ターニング・ポイント
朝の教室はいつもどおり騒がしかった。
翔は適当にクラスメイトらと挨拶を交わしながら自分の席へつく。
「翔、おっはよ!」
「あぁオハヨ」
碧今朝も元気でほっとする。今朝は青みがかったショートヘアのサイドをピンでとめている。
「ねぇ、ニュースみた!?」
さっそく碧が肩を寄せてきた。
「あぁ……まぁいろいろヤバいな」
返事はどこかうわの空だ。
「怖い事件ばっかり! お母さんには街に行くなって言われるし」
「そうだな、そのほうがいい」
ここしばらく日本国内も世界も、治安が悪化している。アウトローや反社と呼ばれる連中が暴れはじめ、治安と秩序を脅かしはじめたのだ。
「怖いよねー、やっぱり超能力を使うから、暴れちゃってるのかな? 超能力チーマー・エスパー軍団ってのがやりたい放題なんでしょ」
「物騒な世の中だよ」
「もう、翔は他人事みたいに! 翔だって危ないんだからね」
「へいへい」
教室はこの話題でもちきりだ。
休校する学校もあるという。のにこの学校はクソ真面目すぎる。
東京を中心に、不可思議な犯罪が多発。
治安が急速に悪化していた。
とくにも「不思議で物騒な事件」はアンノウン・クライムと呼ばれ、ニュースではもうそれしかやっていない。
白昼堂々、宝石店に強盗に入った連中が「超能力者」で、暴れまくった。
あの事件が事の発端だったらしい。
強盗団は、突如現れた「何者か」にボコられ瞬殺されたのだが、事件はそれで終わらなかった。
現場を鎮圧した「何者か」は数多くの目撃者がいてスマホ映像にも記録されていたのだが、不思議なことにそのすべてに不可逆的なモザイク処理が施されていた。
目撃者の全員が「姿を思い出せない」「イケメンだった」という曖昧な記憶だけが残っていた。
「はぁ」
面倒なことになったなぁ。
すべて真歩姉ぇの仕業なのだけど……。
それから一週間。
似たような事件があるたびに、翔は現場へと「転移」させられた。
真歩姉ぇが指先ひとつで「いってこい」とデリバリーするものだからたまらない。
先日はまた別の超能力者と戦った。
そいつは顔面に「序列5」と分かりやすいタトゥを彫っていて、精神操作を得意としていた。
序列5位以下数人のエスパーが悪質な詐欺グループを組織し、催眠術紛いの超能力で金を奪い、若い女性を暴行していたらしい。
悪の「超能力者」集団そのものだが、何故かアジトがバレて警察の特殊部隊が急襲。
しかし幹部数人が「超能力」で応戦、銃撃戦となった。
そこへ翔が転移してエスパー軍団を叩きのめした。
当然「姿の見えない何者か」という情報記憶操作はエスパーの催眠術以上で、顔バレすることもなかったが。
翔はエスパー軍団を殺すべきか迷ったが、別の生き物に再構成することにした。
巨大なナマコだ。
やがて全身防護服を着た自衛隊がやってきて、数体の巨大ナマコを運び出していった。
そして一昨日。
東京で大きな事件が起こった。
渋谷を中心に最大勢力を誇っていた半グレ軍団『オーバードーズ』が一斉蜂起。暴動まがいの破壊行為と、略奪行為を行ったのだ。
配下には食いあぶれたヤクザ崩れ、不良外国人、アウトロー、SNSで呼び掛けて集まった無職集団など、普段は社会の闇で蠢く連中が、白昼堂々と百貨店や宝飾店を襲撃、略奪と破壊行為を繰り返した。
近年アメリカで話題になっているフラッシュモブならぬ、フラッシュ強盗の大規模同時多発版である。
高級百貨店や家電量販店、宝飾店へ数百人に及ぶ荒くれものたちが襲撃し、金品を奪いまくった。駐車していた高級車は奪われるか破壊され、あちこちで火の手があがった。
彼らを統率していた『OD』の幹部は、顔面にタトゥがありナンバリングされていた。
確認されていたのは三人。
それも上位三人、ナンバー1、2、3。それらが率いる各部隊が都内のデパートや大型の高級店を襲撃。何十人単位のアウトローが押し寄せ、商品を根こそぎ強奪。店員を殴り、時には殺害。居合わせた客の多くも強盗と暴行の被害に遭ったらしい。
一般市民も餌食になり、金品を奪われ暴行を受けた。
もはや無政府状態とさえいえる状況に、警察も対応したが多勢に無勢。数十人を逮捕するも、ほとんど手のつけられない状況だった。
事件はセンセーショナルな見出しと共に世界に配信された
――東京の中心で略奪暴動、日本崩壊
――治安だけが取り柄だった日本の没落
――日本政府は「遺憾の意」のみ後手対応
事態を重くみた警視庁と政府は、機動隊を投入。
数人の犯人を逮捕するも、言葉の通じぬ違法滞在の外国人、もしくは知能の低いアウトローなどで、取り調べも何もままならない。仮に逮捕されても勾留期間である48時間を過ぎれば「不起訴」のまま再び街に放逐される。
そして夜になると、暴徒と化した若者が渋谷警察署を襲撃。建物は破壊されパトカー十数台も炎上した。
もはや日本は崩壊か――。
誰もが絶望し、テレビとSNSの情報発信、動画サイトに釘付けとなった。
アウトローやクズどもが我が物顔で店を破壊し、略奪。まさに世紀末のヒャッハー軍団よろしくとやりたい放題。無政府状態と化した渋谷に争乱の夜が訪れた。
燃え上がる街、暴行される一般市民。中継中に襲撃を受ける取材班。
『大変危険な状態です! 私たちも……あっ!?』
女性レポーターが不良外国人数人に捕まり、スタッフが殴り倒された。カメラも奪われ衣服が破られた。まさか暴行の様子を生中継するつもりか――というシーンで真歩姉ぇは指を打ち鳴らした。
『ぎぶぁ!?』
ぱぁん。
暴行犯の頭が破裂、カメラのレンズが赤く染まる。カメラからビームが発射されたらしい……ところで「しばらくおまちください」の映像に切り替わった。
「翔ー、マジこいつら全員やっちゃっていいよ」
マンションで缶ビール片手に。真歩はパソコンのマルチモニターを指差した。
「全員って……」
「いい具合に集まってくれたじゃん。大掃除しようか」
「そんな……俺に、殺せっていうの?」
愕然とする。
真歩姉ぇはそんなことをさせようというのか。
「殺せとはいってない。猿やナマコに変えたのと同じことだろ」
「でも」
魔法による人体の再構成。
「もう、躊躇う理由もないんだよ」
「だって、こいつらだって人間……」
「人間? これが? このゴミどもが?」
真歩姉ぇはビールの缶を握りつぶした。
その表情はいつになく高揚しているように見え、翔は息を飲んだ。
立ち上がり、近寄ってきて翔の両肩を掴む。
酒と甘い体臭と、熱い吐息がかかる。
「真歩、姉ぇ……?」
「翔は忘れたかもしれないけど、私は忘れない……! 翔が死んだ、殺された……あの日! わたしの目の前で……クズが運転する車が……つっこんできて」
「ま、まってよ真歩姉ぇ、一体どういう」
突然の言葉に戸惑う。
事故?
確かに交通事故にあった。
小学校五年生ぐらいの時だったか……。真歩姉ぇは中学生で、近所の祭りにいった帰り道。
祭りが楽しくて、真歩姉ぇと一緒だったのが嬉しくて。
帰り道、薄暗い裏道を手を繋いで帰っていた。
すごく星が綺麗な夜だった。
「星が綺麗……」
真歩姉ぇは空をみつめている。
だから、後ろからすごいスピードで突っ込んできた車に気がつくのが遅れた。翔は一瞬先に気がついて……とっさに真歩姉ぇを道端に押し退けた。
「危ない!」
覚えているのはそこまでだった。
「不起訴だったんだ……クズは無免許で飲酒でクスリもやってて……情状酌量とか、なんなんだよ、普段からムチャクチャやってるクズだったって知らされても、大人も警察も……誰もなにも、もう諦めろって。翔が轢き殺されて……!」
え……?
俺、死んだの?
あのとき……車に撥ねられて?
「だから私は、すべての願いを、魔法の力を……ひとつの因果を曲げることに注ぎ込んだ。生き返らせて、蘇らせて! 代償は全て背負う、だから翔を……ここにって」
優しい腕にぐっと抱き締められた。
「真歩……姉ぇ……」
「ほんとうはね……異世界に転生、させてあげたかった。楽しい剣と魔法の世界に」
「……異世界」
「でも、ダメだった。このゴミ溜めみたいな世界に呼び戻しちゃった。ごめんね」
あぁ、そうか。
ようやく合点がいった。
「ありがとう、真歩」
「翔……」
ぎゅっと背中に手を回す。
だから世界を変えたいのか。
異世界みたいにしてしまおうと。
あるいは、世界を変えてしまうことこそが、一人の人間を蘇らせたことの「対価」なのだろうか。
心臓が強く脈打っている。
「真歩姉ぇ、俺が世界を変えてくる」
クズどもを根絶やしに。そして綺麗で美しく、清らかな、楽しい世界への礎とする。
「……私もいくよ。今度は」
「真歩姉ぇも?」
「あいつらは魔法でねじ曲げた因果、歪みによって力を手に入れたんだ。つまり遠因をつくったのは私ってことだから」
「そうなんだ」
「魔女と最強の眷属で、全員始末しよう」
それまでは「ボコる」「タコ殴り」「再起不能」というレベルだったが、始末するといった。
テレビのニュースはしきりに現場からの中継と、被害状況を伝えている。
車が宙を舞い、落下して爆発。
人間がビルの壁に激突し、崩落。
空中から人間が落下し地面を陥没。
上位のエスパーが暴れ、数を増すクズのアウトロー軍団が炎を取り囲み大歓声をあげている。
特撮かCG映像か、あるいはフェイクにしか思えない「異常戦闘動画」が投稿され、膨大な再生数を稼ぎだしている。
「いこっか」
「あぁ」
二人は転移した。
渋谷の上空、二百メートルへ。
眼下には荒れ果てた街並みと、大勢のクズの群れ。
「清らかな世界のために」
真歩は静かに腕を空に向けた。すると星のきらめきが矢となって、地上へと降り注いだ。
<つづく>