マホウノセカイ
『視聴者のみなさま、ご覧頂けるでしょうか! 東京湾上空で巨大な怪物と在日米軍が交戦しています! あっ!? いま戦闘機が発射したミサイルが命中しました! 爆発音が聞こえます!』
ズーム映像が映し出される。
怪物の周囲で火の玉がはじけた。
在日米軍海兵隊所属のF-35Bがかすめ飛ぶ。下部ウェポンベイを開き、短距離空対空ミサイル――サイドワインダーを再び叩き込む。至近距離からの視線誘導と赤外線シーカーによる必中弾。
しかしミサイルはまたしても直撃する寸前、見えない壁に阻まれた。
『ミ、ミサイルが届いていません! 怪物はまったく平然とし、効果が無いようにみえます! 直前で爆発してしまいました!』
テレビ中継のレポーターが必死で状況を解説する。どうやら岸壁から撮影しているらしい。
巨大な悪魔は突然身をよじると口から炎の塊を吐き出した。戦闘機には命中せず落下し海上を逃げる貨物船に命中し炎上する。
『貨物船が爆発しました! 怪物の攻撃です! まるで映画のようですがこれは現実の光景です!』
混乱の極みの中継が全世界に配信されている。
空中に浮かぶ悪魔じみた怪物に対し、二機の戦闘機は果敢にミサイルを発射する。だが、まるで効果がない。
『きゃっ!? 怪物がすさまじい光を発しました! あっ!? 米軍の戦闘機が炎に包まれ……落下してゆきます! 墜落です! 怪物の攻撃で……パイロットは無事でしょうか!?』
米軍のステルス戦闘機、F-35Bが炎上し空中分解。しかしパイロットはベイルアウトしたようだ。
別の金属的な轟音が接近してきた。
『大型のミサイルです……!』
戦闘機と入れ替わるようにミサイルが怪物めがけ飛来。太平洋上のイージス艦から発射されたトマホーク型の巡航ミサイルだった。
しかし、それさえも怪物は手を伸ばし、見えないシールドを展開。蜘蛛の巣のような光が壁となってミサイルの爆発を防ぐ。
『こ、効果ありません! 大きなミサイルが直撃しても……まるで、あれは』
――ワレ……ハ、破滅……ノ……魔王ナリ
『えっ!? 音声? なんですか、これ』
全人類の頭に恐ろしい声が届いた。
――畏れよ、ひれ伏せ、人類に……等しき死を
巨大な黒い悪魔じみた怪物は、人々の脳に直接絶望的な声を響かせたのだ。
そして人類は理解した。
反社やアウトローどもの暴動は序章に過ぎなかった、と。魔王の邪悪な「波動」の影響を受けた人間が悪に染まり暴走したのだ。そう人々に誤解させるには十分だった。
東京湾上空の「魔王」は更なる進化を遂げてゆく。メリメリと巨大化し、姿を更に禍々しく変化させてゆく。
『い……今の音声は、一体!? な、何が起こっているのでしょう!? 暴徒の騒乱に続いて、東京上空の巨大な爆発……魔王の出現! まるで悪夢を見ているようです!』
テレビにネットの動画配信。すべてが混乱の極みにあった。当たり前だと思っていた日常が壊れ、常識と価値観が否定されてゆく。
真歩と翔は、レインボーブリッジの橋脚の頂上に立ち、米軍と新生魔王の戦闘を眺めていた。
「やるじゃないか、私が見込んだだけはある」
「魔王を誉めてる……」
「よし! これでもう私たちは自由の身だ」
いつのまにか夜が明けてきた。
朝の体操よろしく、真歩はうんっ……と背伸びをした。清々しい朝日がレインボーブリッジの頂点に立つ二人を照らす。
遥か彼方には魔王のシルエットが霞んで見える。音は遠いが今も激しい戦闘が続いている。
「よし、じゃないよ真歩姉。世界は大混乱に陥っちゃうだろうし、物流も止まってコンビニも閉店して、ビールも買えなくなるかもしれないよ」
「そうかしら?」
「え?」
「東京の停電もじきに復旧する。あのなんちゃって魔王も日本は壊さない。太平洋を越えて飛んで、硫黄島かどこか、無人の小島を占拠して魔王の城を作る。そこから人類に宣戦布告。愚かな人間ども……! ってシナリオなの」
「全部、真歩姉ぇのシナリオ?」
「そ。魔王の合成合体はガチャだったけど、あれなら合格かな」
「そんなノリなの」
「世界には共通の『敵』が必要でしょ」
「敵……か」
翔は息を飲んだ。
「諸悪の根源たる魔王。だれでも理解できる敵。人間の悪い心につけこみ、怪物を生む元凶こそが『魔王』ってわけ。人類共通の敵。これで世界中が一致団結するしかない。敵は宇宙人でもいいけど魔王や魔物なら倒せそうって思うでしょ?」
東京湾の洋上で魔王がビームを放った。海上で巨大な水柱があがり船舶が逃げ惑う。
米軍に加えて遅蒔きながら駆けつけた自衛隊のF-2戦闘機が対鑑ミサイルを撃ち込み、護衛艦が砲撃を加える。防衛出動が下されたのだ。
無論、まるで効いていないが魔王は浮かんだまま徐々に海の彼方へと移動している。
「最初から、こうするつもりだったの?」
「アウトローの超能力集団を裏から操って育てたのは丁度よかったのよ。反社のクズを炙り出し、魔女の刻印を刻みつけた。あとは魔王の配下として駆逐されるでしょ」
「ここに真のラスボスがいる」
「へへへ」
「超能力者でなく魔法使いでもよかったんじゃ」
「超能力は所詮『人間の潜在能力の延長』でしかない、限定的な力に過ぎない。魔法の前座、格下ってことで」
格下って。
超能力は限定的なもの、か。
確かに真歩姉ぇは魔法で時間を止めた。
そして攻撃の結果を入れ換え、因果さえ捻じ曲げてみせた。
魔法は人間の想像力が源で、限界はないってことだ。翔は魔法の真髄を理解した。
「私と翔だけが持つ『魔法』は万能で無限、そして他人に譲与することも可能なの。魔法使いの血族……血を分けるみたいに魔力を与え、隷属させる。もちろん代償として与えた相手の生殺与奪を握るけれど」
「うわエグイね」
まさに魔法の始祖。
漫画やアニメに出てくるラスボスみたいな。
「これで私たちは大手をふって、正義の魔女と魔法使いとして活躍できるでしょ」
「ひどいマッチポンプ……」
「よくあることよ」
ある……な。確かに。物語だとあるかもしれない。
翔はため息を吐きながら、
「俺も魔法を誰かに与えられるの?」
「翔が見込んだ人になら魔法を譲与できるわ。正義のため、誰かを守るために戦おうって人にならね。でも私たちの力は越えられない。なぜなら魔法の究極絶対管理者私だし、翔は最上位管理者。私たちから魔法を与えられた人間は、限定版の一般ユーザみたいなものだから」
「なるほど」
「これから楽しくなるわよ。なんたって魔王が出現したんだから」
でも翔はふと不安になった。
「まって、でも魔王が世界の共通の敵になって、世界中が一致団結したら、国連が軍を派遣して……きっとアメリカやロシアあたりが核兵器を使うかも! 魔王城なんて良いマトだよ」
現代兵器はリモートに遠隔による精密爆撃ができる。魔王なんて……。
真歩は空中で翔を抱き締めた。
「翔はほんと、賢いね。好きよ」
「やめてよもう」
「翔の心配はもっともだけど、ここからもうひとつ。壮大なショーを用意したから」
「ショー?」
「そ! 家に戻って祝杯でもあげましょう。お鍋がいいな、テレビでも見ながら」
真歩はいつものように笑うと翔の手をとった。ふわりと空中を散歩するように歩き出す。
「魔王とか放置でいいの?」
「誰も困らないわ」
「困らない? 人が死んだり悲しんだりしない?」
「大丈夫。人々の認識に『常識外の存在』という要素が加わっただけ。例えばUFOや宇宙人の存在を公式に政府が認めたとして……世界は終わる?」
「たぶん……終わらない」
人々の価値観に、ゆっくり変化が現れて、世界は変化してゆくかもしれないけれど。
学校は毎日続くし、世界は多分これからも続いてゆく。
「工場も産業も、物流も今まで通り。みんな日々を暮らして働いて。国同士の貿易も止まらない。病院もコンビニも今まで通り営業するしかないもの。ずっと続く日常……それが人々の願いでしょ」
真歩は晴れ晴れとした表情だった。
「世界の紛争も」
「人間同士で争うのがバカらしくなったでしょ」
「確かに……」
「世界は少しずつ変わってゆく。新しい価値観を人々は認識した。これから起こる最後のショーで、世界はさらに思い知る。魔王のいる日常、魔法の世界にようこそ!」
それが、
「真歩姉ぇの考えていた、世界革命」
「クズにもちゃんと悪役として散る機会を与えたんだから、いいでしょ」
「あはは……」
そしてマンションに帰り、シャワーを浴び。二人で泥のように眠った。
「んーもう朝?」
「むしろ昼過ぎて午後だよ……」
翔は起きてテレビをつけた。
ニュースは想像通り、暴動やら魔王やら、あちこちで生まれた締めた怪物だの、騒がしかった。
国連でも『魔王』を討つべし、人類共通の敵として、殲滅する案が全会一致で可決されたらしい。
魔王討伐の国連軍が組織され、核兵器の使用も辞さないとの――。
「あーぁ、いわんこっちゃない」
だがそこで臨時ニュースが飛び込んできた。
『臨時ニュースです! 国連総会で常任理事国会議が開かれ、米国、ロシア、中国、イギリス、フランスにおいて現時点ですべての核兵器が使用不可能になっているという発表が、信じがたい情報が入って参りました!』
「え?」
「ふぁ……おぉ始まったかー」
もさもさした真歩がリビングにやってきた。
「真歩すごい髪……」
「あー追い酒しないとダメだ」
朝からビールとかダメ人間すぎる。
魔女だけど、まだ人間らしい真歩に翔は内心ほっとする。
『あ、米国が開示した映像が……! これは核兵器を弾頭に搭載したミサイル……でしょうか。弾頭が何か、繭のような、膨れ上がり、カビのようなもので覆われています!』
「うわ、何あれ?」
「一定量プルトニウムが集積すると原子変換して他のものに変わる魔法術式をバラまいた。地下サイロはいいけど、原子力潜水艦に浸潤するまで半年ぐらいかかったけど……いい感じだね」
「核兵器を無力化したの!?」
「これで終わりじゃないよ。ショーはここから」
中継映像の画面が揺れた。米兵士たちが慌てている様子が映る。
核ミサイルの弾頭を覆っていた繭が膨らみ、内側から青白い光が漏れだした。そして、
『キシャァ……!』
繭を突き破り馬ほどもある怪物が生まれた。
ワニのような顔、ヘビのような尾、そして背中にコウモリのような羽。
「ド、ドラゴン……!?」
「核物質を転換して竜にした。なかなかカッコいいだろ」
ドヤ顔の真歩。
「え、えぇえ!?」
「魔王の手下として空中戦をするぞ!」
映像の向こうでメリメリと繭が割れ、並んでいた核弾頭搭載のミサイルから這い出してくる。
ミサイルは崩れ、基地はパニック状態。米軍の兵士がハンドガンを発砲しても平然とドラゴンたちは動き回り、そこで映像は途絶えた。
「だ、大丈夫なのアレ!」
「人間は食わない仕様だから。エサは核物質」
「ゴ●ラじゃん」
「だから次は原発を襲うと思うけど、核物質は彼らの体に共生する魔法の微生物、魔法カビが吸収して無害なものに分解するから問題ないって仕組みにした。いい考えだろ?」
さすが真歩姉ぇ、抜かりがない。
「原発とまったら困る人もいるんじゃ」
「ヨーロッパも日本も、ほとんど原発動いてないじゃん」
「なるほど」
「これで最大の懸案、核兵器も消えたっと」
「祝杯……あげる?」
「そうだね、昼からやろう! 翔、鍋つくって」
冷蔵庫から取り出した缶ビールを手に、ソファーにどっと身を預ける。
「前から思ってたんだけど、料理を魔法でできないの?」
真歩は缶ビールのプルを引っ張りながら、ニッと微笑む。
「想像できないものは無理」
「えぇ」
そういうもの?
真歩は美味しそうにビールを飲んだ。
「魔法の世界へ、ようこそ!」
翔は、テレビの中継をぼんやり眺めながら、鶏団子鍋がいいかな……と考えていた。
<了>