺達の方こそ、ありがとうだ。 姉ちゃんの今後の人生に幸あることを願っているよ」
改めて最後まで戦うことを心に決めた5人。
この日の午後は示談交渉のため、半日の年休届けを出していた冬雪流は涙を拭くと、笑って手を振りながら、リストラ部屋を出るのであった。
部屋を出ると涙が止まらなくなる。
ガイエが感動で泣いていたのだ。
「オッサン達、元気でな〜」
「ちょっと、ガイエ。 泣き過ぎだよ」
「だって、家族の為に、あんな部屋で耐えているのだろ......ぐすん......本当にスゴイよ、オッサン達」
「確かにそうだけど......ガイエが泣くと、私が泣いていることになるのだからね〜」
「久しぶりに感動したんだ、もう少し泣かさせてくれよ、とゆる......」
そして、貰い泣きした冬雪流の涙が重なり、大泣きとなってしまう。
すれ違う人達が驚く程の泣きっぷり。
何か有ったのかと、逆に心配される程であった......
散々泣いてから落ち着いた後、約束の時間に指定されたラウンジの個室で、示談の席に着く冬雪流。
やがて、丸目弁護士が、多友の両親と一緒に入室して来たのであった。
これが、例の不同意わいせつ事件に関する、最後の動きとなる。
先ずは、深々と冬雪流に頭を下げる、多友の両親。
冬雪流も、頭を下げると、
「煌月さん、貴女は被害者なのです。 だから、頭を下げないで下さい」
と言われてしまう。
それから、謝罪の話に。
今回の事件がきっかけで、結局、冬雪流が会社を退職することになったと知り、何度も頭を下げる両親。
「そんなことになってしまうなんて......本当になんとお詫び申し上げれば良いのやら......」
そのまま絶句してしまうのであった。
「日本企業の場合、こういうケースは最終的に、女性被害者も退職してしまうことが多いですね。 同僚達から色眼鏡で見られたり、職場に行くと被害を思い出したりと、精神的な負担が掛かってしまうので。 やはり企業側のフォローが少ないのが原因でしょうね」
そのように説明した丸目弁護士は、示談交渉を進める。
色々な書面にお互い署名し、冬雪流は警察署長宛ての被害届取下げ願いを作成。
その署名が終わると、約束通り示談金が直接手渡される。
それを手元に納めてから、やがて雑談へ。
中堅の食品メーカーを経営している多友の両親は、
「もし、満足のいく再就職先が決まりそうも無かったら、私達に連絡を下さい。 犯人の実家が経営する企業になんて、就職したいとは思わないでしょうが、あの子に会社を継がせることはありませんし、出所後に会社へ入社させることも絶対にしませんから。 煌月さんが退社せざるを得なくなったという副次的な被害に対して、私共に面倒を見させて欲しいのです」
そう申し出ると、名刺を差し出すのであった。
「ありがとうございます。 ただ、私も少し自分の人生を見詰め直したいと考えています。 暫く旅にでも出て、もし数年後、再び社会復帰したいと思った際には、連絡をさせて頂くかもしれません。 その時はよろしくお願いします」
冬雪流も丁寧な挨拶を返すと、示談交渉は終了し、
「ところで丸目弁護士は、どうしてこんなに動いてくれたのですか?」
と素直な疑問をぶつけてみる。
「僕の父は、こちらのご両親の経営する会社で定年まで勤め上げたんだ。 非常に良くして貰ってね。 僕が今、この仕事に就けた恩返しは少し出来たかな?」
そう説明しながら、はにかんだ笑顔を見せる。
自慢の息子を見るような雰囲気の経営者夫妻。
納得の表情を見せた冬雪流。
やがて、双方別れたのであった。
そして、この日の最後の仕事は会社に年休届けを出すことであった。
退職日まで、残っていた年次休暇を全て消化する為の手続き。
退職届は既に丸目弁護士に委託してあり、午前中に会社側と金銭的な合意をした際、提出されていた。
総務課に行くと、冬雪流の顔を見た問註所恵茉が涙を流し始める。
「先輩は被害者だったのに。 何故、こんな形で会社を去らねばならないの」
その言葉に嬉しそうな表情を見せながら、
「ありがとう、恵茉。 私の様な真似は絶対にしないで、恵茉は良い人生を送ってね。 それがここでの最後の私の願いかな?」
残りの年次休暇の申請を終えると、退職に関する書類が渡される。
備品の返却はリストラ部屋行きとなっていたことで何も無いので、最終書類の提出だけであった。
もう出社しなくて良いようにと、書留で送付することを指示されると、全ての手続きが終了。
最後に、総務課長が、
「犯罪被害に遭った子が、こんな形で会社を去らなければならないのは、勿論理不尽だと思っている。 だから、もう少しこの会社が社員のことを大事にするような体質へと変わるよう、微力を尽くすよ」
その言葉を聞き、笑顔を見せた冬雪流。
「課長、色々とありがとうございました。 お元気で」
「煌月も、元気でな」
「先輩。 いつか、また会いましょう。 必ず......」
「恵茉も、早くイイ人見つけるのよ」
「お言葉ですが、それはそっくり、先輩にお返ししますから」
そんな会話を交わすと、冬雪流は足早に職場をあとにする。
気持ちがグラつくのを感じたからであった。
そして、少し離れたところで、その建物を振り返ってみる。
重厚そうな外観の大きな本社ビル。
六年間という短い間であったが、その会社員人生を過ごしてきた場所。
色々な思いが交錯するが、会社員としての経歴は、一旦終焉を迎えた。
「とゆる。 寂しいか?」
「少しはね」
「でも、実は冬雪流が望んでいた形だろ? こうなる日を迎えること」
ガイエのその言葉に、驚いた冬雪流。
「どうして、それを......」
「異世界から魔術でここに飛ばされた理由を魔剣にぶつけてみたんだ。 そうしたら見えてきたものがあって、冬雪流の秘めた強い願望があったからこそ、俺は煌月冬雪流の中に閉じ込められたという答えに辿り着いた。 その願いを叶える前段階として」
「......」
「違うか?」
ガイエの確認に首を振る冬雪流。
確かに、ガイエが現れたその日まで、現状に大きな不満を抱いていて、新しい一歩を踏み出してみたいと強く願っていたのだ。
「さて、帰宅したら部屋を片付けて退去の準備をしなくちゃね」
冬雪流は、今住んでいる場所も解約し、最低限の荷物はレンタル倉庫に保管し、それ以外は処分して、旅に出るつもりなのだ。
「本当に旅立つ決断をしたのか? 俺と......」
「ガイエと出会ってから、そうしたい自分に気付いたの。 幸い、社畜気味生活で貯まっていた貯金と、さっき受け取った慰謝料に加え、未払い残業代や退職金に見舞金も入るから、当面お金の心配は要らないからね~」
軽やかに答える冬雪流の姿。
それは連日のサービス残業で疲弊するだけの日々を送っていた冬雪流と完全に別人であった。
「明日は実家に行って、家族に挨拶しておくね」
眠る前にひとことガイエに告げると、色々な事務処理で疲れきっていた冬雪流は、直ぐに眠りに落ちてしまうのだった。
「ルヘルミナ陛下。 オクタミア帝国からの使者が到着しておりますが......」
「謁見しよう。 碧玉の間に通せ」
王国の外交担当の責任者であるファーレン男爵が緊張した面持ちで、国王の臨席を求めてきた。
その表情を見た瞬間、良からぬ話を持って使者が現れたのだと察したことから、即、自ら使者の話を聞く決断を下したのだ。
あえて、謁見の間ではなく、王家専用の碧玉の間に通したのは、使者の話が一気に広がり、王宮内が動揺するのを防ぐ為であった。
碧玉の間にルヘルミナ王が入室すると、帝国の使者は、その巨大な国力を背景に、立ったまま尊大な態度で待っていたのだった。
「お待たせして申し訳ない」
あえて、ワザと少し待たせてみたのだが、そのこともあって、使者はイラついた様子を見せていた。
「これは、国王殿。 私は世界を統べる偉大なるオクタミア帝国のシーン皇帝陛下より、貴国への親書を託されたアーリと申す者。 短い間ですが、どうぞお見知りおきを」
「して、その親書の内容とは?」
「では、不肖アーリがシーン皇帝陛下に代わって読み上げる。 アルタート王国の諸君達は慎んで聞き給え」
この世界で最大の国力を誇るオクタミア帝国。
その皇帝の代読とあって、使者アーリの態度や話し方も尊大である。
「日出るオクタミア大帝国第36代皇帝シーンは、慈悲深い心を持って、弟たるアルタート王国を僭称する輩の頭領に使者を遣わす。 彼我の国力差は数倍に達し、もはや敵対出来るレベルではないと予は考えておる。 よって、弟が兄たる予に従うと天に誓うのであれば、予も厚く遇することを約束しよう。 王都を自称するへテルミアを無血開城し、その所領と共に予へ引き渡せば、国王を僭称するルヘルミナをアルタート公に任じ、大帝国内の別の場所で広大な領地を下賜することとなるだろう。 その臣下たる者達も、その能力に応じて爵位を授与する。 しかし、予に従わぬというのであれば、我が大帝国の全軍を持って侵攻し、王国を僭称する領域の全てを焼き尽くすこととなる。 予は慈悲深い。 全土を蹂躙し、我が臣民となる筈の兵民を殺戮することは望んでおらぬ。 よく熟考されよ」
読み終えると、使者はオクタミア帝国皇宮の方を向いて、深々と頭を下げる。
そして、ルヘルミナに対し、
「返答期限は明日正午。 それまで、老いた重臣共とよく相談なされよ」
と告げると、悠々と碧玉の間から立ち去ったのであった。
『敵地に来てのあのふるまい......虚勢を張っているとはいえ、なかなかのものだな。 我が王国には、あの使者レベルの人物ですら、殆ど居ないであろう』
国王ルヘルミナはそんなことを考えていると、
「陛下、如何なされますか? このままでは」
「降伏しても、戦っても、帝国の扱いは変わらないだろうよ」
「えっ、なんと仰っしゃられましたか?」
「なんでもない。 重臣達を集めよ。 あとは各地の領主達もだ。 国の存亡を決める重要な会議を開く。 集まれる者は全員王宮に参内せよと触れを出せ」
国王のその言葉に、ファーレン男爵だけではなく、側近達も慌てて連絡へと駆け出したのであった......
目が覚めた冬雪流。
夢を見ていたようだ。
既に、外は明るくなっており、疲れから熟睡していたのだ。
「ねえ、アルタート王国?の夢を見たのだけど......」
ガイエに話し掛けると、
「ああ、俺も見たよ。 オクタミア帝国の使者が最後通牒しに現れた場面の」
「大丈夫なの? ガイエの母国」
「大丈夫じゃないさ。 このままだと滅ぼされてしまうだろうね」
「ガイエの主君は、能力有るのでしょ?」
「良い君主が居ても、一人だけでは戦えないさ。 現在の重臣や主要な臣下の8割は、帝国に内通しているのでね」
「ええ〜、そんなに〜」
「仕方ないよ。 それだけ国力差があるし、帝国側の諜報工作もだいぶ浸透しているから......」
「ガイエが戻ったら、形勢逆転出来るのかなあ......」
「とゆる。 今、言っただろ? 一人が二人に増えても逆転は難しいって」
「......」
「でも、ルヘルミナ王には忠実に仕える若手中堅の者達が何人も居る。 新たに登用し忠誠を誓う最側近も。 彼等が決起し、老臣や佞臣、叛臣を一気に排除すれば、帝国軍が大軍であっても抵抗出来るようになる。 みんなの心が対帝国で纏まれれば、最終的には勝てるよ、きっと」
「じゃあ、結局どっちなの? 今の話、脈略が無いよ」
「王に従おうと考える全員が、自分に出来る最大限の行動に出れるか否かで決まるってこと。 現状では困難ばかりだけど......」
「じゃあ、ガイエも行動しなくちゃね」
嬉しそうな表情に変わった冬雪流。
改めて、旅立ちへの決意を固めたようだ。
「早速、朝から出掛けるよ〜」
ガイエに告げると、着替えて外出。
冬雪流は実家へと向かうのであった。
実家と冬雪流が述べた場所に到着。
そこは墓地で、小さな墓石には『煌月家』と彫られていた。
バケツに汲んだ水を墓石にかけて、埃を洗い流すと、手を合わせて拝む冬雪流。
「とゆる。 ここは墓場?」
「そうだよ。 この小さなお墓が私の今の実家に当たる場所なんだ」
「......」
流石に寂しそうな表情に変わった冬雪流。
「天涯孤独なのか?」
「いえ。 お母さんと弟が何処かに居るのだけど......私が小学生の時、両親が離婚して、私はお父さんの方に付いて行ったの。 お父さんは私に似てカッコいい見た目だったけど、見た目以外は取り柄のない人でね。 収入も少なくてさ。 それでも私を大学まで通わせてくれたんだ」
そこまで語ると、目には光るものが......
「でも5年前、病気が発覚して......もう手遅れで、あっという間にあの世へ行っちゃって。 まあ、天涯孤独って言われれば、その通りかな? 母と弟とは音信不通で、何処で暮らしているのかも、全くわからないから」
ガイエに説明を終えると、冬雪流は、再び墓石に手を合わせる。
「お父さん。 私、これから旅に出ます。 もうここに戻って来れないかもしれないけど、長い旅に。 でも一人じゃないよ、ガイエ・シェヴァルという異世界の最強剣士様が一緒だからね。 えっ、姿が見えないって? それは当然。 その剣士様は、私の中に居るから......」
亡き父に対して、独り言を呟き終えた冬雪流。
「さあ、家に引っ越し屋が来るよ〜。 片付け作業を終えたら、いよいよ旅立とうね、ガイエ」
最後に、これからの予定を墓石の前で呟くと、やがて冬雪流の姿は墓地から消えたのであった......
何処かへと旅立つ為に......