第68話 見定める者
「……っと。色々来るもんさね。領域主が討伐されりゃ、騒がしくもなるか」
各々行動をしようと動き出したところでロナが空を見上げる。その言葉と共に、不意に周囲に影が差した。
何事かと空を見上げると、陽の光を遮るような方向から巨大な鳥の影が、ゆっくりとこちら――イルハインの領域があった場所に近付いてくるのが見えた。天空の王――。その姿に、ロナ以外の全員に緊張が走る。
「う……」
「おいおい……まさか、領域主を倒したからあれまで出張って来たんじゃ……」
「冗談じゃねえぞ……こうも立て続けに……」
グレアムの配下達が血相を変え、グライフがクレアを護るように前に立つが……ロナは首を横に振る。
「いや……。ありゃ臨戦態勢じゃないよ。わざわざ影が差すように位置取るってのも、こっちに向かっていることを知らせる意図があるんだろ。どっちにしろあの距離からでも雷撃が届くし、逃げられる相手でもない。腹括りな」
天空の王は見る見る内に大きくなり、そのままクレア達の近くに降下してくる。攻撃を仕掛けるつもりがないというのはロナの言う通りなのか、膨大な魔力を宿しているがその魔力は威圧するようなものでもないし、普段身に纏っている紫雷も散っていなかった。
地面に降り立った天空の王は、金色に輝く翼を畳み、一同の顔を見るように睥睨してくる。
皆、言葉もない。イルハインも相当な魔力であったが、天空の王は更に上を行く。
澄んだ蒼い瞳だった。天空の王はゆっくりと視線を巡らせていたが、やがてクレアを目に留めるとじっと見てくる。
何秒かの間――クレアもまた、天空の王を見て向かい合う。
「えっと……。積極的に領域主を討伐しようと思っての事ではないというのは、お伝えしておきます」
やがてクレアは何か言った方が良いのかと判断して、天空の王を真っ直ぐに見ながら事情を説明する。
クレア達がここに来てしまったのは行きがかり上のものであるし、ロナもイルハインの討伐を目的としていたが、元々イルハインは遣いを領域外に出して人に被害を齎していた。イルハインがこういう結末になったのは、イルハイン自身の行動の因果でしかない。
天空の王は暫くクレアをじっと見ていたが、やがて嘴を薄く開いて瞬膜を細める。鳥が人の表情を真似したらこうなるのかも知れない。笑みを見せた天空の王は喉を逸らし、高くどこまでも伸びるような声を上げると地面を蹴り砕いて飛び立っていった。
「問題ない……と思ってくれたのでしょうか……?」
遠ざかっていく天空の王を見ながら、クレアは言った。
「さてねえ。あいつらの考えてることはさっぱりさね」
ロナは肩を竦める。最後にイルハインが口にしていたことは、距離もあったからロナの耳にしか届いていなかったようだ。だからそう答えるに留める。
判断するにしてもグレアム達の持っている情報を聞いてからでも遅くはない。
「天空の王に関しちゃ今は良いさ。後でもう少し落ち着いた時にあんたらと色々話をするとしよう。まあ……あたしの話もその時かね」
「はい、ロナ」
「では、また後で」
ロナは二人の返答にふっと笑って、近くに落ちていたクレアの帽子を拾うとその頭に被せる。ぽんぽんと帽子に軽く触れ、セレーナの髪も撫でるように触れると、グレアム達との魔法契約に移った。
ロナからの話というのは……どちらかと言うと、ロナ自身の事でクレアやセレーナに話をしておきたいことがあるのだろうと、二人には感じられた。
「形だけかも知れないが民家もある。一先ず野営するのに困る事はなさそうだな」
「あんたらは休んでてくれ。俺達で状態の良さそうな場所を見繕って来るからよ」
グレアムの配下達が言う。輪の開錠に負担がかかる術であるのは分かっているから、自分達の開錠は大樹海を脱した後で良いとロナにも伝えていた。
「ありがとうございます。私も魔力を回復させたら野営のお手伝いをしますね」
しばらく休憩し、魔力を回復させたクレアも、セレーナやグライフと共に動き出す。
「はぁぁ……今回もファランクス人形が破壊されてしまいましたよ……」
クレアは少し悲しそうにイルハインに破壊されたファランクス人形を回収していた。そんなクレアの様子に事情を知るセレーナが苦笑し、初めてそうした姿を見たグライフが目を瞬かせる。
暫くすると比較的状態の良い家をグレアムの配下達が探してきた。そこを根城に一晩休んでから帰るという形だ。
イルハインの領域は他のものに比べればあまり大樹海の奥に位置していない。イルハインが獲物を外から呼び込むためにそうした場所を選んで陣取っているためだ。だから、森歩きの術や高度な探知や隠蔽を行えるロナやクレアがいるのなら、脱出の難易度も抑えられるだろう。
「こんなところですかね」
広場に水の入った樽を置いたりそれぞれが使う毛布を置くなどして野営の準備をしていると、クレアはここに飛ばされた原因にもなった増幅器が、壊れたままで転がっていることに気付いた。
「これも、回収しておいた方がいいんですかね」
「その方が良いのだろうが……危険はないのか?」
グライフが尋ねると、セレーナが増幅器に目を向ける。
「うーん。魔力反応はほとんどないようですわ」
「……それは俺の魔力にしか反応しないように調整されている。一度魔力を使い切ったのなら、俺が再び魔力を溜めるまでは、ああした大規模転移は起こせない」
クレア達がそんなやり取りをしていると、グレアムが言った。念のために危険がないよう、少し離れた位置からの説明ではあったが。
「では――こちらで回収しておきましょう。おかしな反応をしたら破壊するということで」
解析して罠部分だけを取り除くことができれば、グレアムが役立てることもできるだろうし、その仕組みによっては他の固有魔法に応用できる可能性とてある。回収しておく価値はあるものであった。
野営の準備が整ってもロナは陽が落ちるまでイルハインの犠牲者達も収容や埋葬しやすいように並べていった。
イルハインは骨を眷属として使役していたが、死霊術を使えばバラバラに組み替えられたそれも、個人のそれとして一揃いに戻すことができる。
要するにボーンゴーレム――スケルトンを作る、というものだ。元通りの組み合わせに直し、埋葬しやすいように術を解く。
「やれやれ。わかっちゃいたが、この辺の事まで考えるなら1日や2日じゃ終わらないね。墓所なんかは人里に近いとこにしてやりたいとこだが……そこはリチャードが考える事か」
イルハインの犠牲者は歴史的に見るのであればトーランドの領民が最も多いのだろうし。そこは領主であるリチャードが進めるのが筋でもある。
勿論、イルハインの後始末に関してはロナも手伝うことは吝かではない。小人化の呪いやゴーレムの運搬能力等も考えれば、そちらの方が早いのだから。
陽が落ちるまで隠蔽結界を始めとした偽装と魔物除けの結界を展開し、イルハインの犠牲者についても野営の準備を終えて手の空いたクレア達と手分けをし、その日の内にできるだけのことをすると、今日宿泊すると定めた民家へと向かった。
「やっぱりどこの民家も外側だけだったみたいです。家具は用意してないというか」
「なので戦闘の余波がないことと、傷んでいないこと。陽当たりや間取りで選んだ形ですわね」
「雨風が凌げるのならそれで良しとしとくかね」
クレア達の選んだ隣家や向かいに他の面々も宿泊。家を出たところに野営道具一式を配置するような形だ。
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