第91話 糸繭の中で
クレアとスピカは小さくなったディアナと共に糸繭に入る。
「良い感触の糸ね……」
「ありがとうございます。揺れた時に身体をぶつけないようにしたいので、椅子に深く座って下さい」
「ええ」
「では、身体を固定しますよ」
腰を落ち着けたのを確認し、その身体をベルト状にした糸で固定する。それからグライフとのやり取りや外の光景が見えるように状態を整えていった。
「準備できましたよ」
「承知しました。では、宿に戻ります」
クレアの声にグライフからの返答がある。
「では、お二方もお気をつけて。こちらからも折を見て連絡します」
「うむ。お二人をどうか頼む」
「ご友人にもよろしくお伝えください」
グライフとパトリック、ロドニーが交わす外の会話がすぐ近くで聞こえてきて、ディアナは少し驚いたように周囲を見回す。と、同時に外の光景も少し離れた位置にスクリーンのように映し出された。
グライフが移動を開始すると、前後左右の光景が一望できる。
「これは……」
「糸の振動を利用して音を聞いたり、透明な糸を束ねて内部に光を通して外の光景を見たりができます。この会話もグライフさんには届いているはずですよ」
「変化できると言ってたけど、こんなに多彩なのね……。床も椅子も帯もそれぞれ糸の性質が違うみたいだし」
「便利に使わせてもらっています。後は魔法の性質も割と乗せられたりといった感じですね」
そういった説明に、ディアナは少し思案するように頷く。
「なるほど……。となると、クレアちゃんが色々な知識や魔法を知っていればいるだけ応用の範囲が広くなる、ということね?」
「その通りです」
クレアが肯定するとディアナも頷き「もし良かったら……」と前置きをしてから言う。
「アルヴィレトの魔法もクレアちゃんに伝えたいのだけれど、良いかしら?」
「それは……有難いです。師匠も……恐らく許してくれるのではないかと」
「お師匠の魔女様ね。クレアちゃんもお世話になっているし、ちゃんと挨拶させてもらわないと……」
ディアナはその場面を想像したのか、目を閉じて胸のあたりに手をやって息をつく。
「ふふ。優しい人ですから、緊張しなくても大丈夫ですよ」
クレアが少し微笑み、少女人形が肩を震わせる。
「お師匠様を信頼しているのね」
「はい」
クレアは迷いなく答える。グライフが船から降りて街中を進む。糸繭の中は少し薄暗く、静かな空間だった。その中でふとディアナの横顔を見たクレアが尋ねる。
「――私の両親は……どんな方だったんですか?」
「お二方とも穏やかで優しい人達だわ。私とルーファス陛下は、私的な場面で深い付き合いがあるわけではないけれど……少なくとも声を荒げているような場面は見たことがないし、思慮深い方だと、みんな慕っていたわね」
ディアナは昔の事を思い出しているのか、目の前の風景を目に映しながらも、どこか遠いところを見るような目で言った。
「二人とも性格的には似ていて……歩調が合うと言えばいいのかしら。ただ細かいところはやっぱり違っていて、ルーファス陛下は穏やかで優しい方だけれど、王様だから成さなければならないことは成すというような強さと判断力があったわ」
両親の話にクレアは真剣な表情で頷く。
「シルヴィアは少し慎重で引っ込み思案だけれど芯の強いところがあって……陛下は、そういうところに惹かれたのかも知れないわね。私は父に似たけれど、あの子は母親似で、クレアちゃんもそうよね」
ディアナはクレアの顔を見て笑う。
「お婆ちゃん似だったわけですね」
と、クレアは自分の顔に軽く触れる。ディアナが笑って頷き、少しの間糸繭の中に静寂が落ちるが、ディアナが言葉を続ける。
「二人の安否については……分からないというのが正直なところだわ。ただ、陛下は例え国が亡びるとしても、自分は王城に最後まで残ると言っていたそう。シルヴィアは陛下が先に脱出させて、まだ見つかってはいないわ」
実際、話をしにくい事ではある。だからディアナやクレアが見つかった時も、パトリックやロドニーも話題に出せていない。
「望みは残っているかも知れませんね。帝国は運命の子や古代遺跡の遺産を欲しがっているわけですから、保険や人質としてアルヴィレト王家の血統は残しておきたいのではないかと予想します」
「……そうね。確かにそうだわ」
合理的に考えるのならばその可能性は十分にある。
「……っと。なんだか私の方がクレアちゃんに元気づけてもらっているような気がするわ」
ディアナはそう言って苦笑する。
「私は小さかったのものあってそういう自覚はないですが、アルヴィレトの皆さんは大変だったと思いますし。そこは寧ろ力になりたいところですね」
「ふふ。ありがとう、クレアちゃん」
ディアナが嬉しそうに笑う。
そんなやり取りを聞きながらグライフも少し笑みを浮かべ、やがて宿に到着するのであった。
宿に到着したところで、クレア達はまずセレーナのところへ向かい、ディアナとセレーナを互いに紹介する事となった。
客室にて顔を合わせた二人はクレアが伝える互いの肩書きを聞いて驚いてはいたが、作法に乗っ取り自己紹介を行う。
「セレーナ=フォネットですわ。お初にお目にかかります。どうぞお見知りおきを」
「こちらこそ。クレアちゃんの友人と聞いていたから、ここに来るまで楽しみにしていたわ」
スカートの裾を摘まんで挨拶するセレーナの言葉にディアナが微笑んでそう応じてから名を名乗る。
「フォネット伯爵家というと……隣地の貴族家ね」
「トーランド辺境伯領では身分を隠していますが、その通りですわ」
そのやり取りを隣で見ていたクレアも頷くと、セレーナとの出会いやロナと話をしてその弟子になった経緯を説明する。
礼儀作法や剣等をクレアに教えているという話に、ディアナも頷いていた。
「そうなのね……ロナ様はクレアちゃんが王族だというのを予測していたのかしら」
「出自が分からないことと、誰かに追われていたことからそういう場合でも対応できるように、という考えだったようです。流石に王族とまでは考えていなかったようですが……」
アルヴィレト自体が存在を知られていない隠れ里のような国であったため、北方にあるどこかの小国が滅んだといった情報が入って来なかったからだ。だから、王国貴族の令嬢や帝国の属国ないし帝国貴族の令嬢。それにどこかの大商人の娘、という可能性をロナとしては最初に想定していた。
「というわけですので……」
クレアは前置きすると咳払いを一回してからスカートの裾を摘まんでお辞儀をする。
「アルヴィレト王国の作法は存じませんが、王国と帝国においては失礼のない程度の振る舞いは可能かと」
そういうクレアは、舞台上で演出する要領で自分自身のスイッチを入れたのか、また雰囲気が先程までとは異なっている。とはいえ、王族の雰囲気というのはクレアも知らないので、普段の飄々としたところが鳴りを潜め、礼儀正しい令嬢といったイメージでの変化ではあるのだが。
「なるほど……。私はアルヴィレト王国や海洋諸国の作法しか見たことがないけれど……これなら立派な王女様ね。セレーナさんには感謝してもしきれないわ」
ディアナから見ても細かい所作まで神経が行き届いている印象で、作法は違えども洗練されているしクレアがしっかりと身に着けているというのが窺えるものだった。
ディアナの言葉に、セレーナは微笑みを浮かべる。
「礼には及びませんわ。私にとってクレア様は恩人であり姉弟子であり、大切な友人に他なりませんもの」
「これからよろしくお願いね」
「こちらこそ」
ディアナとセレーナが握手を交わす。もう一人の従魔ということでエルムも紹介し、その経緯も話すとディアナは驚きと共に少し思案を巡らせていたようではあるが。
それからクレア達はディアナを連れて一階へ向かい、もう一人泊まりたいと宿の亭主に申し出るのであった。




