第3話(冬雪流の危機)
冬雪流に訪れた危機。
それは異常な執念性を持つ、上司が仕組んだ出張であった。
社畜気味な日々を過ごす煌月冬雪流。
異世界から魔術で冬雪流の中に飛ばされ、閉じ込められたガイエ・シェヴァル。
その二人の奇妙な共同生活?が始まってから10日以上が過ぎると、ガイエも日本の首都圏での生活に慣れてしまい、イチイチ何かを見て驚き、冬雪流に話しかけ、結果的に冬雪流の独り言が続くという事態は、殆ど無くなっていた。
そんなある日、いつものように会社へ出勤した冬雪流。
いつも通りの寝不足気味で疲れた表情に変化は無いものの、ガイエと話をすることで、孤独生活から離脱した影響か、心は晴れやかな感じへと変化していたのだった。
「冬雪流、聞いた〜?」
月額の朝から、早速海夏が微妙な表情を見せながら、声を掛けてきた。
「何を?」
「今週、冬雪流に出張予定が入っているわよ」
それを聞き、慌ててパソコンを立ち上げると、確かに事務連絡で、3日後からの京都出張が入っていたのだ。
「本当だ。 しかも帰京予定日が土曜日になっている〜。 マジ......」
平日の激務と残業続きの疲労を、土日の休みで取って翌週に備えるルーチンとなっているのに、それが1日潰れてしまうのだ。
「冬雪流は呑気だよね~。 問題は休みが潰れるっていうそっちじゃなくて、企画部第二課長のお供だってことよ」
そう指摘すると、心の底から海夏は心配そうな表情に変わる。
「あははは。 本当だね〜」
愛想笑いに変わった冬雪流。
人間性に少し問題がある課長であることには気付いていたからだ。
「本当にわかってる? あの課長って、部下に厳しいだけじゃなくて、手癖が悪いの」
海夏が声のトーンを大きく下げて、社内の噂を話し出す。
「そうなの? 詳しく知らないけど......」
「冬雪流が異動してくる前の前任者って、若い大卒の可愛らしい女子社員だったのよ」
「ふ~ん。 そうなんだ〜」
「そうなんだ〜じゃないの。 大きな事件が有ったことで、その子は耐えられなくなって、結局辞めちゃったの」
「大きな事件って?」
「不倫よ不倫」
「えっ。 第二課長って独身じゃあ......」
「その可愛らしい女子社員とイイ仲になっちゃってね。 出張なんて、いつも二人で」
「......」
「でも、そういうのって、やっぱりバレるじゃない? その時の課長の奥さんも、元この会社の社員だから」
「なるほどね〜。 いつも二人で出張しているって、元同僚から奥さんの耳に入ったことをキッカケに、不倫がバレて大事に。 激怒した奥さんが会社に乗り込んで来て、職場に知れ渡ったしまい、結局、慰謝料払って、課長は離婚。 その女子社員も慰謝料を取られた上、課長とも別れてしまい、会社に居づらくなって退職って流れね」
冬雪流が、海夏の話の先を読んで答えてしまうと、
「その通り」
パチパチパチと小声で言いながら、
「まだ続きが有るのよ」
更に小さな声で海夏が話を続ける。
「どうも極秘の噂によると、出世コースに乗っていた頃は、気に入った女の子を人事と掛け合って自分の部下に異動させて、結構強引にモノにしてきたらしいのよ」
「へ〜」
「そして、今のターゲットが貴女、煌月冬雪流って噂」
「......」
その指摘には返事をしなかった冬雪流。
薄々、第二課長のただならぬ視線に気付いていたからだ。
「その様子だと、あの課長が好意を寄せている雰囲気には、鈍感な冬雪流でも勘づいていたのね」
「ええ、まあ」
「前の不倫騒動では、降格や異動にはならなかったけど、出世街道からは完全に外れたわ。 実績は有る人なのに、5年以上経っても第二課長のままだから」
「ふ~ん」
「他にも関係を持ってしまった元女子社員から、色々なその手口を会社の上層部に告げ口されたって情報もあるからね」
「......」
「流石に課長もショックを受けて、随分大人しくなったのよ、あれでも。 だから今回は大丈夫かもしれないけど、用心することに越したことは無いわ」
「海夏、ありがとうね」
少し不安を感じた冬雪流であったが、仕事での出張だから、立場上断るようなことは出来ないし、会社側も要注意人物として把握しているのならば、変なことはしないだろうと良い方に考えるのであった。
その後、第二課長の多友忠洋から呼び出しを受けた冬雪流。
「煌月、出張の件は知っているよな?」
「はい。 メールで見ました」
「今回は、先方とのコラボ商品の関係での最終打ち合わせとなる。 この打ち合わせ後、双方の取締役会に掛けて承認されれば、コラボ商品の発売へと繋がる、大事な最終打ち合わせだ」
「了解です」
「大事な打ち合わせだから、係長クラスではなく俺が行くのだが、この資料を作ったのは煌月だったよな? 今回の最終打ち合わせで、先方から修正依頼があれば、その場で資料を作り直して貰うからそのつもりで。 取締役会に掛ける重要な最終資料作りだからな。 絶対に粗相の無いように」
「わかりました。 微力を尽くします」
多友課長の指示に対して、短く返事をすると、直ぐに準備に取り掛かるよう促されて、自席に戻った冬雪流。
暫くすると、ガイエが、
「おい、とゆる。 あの男大丈夫か?」
と確認してきたのだった。
「急に何よ。 仕事だし上司だから、出張一緒に行くのは仕方ないんじゃない?」
「いや、そうではなくて、なんか、妙な殺気みたいな雰囲気を感じたんだよ〜。 長年剣士をしていたからこそ感じた何かが......」
そう呟くガイエ。
「殺気? 私を殺そうとする訳無いじゃない? 仕事場以外で、繋がりは全く無いし」
「さっき、海夏にも言われただろ? 用心しろって」
「その用心は違う意味よ」
「どういう意味?」
「犯されるなってこと」
「犯されるってどういう意味だ?」
ガイエの率直でマジメ過ぎる質問に、ちょっと恥ずかしくなった冬雪流。
本当に小さな声で、言葉の意味をガイエに説明する。
「なるほど〜。 不同意での強引な男女の仲にされないように用心しろってことか〜。 日本語って、難しいな〜」
相変わらず妙な部分で感心をするガイエ。
そして、内心心配しながらも、閉じ込められた状態であり、何も出来ないので、そのまま大人しくするのであった。
そして、出張前日。
冬雪流は再び、多友第二課長のデスクに呼び出されていた。
「準備は出来ているか?」
「はい。 大丈夫です」
「出発前に、質問は?」
「どうして、土曜日帰京予定なのですか?」
「それは先方が、金曜日だしせっかくだから、おもてなしをしたいというのでな。 要は懇親慰労会をするから、一泊増やしたということなんだよ。 どうしても土曜日に用事があるのならば、最終の新幹線で帰っても構わないぞ」
「わかりました。 課長が立てた予定通りで」
冬雪流のその答えを聞き、満足そうな笑みを浮かべた多友忠洋。
ガイエは、冬雪流の中から凝視していたが、前回一瞬感じた殺気のような感覚といい、その笑顔の下に、隠れている仮面があるような気がしてならなかった......
翌日。
この日は、多友課長との出張の日。
冬雪流は出勤すると、早速課長から、
「煌月。 総務に行って、新幹線の切符と宿の予約関係の書類等の一式を貰ってきてくれ」
と言われ、早速総務課に行き、若い女性から説明を受ける。
「新幹線は回数券を渡しておきますね。 宿泊先は当社でいつも使っているホテル2部屋です。 フロアーも離れていますので、その点はご安心下さい」
その説明に、目が点となる冬雪流。
すると、その女性は、
「最近、男女混在の出張では、部屋を離して欲しいという女性社員達の要望が多いんです。 コンプライアンスやハラスメントに敏感な時代ですからね」
と説明を付け加えたのだ。
それを聞き、安心感が増した冬雪流。
チケットと印刷された予約表を受け取り、企画部署のフロアーへと戻ることに。
エレベーターが混んでいたので、階段で向かう途中、ガイエが質問してきたのだ。
「コンプライアンスってなんだ?」
「ハラスメントっていうのは?」
相次ぐ質問に、
「コンプライアンスは規則や法を守るってことで、ハラスメントは、嫌がらせって意味よ」
と丁寧に答える。
「なるほど。 どうして、そんな難しい言い方をするのだろうな〜」
「強調したいからだと思うよ。 法令遵守とか嫌がらせっていう言い方じゃあ、なんか聞き流しちゃうでしょ?」
冬雪流の説明に納得したガイエ。
「ところで、肝心な出張っていうものは、大丈夫そうか?」
「部屋も別々だし、相手方の企業の人達もいるし、心配ないわよ。 それに......」
「それに?」
「私、お酒強いし、今回は最強剣士ガイエ・シェヴァルが私の中にいるからね。 だから、余計に安心しているんだ〜」
その言葉に、照れてしまうガイエ。
「俺には期待するな。 魔術で閉じ込められていて、何の力も発揮出来ないだろうから......」
それだけを答えると、暫く寝るからとだけ言って、表に出なくなるのであった。
やがて出発時間になり、タクシーで東京駅へ。
新幹線の改札を通ったが、既にこの時点で指定された冬雪流の座席は課長と離れており、余計な事象が発生しないようにと、会社側も多友課長に釘を刺すような扱いをしている状況が窺えたのであった。
京都駅に到着すると、二人はタクシーに乗って、相手方の企業へと向かう。
以後、二人きりになるような時間は一切なく、この日の宿泊先となるホテルへの送迎も、相手側が車を出してくれたのであった。
チェックイン手続きが終わると、冬雪流は部屋のカードキーを多友課長に手渡す。
「相手方は上機嫌だったね。 これも煌月が直ぐに適切な資料を作成して出してくれたお蔭だよ」
「いえ。 私は言われたことをやっただけですから」
「明日もよろしく頼む。 朝9時にこのホテルの玄関に迎えに来てくれるそうだから、それまでゆっくり過ごしてくれ。 上司と一緒だと余計に疲れるものだからな」
それだけ指示すると、課長は指定された部屋へと先に1人で向かってしまったのであった。
冬雪流は、総務課の指示に従って、領収書の作成等のお願いをフロント係にお願い等をしてから、自分の部屋へと向かう。
ビジネスホテルなので、余計な設備は無いが、コンパクトに必要なものが整然と並べられており、便利に作られている。
部屋の装備品や使い方をチェックしている冬雪流の様子を、その瞳越しに見詰めていたガイエ。
「とゆる。 この部屋は随分狭い部屋だけど......」
その質問に、
「これは、ビジネスホテルっていう宿泊施設の部屋なのよ。 一人用だから、狭いかもしれないけど、便利そうな造りでしょ?」
「確かに。 寝るだけの部屋ならば、綺麗だし十分だな」
色々な工夫を見て、感心しているガイエ。
元の世界に戻れたら、兵士達のためにこういう施設を整備するのもありだな等と考えていたのだった。
結局、この日は冬雪流と多友課長が再び行動を共にすることは無かった。
やはり、かつての不倫騒動が堪えていて、若い女性社員との出張は課長の方が意識して気を遣っているように感じられる程であった。
いつもであれば、
「若いうちは仕事を覚える為に、少しぐらいのサービス残業は当たり前だ」
とか、
「今の若い社員は礼儀がなっていないぞ。 電話が鳴ったら3コール以内で、我れ先に取るんだよ」
とか、
「仕事に愚痴を言うな。 上司から指示されたら文句言わず、休日返上でパッパとやれ」
等と、厳しいことばかり職場で言っている上司であるからだ。
『これならきっと、何も無いよ。 みんなは課長のことを悪い人だと決め付け過ぎだと思う』
この日の紳士的な態度は、全く想定外であって、逆に見直してしまう程であったのだった。
翌金曜日。
先方の企業側は、わざわざ東京から出張してきた二人に、早く花を持たせてあげようと、予定になかった取締役会への稟議をこの日の午後にかけてくれたことで、夕方には、正式にコラボ商品の開発と発売を決定してくれたのであった。
その為、この日の夜実施された懇親会は、大いに盛り上がっていた。
酒好きの冬雪流も、相手方企業の社員から、
「煌月さんは美人ですね〜。 気も利くし、是非うちに来て欲しいぐらいですよ」
と持ち上げられまくったことで上機嫌になり、酒坏を重ね過ぎて、結構酔っ払っていたのであった。
「ちょっとトイレ行って来ます」
宴会の終盤になって、周囲にそう告げた冬雪流。
個室に入ると、心配になったガイエが声を掛けて来た。
「とゆる。 ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
「酒を飲み過ぎて、襲撃され、私の中に閉じ込められた剣士様に言われたくないね〜」
少し悪態をつく冬雪流。
「席に戻ったら、もう飲むなよ。 とゆるがゲロを吐いたら、それを見るのが避けられない俺も気持ち悪くなるのだからな〜」
それだけ釘を差すと、黙ったまま推移を見守ることにする。
すると、
「わかっているわよ。 そうだ〜、今の私の姿を見て、興奮しないでよ〜。 でも、ガイエは抜きたくたって、抜けないんだろうけどね〜」
再び悪態をついた冬雪流。
トイレのあわれもない姿を、ガイエに見られていることを思い出してしまい、揶揄したくなったのだ。
しかし、酔っぱらい相手に、それ以上無駄なやり取りをする気はなく、ただ呆れていたガイエであった。
宴会の席に戻ると、ガイエの忠告に従わず、再び目の前の酒を飲み続けた冬雪流。
暫くすると、飲み過ぎたせいか、そのまま眠ってしまったのだ。
やがて、お開きとなった、相手方主催の宴会。
多友課長は、店側が呼んだタクシーの助手席に乗り込むと、相手方企業の社員達が、熟睡中の冬雪流をタクシーの後部座席に押し込む。
「うちの社員が迷惑掛けてすいません。 酔いが醒めたら注意しておきますので」
「いえ、大丈夫ですよ。 目覚めたら、楽しい宴会だったと伝えておいて下さいね」
等と挨拶のやり取りをしてから、見送られる形で、その飲食店をあとにしたのだった。
そして、タクシーの運転手にホテル名を告げる。
ガイエは、その名前を聞き、少し首を捻っていた。
『あれっ、なんだか違うような気がするけど......』
タクシーは10分ほど走ると、大きなホテルの前に停車した。
冬雪流は起きる気配が無い。
ホテルの従業員とタクシーの運転手が協力して、ホテルのロビー内に冬雪流を運ぶと、タクシーは走り去ってしまった。
多友課長は、フロントで何やら手続きをしてから、冬雪流の元へ。
そして、鍛え上げられた筋肉質の肉体を持つ課長は、ひょいっと冬雪流を抱き上げると、そのままエレベーターへと消えたのであった。
部屋に入り、ベッド上に冬雪流を横臥させると、ドアの鍵を掛け、チェーンロックも掛ける。
そして、持っていたビジネスバッグから、何やら小型の機器を取り出して、部屋の片隅にセットする。
その動きを冬雪流の中から見ていたガイエ。
『あの機械は何だろう......ベッドの近くに設置したのは、スマホ? 冬雪流が持っているのとは少し違うけど、間違いない。 一体何をする気だ?』
色々考えながら、怪しいと見て、多友忠洋の動きを監視する。
するとついに、多友はその本性を現したのだ。
「冬雪流ちゃん。 君が僕の部署に来てから3年以上が経つね〜。 あの出来事から会社側にマークされてしまい、なかなか行動に移せなかったけど、ついにこの日を迎えることが出来たよ〜。 僕は本当に嬉しい」
そう言いながら、来ていたスーツを脱ぎ、下着も脱いで素っ裸に。
そして、眠ったままの冬雪流の服を脱がせ始める。
「これから起きる、全ての出来事は、アクションカメラとスマホのカメラで同時撮影するからね〜。 もう僕の手から逃げることは出来ないんだよ」
そう語る多友。
既に下半身のものは、はち切れんばかりになっていた。
更に饒舌に、独り言を語り続ける。
「何故、動画を撮るのかって? それは冬雪流が訴えられないようにする為さ。 君が僕を裏切って訴えれば、この動画がネット上にバラ撒かれる。 一度ネット上に流出したら、永遠に消せないからね~」
「それに、眠ったままの君の体が、少しでも僕に感じてくれたら、それは合意の上だという言い分の証拠になるからさ。 強姦じゃないっていうね」
そこまで饒舌過ぎる程語ると、脱がせにくい女性用のスーツを本腰を入れて脱がせようとする多友。
しかし、脱力している人間の服は、体重の軽い女性であっても脱がせにくい。
ウエイトトレーニングで鍛えた体を持つ多友忠洋であっても、やや苦戦していたが、それすら、楽しんでいる様子であった。
『これは不味い。 冬雪流が犯される。 なんとかしなくては。 起きろ冬雪流。 とにかく起きろ〜、起きてくれ』
ガイエは必死に呼び掛けるが、いつもなら声帯を動かして声を出せるのに、この時は全くダメであった。
『この眠り方は異常だ。 何か魔術でも掛けられたのかも......』
そう判断したものの、打つ手が見つからない。
その間、冬雪流はスーツを脱がされてしまい、スカートも脱がされ、今は多友に、ブラウスを脱がされているところであった。
『とにかく起きろ、冬雪流。 起きてくれ〜』
ガイエの必死の呼び掛けの影響か、ついに冬雪流が少し声をあげたのだ。
「ガ......」
何を言ってのかわからなかったが、多友は驚いて、一旦動くが止まる。
だが、冬雪流が起きる気配は無いままであった。
「驚かせるなよ〜、冬雪流ちゃん。 1回戦終わる迄は、そのまま良い子で眠っていてくれよ〜」
多友はそう言うと、ブラウスのボタンを力付くで弾き飛ばし、一気に脱がせてしまったのだ。
『ヤバい、冬雪流。 とにかく起きろよ。 このまま冬雪流がヤられたら、俺もこのムサイ男に初体験を奪われちゃうってことになるんだからな〜』
必死になるガイエ。
ところが状況は益々絶望的。
多友の手が下着に伸びて、冬雪流の胸が露わになる危機に......
『こんな男にヤられるんなら、美しいルヘルミナ国王の要望を受け容れておけば良かったかも......』
ガイエはそんなことまで考えてしまうほど、絶望感に囚われていたが、そこは異世界の最強剣士。
最後まで諦めることはせず、持てる力の全てを振り絞って、冬雪流を起こそうと努力を続けた。
でも、ついに多友の右手は、冬雪流の下着内に入るところまで来てしまったのだった......