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第79話 竜が潜む山々を見ながら

 箒で長距離を移動する際はそこまで高度を上げるわけではない。気圧や気温の関係で展開している結界を強固なものにしなければならないからだ。隠蔽術式を使っていれば低高度でも目立たずに移動が可能なため、クレア達は街道沿いを何となく視界に入る位置取りをしつつ、拠点から拠点を結ぶような直線的な移動をしつつ南方へと移動していった。


「いやあ。いい景色ですねえ」


 少女人形は遠くを見回すような仕草をしていて、クレアが上機嫌であることが窺える。スピカが一声上げて答えた。


「前線の後方ということで、このあたりは穀倉地帯が広がっていますからね」


 対帝国や対大樹海で何か有事が起こった際に対応しやすいよう、食料を生産して貯め込むように整備されているのだ。輸送を考えるのなら、前線の近場で生産できる方が望ましい。

 その為、辺境伯領に隣接する拠点近くの平原には広範囲に畑が広がっているということもあって、クレアからしてみると前世も今の人生も含めて見慣れていない興味深い光景が広がっているのであった。


「グライフさんは寒くはないですか?」

「心配はいらない。結界も張られているし陽当たりも良い。スピカの羽毛は暖かく感じるぐらいだな」


 小人化によってスピカの背中に乗っているグライフがそう応じる。

 話をしながらもクレア達は街道に沿って飛んで行く。大きな街道から少し小さな街道へ。大きな街道は王都に続く道。クレア達が向かう道は南方のフォネット伯爵領だ。


「あちらの道を進むと王都ですわね」

「セレーナさんは王都に行ったことがあるんですか?」

「はい。街道も整備されていますし巡回もきっちりされていますから。辺境伯領に向かう時は別の街道から一度王都に出るようにしての移動をしましたわ」


 セレーナは王都の様子についても説明をする。トーランド領都以上に大規模な都だが、前線基地として質実剛健な辺境伯領と違い、文化や芸術等が奨励された華やかな場所なのだとセレーナは語った。


「俺も足を運んだことがあるが、印象としては同じだな」


 ただ、それによって生じる弊害のようなものもグライフは目にしていた。

 スラムや犯罪組織のような部分がどうしても生まれるのだ。そういう意味では王都は辺境伯領よりも治安が悪い。表に出ない部分での話ではあるが。


 それでも、帝国とは比べるべくもない。圧政の下でも腐敗というものはあるのだから、結局生きやすさや自由という点では王国の方がずっと良い……というのが、両国の実情をある程度見たグライフの意見だ。


「帰り道は王都を見てくるのも悪くないかも知れないな」

「良いですわね。王都は色々と見るところが多いですから」


 少女人形が興味深そうに王都側に視線を向けていたことから、二人はそう王都行きについて提案してみる。


「おお……。楽しみにしておきましょう」


 そうクレアが応じてそのまま移動していった。




 道を進むに従って、段々と街道を行き交う人通りが少なくなる。

 セレーナが眼下の道を使わなかった理由にも関わるものだが――まだ少し遠くに見える山々こそが竜が住み着いたフォネット伯爵領の鉱山だからだ。

 鉱山の裾野を通る道であるために、結果として人通りが少なくなってしまっているのである。


「人通りが少なくなって街道沿いも寂れてしまう、と。大変ですね」

「そうですわね……。色々なところに影響が出ていますわ。この道にしても、昔は人が行き交って賑わう街道だったという話でもあるのですが。とはいえ、この辺はまだ竜の脅威もなく安全な方ですわ。人も住んでいますし、兵士の巡回も行われています」

「領都からの直通路を使う者がいないから利便性が下がってしまっているわけか」

「そうですわね。裾野付近はもっと寂れていて、街道そのものの整備が滞ってしまっていますから。今では旧道などと呼ばれていますわ」


 そんな道をクレア達がわざわざ選んだのは、直通ルートで移動までの時間が短くて済むということ、それから……住み着いた竜の魔力反応や、現状などをある程度見ておきたかったからだ。


 鉱山との距離が縮まってきたところで、クレアは探知魔法の範囲を絞りながらその射程距離を伸ばす。


「……なるほど。確かにいますね」


 探知に手間取るというようなことはなかった。山々の中に大きな魔力反応を発見したからだ。


「あまり外には出てきませんが、鉱山への接近や侵入を感知すると縄張りからの排除に移るそうですわ。積極的な討伐対象にならなかったのは、外への被害をあまり拡大させていないからでもありますわね」


 それほど……というのは、ないわけではないからだ。

 時々外に出てきて縄張り周辺の空を飛び回り、狩りをすることがある。森に住む鹿、魔物が主な狩りの対象にはなるが、馬、牛、羊と言った人の飼う家畜も過去には被害にあったという報告がある。


 狩りの対象が森の動物と魔物に偏っていて、食事量も図体程多くないというのは確かである。


 竜は地脈から魔力を得て活動の足しにしている生き物だ。だから、自身と相性のいい場所に住み着くし、巨体の割に大食らいというわけではない……というだけだ。


 討伐隊も何度か組まれたが、目的を果たすに至ってはいない。知恵が回るから交渉ができないかと働きかけたこともあるが無駄に終わっている。

 そうした話からロナは「特徴を聞いている限りは年若い竜だね。人間に大規模な報復をさせない程度の知恵は回るが、基本的には傲慢で強欲な竜種なんだろう」という分析をしている。


 人を積極的に襲うわけでもなく、その頻度が高いわけでもない。だからと言って近隣に安心して住めるかというとほとんどの人の答えは否だ。

 竜の気まぐれで襲われてはたまらない。結果として周囲一帯から人が離れ、鉱山が廃れることになった。


 餌を選り好みしている節があるのは――単純な偏食というわけではなく、人が報復してくる動物だと知っているからだ。大規模な討伐隊を組まれるのが面倒だからという理由だろう。


「鉱石を採掘されると地脈の力が落ちる、ということでしたわね……」

「だからこそ採掘の邪魔をする、というわけですね」


 セレーナは山々を見ながら眉根を寄せる。

 領主の娘として、鉱山に陣取ってしまった竜に対して思うところはある。弱肉強食の論理で生きている野生動物に権利や正当性等を問うのも意味のない話ではあるが。

 だからこそ竜の問題を解決するのなら、力を以って行うしかない。討伐するか追い払うか。或いは別の利点を提示するにしても、力がなければ交渉の意味もないのだろう。


 竜をどうするのだとしても、対策は必要だ。そう言う意味では実際に魔力を肌で感じるのは必要な事ではあった。

 クレアだけでなくセレーナもまた探知魔法を瞳に乗せて、視界に魔力反応を映している。鉱山の中にいても感じる


「確かに……強いですね。けれど……」

「イルハインに比べると理解しやすいというか、真っ当という気がしますわね」


 そう言って頷き合う。魔力の規模は強大だ。しかし性質という点ではかなり分かりやすい。そんな印象を二人は感じた。


 巨体から繰り出される単純な力と強固な鱗からなる堅牢さ。吐き出す炎と空を飛ぶ翼。単純に硬く、速く、強いというのは分かりやすくはあるが、それだけに対処が難しいというのが竜という生き物ではあるが。


「傲慢で強欲、か。であれば、強いからこそ付け入る隙はあるだろうな」

「私もそう思います。正面から戦う意味はありませんから。後は……そうですね。爪なり鱗なりがあれば、もっと対策が進む気がしますが」

「竜から抜け落ちた古い鱗でしたら、私の実家にありますが……何に使うのですか?」

「解析して対策に反映させるつもりでいます。構造が分かればそこから得られる情報や作れるものもあるかなと」

「なるほど……」


 空を飛べて火を吐ける要塞のような生き物だ。難敵であるのは間違いない。しかしクレアとならば竜にも届く何かを作り上げられるのではないかと、そんな風にセレーナには感じられるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] イルハインは比較対象にするには特殊極まりない相手でしたからねー
[一言] ここはもう竜殺しの剣を作って凱旋してきた領主の娘が姫騎士として討伐!の流れですねw
2023/10/25 07:38 退会済み
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