コンビニ前に「猿」がいた夜
コンビニ前で屯するクズが「猿」になっていた。
『ウキキッ!』
「え……?」
翔は目をゴシゴシ。
猿だ。
スマホのカメラを通しても変わらない。赤ら顔の「猿」三びきが翔を睨みつけ「何見てんだクラァ?」とばかりに牙を剥き出し威嚇する。
『シャァア!』
コンビニ前でいつもウンコ座りをしていた「いかにも」な反社会的クズ三人組が「猿」に変わっていた。
一見すると猿だが、顔や腕に悪趣味なタトゥ、耳や鼻と唇にピアス。特徴的なウンコ座り。周囲にはタバコの吸い殻、缶チューハイの空き缶が散らばっている。
まさに社会のゴミとしか形容できない三人組がそのまま猿の姿に「変換」されてしまったとしか思えない有り様だった。
「困ったな、買い出しを頼まれたのに」
三人組のアウトローはいつも街角の小さな個人経営コンビニ前を占拠。店長は気の弱そうなおじさんで彼らには何も言えないらしく、バイトも客も怖がって離れてしまう。
今では店番は店長さん一人。潰れるのも時間の問題かと思われたが、翔のマンションから徒歩三分という近さの大切なライフライン。無くなっては困るので利用している。しかしこれはとんだハプニング。従姉弟の真歩姉ぇに頼まれ「おつまみ」の買い出しをしたいのに……。
『ウキッ!』
『キキッ!』
『シャァ!』
猿語で威嚇してくる。何見てんだオラ!? 殺すぞガキが! とでも言っているのだろう。元々人語さえ話せるか怪しい連中だったので、たいして違いは無いけれど迷惑であることに変わりはない。
「あ、パトカー」
『キキッ?』
遠くからサイレンが聞こえてきた。だんだんこちらに近づいてくる。窓越しに店長さんがスマホを耳にあてながら話しているのが見えた。
店の前にヤンキーが陣取っていても報復が怖くて通報できないが「猿」ならば別ということか。警察が来て追い払うか、保健所の職員が駆けつけて捕獲……となるだろう。
「そうだ写真!」
翔も思い出したようにスマホを向けて写真をパチリ。
町中に猿が出没したのはニュースだ。明日クラスの友達にも自慢できよう。
ヴァーチャルユーテェバァとして配信業務に忙しい真歩姉ぇにも教えなきゃ!
>> コンビニ前に猿が三匹いた!
猿か、草ww <<
>> ヤンキーっぽいの(写真)
うまくいった <<
>> え? 何が?
動画ヨロ <<
「あ、うん」
とりあえず動画を撮影しておこう。
それにしても何が「うまくいった」のだろう? 翔は首をかしげる。
真歩姉ぇは8つ年上の従姉弟だ。
東京の高校に入学が決まった翔を「家事担当」としてマンションに住まわせてくれている。
つまり親戚の美人OLの家に居候。他人が聞けばなんだかエロく聞こえるらしいが現実はそうでもない。
確かに翔は真歩に密かに恋い焦がれていた。
厳しい受験を勝ち抜き、年上の美人な従姉弟との同居生活が決まったとき、翔は心の底から歓喜し、ちょっと股間も元気になった。
両親は何の疑いもなく「東京でも真歩さんとなら安心だな」と送り出してくれた。ただ妹の翼にはジト目で「お兄ちゃんがエロいこと考えてる」と看破されて焦ったけれど。
しかし。
甘美な妄想は見事に打ち砕かれた。
真歩姉ぇは一流企業で働く美人OLと聞いていたのに、すでに仕事をやめて今は無職。
マンションの部屋は散らかり放題、異臭を放つごみ屋敷と化していた。翔はその日から高校に通いながら家事全般をこなす家政夫として日々を過ごすハメになったのだ。
思春期男子特有の淡い期待と密かな恋心は、真歩姉ぇに見透かされ、体よく利用されているのはわかっているが……。
『ウキーーッ!』
「わっ!?」
猿が動画撮影をはじめた翔を威嚇し、肩を怒らせてズンズン向かってきた。
あわわ、絡まれる!?
焦ったが丁度パトカーが到着。サイレンの音を響かせパトライトが周囲を赤く染める。
すると流石の三匹も慌てたらしく周囲をキョロキョロ見回す。だが通行人たちが足を止め人垣ができていた。
「見て、何あれ!?」
「猿がいる!」
「警察が来た……!」
郊外の住宅街とはいえ人通りもある。猿達は人垣に包囲されて逃げ場を失っている。
「危ないですから下がって!」
パトカーから飛び降りてきた警官は「さすまた」を手にしていた。もう一人の警官はトランクから「投網」を取り出した。
『ムキキッ!』
『ムガー!』
『キキッ!』
三匹の猿は屋根伝いに逃げるでもなく、駐車場の隅でガラの悪い輩みたいに喚きまくる。
「本部へ応援要請! 四丁目コンビニ前でサルを確認、飼育個体が逃げ出した模様、顔や腕にタトゥがあり動物虐待の疑いも……了解! 捕獲します」
無線で連絡を取り終えると、警官は「さすまた」を向けて一瞬で取り押さえた。あっさりと首根っこを壁に押しつけられたリーダー格らしい一匹が『グギャ』と悲鳴をあげる。他の二匹も投網を被せられ敢え無く御用。
『ウギャラァア!』
「コラ、おとなしくしろ!」
噛みつこうとするので警官がたまらず警棒でぶっ叩くと大人しくなった。やがて『○▲区保健センター』と書かれたワンボックスカーが急停車、猿を檻に詰め込んで走り去っていった。
「すげー」
翔は猿の捕り物を見学し終え、コンビニでポテチとカキピーとスルメを買った。
「いやぁ、いつもの三人の迷惑な子たちが今度は猿を連れて来たのかと慌てちゃってね」
通報主の気弱な店長さんは苦笑した。
猿は捕獲されてもまた三人のクズが来ると不安がっているのだろう。
「もう来ないと思いますよ」
つい言葉が出てしまった。
何の根拠もない。
翔の言葉に、店長さんはそれでも少しホッとしたように目を細め「まいどありがとうございます」と言った。
翔は自分で言っておきながら「なんで?」と不思議に思った。
とくに根拠がないのだが、もう反社会的なクズ三人組は戻ってこない気がしたから。
コンビニを出ると、猿がいた場所にはくすぶったままのタバコの吸い殻が転がっていた。
マンションに帰った翔はドアを開けて中へ。
「ただいま」
「翔、おつかれサンキュー」
パソコンのマルチディスプレイの向こうからにゅっと手が挙がった。タンクトップにショートパンツ。少しプリン頭風の茶髪の従姉弟、真歩だ。
「コンビニ前で猿にあったよ」
「見た見た! 映像もバッチリじゃん」
すでにビールの空き缶が三本。おつまみを受けとるとPCの前で「あぐら」をかいたままボリボリ貪り食いはじめた。色気もなにもあったもんじゃない。
親戚の集まりや子供の頃遊んでもらった真歩姉ぇは美少女で淑やかな印象だったのに……。
「ねぇ、マホ姉ぇ」
「うまくいったなー」
「何がうまくいったの?」
翔は手を洗いながら尋ねた。
「ここまで10年かかったけど、完璧だ」
「だから、何が?」
「魔法、あたしの魔法!」
立ち上がり腰を伸ばしながら、両手をうーんっと天井に向けて伸ばす。胸が大きい。脇の下とか目のやり場に困る。
「魔法ってゲームの? アニメの見すぎじゃ」
無職のイトコ真歩は重度のオタ。ゲームにアニメ同人誌。ネット動画に最近は配信もしているという。見たこと無いけど。
「いんや翔、君が魔法で三人のクズを猿に変えたんじゃないか」
びっと翔を指をさす。
「は? 俺が? 何を言って」
「あたしの付与魔法、万物のパラメータを改変する特別な魔法。ユニークスキル」
わかったような、ワケのわからないことを言う。
「酔ってる?」
しかし真歩はニッと微笑むと、缶ビールを手にプルタブを開け、
「あたしの魔法で世界革命のはじまりだ」
グビグビとビールを流し込む。
「革……命?」
喉元を眺めていた翔もまた生唾を飲み込んだ。
<つづく>