第43話 舞台の裏で
前回のお話から少しだけ時間が飛んでの出来事になります。
「――クソッ! どうなってやがるんだ!」
「間抜けが! 情報が漏れてやがる! 誰がドジ踏みやがった!」
男達が悪態を吐きながら夜の森を走る。
領都近郊に確保されているアジトの一つが襲撃を受けたのは、彼らが情報共有と定期連絡のために集まった時の事だった。
はっきり言えば、致命的な事態だ。集合する場所と時間が漏れていて、しかもそれを察知できなかったというのが拙い。
彼らが危険を察知できなかったのは、後詰めの連絡班まで王国側に抑えられているという事を意味する。
どこからどう情報が漏れて連絡班が潰されたのかは分からないが、それを差し引いても情報の抽出から対応までの速度が異常に早い。
辺境伯家とそれらが擁する武官達を舐めていたわけではないのだ。ただ――それでも見積が甘かったと言わざるを得ないのだろう。
辺境伯家の武官を率いて、正面から突入してきたのは短槍を持った女だった。
ルシアーナ=トーランド。辺境伯家の長女だ。彼らの仲間も奇襲に対して即座に反応して迎撃に移ったのは流石であったが、短槍と剣が触れ合った瞬間、槍の周りに渦巻く暴風に巻き上げられて、天井に頭から突き刺さるようにして吹き飛ばされていた。
魔法の発動速度と強度――つまりは精度が異常なレベル。それだけでは足りない。武芸を組み合わせた体術もあってこその結果。
それらを目にした彼らは即座に逃げに打って出た。辺境伯家が化け物揃いなのは知っている。正面からぶつかって勝てる相手ではない。
窓をぶち破って隠れ家を飛び出したところまではいい。しかし――複数方向から木立の中を、一定距離を保ったままで追ってくる者達がいる。その為に彼らは散開して逃げることができない。トーランドの武官達は勇猛果敢で練度が高いと聞いていたが、こういう特殊な技能を持つ者達まで複数有しているということになる。
誘導されていると感じた。しかし、下手に立ち向かうことができない。後方のルシアーナ率いる部隊は、当然追走してきているだろうから。
包囲している連中に向かって突撃すれば、足止めされた上で挟撃を受ける事になるだろう。
「畜生がッ!」
それを理解した上で、手もなく追い立てられているという事実。それが彼らを苛立たせる。それでもどうしようもない。狩人に追い立てられる獣のように彼らは追われ追われて――。
木立を抜ける。街道に飛び出したところで、彼らはその人影を見ることとなる。
男達の間に一瞬だけ困惑が過る。
場にそぐわない。夜の街道に似つかわしくないその姿。
薄暗い月明かりの下にぽつんと立っていたのは小柄で、大人しそうな印象の少年だったのだ。
少年は男達の姿を認めるとあまり感情の籠らない目を向け、淡々とした口調で言った。
「大人しくした方がいいよ。1人も逃がさない」
「待ち伏せかよ!」
「構うこたぁねえ! ガキ一匹に何ができる!」
得体が知れない。しかし後方から迫ってくる手練れ達を相手にするよりは、正面の少年一人を相手にした方がマシだと思えた。
散開して逃げるか。斬り伏せるか。行動不能にして人質に取るという選択肢も視野に入る。男達は示し合わせるでもなく、走って来た勢いそのままに武器を手に少年に向かって突っ込むという選択をとっていた。
多方向から追われている状況で、仲間達と別行動をとりたくなかったから、かも知れない。
だが――。
少年が男達に向かって手を翳す。
風切り音は側面と背後から、同時に巻き起こった。
視覚外の攻撃に対応しようとしたのは、男達もまた手練れだったからに他ならない。しかし風切り音に向かって得物を振ろうとした瞬間、違和感が男達を襲う。
「何っ!?」
武器が重い。結果として迎撃が遅れ、彼らは飛来したそれをまともに受けることになる。
「ぐあっ!」
「うおおっ!」
苦悶の声と共に鋭い痛みが走った。肩口を。足を。何か鋭いものが突き抜けていくような衝撃と痛み。
薄暗い月明かりの下に、煌めく何かが宙を舞う。何が起こったのか周囲に目を向けた男達の目が大きく見開かれた。
――細い剣。多数の剣が、空中を舞うように飛んでいた。
「固有……魔法?」
「そうだよ。だから、これを見せた貴方達は一人も逃がさないし、逃げられない」
少年が跪いた男達に向かって腕を振るえば、統率のとれた肉食魚の群れが獲物に殺到するかのように、刃が降り注ぐ。
「おおおおっ!?」
「ぐああっ!?」
悲鳴と苦悶の声が重なる。それでも、男達は誰も死んではいなかった。
突き刺さったのが全て身体の末端部だったからだ。しかも急所や太い血管を外している。かといって、反撃はできない。手足を貫き、地面に縫い止めて行動の自由を奪っているからだ。
男達の喉笛にぴたりと突きつけるような位置で、白刃が宙に浮いたまま固定されていた。
「お見事でした、ニコラス様」
「この者達も中々の手練れだったのですが……またあっさりと制圧されましたな」
闇の中から、トーランド辺境伯領の武官達が姿を現し、男達の身柄を確保する。先程まで包囲したまま追走していた者達だ。
闇夜で目立たないような、黒の染料で染めた革鎧を纏っている。その中には、ニコラスを見て静かに頷きながら指示を出すリチャードの姿もある。先日クレア達を案内した執事の姿もだ。末子の初陣故に、様子を見に来たのである
「うん。初陣にしては――まあまあだったのかな。生け捕りにもできたし」
少年――ニコラスは武官達の言葉に、あまり感情を出さずに答えた。
「まるで生きているかのような剣舞。誠に素晴らしいものでした」
「生きている……? んー。そう、かな? 生きてるっていうのはもっと――」
ニコラスは男の言葉に納得がいっていないというように、腕を組んで首を傾げる。
生きているかのようというのは、あの少女――クレアの人形繰りのようなものを言うのではないかと、ニコラスは思う。
クレアの肩にちょこんと座った人形が、彼女の考えや感情を代弁するかのように様々な仕草をしていた。
食事が終わった後の余興として、楽師達の奏でる音楽に合わせて小さな人形を操って踊らせて見せてくれたのだが、それもまた驚きの技術だったと思う。
糸に通した魔力で操っている時と純粋に技術で操っている時があるというのだが、実際に技術で動かしている方の人形繰りを見せてもらっても、目にした範囲内ではどこがどう違うのか、ニコラスには分からないほどの練度だ。
くるくると回ってステップを踏み、スカートの裾を摘まんでお辞儀をする少女人形。
それを見た辺境伯家の家人達は惜しみなく拍手を送り、大いに楽しんだのだ。ニコラスもまた、そうした技術には目を奪われた。
あの自然な滑らかさに比べると、自分の剣の制御はまだまだだと感じられてしまう。人が剣を振るっているように操作することもあるのだが、あそこまでの流麗さはない。
ただ……ニコラスの固有魔法は、本来剣の操作自体を目的としたものではない。固有魔法の一端にしか過ぎない。
その正体は――磁力操作だ。剣を飛ばしたのもそうだし、迎撃しようとした男達の動きを阻んだのも固有魔法の磁力による干渉。
はっきり言えば磁力の影響を受けるような金属を身に帯びる戦士や騎士達に対しては、無類な強さを持っていると言えた。例えば鉄の鎧等を纏っていたら、それだけでニコラスの固有魔法に対して対抗手段がなくなる。
だからと言って磁力の影響を受ける金属を一切身に帯びずにいたり、魔術師であるなら優位になれるのかと言えばそんなことはない。
磁力の影響を受けるものは身の回りや自然界に幾らでもある。それに今回のようにニコラス自身が用意する形でも良いのだ。
自分の術の正体を掴ませないために、普段は剣を飛ばすような術だと誤認させてはいるが、応用範囲の広い固有魔法なのである。
「違うんだよなあ……」
ともあれ、ニコラスは逃げてきた全員を生かしたままで捕縛するという、およそ最高の結果を出しながらも、先程の自分の術に納得がいっていないのか一本の剣を空中で誰かが振るっているかのように動かして、固有魔法を試していた。
「んー。ニコ君には随分いい刺激になったみたいじゃない?」
「どうやらそのようだ。そういう期待をして招いたわけではないが、思わぬ収穫だったな。きっとニコラスはこの結果で慢心することなく、もっと研鑽を積んでくれるだろう」
追いついてきたルシアーナがそんなニコラスの様子を見て微笑むと、リチャードも少し笑う。
「もう一つの拠点の方は?」
「ジェロームとヘロイーズの指揮下にて同時襲撃中だ。捕えた者達の持つ情報を足掛かりに、次に繋がるものがあるなら潰していくとしよう。我が領内だけの話ではないだろうしな」
「同じぐらいの相手って仮定するなら……ジェロ君と母上が一緒なら問題なさそうね」




