第48話 森の毒蝶
「考えてみれば大樹海の外で採取とかするのは初めてですね」
「普通は逆だと思う……」
目的の領都近郊の森に向かって街道を移動しながらもクレアが言うと、ニコラスがぼそっと応じる。
「全くだ」
「まあ……クレア様はご自身の立ち位置に無頓着なところがありますので」
苦笑するグライフとセレーナ。
「でも、大樹海での魔物討伐には興味があるな。その内僕もやらないといけないから。部隊を指揮しながら戦うのが、うちの伝統みたいなとこあって」
「……ニコラス様も中々特殊な事情がありますわね」
「かもね。僕1人ならともかく、兵士達の命を預かるのは気が重いかな」
そんな風に言うニコラスに少女人形が頷き、大樹海について色々とクレアとセレーナが話をする。
「場所にもよりますが、やはり探知が一番重要だと思います。隠蔽……は部隊を引き連れていると大変だとは思いますが、それで他の魔物を相手にしている時の更なる遭遇戦は避けられますからね」
大人数で大樹海に入っているなら、それを承知で襲ってくるのは強い魔物や領域主だけだ。防衛を主目的としつつ、大樹海に入る場合は予防的な魔物の駆除を大体の場合の目的としている辺境伯家の訓練においては、そこまで奥地に入り込むことを想定していない。
「探知か。うん。その辺はもっと父上に教わろうかな」
話をしながら街道を行き――やがて目的の森が視界に入る。
「見えて来た。あの森だ」
「では、気を引き締めていきましょうか」
「大樹海より安全と言っても、油断するのはいけませんものね」
「それは確かに」
スピカもクレアの襟元から抜け出して元の大きさに戻る。
「虫の魔物――わかりました。この魔力波長ですね」
まだ距離はあるが既にクレアの探知魔法の範囲内だ。その有効射程の広さにグライフとニコラスは感心したような反応を見せた。
「なるほどな。これだけ探知範囲が広ければ大樹海でやれるだろう」
「街中とかだと逆に役に立たない感じになってしまうので、適材適所の使い分けという部分はありますね」
「引っかかる反応が多すぎると逆に雑音になるわけか……」
森の入り口までやってくる。森歩きの術はここでも展開しており、クレア達が近付くと、茂みと木々が左右に分かれるようにして道を作った。
4人は森の中へと入っていく。クレアとセレーナは迷いなく森の中を歩いて行き――そして最短距離を辿るように薬草のある方向へと真っ直ぐ向かう。
森歩きの術を調整しているのか。茂みは除けられるのに薬草の生えているエリアは除外されていた。
「そんなことができるのか……」
「森歩きの魔法は僕も使えるけどこれは知らないな……。便利だね……」
「これができないと採取の際に術の展開をし直したりが面倒ですからね」
「では、採取していきますわ」
そう言いながら、セレーナは特に選別している様子も見せずに無造作に薬草を採取していく。毒草に見向きもせずにスピーディーに採取していけるのは固有魔法を常時展開しているからではあるが――絡繰りを知らない者からするとその速度は異常だ。
グライフはそのスピードに目を見張る。ベテラン冒険者でも見分けるのにもう少し時間をかけるところだ。
ただ、クレアとセレーナにとっては毒草との違いが明白なのだが。
「虫の魔物がこっちに移動中です。外での戦いも経験しておきますか」
「了解ですわ。接敵までにはここの薬草は回収できるかと……っと。回収完了ですわ!」
「良いですね。来ます。1匹先行して、3匹が続けて。計4匹」
「対応しますわ!」
セレーナが細剣を抜き放ち、森歩きの術が魔物の接近につれて狭まっていく。
「ふっ!」
まだその姿が視認できないタイミングでセレーナが前方に刺突を見舞う。
細く絞られた魔力の刺突が森の暗がりの中に吸い込まれる。同時に消える魔力の反応。それを見届けた瞬間、クレアが再び森歩きの術をセレーナの前方に展開する。木々が。茂みが。一気に除けられ、こちらに向かって飛来する大きな蝶の魔物の姿が露わになった。
スピカが嘴から衝撃波を放ち、クレアがその後を追うように動いた。
「3匹」
クレアが放ったのは水の鞭。毒の鱗粉が届かない距離から衝撃波で砕けた蝶の残骸や鱗粉、もう一匹の蝶を巻き込んで木の幹に叩きつける。
「4匹目、ですわ!」
その時にはもうセレーナの次の攻撃が繰り出されていた。下から掬い上げるような魔力の斬撃が飛来し、水の鞭から離れようとした蝶を間合い外から切り裂いていく。
パラライズバタフライ。麻痺の鱗粉で獲物を痺れさせ、その後に獲物から吸血を行う蝶の魔物だ。
この魔物自体の殺傷能力は高くない。鱗粉で麻痺させて、必要なだけの血を吸えば勝手に離れていく。大群に集られでもしない限り、それで致命傷になるということはあまりない。
問題なのは、この魔物の毒で動けなくなった後に他の魔物と遭遇してしまうことだ。動きは早くないが他のことに気を取られていると、大きな音がしないために接近に気付きにくいというのも厄介な性質だし、血を奪われると後の体調に尾を引くということもある。こうした性質から事故が有り得るので、冒険者達からは嫌われている性質ではある。あるのだが。
「……いつもこんな調子なの?」
「基本的にはこういう戦法ですね。先に察知して不意打ちして、察知した魔物の群れの規模が大きいなら避けて、でしょうか」
ニコラスの言葉に、少女人形が思案するように顎に手をやりながら答える。勿論、普段ならば人形と糸魔法があるために、対応できる規模というのはもっと大きくなる。だが、森で戦うならば勝手は同じだ。人前で戦うために用意しているのも、糸魔法の応用が利きやすい水鞭や炎鞭の魔法であったりする。
「水の鞭――」
グライフも、驚きの表情を浮かべていた。それを見てニコラスが言う。
「確かに……すごかったね。同年代でこれなんだから、父上が学べるものが多いって言ったのが納得だな」
「――そうだな」
グライフが静かに目を閉じて答える。
「では、続けていきましょうか」
「はい。魔物の強さ的に余裕がありそうですし、交代で探知の練習をしてもよろしいでしょうか?」
「勿論です」
クレアとセレーナがそんな言葉を返して、次の薬草の群生地を目指して移動を始めた。
「次は俺も戦おう」
「僕も動こうかな。森での戦いも経験しておきたい」
「わかりました。私が採取役に回りますので、次の戦いはお二方にお任せしますね」
普段の訓練の延長上だ。役割を入れ替えつつもクレア達は森の探索を続ける。
「行くか」
接敵。短く声だけを残し、グライフが無造作に前に出る。口元をマフラーで覆っているのは分かりやすい鱗粉対策だ。その両手には逆手に握る双刃。
姿を隠すことなく接近するグライフに、蝶達が反応した。大きく羽ばたき、前方へ鱗粉を撒き散らす。その動きに合わせるように。
踏み込む。一気に間合いを潰し、鱗粉の中に突っ込む前に急減速。しかし止まってはいない。流れるように身を低くしながらもその動きに澱みはない。
水が流れるように正面から向かってきたはずのグライフが、側面から斬り込んできていた。
すれ違いざまだ。一匹が切り裂かれたかと思うとまたグライフの速度が変化する。緩やかな動きから無造作に歩むような動作はそのままに一気に間合いが詰まる。大きく羽ばたいて鱗粉を浴びせようとした格好のままで切り裂かれていた。歩みを止めないままで、2匹、3匹と正確に斬って落としていく。
グライフの動きは身軽さと速度を武器とするもの。しかし、その動きは単純なスピードのそれではない。特殊な技術、技法に裏打ちされたもの。幻惑的な歩法と体術、要所での瞬発力を組み合わせたそれは、単純な速度以上に相手を幻惑する効果の高いものであった。
「いやあ……これはまた、すごい技術ですね」
「ああいう動きは初めて見ますわ」
「ああいうのを、魔法を使わず身一つでできるってのは驚きだな。クレアとセレーナもそうだけど、今日は同行して良かった」
クレアの肩の上で、グライフの流れるような上半身の動きを真似るかのように少女人形が小さく身体を動かしていた。




