第1話(これは、夢?)
新しい物語がスタート。
それは、異世界の剣士と現実世界の女性との出逢いが全ての始まりであった。
「剣士シェヴァルよ」
「はは〜」
玉座に座る国王の前に進み出て跪く、若き剣士ガイエ・シェヴァル。
アルタート王国随一の功績と腕前を認められ、褒章と名誉を授与する儀式が行われていたのだ。
宮殿の大謁見の間では、玉座から出入口までの中央部に、ふかふかの絨毯が敷かれており、その両脇に重臣や廷臣、将軍達が居並んでいる。
それらの者達の大半は、儀式の主役に見下したような視線を送りながら、
「異名まで授与するには、まだ若過ぎるのでは?」
「いや、彼の戦功はかつて無い程......」
「しかし、門閥の後ろ盾が無い人物ですしなあ〜」
「陛下のお気に入りというだけだろ?」
「少しばかり見た目が良いからと、色々な噂もあるのでのう」
「男色とか......」
「シーッ。 陛下の耳に届いてしまいますぞ」
本人の耳に、わざと聞こえるよう、口々に噂話をしている。
多くの出席者が、今回の特別授与を全く快く思っていないのは明白であった。
「オクタミア帝国の大軍を撃破した功績は、我が王国の歴史上、かつてないものであった。 よって上将軍の地位と王陵候の侯爵の爵位、更には『斬鷲』の異名を授与する。 更に励めよ」
「有難き幸せ。 恐悦至極に存じます」
ガイエは恭しく進み出て両手を差し出すと、国王がその御手から上将軍用の儀仗を手渡す。
それを強く握って受け取ると、そのまま後退りして、再び絨毯上に跪く。
その姿を見て、頷くアルタート国王ルヘルミナ。
亡き御母堂様の生き写しと言われ、美王として知られているので、その一挙手一投足すら非常に華麗に見える。
その頷く仕草を合図に、側近達がルヘルミナ国王の両手を取ると、王は大きな玉座からゆっくりと降りて、ガイエの肩をポンポンと2回叩くと、僅かに微笑みを浮かべながら玉座の裏へと移動しつつ、大謁見の間から去っていくのであった。
ガイエは、国王が玉座の裏へと完全に消え去ったタイミングを見計らって立ち上がると、両脇に立ち並んだ廷臣達を、その鋭い濃藍色の瞳で睨み付けていた。
少なからず噂話が聞こえていたので、周囲を威圧したのだ。
そして、絨毯上を悠然と歩き、大謁見の間から立ち去るのだった。
その姿をほぼ全員が冷たい視線で見送る。
「おお、怖わ」
「所詮、平民からの成り上がり者ですな。 粗野なあの態度」
「我等を睨み付けるなんて、礼儀知らずも甚だしい」
ひそひそ話をしながら、その姿勢を非難する廷臣達。
確かにガイエは、王国じゅうに鳴り響く、名高い最強の大剣士であり、先の戦いでオクタミア帝国軍の総大将「カート・フェンリル」を始め、遠征軍の高位の将軍達を纏めて討ち取るという比類なき功績を上げていたのだが、常に昂然としていて、周囲と交わらず、王国内での理解者は殆ど居ないのであった。
『まったく。 我が王国の重臣・廷臣達こそ、面従腹背の連中ばかり。 裏で帝国に内通している者も多く、アルタート王国における獅子身中の虫といったところだな』
内心、そんなことを考えながら、王宮内の自身の執務室へと戻る。
国王の寵愛が厚いことから、王宮内に立派な部屋を宛てがわれているものの、成り上がりの若き将軍であるが故に、隙を突かれて失脚する可能性を常に考えておかねばならず、周囲にも厳しい態度を貫き通していることから、側近達ですら怯えているのだ。
よって、執務室に戻っても、誰も話し掛けて来ない。
「おい、誰か」
主が戻っても、遠く離れた控室から出て来ようとすらしないので、仕方なく適当に声を掛ける。
「上将軍様。 どのような御用命ですか?」
ビクつきながら、年長の側近の一人が急いで立ち上がって、控室から顔を出す。
「これは、国王陛下より頂いた儀仗や勲章だ。 そなた達に任せるから、執務室内に飾ってくれ」
その指示を受けても、笑顔一つ見せず、全く表情を変えることなく、黙々と作業を始める側近達。
やがて、ガイエが座る仕事用の机の後方の壁に勲章が嵌め込まれ、儀仗は袖机の脇に立て掛けられたのであった。
暫く、黙々と軍務に励む上将軍ガイエ・シェヴァル。
側近達は控室に籠り、こちらも黙ったまま、時間が過ぎ去るのをひたすら待っている。
ガイエは、
「勤務中、私語を慎むように」
と、強い指示を出してあるので、側近はそれに従っているだけであり、用件を頼まれることが殆ど無いので、基本毎日手持ち無沙汰。
元々ガイエは、市井の一布衣あがりの剣士なので、大概のことは自身で済ませる質であって、他人に任せるのが苦手であり、側近達に仕事を与えず干している訳ではない。
側近達自体も、国王自ら選んで、ガイエに付けた者であることから、廷臣達のように、成り上がりのガイエを殊更嫌っているという訳では無かったが、あくまで忠誠心は国王ルヘルミナに向いているだけであった。
日が傾く頃になって、ガイエの執務室に訪問者がやって来た。
ガイエの幼少時代からの友人であるショウ・べトラルであった。
ショウは、
「ガイエ。 上将軍への就任おめでとう」
と言いながら入って来たので、
「挨拶は要らないぞ。 ショウと俺との仲じゃないか」
と、あえて親しげな返事をする。
ショウは大人しい人間であるが、少年時代のガイエが国王ルヘルミナに見出されて登用されると、以後、小判鮫のように、ただ一人だけの最側近として、ガイエにずっと付き従ってきた結果、上将軍にまで上り詰めたガイエの功績に乗っかる形で、現在、雑号将軍の地位にある人物であった。
「ガイエ。 今晩、就任祝いをやらないかい?」
その用件は、少人数での祝賀パーティーをやりたいというものであった。
高官の昇進祝賀パーティーとなれば、ある程度の人々に声を掛けねばならず、そうしなければ、また口うるさい廷臣達に、
「成り上がり者は、これだから云々」
と嫌味を言われまくるのが確実であった。
『少人数でも、公にせねばならず、面倒だなあ〜』
そう思ったので、
「いや......俺が貴人との付き合いが苦手なの、知っているだろ?」
一旦やんわりとした言い方で断りを入れる。
しかし、
「うん、わかっているよ。 だから、先日のオクタミア帝国との戦いに従事した将軍達だけでという誘いなのだけど......ダメかな?」
ガイエの性格や志向を熟知しているからこそ、普段はこういう誘いをして来ないショウが、珍しく少し熱心な様子で話をしてきたので、改めて考え込むガイエ。
「ショウ。 今回の誘いは、誰が言い出したんだい?」
と逆に質問をしてみる。
気の弱いショウのことだから、将軍連中のうちで、高位の者が言い出したことを断り切れず、逆にガイエを祝賀会に引っ張り出してくるように命じられてしまったのであろう。
「やっぱり、ガイエはお見通しか〜。 中将軍大魔導師のレッテ・エーレン様の提案なんだよ。 だから、どうしても、ガイエを誘わなければならなくなってしまったんだ。 本当にゴメン」
「大魔導師様が? なんか胡散臭いなあ〜。 いつもやけに馴れ馴れしいから、苦手なんだよ」
ガイエは渋い表情になってしまう。
剣士と魔導師という間柄では、利害関係の対立みたいなものは殆ど無いので、仲が悪い訳ではない。
ただ、無骨な武人のガイエと、政治的な側面の人柄が強いレッテでは、基本的な考え方が違うのであった。
「上将軍という高位に就任したのだから、今後は政治的な影響力から逃げることは出来ないし、宰相や三公といった王国の中心人物と協議するような機会も避けては通れないだろ? 幸いにも大魔導師様は、政治家というだけではなく、中将軍の地位を兼ねてらっしゃる。 今後ガイエが交流を持つ人物としては、適切だと考えているんだけど......」
あくまでショウは、ガイエの為を思っての誘いのような言い回しであった。
そのため、暫く考えてから、
「わかったよ、ショウ。 俺が人付き合い苦手で、間に入って貰ってばかりで今まで色々と苦労をかけてきているし、今回の話を俺が断ってもショウの立場上、そんな回答持って行けないのだろ?」
そう答えることで、渋々ながら承諾したガイエ。
すると、
「本当に助かった。 断られると思っていたから、板挟みだったんだ」
ショウは嬉しそうな表情を見せると、
「後で、使いの者が来るから、執務室で待ってて」
そう言い残して、報告と準備の為、そそくさとガイエの執務室を出て行ったのであった。
その足取り軽く去って行く様子を見守りながら、
「たまには、喜ばせてやらないとな......」
そんなことを考えていたのであった。
「ちょっと、出て来る」
側近達に告げてから、王宮内で国王が鎮座する、
『翠玉の間』
へと向かうガイエ。
祝賀パーティーに出席することを、国王ルヘルミナに報告しておく必要性を感じたからだ。
門兵に用件を伝えて、王宮の中枢部に入り、控室で待つこと十数分。
王の側近がガイエを呼びにやって来た。
「上将軍様。 どうぞお越し下さい」
その言葉を聞き立ち上がると、翠玉の間へと通される。
そこでは、国王ルヘルミナが多くの書類に目を通しながら、自ら決裁をしているところであった。
「ガイエ、急にどうしたんだい?」
まだ若い国王ルヘルミナ。
アルタート王国の第22代国王の地位に15歳で即位してから、約10年。
25歳を過ぎて、国王という立場上、早く后を迎えるようにと臣下から毎日のように進言されているが、当人は馬耳東風。
あらゆる機会において、王妃候補を次々と紹介されているものの、一向に本気で会おうとすらしないことから、王宮内では、色々な噂が流れてしまっている。
勿論、国王当人も、その噂を知っていたが、全く気にしている様子は無いのであった。
「陛下。 急な面会の申し入れ、受け容れて頂きありがとうございます」
ガイエが右手を胸にあてながら、深々と頭を下げると、ルヘルミナは笑い出す。
「ガイエが、そんなに畏まっていると、本当に上将軍に見えてくるね」
と言いながら。
「陛下もお人が悪い。 私は無粋で粗野な人物なのに、必要以上の高い地位へとお就けになられるからですよ」
その冗談に、困った表情で抗議をするガイエ。
「本当は陛下じゃなくて、ルヘルミナって呼んで欲しいのだけどな......」
国王は少し甘えた声を出すと、立ち上がって近付き、ガイエの顔を撫で始める。
ルヘルミナはガイエに対して、最側近として重用をしているが、それは寵愛に近いものであった。
「陛下......」
「ルヘルミナって呼んでよ」
「では、ルヘルミナ様。 私は、ルヘルミナ様とそのような関係になるつもりはありません」
「また、返事はそれか〜。 さっきの儀式でも、みんなが噂していたよね? 君と僕とはそういう関係だと......」
国王はそう言いながら、自席に戻る。
そして、王母様に似た美しい顔を少し曇らせると、ガイエを見詰め続けるのであった。
「そうだ。 用件を聞いていなかったね」
思い出したように、面会の本来の目的を尋ねる国王。
「急遽、私の昇進祝賀パーティーを開催したいという申し出が将軍達からありましたので、ご報告しておかねばと思い、参上したのです」
それを聞き、不機嫌になる国王。
自身は立場上、参加出来ないのは明白だからだ。
「あ~あ。 僕も参加したいのに......いっその事、退位宣言書でも出しちゃおうか?」
その冗談に対しては、ガイエに睨まれてしまい、シュンとなるルヘルミナ。
「我が儘はダメです。 それに、市井で用心棒として適当に剣を振るい、好き勝手生きていた15歳の私を王宮に引き入れたのは、陛下ですからね。 上将軍に昇進させたのも......」
そこまで言われると、ぐうの音も出ない。
ガイエは、余計な人付き合いが嫌いなのに、祝賀パーティーのような行事に出なければならない理由をルヘルミナ国王自身が作ってしまったのであるから......
「わかったよ〜。 酒も付き合わなければならないだろうから、今晩は一時的に将軍としての役目を外れることになるっていう報告だね」
「はい。 オクタミア帝国の動きが気になる状況ですが......申し訳ありません」
「僕が一気に昇進させた結果だからね。 致し方ないってところかな」
先王のただ一人の子であるルヘルミナ。
大事に大事に育てられたのは良いのだが、友人が一人もいない状況のまま、帝国との戦さで先王が亡くなり、まだ少年という年齢にもかかわらず、急遽即位しなければならないという状況に陥ったのだ。
即位後、変装して王都を視察中に、偶然、用心棒をしていたガイエ・シェヴァルが、雇い主を付け狙っていた賊数名を、華麗な剣捌きで打ちのめすシーンを見てしまい、一目惚れ。
その場で王家に仕えるよう説得したものの、断られてしまったので、以後足繁く市中に通い続け、説得。
根負けしたガイエが承諾したことで、漸くルヘルミナ国王の護衛兼友人という立場で、臣下に迎え入れることに成功。
以後、重用されているのだ。
しかも、剣技は王家の剣術指南役の指導を受けると、メキメキ上達。
王国一の剣士となっただけでなく、将軍としても大活躍をして、苦杯を嘗めさせ続けられていたオクタミア帝国軍を幾度となく敗走させ、現在に至るという訳であった。
「それでは、陛下。 私は自身の執務室へ下がります」
「陛下じゃなくて、ルヘルミナ」
「ルヘルミナ様。 ではお暇致します」
ガイエの挨拶に寂しそうな表情を見せる国王。
しかし、仕事は山積みなので、気を取り直して、去って行くガイエを目線だけで見送ると、王としての執務に戻るのであった。
ガイエは、翠玉の間を出ると、険しい表情をした女性とすれ違った。
先王の異母妹である、リーナ・ローミア公爵であった。
「あら、これはこれは。 王国の英雄たるガイエ・シェヴァル上将軍閣下ではありませんか?」
大袈裟な言い回しに、げんなりするガイエ。
「ローミア公爵様、ご機嫌いかがですか?」
「たった今、すこぶる不愉快な気持ちになりましてよ」
甥であるルヘルミナ国王が、どこの馬の骨ともわからない少年を市中から拾ってきて、しかも重用していることを腹ただしく思っているローミア公爵。
しかも、その心情を周囲に公言しており、王宮内において、ガイエと最も敵対している人物の一人であった。
「申し訳ありません。 公爵閣下は、私の存在自体が気に入らないようですから、直ぐに退散致します」
そう言って、ガイエが足早にその場を立ち去ろうとすると、
「待ちなさい、ガイエ」
といきなり呼び捨てに。
そして、
「今、どなたと会っていたのですか? まさか国王陛下と......」
その質問に肯定するため、立ち止まって頷くと、
「なんと、穢らわしい。 なんだか、スッキリしたような表情をしているし......あの美しいルヘルミナ国王と、いかがわしいことをしてきたのね。 平民出身の分際なのに......」
そんなことを呟き続ける公爵。
国王とガイエは、王宮内での噂通りの関係だと、ローミア公爵は思い込んでいたのだ。
それには訳があった。
国王である甥に対して公爵は、自身の息がかかった高貴な女性との縁談話をいくつも持ち込んでいるのだが、全く会おうとしてくれない。
そこで、業を煮やした公爵が理由を尋ねると、
「叔母上。 私に対して、色々と気を遣って頂けることは有り難いのですが、私はガイエとの関係をより大事にしています。 だから、紹介された女性の方々と会うことは出来ません」
と、断る理由に、王宮内における男色の噂を利用していたのだ。
実際には、二人の間に、そのような関係は無いのであったのだが。
「本当に穢らわしいわ。 しかも、そうした関係を利用して、上将軍にまで成り上がるとは......いずれ必ず天罰が下るでしょう。 せいぜいその日まで、国王陛下の寵愛を一人占めにして、我が世の春を謳歌していることね」
そう捨て台詞を残すと、お付きの者達に、ガイエが通った場所に塩を撒いて浄めるように指示をすると、
「フン」
と大きな声で言いながら、その場を去って行ったのであった。
「また随分と侯爵は太ったなあ〜。 俺を嫌っているのはわかるが、一人でブツブツ文句を言い続けて、怒って去って行ったけど、一体なんなんだ?」
勝手に怒って、盛り上がって、侮蔑して立ち去ったローミア公爵の姿に、呆れて何も言わなかったガイエであった。
夕刻になって、ショウの使いの者がガイエを呼びに来た。
馬車に案内され、向かう場所は、大魔導師エーレンの邸宅。
邸宅に到着すると、
「これはこれは、上将軍シェヴァル閣下。 お待ち申し上げておりました」
邸宅の主であるレッテ・エーレン自ら、今宵の主役を出迎える。
大魔導師に仕える者達も、車寄せに勢揃いし、
「閣下、お待ち申し上げておりました」
と唱和して、深々とお辞儀をしている。
「大魔導師様。 このような出迎え、私には必要ありませんよ」
ガイエは断りを入れるも、
「いえいえ。 今晩は主役なのですから、遠慮なさらずに。 ささ、中へどうぞ」
と謙った態度で、大広間へと案内する。
そこでは、多くの賓客が既に待っている状態であり、ショウの話とは全然異なる規模のパーティーであった。
出席者の面々も、将軍達は殆どおらず、大魔導師と交友のある廷臣達が大半であるように見受けられた。
見知った顔は、殆どいない。
館の主に案内された主賓の席にガイエが座ると、直ぐにパーティーが始まった。
次々と出される豪華な料理。
高級な酒も続々と。
出席者達に酔いが回り始めると、徐々に無礼講に。
ガイエも次々と酒を薦められてしまい、つい盃を重ねてしまう。
やがて、ショウが酒を注ぎに回ってきたので、
「おい、ショウ。 ちょっと話が違うのではないか?」
と咎めるも、
「私も、これ程の規模とは知らなかったのです。 まあ、そんなことは良いではありませんか? 王都の下街で駆けずり回っていた貧しい私達が、ここまで出世出来るとは到底思っていませんでした。 これもガイエのお蔭です。 本当にありがとう......」
ショウはそう言うと、酒が回っていたせいか、泣き出してしまう。
それも、ワンワンと男泣き。
なんとか宥めるガイエ。
そのうち、今度は絡み酒に。
「おい、ガイエ。 もっと飲め」
と目が据わって、勝手に盃へ酒を注ぎ始める。
「ショウ、もう飲めないよ」
ガイエも、多くの出席者からの挨拶回りを受け続けて飲み過ぎていたので、やんわりと断るも、
「俺の酒が飲めないのか〜」
と激しく絡む。
流石のガイエも困った様子。
仕方なく、ショウの酒に付き合っていたが、そのうちショウは眠り始めてしまうのであった。
数時間後。
パーティーはお開きに。
「上将軍様。 帰りは馬車でご自宅までお送り致します」
大魔導師の屋敷で仕える者達に勧められ、素直に従うガイエ。
パーティーの間、流石に無粋だと、常日頃肌身離さず身に帯びている大事な剣を外していたので、腰に着けると、案内された馬車に乗り込む。
中では、既にショウが酔っ払って寝込んでいた。
『仕方ないな。 今日は俺の部屋に泊めてやるか』
そんなことを考えていると、やがて馬車は出発。
ガイエは国王の命令で、王宮内で暮らしていることから、送り先は王宮の予定であった。
ところが。
酔いが回っていたガイエでも、馬車の向かっている方向が、王宮ではないことに気付く。
「おい、行先が間違っているのではないか?」
馭者に声を掛けるも、全く反応がない。
『これは、おかしい。 嵌められたか』
ガイエがそう思ったところ、暫く経つと馬車は急停止したのであった。
剣の柄を握るガイエ。
馬車のドアを蹴破り、外に出ると、多くの謎の者達に幾重にも囲まれていたのだ。
「お前達は、何者だ?」
ガイエが大声を出して威圧するも、相手は全く怯まない。
突然、暗闇から一人の中年男が現れて、
「油断しましたな、ガイエ・シェヴァル殿」
その声の主は、聞き覚えがあった。
オクタミア帝国の高名な特級魔術師で、何度も戦場で相まみえたジード・キールヒアであったのだ。
「何故、王国領の中心部に帝国の特級魔術師が......まさか、大魔導師エーレンが王国を裏切ったのか?」
ガイエのその言葉に、
「裏切ったのではありませんよ。 国王ルヘルミナは、所詮若僧に過ぎない。 それに、とてもじゃないが帝国に対抗出来るような力量は無い。 我々、王国の行く末を憂う者達は、早期の帝国による併合を願っているのです」
大魔導師エーレンはガイエに、王国が一枚板に程遠い状況をあえて説明する。
「兄上たる先王も、我々の術中に嵌って頂き、戦場であの世に召されたことで、上手く王国の弱体化を進めてきたのに......ガイエ、下賤な身のお前が対帝国戦で勝つという余計なことばかりするから、帝国による併呑計画への狂いが生じてしまっていて、本当に困っているのよ」
更なる裏事情を明かしたのは、リーナ・ローミア公爵の声であった。
「帝国の大軍を俺が何度も破ったから、邪魔だというわけか。 しかし、お前達に俺が斃せるかな? 俺には魔術は殆ど効かないぞ」
ガイエは勇ましいセリフを吐いたが、それを嘲笑する声が上がる。
「お前の魔剣は、既にすり替わっているんだよ。 今、腰に着けている剣は、ただの鉄剣だ」
その言葉を聞き、鞘から剣を抜くガイエ。
確かに、いつもの剣とは全く異なる、駄剣に入れ替えられていたのであった。
「パーティー中に、差し替えたのか......」
思わず、酔いすぎた自身の不明を後悔するような言葉を呟く。
しかし、表情は余裕のガイエ。
その鉄剣を一振り振るってみせると、いつものダークパープル色に輝く魔剣へと変化したのだ。
「何故、鉄剣が魔剣に......」
その光景に、やや焦りを見せる襲撃者達。
ガイエの剣士としての実力は、並ぶ者がない程のレベルだと、わかっているからだ。
「そうか、国王ルヘルミナがお前に授与した秘宝の魔剣は、短剣だったのか......」
真実に気付いた大魔導師エーレン。
「ここで、ガイエを逃がしたら、我等は破滅だ。 襲い掛かれ〜」
特級魔術師ジード・キールヒアと大魔導師レッテ・エーレンの合図で、ローミア公爵家の兵を含めた大軍が襲い掛かる。
それに対して、ただ一人立ち向かうガイエ。
ガイエの魔剣は刃こぼれしないので、次々と斃される兵達。
その間に、魔術師キールヒアと大魔導師エーレンが、同時に魔術を唱え始める。
それに気付いたガイエは、襲い掛かってくる兵達を斃しながら、馬車に戻って、ショウを起こそうとするが......
既に、ショウの姿は何処にも見当たらないのであった......
『アイツ、ここにきて、俺を裏切ったのか......』
逃亡したショウの行動には、流石に大きなショックを受けるガイエ。
約20年間、苦楽を共に過ごしてきた幼少時代からの友人であったのだから......
パーティー参加者全員に裏切られ、罠に堕ちたことに、改めて気付かされたガイエ。
大魔導師エーレンと特級魔術師キールヒアだけは許すことは出来ないと、魔剣を片手に二人を目掛けて、一気に斬り込む。
「なんとか防いで。 二人が魔術を完成させるまで」
ローミア公爵が兵達を必死に叱咤するが、やがてガイエが放った予備の短剣が命中して、重傷を負って倒れた公爵。
それを見た公爵の兵が、
『やはり、上将軍は化け物だ〜。 こんなところで死にたくない』
と口々に叫んで、ついに一斉に逃げ出す。
その混乱の隙に、大魔導師と特級魔術師へと一気に迫ったガイエ。
その魔剣が特級魔術師キールヒアの体を貫いた瞬間、二人の仕掛けた大魔術が発動し、ガイエの体は、眩い光に包まれると、やがて消えてしまったのであった......
そして、大魔導師エーレンもその場で斃れてしまう。
魔力を完全に使い切り、魔導師としての能力の大半を喪失したのと引き換えに、ガイエを異世界へ遷移させることを成功させていたのだった。
とある日の朝。
日本の首都圏の某所の一室。
「あ~あ。 なんだか凄い長い夢を見ちゃったなあ〜。 異世界みたいだったけど、一体なんだったんだろ〜」
煌月冬雪流は、大きな欠伸をしながら、ベッドより起き上がる。
「逆に凄く疲れた感じだな。 夢のせいで」
そんなことを呟きながら、パジャマを脱いで着替え、仕事に向かう準備を始める。
28歳の会社員。
大学卒業後、就職して早6年。
大企業に勤める女性社員である冬雪流。
名前の通り、冬に生まれたので、夏は少し苦手。
着替えを終えると、すぐに化粧を始める。
アラサーの冬雪流は、念入りに。
鏡を見ながら、
「肌の張りが無くなってきたような......」
独り言が増えて来たのも、年を取ったせいかな?
そういうことを考えていると、
「おい、お前は今、何をしているんだ?」
自分の口から、自身の考えていない言葉が出てきてビックリ。
恐る恐る鏡を再度覗くと、
「質問に答えろ、そこの女」
と再び自分の声が一人暮らしの部屋に響いた。
『どうなっているの? 私、ぶっ壊れた?』
独り言連発の自分に、首を捻ってしまう。
『ついに、焼きが回ったか〜』
彼氏もずっとおらず、仕事は結構厳しく、社畜と言われるような日々を送っているので、このままだと、延々にお一人様生活が続いてしまうような気がしていたのだ。
「何度言ったらわかるんだ。 お前は今、何をしている」
「化粧よ」
「けしょう? 意味がわからん」
「貴方は、男?」
「そうだが......」
「男はやらないよね。 女は、身だしなみを整える為に化粧をするの。 外に出る時に、少しでも綺麗に見られたいものだからね〜」
「ふ~ん。 そんなものなのか......」
この会話、全部冬雪流の独り言である。
「あ~あ、私。 かなりヤバいわ〜」
とにかく独り言が止まらない。
もう、訳が分からない状態であった。
「朝は時間が無いから、これ以上、話をしないでくれる?」
再び化粧を始めながら、自分に向かって独り言。
もう、完全に異常者だ。
そんなことを考えていると、もう一人による喋り掛けは、一旦停止。
静かな時間が流れたことで、ひとまず化粧を無事終えることが出来た。
すると、
「おお、結構見違えたなあ〜。 これが、けしょうってヤツの威力か〜。 確かに俺が居た世界でも、高貴な女性は侍女に手伝って貰いながら、紅や白粉を塗っていたな〜」
と再び冬雪流の独り言。
「ところで、貴方、誰なの?」
思い切って、質問をしてみることに。
「俺か? 俺はガイエ・シェヴァル。 アルタート王国の剣士だ」
「アルタート王国? 聞いたことないわ。 アフリカか何処かにある国?」
「アフリカ? そりゃなんだ?」
ここで冬雪流は、ふと有ることに気が付いた。
『ガイエって言ったわね。 確か、さっき見た夢の中の人と同じ名前のような気が......』
「剣士って......貴方、もしかして夢でさっき見た人?」
「お前、夢を見たのか?」
「うん。 結構長い夢だったの。 確かその中に出て来た主人公が、ガイエっていう名前だった」
冬雪流は、会社に行く準備をしながら、謎の男と自身の口を使って、会話を続ける。
「お前の夢の内容を、俺がわかる筈が無いだろ?」
「確かに、そうだね」
そう答えると、笑ってしまう冬雪流。
独り言が続く状況が面白くなってきて、何となく笑みが溢れてしまったのだ。
「ガイエ」
「なんだ?」
「貴方の姿を見ること出来ないの?」
「ウ~ン。 よくわからないが、とにかく、お前の中に閉じ込められたような感じだな」
「それと会話は、私の頭の中に直接出来ないのかな? このままだと、ガイエとの会話で、私、ずっと独り言を続けることになっちゃうから......」
「その要望は、今のところ無理みたいだ。 やってみようとしたが、やっぱりお前の声を使うしか方法が無いようなのだ」
その即答に、ガクッとなってしまう冬雪流。
このままだと、暫くは独り言だらけで、周囲の人々から不審な目で見られるようになるだろうことは、想像がつくからだ。
しかも、ガイエから話し掛けられるのを、冬雪流の意思では、止めることが出来ない。
話し掛けられると、自動的に独り言になってしまうのだから......
ここで冬雪流は夢で見た状況が、自身の中に突然現れた異世界の剣士の遭遇した状況と一致するのか、確認してみたくなったのだ。
「ガイエって、向こうの世界で、大魔導師と特級魔術師に魔術を掛けられて、異世界に飛ばされたってことだったよね? 邪魔者を消してしまえと、似非のパーティーが開かれて、ベロンベロンに酔っ払って、王宮に送ると言われて騙され、軍勢に待ち伏せされてさ」
冬雪流の言葉に黙ってしまうガイエ。
悔しさがこみ上げてきたのだ。
「畜生〜。 あんな連中に騙されるなんて......しかも20年来の子供の頃からの友人に一杯喰わされる形でとは......」
ギリギリと歯軋りをするガイエ。
すると、冬雪流も歯軋りをしてしまう。
「ちょっと〜。 貴方が歯軋りをすると、結局私がやることになるのだから、止めてくれる?」
「すまん」
素直に謝るガイエ。
『やっぱり、あの夢は転移してきたガイエの当日体験した出来事を纏めたものか〜』
そんなことを考えていると、自分の独り言で、我に返る。
「ところで、貴方じゃなくて、ガイエって呼んでくれ。 暫くはお前の中で生きて行くしかないみたいだしな......」
「じゃあ、私もお前じゃなくて、『とゆる』って呼んでよ」
「わかった。 今後、どうなるのか、よくわからないが、よろしく頼む。 とゆる」
「ガイエもよろしく」
ここまでの会話、全て冬雪流の独り言。
傍からみたら、完全にイカれた女性状態となってしまっている。
しかし、当人達は大真面目。
しかも、この世界では、ガイエの姿を見ることは出来ない。
でも、冬雪流は、夢の中でガイエの姿を見ていた。
少し年下の25歳。
濃い藍色の瞳が印象的の、相当なイケメンであったのだ。
それを直接見ることが出来ないのが、悔しい状況。
だが、
『いつか、別々の存在として、会える日が有るのではないか?』
と思うと、少し楽しみになる冬雪流であった。
「ガイエ」
「なんだ」
「私の考えていること、ガイエはわかるの?」
「いや、全く。 とゆるの中に居ても、思考は別々らしいな」
「そうみたいだね」
ここで大事なことに気付いてしまった冬雪流。
「ガイエ、いつから私の中に......」
「冬雪流が起きた時からかな?」
「じゃあ、着替えで私の裸......見たよね?」
「すまん」
「トイレは?」
「トイレってなんだ?」
「排泄する場所のことよ」
「......ゴメン」
「まさか、全部見えちゃうってこと?」
「......そうみたいだね......」
それを聞いて、真っ赤になる冬雪流。
あまりのことに激しいショックで、落ち込んだのだ。
ガイエも暫く黙ってしまうほどの意気消沈な様子。
しかし、もう全て見られている以上、割り切るしかないと思い直す。
「会社行くよ〜。 あまり話し掛けないでね」
「なんで?」
「行けばわかるよ。 ガイエも職場で側近達に静かにしていろって、指示出していたでしょ?」
「ああ、そんな感じだな」
「会社って、そういう場所だっていうこと」
「なるほど〜」
サバサバした性格が冬雪流の良いところ。
こんな非常識な出来事を、朝、出勤前の忙しい時間の十数分で受け容れることが出来たのも、そういう性格のお蔭だろう。
ただ、余計な独り言の連発で、朝食を摂る時間が無くなってしまっていた。
「いってきます」
ワンルームマンションの玄関ドアを閉めながら、いつものように誰も居ない部屋に向かって、独り言の挨拶をする習慣を済ますと、鍵を掛けて出勤。
ただ、この日からは、別の誰かが存在するという、不思議な体験が始まったということになる。
そんな思いを抱いて、いつもより軽やかに歩き出した冬雪流であるのだった。