第81話 現状報告と竜の鱗
「――常時発動型の固有魔法……セレーナがそのような魔法を持っていたとは」
「もう少し私達が魔法に詳しければ、セレーナさんに苦労をさせてしまうこともなかったのでしょうね」
フォネット伯爵夫妻はセレーナの言葉に驚きを露わにしながらも、喜び半分、後悔半分といった様子であった。
「けど……そうなると、色々話も変わって来るね」
カールが言うとセレーナは静かに頷き、クレアもそのことに思い至ったのか、肩の少女人形がぴくりと身体を反応させた。
固有魔法を持っているとなれば、色々と前提から変わってくる部分がある。
貴族達は魔法の資質を持つ者を家系に引き込みたいと考えている者が多いため、縁談とて足下を見られるようなことはないどころか、公表すれば良い話も舞い込むだろう。
結界札等を自作できることを考えれば、領地に残る形で縁談を考えるということもあるだろう。それでも縁を繋ぎたいと考える貴族家は多いはずだ。
但し、カールの言葉を受けたセレーナが家族に向けるその表情は――意を決したようなというか、何かを伝えなければならないといった少し硬いものであった。
状況が好転して喜んでいるといった様子ではない。夫妻やカールもそれを感じ取ったのだろう。マーカスが口を開く。
「ふむ。その話は後でするのが良さそうだね」
「……いえ。クレア様は私の姉弟子でもあり竜対策を進める上で、力を貸していただいています。グライフ様も、クレア様の恩人の弟子という立場。ですから……このままお話を続けても良いでしょうか?」
「ご友人方は色々事情を知っている、と」
パメラが尋ねるとセレーナが頷いた。
「そして、セレーナは状況が変わっても考えは前と同じ、ということだね?」
「はい。竜の討伐を考えていますわ。竜の事もそうですし、私自身が依然として修行中の身の上ということもありますが……何よりもトーランド辺境伯領でできた縁も大事にしたいのです。ですから……まだ戻ることは考えていません」
クレアがセレーナの言葉にその横顔を見れば、セレーナもまた微笑みをクレアに向ける。それから視線を両親達に戻して言葉を続けた。
「確かに、現時点でも結界札等の魔法絡みの品は安定確保できます。しかしそれで現状維持しやすくなったことを良しとしても、今の代だけのことです。やはり……先々のことを考えるのならば、鉱山の問題を解決しなければならないと……そう私は考えますわ」
「竜か……。人員と魔法の力。それに対策や作戦で、届くかどうか、だね」
カールは顎に手をやり、真剣な表情で思案を巡らせる。領主やその息子としては判断が難しいところだ。討伐に際しての犠牲も抑えたいと考えると、動きにくくなってしまうというのはクレア達としても理解できる。
「届くと信じて、準備できることをできるだけしてから考えてみたいと思っていますわ。領地で暮らしている皆は、私達を信じてくれているのですから」
「そう……そうだね。本当にその通りだ」
カールが目を閉じ、マーカスもセレーナを見て言う。
「セレーナが考えていることは分かった。私達とて一度送り出した上で、お前に助けられていながら状況が好転したからと、その選択に口出しをするような事は言いたくない。まずはセレーナの思っているようにやってみなさい」
「その上で、私達にも遠慮なく頼って下さいね。情けの無いところを見せてしまっていますが、私達も力になりたいと思っているのですから」
「はい。計画がもう少し進展したら、相談させて下さいませ」
色々と現状は変わってはいるが、目標は変わらないしその必要があると、説明や説得をした形だ。竜討伐においては領主であるマーカス達の理解と協力を得なければままならないというのもある。
「では――その上で。確か……我が家には竜の鱗があったはずですが、まだ保管されていますか?」
「ああ。竜の討伐を考えた時、何かの役に立つかも知れないからと処分はしていない」
竜の素材は金になる。それを困窮しているフォネット伯爵家が処分せずにいたのは、討伐の可能性を捨てたくはなかったからだ。
応接室に通されるまでの間にも、セレーナは自分がトーランドに向かうまでにはあったはずの調度品の幾つかが無くなっているのを目にしている。その辺りの財産を処分して領地経営なりの別のものに充てていたのだろう。
だが、両親達は竜の鱗をしっかりと残してくれていた。
「お父様、竜の鱗を私達に預けては頂けませんか? 魔法的な解析をして、竜への対策を練りたいと考えているのです」
「例えば……鱗の防御力を効率的に突破するような術を構築できるかも知れません」
セレーナとクレアが考えを説明すると、マーカスは少し思案してから頷く。
「なるほど。では、持ってきましょう。私達が持っていても死蔵しているだけに過ぎませんからな」
そう言って、マーカスが席を外す。伯爵家にとっては重要なものだけに、使用人達には任せられない品でもある。
「辺境伯領と大樹海はどうだったんだい?」
「そうですわね……。あちらに行ってからというもの、沢山の実力者を目の当たりにしました。大樹海にも圧倒されることが多いですし、剣と魔法の修行や魔物の討伐と併せて、濃密な時間を過ごせていますわ」
「ふふ。後でセレーナさんの剣や魔法を見せて欲しいですね」
「はい、是非。私も修行の成果を見ていただきたいですわ」
セレーナが兄や母とそんな話をしているとマーカスが戻ってくる。
その腕には宝箱があり、マーカスは内部から竜の鱗を取り出す。黒い光沢を持つその鱗は、古い鱗という事だが、未だに強い魔力を宿しているのが伝わってくる。
「これですな。前の代に鉱山付近の調査をしている際に発見されたものです。どうぞ、クレア殿」
「お預かりします」
鱗を受け取ったクレアは重さを確かめたり、端っこの方を指で挟んで硬さを確かめたりと、鱗の性質を見ていく。
「縁の方は鋭いのでお気を付けください」
「ありがとうございます。もっと重いのかと思いましたが……厚みの割に軽いんですね」
「そうですな。ですが、鉄の武器では普通には傷をつけられない程に堅牢です」
竜素材が珍重されるのも軽く硬いからというのはある。セレーナやグライフ、カールと共に興味深そうに竜鱗の硬さや重さを確かめ、それからクレアは一礼して竜鱗を魔法の鞄に仕舞った。
「それから……今日帰って来たのは、ミュラー子爵領に用があったからなのです」
「ほう」
「古い友人達に会いに行くつもりなのです。連絡が途絶えていたのですが、先日手紙を受け取りました」
グライフが言う。その為、道案内と現状報告、竜対策を兼ねてセレーナとクレアも同行してきたのだと説明をする。
「なるほど、そうでしたか」
「海を見るのは初めてなので楽しみにしています」
クレアが言って、肩に腰かけた少女人形は機嫌が良さそうに身体を左右に揺らし、足をパタパタと揺らす。
「クレア様は魔法で人形を操る事を魔法の修行としておりますが、表情よりも人形の方に感情が出やすい方なのです」
セレーナが説明すると、パメラが「なるほど」と頷いて表情を綻ばせ、マーカスやカールは興味深そうに人形の仕草を見やり、それから口を開く。
「一応、私の方から身分を証明する書面を認めておきましょう。ミュラー子爵領で何かあれば、それをお使い下さい」
「ありがとうございます」
グライフが礼を言ってお辞儀をすると、マーカスもまた笑って頷くのであった。




