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第4話(事件に)

上司に襲われた冬雪流。

それは結局、事件になる。


 煌月冬雪流は、眠らされているうちに、ホテルの一室に運び込まれてしまい、上司の多友忠洋に襲われている状況であった。


 異世界から魔術で冬雪流の中に閉じ込められていた剣士ガイエ・シェヴァルも、冬雪流が性的に襲われれば、ガイエ自身も性的に襲われたことになってしまうという危機に陥っていた。

 最後の力を振り絞ったガイエ。

 冬雪流は何らかの方法で眠らされており、一切抵抗出来ない状態だった為、ガイエがどうにかするしか無かったのだ。


 目を瞑り、最後の集中をするガイエ。

 相手を倒すイメージを頭の中で創り出す......

 その瞬間であった。

 突然多友は、冬雪流を襲っている最中のベッド上から転げ落ち、絨毯上をのたうち回り始めた。

 よく見ると、多友は下腹部から大量の出血をしており、その激痛で転げ落ちたのだ。


 ガイエは周囲を見渡す。

 冬雪流は眠りから覚めて、その大きな瞳をようやく見開いたので、ガイエからも状況が完全把握出来る状況になっていた。

 すると、切断された肉の塊が絨毯上に落ちているのを確認。

 二人の危機に、ガイエの能力とずっと肌身離さず持っていた魔剣が封印魔術を一瞬だけ打ち破り、魔剣の短刀が空気を切り裂いて、充血していた多友のアレを切り落としたという訳であった。


 『ふう〜、助かった〜。 俺も冬雪流も』

 それを見てガイエは、ようやく一息つける状況に。

 すると、冬雪流も完全に目覚めた。

 魔剣の力が、冬雪流にも及んだ影響で、異常な睡魔から解放されたのだ。

 先ずは、ベッド上の自身の姿に気付き、

 「きゃあ〜」

と大きな悲鳴をあげる。

 既に胸は殆ど見えている状態であり、残った下着1枚が脱がされる直前で、少しズラされており、ギリギリ大事なところを隠している状態であったからだ。


 ベッド下では、

 「痛い、痛い、俺が悪かった。 助けてくれ〜。 早く救急車を」

と叫びながら、激しく転げ回っている第二課長の多友忠洋の姿が確認出来たのであった。

 それを見て、まだ少し朦朧とした状態の中でも、

 『私の大ピンチをきっとガイエが助けてくれたんだ』

と直感したのだ。



 「ガイエ、これは......」

 ブラを着け直しながら、冬雪流は小声で質問する。

 「だから最後に言ったろ〜。 もう飲むなって」

 「本当にゴメン。 もしかして、私、コイツに襲われていたの?」

 大体の状況を理解出来たので、改めて確認。

 「そうだよ。 いくら俺が叫んでも、全く起きないから、もうダメだと思った」

 「心の底から反省しています......あの後、もう一杯お酒飲んだら、急に睡魔に襲われて......きっと、私がトイレへ行った隙に、睡眠薬を酒に混ぜられたのだと思う」

 「睡眠薬ってなんだ? 魔術じゃないのか?」

 「こちらの世界に魔術は無いけど、睡眠薬っていう薬が有るのよ。 これを多く飲んだら、暫く眠ったままになる」

 「なるほどな」


 そして二人は、冷たい目で、苦しむ多友の姿を暫く見詰める。

 「しかし、アレを切っちゃうとはね〜」

 呆れた表情の冬雪流。

 「今後の措置は冬雪流に任せるよ。 この世界の......日本のやり方があるだろ? 俺にはわからないからな、その方法が」

 「ガイエの居た世界だったら、どうするのかな?」

 「王宮内だったら、近衛隊に連絡入れることになるよ。 王都だったら、王都防衛隊だろうな〜」

 ガイエのそのアドバイスを聞いたことで、冬雪流は決断をする。

 『通報したら、会社にも迷惑をかけるし、大事になっちゃうけど、こんなことされたんだもん。 ガイエが頑張って助けてくれたのだし、私がしっかりしなきゃ』

と心を固めてから。


 スマホから110番と119番に電話をして、ホテルのフロントにも連絡を入れて、状況の説明をしたのであった。




 やがて、駆け付けた警察・救急とホテルの責任者の三者が同時に現れ、冬雪流が改めて現場に到着した人達に状況説明する。

 「貴女が、通報した煌月さん?」

 「はい」

 私服の女性刑事らしい人と警察の責任者らしい男性の質問に答える冬雪流。

 「この中年男性に襲われたっていうことだけど......」

 「この人は多友っていって、会社の上司です」

 「それで、襲われた状況は?」

 「はい。 昨日東京から出張でこちらに来たのですけど、今晩、相手方の懇親慰労会に出席しまして。 お酒を飲んでいるうちに猛烈な睡魔に襲われ、気付いたら、このベッドの上で下着だけにされてしまっていたのです」

 「この男の人は怪我をしているけど?」

 「それはよくわかりません。 起きた時には、その状態でした」

 「貴女が抵抗して、怪我をさせた訳では無いんだね?」

 「はい。 きっと隙を見て、上司は私のお酒に睡眠薬のようなものを入れたのでしょう。 意識が無かったので、怪我をさせるような抵抗は出来ません」

 一連のやり取りの最中、救急隊は多友の応急処置と搬送先を探していた。


 ここでガイエが、冬雪流のアシストをする。

 「そうだ。 そこの机上に男のスマホが立て掛けてあり、何か細工をしていたぞ」

 思わず、ガイエは男口調で普通に喋ってしまったが、声は冬雪流の声であり、刑事達はちょっとした違和感を感じながらも、そのスマホを発見して確認。

 すると、動画撮影が続いていたので、直ぐにデータを見始める。

 その映像には、冬雪流を犯そうとする多友の行動が完全に映っていたのだった。


 慌てて方針をどうするか、相談を始める刑事達。

 事後捜査するつもりで、証拠だけ押さえておけば良いと考えながら現場に来ていたので、そうも行かなくなった状況に焦ったのだ。

 警察署の幹部に指示を仰いでいる。

 携帯での会話は、静かなホテル内なので、冬雪流にも筒抜けであった。

 「はい、はい。 事後捜査する予定でしたが......」

 「そこまで綺麗に証拠が揃っているのでは、仕方ないだろう。 動画に一部始終が映っているのだから......」

 「でも、よろしいのですか? 被疑者は陰部切断の大怪我を負っていますので、対面監視を付けることになってしまいますが......」

 「不同意性交未遂だろ? 明らかに。 ならば罪も重いし、どうしようもない。 ちょっと署長に確認するから待っていろよ......」

 「係長。 この男、前有りですね。 少年時代ですが、強ワイが1件......」

 そんなやり取りが聞こえてしまう。


 『何処の世界も、色々と都合があるのだなあ〜。 目の前の犯罪でも、逮捕するのに警察側の都合か......』

 冬雪流も、それなりの年齢だし、自身の勤めている会社も、不祥事とか古い慣習を変えることとかから逃げ続けている姿勢が目に付いて、嫌な気持ちを抱いている。

 そういう経験から、失望という気持ちには慣れてきていた筈だが、事件現場という緊急性がある場所にもかかわらず、性犯罪は事後捜査でと決めつけている、何だかご都合主義のような世界であることを知ってしまい、残念な気持ちに包まれてしまう冬雪流であった。


 「警察さん。 搬送先決まりそうなので、早く方針決めて下さい」

 救急隊も、そうした現場を幾度も見ているのだろう。

 煮えきらない捜査機関の姿勢が、自分達の仕事に影響しないよう、事前に釘を刺したようだ。


 それを聞き、再び電話する係長。

 「課長。 救急さんが搬送するって言ってます。 はい。 被疑者が搬送されたら、令状取って差し押さえないと......はい、その方が明日になってしまい、面倒ですよね? マエ有りですし、現行犯の方が良いと思いますが......わかりました。 それで行きましょう」

 救急隊の言葉が警察の方針を決めたようだ。


 「ゴメンなさいね〜。 金曜日の夜遅くなので、警察も体制が弱くてね」

 女性刑事が冬雪流に、ご都合主義である理由を簡単に説明する。

 しかし、

 「ご迷惑をおかけして、すいません」

と日本人らしい、返事をする冬雪流。

 「煌月さん。 これから、だいぶ時間が掛かることになるけど、大丈夫かな?」

 「大丈夫です。 土日は休みですから」

 「多分、日曜日までかかっちゃうと思うから、協力してね。 一通り全部済ませてしまわないと、遠隔地に住まわれている以上、おいそれと来て貰う訳にもいかないでしょ?」

 上司の携帯でのやり取りから、今後の流れを読んだこの女性刑事は、結構優秀なようだ。

 「はい。お願いします」



 結局、多友忠洋は、不同意わいせつ罪で現行犯逮捕され、その後大怪我をしていたことから釈放となり、救急隊により病院へと搬送された。


 また当初、多友の怪我は、冬雪流によるものと疑われたが、多友が冬雪流を犯す動画を撮影しようと、カメラ撮影していた事が、冬雪流の無実を証明する形となったのは、皮肉と言えたであろう。

 その映像を見たところ、冬雪流は多友が怪我した後も、暫くベッド上で眠ったままであり、血の付着したガラス片が落ちていたことから、多友の怪我は何らかの拍子にグラスが割れ、その破片がアレを切断したという推測をしたものの、謎の多い状況であり、当然ながら負傷した理由だけは、納得の行く説明を付けることが出来なかった。



 その後、警察から状況説明を受け、協力要請を受けたホテル側。

 ホテル側には、泥酔した若い女性を宿泊客の男が部屋に運ぼうとしていることに気付きながら、全く咎めないという、大きな落ち度があったことが直ぐに浮上しており、事件発生とその状況を知ったホテルの総支配人が、深夜にもかかわらず慌ててホテルに駆け付け、警察に平謝りしていた。


 「申し訳ございません。 当ホテルのスタッフの対応にも問題があったという話が出ておりまして......」

 「貴方がたが毅然とした対応をしていれば、防げた事件ですね。 男がチェックインしてから直ぐの犯行じゃないですか? しかも、ホテルの従業員が被害者の女性をタクシーから降ろすのを手伝ったという話ですし......」

 警察側は、余計な手間を取らせやがってという姿勢を露骨に見せている。

 それに対して、頭を下げ続けている支配人。


 『ちょっと。 最初に頭を下げる相手が違うんじゃない?』 

 そう不満を感じた冬雪流。

 「あの〜。 私、男に着ていた服を破かれているんですが......」

 冬雪流は、支配人に向かって、困っている状況を話すと、

 「それは事件の証拠品です。 警察の方で差し押さえます」

と、すかさず説明が入る。


 支配人は、

 『被害者をおざなりにしてしまった。 最悪の対応の上塗りだ、どうしようか......』

という『しまった』という表情を見せると、

 「この度は、当ホテルにおいて、大変不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。 伺いましたところ、関東にお住まいだと聞きましたが、警察の捜査で、明日、明後日ぐらいまで、こちらに滞在せねばならないそうですね?」

 「はい。 そのように指示されています......」

 「それでしたら、私共の方で部屋を準備させて頂きます。 もちろん、お代は頂きませんし、食事等のご利用もご自由になさって下さい。 替えの服も明日じゅうに見繕って、それなりの物をご提供させて頂きます」

 「はあ......」

 かなり下手に出たホテル側。

 それは、大々的に報道されたく無いという、保身から出た故の、冬雪流に対する口封じへのアプローチの始まりであった。



 そんな大人の都合だらけの現状を散々見させられた冬雪流被害のこの事件。

 改めて、そんな社会の風潮に嫌気が差してしまう。

 結局、土日両方共に、警察の事情聴取や調書の作成、証拠収集活動への立会い等、散々付き合わされた上、ホテル側からも責任者のご機嫌伺いが続き、休まる時間が無い冬雪流であった。



 そして、東京に帰る間際にホテルを出ようとしたところ、一人の初老の男が駆け付けて来たのであった。

 多友課長が、事件を示談に持ち込む為に、弁護士へ相談したのだ。

 「煌月さん。 お忙しいところすいません。 多友の委託を受けた弁護士事務所の者です」

 そう切り出したので、

 「私、もう東京に帰るのですけど......」

 露骨に嫌な顔をしてしまう冬雪流。

 「わかっています。 お時間は取らせません。 ひとまずこの書類をお渡ししますので、あとで目を通して頂ければと思いまして」

 「書類?」

 「色々と条件を提示させて頂きたいと思っているのですが......お受け取りも嫌でしょうか?」

 少し考えてから、黙って受け取る冬雪流。

 その行動に、一安心した男。

 「それでは、後日会社の方に連絡させて頂きますので、よろしくお願い致します」

 丁寧に挨拶すると、弁護士事務所を名乗った男は、ホテル側が用意した車両に乗り込む冬雪流を、ホテルの支配人以下と一緒に見送ったのであった。

 

 

 帰りの新幹線の中で、渡された書類を見てみた冬雪流。

 それは予想通り、示談の条件を示したものであった。

 一旦釈放されたことで、入院している間に話を取り纏めて、被害届の取り下げが出来れば、刑を免れることが出来るからだ。

 「示談金は200万ね〜。 あの人、離婚して慰謝料取られたというし、支払い能力があるか疑問......」

 「会社については、弁護士が責任を持って自主退職させるか〜。 じゃあ、余計に支払えないっぽいわね〜」

 それぐらいしか書かれておらず、この国の性犯罪に対する社会の罪の重さの認識は、冬雪流の想像の範囲内であった。

 失望した冬雪流は、その書類をぐちゃぐちゃにしながら、バッグに仕舞う。

 少しむしゃくしゃした気持ちをぶつけてみたのだった。


 「冬雪流。 その書類を気に入らなかったのか? 俺にはこの国の文字が読めないから、よくわからないが」

 新幹線の車内なので、相当小さな声で確認する。

 ガイエもだいぶ機微というものを理解してきたようだ。

 隣に座っている乗客も、気付かない程の小声だった。

 「まあ、そんなところよ。 それより助けて貰った御礼をキチンと言ってなかったわね。 本当にありがとう。 言葉でしか表現出来ないのが、残念過ぎるけど......」

 それに対して、ちょっと恥ずかしそうなガイエ。

 「何度もイイって。 とゆるが襲われれば、俺も襲われるということ。 とゆるが犯されれば、俺も犯されたってことになるのだから」

 そう答えると、寝ていた隣の乗客が、少し目を開ける。

 ガイエの声に反応したようだ。

 「話は、家に帰ってからな。 じゃあ」

 そう答えると、ガイエは眠りに就く。

 すると冬雪流は、流れ行く車窓を眺め続けたのであった......




 帰宅すると、既に夜となっていた。

 久しぶりの我が家に、ようやく心が落ち着く。

 「ガイエ。 どうしてアイツのアレを切断出来たの?」

 一番の疑問を冬雪流は質問する。

 今まで尋ねたくても尋ねなかったのは、この事件で唯一の疑問点がそこであって、他人に聞かれたら非常に不味いと考えていたからだ。

 「うんと、多分、短剣の魔剣が俺達の危機を救ってくれたからだよ」 

 よくわからない説明に、首をかしげる。

 「俺の体には、国王ルヘルミナ陛下から下賜された、魔剣が埋め込まれているんだ」

 「そうなの? 埋め込まれたって、手術か何かで?」

 「この世界と異なり、そんな医療技術は無いさ。 下賜されて、使いたいと願ったら、勝手に体の中に入っちゃって......」

 異世界で剣士として無敵だったのは、魔剣のお蔭だという。

 「俺が握る剣は、魔剣の影響を受けて、刃こぼれしなくなるんだ。 だから、千人斬りみたいなこともできちゃうっていう訳。 勿論超絶剣技を有する俺の実力あっての結果だけどね」

 そんな話を懐かしそうに語る。

 「まあ、こっちの世界でも、魔剣が何らかの影響を与えるとは思わなかったな〜。 多分、あの時、魔剣がグラスを割って、鋭い刃のような部分を作り出し、それでアイツのアレを斬ったのだと思う。 冬雪流が寝ていたから、直接目撃出来ていないので、おそらくとしか言えないが......」

 それを聞き、安心した冬雪流。

 一瞬ガイエが実体化して、多友に斬り掛かったのだと思っていたからだ。


 「とにかく疲れたわ。 明日会社に行かなきゃいけないし、もう休みましょう、ガイエ」

 「そうだな。 明日も冬雪流は忙しいだろうし」

 そう答えたガイエは豪快に笑う。

 それは結局、冬雪流の笑いだ。

 「久しぶりに、大きな声で笑ったな〜。 少し気分が晴れたわ」

 その時の冬雪流の素敵な笑顔は、部屋に置いてある鏡に偶然写っており、鏡越しに見ることが出来たガイエ。

 その表情にドキッとしてしまう。

 そして、それを忘れないようにと、暫く黙って、自身の脳裏に焼き付けたのであった......



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