第78話 より良い未来になるように
「グライフさんは……何かこうなって欲しいと望んでいることはないのですか?」
クレアがそう尋ねると――グライフは少しだけ驚いたような表情を浮かべたものの、やがて穏やかな笑みを見せた。
「俺の望みまで気にする必要はない。ただ……こうなって欲しいというより、現状を鑑みて出来る限り最善の道に進んで欲しいとは願っていて、そのために考えて行動したい。だから望みとなると具体的な何かがあるわけではなく、今はまだ少し漠然としているか」
仕える主の望みを実現しようとするのが家臣の務めではあるのだろうが、クレアが聞きたいのは個人としての望みだ。だから、グライフはその点については言葉に出さない。
「なるほど……」
クレアはグライフの言葉を受け、目を閉じて思いを巡らす。
グライフのことを考える必要はないと、そう言う。裏返して言うならばクレアは自分の事を優先して考えて良いと言っているのだろうが、では自分が望んでいる事というのは何か。
例えば人形作りをしている事であるとか、人形繰りを見せて誰かにそれを喜んでもらうと嬉しいだとか、そういうものはある。
我が事ながら平凡というか小市民的ではあるとクレアは思うが、王族や王女としての生き方と言われても正直ピンと来ない。民や家臣にかしずかれるような生き方も別に望んでいるわけではない。
その上で自分の望みというのを考えるのなら。
前世では医者、看護師達。人形繰りの師、人形繰りを応援し、それを見て喜んでくれた人達。
そしてクレアとして生まれてから、自分を逃がしてくれたオーヴェル達。育ててくれたロナ。セレーナやグライフといった人達の顔が思い浮かぶ。
今まで自分を助けてくれた人達が平穏であっていて欲しい、笑っていて欲しい。そういう想いがまずある。助けてくれた人達から与えられたものを、誰かに返したいという想いも。
では、これから会いに行く人達はどうなのか。もしかしたら自分の血縁かも知れない。そういう人達に会って自分はどう思い、彼らは自分の生存を知ってどう感じるのかに思いを巡らせる。
人形繰りをするために舞台の上で何かを演じることも、公的な場での王族としての振る舞いを見せることも。遠く離れたものではないように感じられる。
王族というのならば、例えば政治的な事であるとか現実的なことも付随してくるから簡単に同じようなものだなどとは言えないのだろうが、辺境伯家の面々も領主としての顔を見せてはいたけれど、そこから離れれば家族への気遣いが、普通のものだったというのを見ている。
だから、クレアはそうした想いを口にする。
「私は……そうですね。人形繰りを見せて誰かに喜んでもらう事が好きなんです。人形繰りをすること自体が楽しいというのもありますけど、そういうものって見る側にとっては日々を過ごしていく力になるような意味があると思っていて――」
そうすることで病弱だった前世で助けて貰ったことや大樹海で生きていくために助けて貰ったことを、返せるような気がするのだ。
「ですから。私が生きている事を知らせる事が、アルヴィレトの人達にとっての支えや希望になるのなら……そういうのも悪くはないのかな、と。まあ、そんな単純な話でもないし、そうすることでまた別の苦労もあるはずですが」
クレアは苦笑しながら付け足す。
「――いや、良い考え方だと思う。俺がアルヴィレトの民だからということを抜きにしても、そういう考えは肯定したい」
「そうですわね。そのお考えは素敵だと思いますわ」
グライフやセレーナが言うと、ロナは「ふむ」と声を漏らす。
「そういう考え方を前提にした上で、様子を見て上手く行くように道筋を考える……ってとこかね。帝国なんざの為に生涯を我慢するってのも業腹だからね」
「はい。グライフさんに同行して、状況を確認した上でより良い形になるように考えたいと思います」
方針としてはグライフが言った通りだ。様子見をして考えるという形ではあるが、クレアの想い自体は前提として共有しておく必要がある。
「ミュラー子爵領の案内でしたら、私でもお力になれるかと思いますわ」
「セレーナさんのご実家の状況も見られそうですね」
そう言って盛り上がる弟子達にロナは頷く。
「行ってくるといい。あたしは力を回復させる必要もあって外にはあまり動けないが、イルハインの領域も含めて様子を見ておく。帝国の動きに関して言うなら、外部の諜報部隊が壊滅してるから再編まで当分は大人しくしてるだろうってのがリチャードとウィリアム達の共通の見解だったけどね」
「諜報部隊の再編を考えるなら、帝国が動くにはもうしばらくは時間がかかりそうだな」
諜報部隊の再編が終わっても実際に王国内の情報を再び集め始め、帝国と連携して動くまでの事を考えるなら更なる時間が必要だ。
但し帝国側は諜報部隊や固有魔法持ちの血族よりもクレアの確保を優先させている。個人の追跡を再開するということを考えるなら、その時期は王国への諜報活動よりも早くはなると考えられた。
だからこそ、今ならば動きやすいということも意味している。アルヴィレトから逃げのびた者達の動向も見るならば好機と言えた。
「では――出かける準備をしっかりとしてから南に行ってこようかと思います」
南方へ赴く準備と言っても、それほど大したことをするわけでもない。イルハインとの戦いで壊れた人形の修復や消費したポーション、食料等の補充に加え、セレーナの領地にお土産として持って行った方が良いもの等を集め、冒険者ギルドや辺境伯家に南方――フォネット伯爵家に赴くという旨の連絡を入れるぐらいだ。
「そういう事なら、こっちで情報操作でもやっとくか」
ギルド長のグウェインは出かけるということを伝えるとそんな事を言っていた。
辺境伯と口裏を合わせ、クレア達は別の場所に出かけたと情報操作をするつもりなのだ。ギルドもクレアが墓守の核――鍵を所有していると思っているため、裏の事情を完全に知らずとも、対帝国において重要人物であるという認識は変わらない。
そうして数日、クレア達もしっかりと準備をしてから南方――まずはセレーナの実家であるフォネット伯爵領に向けて出発する事となった。
「いやあ……エルムの新しい能力が便利で、人形作りや修復が大分捗りました」
箒に跨って空を飛びながらクレアが言う。襟元から顔を出すエルムをそっと撫でればエルムが「ん」と短く答えて微笑む。
エルムは木々や植物の形状を操作できる。クレアが糸で操作するよりも高度な変化が可能なため、人形の修復用パーツの成形や乾燥であるとか、木製の部品に樹脂を染み込ませて硬質化させたりといった加工が容易となる。
大樹海の植物樹脂を浸透させる事で何が変わるのかと言えば――木製のパーツでありながら難燃性を与えつつ、鋼を易々と超える強度にする事が可能となる。
固まると非常に堅牢になる植物が自生していて、そうした資源を手軽に扱えるようになる、というわけだ。
「エルムちゃんのお陰で私達の装備品の性能も相当向上しましたわね」
「動きやすくて金属と違って音もしないからな。有難い事だ」
素材の確保のし易さ、加工のし易さもさることながら、重量面や魔力を通した際の反応も優秀であるため、人形素材としてだけではなく武器や防具としても活用できる。武器として見た場合軽くなってしまうので一長一短ではあるが、防具としては利点の方が遥かに多い。
その為、今のクレア達は並みの全身鎧よりも堅牢な装備に身を包んでいる状態と言えた。
「まあ、動きやすさや追加装甲等々は実際に使ってみながら改良していきましょう」
そんな話をしながら、クレア達は空を進んでフォネット伯爵領へと向かって飛んで行くのであった。




