オーバードーズ・ランカーズ
停電事件から数日。
「何も変わんないね」
翔は普通の日常を過ごし拍子抜けしていた。
真歩姉ぇが世界に「浸潤」させた魔法の種は、何も変化を起こしていない。いきなり剣と魔法の異世界に……とはならないらしい。
『――ニューヨーク行きの旅客機230便が飛行中に制御不能となったが回復、謎の停電による影響とみられ』
『――自動運転のEV車両が暴走して事故を起こしたが怪我人はなく、原因は世界的な停電の――』
等々と混乱のニュースが伝えられていた。けれどそんなニュースも次第におちつき、世間は日常と平和を謳歌している。
「そりゃそうさ。死人が出ても困るし、慎重に仕掛けたんだからね」
真歩姉ぇは結果に満足している様子だった。
じわり、と世界を変革する。
十年かけた真歩の世界改変計画は、人々が気がついたときには「もう遅い」というものらしい。
真歩の「魔法」が浸潤してゆく。地球を覆う電磁波と電気の網、ネットワークを伝わり、静かに、深く――。
「見物してればいい?」
「そだね。でも、ちょっと警戒も必要かも」
真歩が得た情報では、深刻に受け止め調査を開始した連中もいる。全世界と宇宙空間を監視するアメリカ戦略宇宙軍それと連携する日本の自衛隊宇宙防衛連隊だ。
他にもロシア、中国、欧州。各国の諜報機関も血眼で原因を探っているらしい。
特に米軍は対空監視レーダーから人工衛星まで、全てのシステムが一瞬ダウンした異常事態を重く受け止めている。
通常、軍施設は二重三重の強固なバックアップ電源を用意している。にも拘らず「未知の荷電粒子」の流入による電源異常が発生、電子機器類が全て動作不良を起こしたのだから。
起点となったのは日本――。
地球上で最先端の科学技術を持つ米国と日本が、原因を追求し「真因」にたどりつこうとしている。
やがて特定され、特殊部隊の襲撃を受ける可能性は考慮すべきか。
「んー。まぁ必要悪って言葉もあるし」
真歩は夜空をゆっくり流れてゆく人工衛星の光を見つめながら、ひとりごちた。
「なんのこと?」
「悪い連中にも使い道があるってこと」
「……また何かたくらんでる」
「ふふ、魔女だからね」
◇
翔は久しぶりに渋谷に来ていた。
クラスの男友達に無理矢理誘われて、服を探しに付き合う羽目に。そいつらは隣の高校の女子どもとハロウィンのパーティに参加するのだとか。
バカ騒ぎに興味はないけど、何事も社会勉強だと思って来たが失敗だった。買い物も終わったのでシェイクを飲んで、
用事があると言ってさよならした。
「はぁ」
疲れた。
辟易しながら雑踏に紛れ家路へ。まぁ家でも真歩姉ぇの世話で辟易するのだが。
その時だった。
ガラスの割れる音と悲鳴が響いた。
何だ?
立ち止まって見回すと、宝飾店が三人組の強盗に襲われていた。
全員が白いハロウィンの仮装か「スクィーム」なホラーマスクを被っている。服装はヤンキー臭いジャージか革のジャンパーにジーンズ。三人とも若いヤツらしいが、バールを手にショーケースを叩き割っている。
片側三車線の大きな通りに面した、車も人通りも多い往来だ。まだ夕方だが十分に明るい時間帯、まさに白昼堂々の強盗だ。
「えっ? 何かの撮影?」
「け、警察を……!」
「動画とれ、これやべーって!」
周囲の人たちは騒ぎだすが遠巻きに見るだけで、止めに入るものはいない。
当然だ。自分の身に危険が及ぶ可能性があるのに止めに入るのはヒーロー気取りのバカだけだ。
「……怖、都会やべーな」
翔もパーカーのポケットに手を入れ、野次馬の中にいた。
やがてボストンバッグに高級時計を詰め込んだ仮面の男たちは、路上駐車していた高級なミニバンに向かって走り出した。乗り込もうとしている。
「こらぁあ! 貴様ら止まれ!」
警察官だ。
近くに交番があったのか、警ら中だったのか、二人組の警察官が全力疾走で突っ込んでくる。
「……へっ」
仮面の男は立ったまま警官を睨み付けた。
そして、何の前触れもなく年配の警察官が宙を舞った。
衆目の前で、人間がトランポリンで飛ぶように反転し、建物の壁に叩きつけられた。
「ぐはっ!?」
衝撃で肺の空気を吐き出し、ズルズルと地面まで滑り落ち激突。口から血を吐いた。
「じゅ、巡査部長ッ!?」
「……オレは……スゲェ!」
覆面男が自分の手を見て震え、喜悦の声をあげる。
「マジすげぇ、セブン!」
「パネェ!」
逃走することを忘れ、三人組は自分達の行いを「一線を越えた」かのように称え合う。
「ヒヒ! 最強だ……誰もオレらを止められねぇ」
死んだように動かない警察官を見て悦に浸り、スマホを取りだし周囲を撮影し始めるほどだ。
なんだ今の?
翔は感じ取った。
まるで魔法……いや、違う。
もっと限定的で人間が使う……精神力。
端的に言えば「超能力」に近い。
「な、何をした貴様らぁあ!」
驚いたもう一人の警官が激昂、三人組の強盗に腰のニューナンブを抜き構えた。
「撃ってみろよポリ公、オラあぁん?」
「セブン、やっちまえ!」
「ムカつくからよ、マジ」
セブンはニックネームか?
「き、貴様ら動くな! 本部! 本ぶッ――」
もう一人の警察官が無線機に叫んだ。
その瞬間、見えないトラックに撥ね飛ばされたように、弾きとんだ。
信号機の鉄柱に背中を打ち付けると信号機が歪んで曲がり、警察官は逆エビのように身体を曲げ、そのままズルズルと倒れた。
「きゃ……きゃぁあああああああ!」
「なんだあれ、やべぇぞ!?」
「に、逃げ……!」
悲鳴が、さらに大きくなった。
三人は悠々と高級ミニバンに向かって歩きだした。「どけ、豚」
「ブキィ!?」
逃げ遅れた小太りの男が真横に吹っ飛んだ。
べちゃっと車道に投げ出されたところに車が――
目撃していた女性が金切り声をあげた。
だが、小太り男は消えた。
車が何事も無かったように通過してゆく。
「……消えた?」
覆面男が足を止めた。
だが道路には代わりに小さなネズミがいた。
小太りの男はネズミに変わったのか?
路上に投げ出されたネズミはキョロキョロすると、歩道まで慌てて逃げ戻る。やがて路地裏へと逃げ去っていった。
――三分で戻るはずだけど。
翔の魔法は誰にも気づかれていない。
……だったが翔の周囲のコンクリートが砕けた。
まるで見えないパンチかトラックが激突したみたいな衝撃だ。
鉄の看板やガードレールがひしゃげ、道路の舗装が砕けて凹む。
「わ?」
翔だけが無傷で、平然と立っていた。
「ゼブン、ヤツだ……! 異能使い!」
「オレも視た……! 間違いねぇ」
「イレブン、サーティン、お前ら『目』だけの異能使いも役に立つじゃねぇかよ」
セブンが残り二人の名を口にした。
「……やばいなぁ」
翔は円形に砕けた歩道で、パーカーのフードを被った。顔がばれたら困るんだけど。ハロウィンのパーティグッズのお面買っておくんだった。
「テメェ……何モンだぁ!? オレ様……第七位のバインドアウトを食らって無傷たぁ……どこかの兵隊か?」
セブン?
階級みたいなものか。
バインドアウト?
能力解放……?
兵隊?
あぁチーマーの?
ウケる。
いるんだ、こういうの。
こいつらが使ったのは魔法じゃない。
異質な、別の力。
つまり「超能力」だ。
エスパーってやつ。
これも真歩姉ぇの世界変革の影響?
だとしたらやばいでしょ。
「な、何笑ってンだてめぇえええ!」
不可視の衝撃波が翔に襲いかかった。
だが、よそ風ほども通じない。
全方位結界。
魔法はおろか、銃弾も、炎も毒も、レーザーさえも届かない。
真歩姉ぇがくれた魔法の力。
イメージをそのまま具現化するもの。
だから相手の攻撃がなんであれ「通じない」とイメージすればいい。
対価も代償も必要ない。
それが「魔法」の真髄だから。
「うーん、我ながら無敵すぎん?」
しょうがない、被害が広がらないよう、警察が来るまで相手をしてやる。
翔は三人組と向き合った。
「セブン、あいつもバインドアウト能力者だ!」
「セブンの攻撃が効かねぇなんて、ヤバイぜ」
「うるせぇ!」
セブンと呼ばれた男は仮面を脱ぎ去ると、黒ずんだ皮膚の蛇のような素顔が露になった。
頬には「7」のタトゥかシール。
「ダッセ」
そういう超能力組織か?
面白すぎる。
真歩姉ぇに教えなきゃ。
「ブッ殺してやるぁ! オレ様はぁ……! まだまだ、こんなもんじゃぁああねぇぞおぁあああ!」
ポケットから薬を取り出す。
黒い錠剤を口に放り込んで噛み砕いた。
「ゼブン、やりすぎだ……!」
「やべえって!」
「うるせぇ、オァバァアアア・ドォオオズ!」
セブンが絶叫すると、ドォン! と全身から超能力のパワーが漲った。あまりの衝撃に左右にいた仲間が吹き飛ばされ尻餅をつく。
オーバードーズ?
薬は用法、用量を守らないと……。
「死ねクソ雑魚が――――くらぇぁ!」
セブンが白目になって絶叫。
圧倒的、衝撃が放たれた。
地面もガードレールも、駐車していた車両さえも吹き飛ばすパワーのかたまりが押し寄せた。
だがそれは翔の直前で、鏡のような壁に阻まれ、反射。
次の瞬間、セブンは両足首を残し消滅。
最後の台詞も、悲鳴さえもあげる暇もなく。自らの衝撃波を跳ね返され、全身に浴びたことで肉も骨もほとんどが粉微塵となって背後のビルの壁に赤黒い汚れになった。
「あ……!? ちょっ……ごめん」
慌てたのは翔だ。
調整が難しかった。
つい全部反射させ、瞬殺してしまった。
せめて「バカな、はねかえした!?」というセリフぐらい聞きたかったのに……。
<つづく>