魔女の刻印
無数の星々が地上に降り注いだ。
まるで光のシャワーのような星々は、都心で暴れまくっていた暴徒を次々と貫いてゆく。
「ヒャッ……ハアッ!?」
心臓や背中を射ぬかれると、青黒い炎にメラメラと包まれる。それは延焼もせず、人間だけが燃え上がる「冷たい炎」だった。
反社組織に属するゴミ人間どもは、次々と星に貫かれると青黒い炎に焼かれ、バタバタと意識を失って倒れてゆく。
『な……何か起こっているのでしょうか!? 突如上空から光が降り注いでいます! あっ、また人が倒れました! 強盗犯です、あちらでも……! まったく理解できない状況です!』
中継していたTVレポーターや動画配信者たちが驚きの状況をレポートし続ける。
暴徒と反社的なクズだけが次々と射ぬかれ倒れてゆく。空には「星の矢」を射る天使も、狙撃主の姿もない。夜空できらめく星々がすっと流れたかと思うと、光の速さで悪人どもの頭部や心臓を貫き倒してゆくのだ。
『なんという正確さでしょう! 建物内に逃げた強盗犯まで! 星の矢が、まるで狙撃でもするように心臓や頭部、人の急所を狙い無力化しています……!』
現場からの中継を眺め歯軋りしたのは、オールドメディアで幅を利かせている老害解説者だった。男は目を吊り上げ的はずれな自説を垂れ流しはじめた。
『これは政府の暴動鎮圧、許されざる行為です! 話にならない! 完全な憲法違反ですよ!? 暴力組織である自衛隊の新兵器の可能性もありますが、国民になんの説明もない政府が、このような危険な非人道的兵器の銃口を、市民への弾圧として使うなど断じて許されない不当な弾圧です! 私には軍靴の音が聞えます……戦前と同じ空気ですよ!? そもそも今回の争乱の原因は日本政府! 内閣の経済政策に不満を募らせた持たざる若者や、共生社会の闇で差別されてきた可哀想な在日外国人たち、そうした国民たち不満を抱き団結、政府へ抗議の声をあげた社会革命運動にすぎ――――――へぶゴブぉおッ!?』
「邪魔だジジイ!」
暴徒が一斉にスタジオに雪崩れ込み、解説者を殴りつけ踏み潰した。
パニック状態のスタジオに、暴徒の後を追って無数の星の矢が飛来。それらは鋭角的な軌道を描きながら暴徒たちを打ち倒してゆく。
「げばッ!?」
カメラの前で金髪の若者が側頭部を星の矢に貫かれた。両目が青黒く燃え上がったところで、TVの画面は花畑の「しばらくおまちください」に切り替わった。
中継は寸断され、やがて海外からの速報ニュース映像に取って変わる。
『――ワシントン、ニューヨーク、デトロイト、全米の大都市で起きていた若者らによる暴動が、次々と鎮圧されてゆきます……! 空からレーザーのような光の矢が次々と狙撃……! みんな倒れていくのです』
東京と同じ現象は、ヨーロッパ各国、中東、中南米、そして北京でも確認されていた。
夜の側にいる国々では星の矢が、昼の側にいる国々では青いレーザーが、犯罪者や暴徒を根こそぎ射ぬき倒してゆくのだ。
そして静寂が訪れた。
パトカーと救急車のサイレンがあちこちから聞こえ、赤い明滅が無数に行き交っている。
『あー、大丈夫ッスかぁ?』
動画配信者がスマホを向け、恐る恐る倒れた男に近づいてゆく。背中に龍の彫り物のある男だ。青黒く燃えてい炎は消えたが、火傷している風もない。
だが額には歪んだ星のような「刻印」が記されていた。
『……う……がはっ……』
『あ、生きてるッスね……?』
周囲で倒れている暴徒の胸や頭には同じような刻印が焼き付いていた。彼らはみな一様に意識を失い苦痛に喘いでいる。
『救急車呼びましょうかぁ? あれ……繋がらない、急病人ですよぉ』
間抜けな動画配信者の似たような投稿が数多くアップされて拡散されてゆく。
真歩と翔は東京の上空で、争乱の収まった街の様子を眺めていた。
「殺すのかと思った」
翔はほっと息を吐いた。てっきり大虐殺するものだと思ったのに。真歩は意外なことに暴徒を星の矢で鎮めただけだった。
「死んだほうがマシって思える時がくるよ」
「え……?」
風を感じながら、真歩は夜景に目を細めている。
「星の矢は特別な魔法。罪の重さに応じて魔女の刻印を刻んだの。GPS……位置情報衛星の電波をすこし間借りして日本だけじゃなく全世界に撒き散らした」
そんな壮大な魔法だったとは……。
「世界から悪人が消えた?」
「ほんの一時だけよ。犯罪者はいなくならない。でも魔女の刻印の呪いからは逃げられない。生まれながらの悪人も後天的な悪人もね。銃やナイフで他人を傷つけたもの、性犯罪者……悪意と欲望を抱いた人間に『タグ』付けをしたわ。スマホとテレビ、電気と通信網の電波はとっくに私の支配下だもの」
「何万人も……億人単位で……そんな数の人間を、どうやって判定したの?」
「自律思考型術式……。一種のAI魔法よ。行動追跡ログと分析ロジックを持つ呪詛……今から『罪天秤の呪霊』って呼ぼうか? それで印をつけたの」
「すごいね」
「一気にやると世界が崩壊するから、執行猶予を与えたの」
「執行猶予?」
「そ、モラトリアム」
真歩姉ぇは静かに空中で星空を見上げた。
「やがて連中は目を覚ます。暴動……破壊行為、諸々の犯行、罪の重さを計って、魂に刻み込まれたまま。もし次に罪を犯せば、肉体は一瞬にして再構成される仕掛け」
「え!」
「ゴキブリやヒキガエルならマシなほう。おまちかねのゴブリン、オーク……そんな魔物になるわ」
「世界中がゾンビパニックみたいにならない?」
「だから執行猶予。政府も軍隊も、最初はゴブリンになった人間を捕らえて治療を試みるでしょ。でもこれは病気でも発作でもない、肉体そのものが変容し人間には戻れないってわかる。もうこうなると害獣。人類の存在をおびやかす魔物として駆除するしかないって。普通の国ならそういう結論に至るでしょ。あ……日本は人権だーって無理かもだけど」
くすくすと肩を揺らす。
「でも魔物を駆逐し尽くしたら?」
「魔石が残る。新たなる魔物を生む、人間の害意を吸う結晶。やがてまたゴブリンみたいな魔物を生むコアになるの」
「そんな」
まるで人類にかけた呪い、だ。
街を見下ろす冷たい瞳。
魔女だ。
真歩姉ぇは本物の、恐ろしい魔女になった。
翔は戦慄する。
けれど同時に興奮し、悦びも感じていた。
自分も世界の根幹を変える一翼を担っている。世界が変わりゆく様を特等席から眺めている。
こんな……楽しいことがあるだろうか。
「イカれてるって思う?」
「うん」
「素直ね」
「けど……最高だ」
翔の称賛に、真歩は唇の端を持ち上げた。
その時。
鉄骨が弾丸のように飛来、翔と真歩の三メートル手前の見えない壁に阻まれた。
「わ?」
ゴォン……!
除夜の鐘を思わせる音が響き渡る。魔法の無敵結界に阻まれた鉄骨は、超常の力によるものだ。
「翔、来たわ」
「エスパー軍団」
「見ぃつけたぞぁああ! テメェか……! ナンバーゼロ……ってのはよぉおお!」
ツンツン頭に血走った狐目。ロックバンドみたいな若者が空中にロケットのように飛び上がってきた。
同時に建設途中のビルが崩落すると、無数の鉄骨も空中へと浮かび上がる。
顔には『ナンバー惨(3)』と刻まれている。
「惨って恥ずかしい」
「るせぇ! 殺すぞ!」
ん? あの念動能力者は真歩姉ぇをみてナンバーゼロって言った?
まさか超能力を授けたのは……。
後ろを振りむく。
「ラスボス感あるでしょ」
「やっぱり……」
「よくも騙してくれたなぁあ! 死ねぇぁ!」
ナンバースリーが両腕を振り向けた。
動きに同調し、無数の鉄骨がマシンガンのように撃ち込まれる。翔と真歩の結界で全て阻むも、まるで鉄のイガグリ状態となる。
「鉄骨で囲まれた……どうしよ」
「次がくるわ」
それでも真歩姉ぇは余裕。
なんだか楽しそうだ。
鉄骨の集中攻撃を合図に、上空から強烈な雷撃がほとばしった。更にレーザー砲を思わせるまばゆい光が直撃する。
稲妻と光の刃が交錯する光の中心に、翔と真歩の結界が捕らわれた。
「ハハハハ! 死ねぇええ!」
鉄骨が蒸発、巨大な爆発が起きた。
戦術核兵器並みの爆発は、東京上空で巨大な太陽の輝きとなった。地上の電源が一気にダウン。関東一円が電磁パルス効果により暗闇に包まれてゆく。
「やったか!?」
ナンバースリーが吠えた。
「……手応えはあった」
雷をまとった赤い髪の女が雲の向こうから姿を見せた。顔面に大きく「2」のタトゥ。
「神罰必滅、呪われし魔女よ」
真っ白な神父服の男が十字架の後光を背負い姿をあらわした。額には「1」の神々しいタトゥ。
超能力アウトロー集団『オーバードーズ』の最上位三人による同時攻撃――。その超能力は、すでに超常であり神の領域に達するほどの力を持っていた。
「って、思うじゃん?」
真歩の声に、三人はハッ!? と爆心地から視線をはずし視線を巡らせる。
だが妙な事に気がついた。
地上の明かりが戻っている。
東京の夜景が停電前に。
そして、三人の位置関係もおかしい。
瞬時に一点に集められている。魔女と眷属を取り囲むよう離れた三点位置にいたはずなのに。いつのまにか一ヶ所に集まっている。
背中をそれぞれナンバー1、2、3、互いに預ける形で空中に浮かんでいた。
「な――!?」
「なんだ……」
「これはっ!?」
「時間停止、そして二秒だけ戻したわ」
真歩が言った。
「そこ、着弾地点だし」
高みの見物をする真歩と翔は、ビルの上でサングラスをかける。
「時は、動き出す」
「「「は!?」」」
三人には状況を理解する時間さえ与えられなかった。
飛来する鉄骨で四方八方から貫かれ、強烈な雷撃と、焦点温度数万度の光の刃が直撃する。
再び東京が大停電に見舞われた。
三人のエスパーは溶け合い消滅し、そして。
爆心の中心、原子の坩堝のなかで再構成されてゆく。悪魔じみた黒い体躯、蝙蝠のような羽、そして蛇のような尻尾。額には「∞」と魔女の刻印が浮かび上がる。
『ゴガァアアアアアアアアアア!』
その姿は魔王そのものだった。
「ラスボス代行、逸材だわ」
ここで死ぬことは許さない。
魔王として魔物どもを統べ、いつか人類に討たれる役目をあげる。
真歩は静かに微笑んだ。
「あ、戦闘機」
在日米軍のAWACSが上空を飛んでいた。そして轟音と共に海兵隊のF-35Bステルス戦闘機の打撃郡が迫っている。
世界最強の軍隊が、異常争乱の「元凶」と思われる異常存在――魔王を討つために。
<つづく>
次回、最終回。