第42話 3人の子供達
トーランド城で暮らしている辺境伯一家は、現当主リチャード、辺境伯夫人ヘロイーズ。引退した前辺境伯夫人のマクシーン。リチャードとヘロイーズの3人の子の計6名からなる。
クレア達とも面識のある長女ルシアーナ。
一方で長男ジェロームと、歳の離れた次男ニコラスは初対面だ。
ルシアーナは冒険者ギルドと繋がりを持ってあちこちで活躍している。
冒険者としてルシアと名乗ることもあるが、これは別に道楽でやっているというわけではなく、ギルドとの連携が大樹海の魔物の防衛にとって重要になってくるから、パイプ役として動いているという事情もあった。特に、帝国が絡むような案件なら調査隊に加わるのは当然と言える。
ジェロームは嫡子として公の場に出ることも多い。リチャードと同様、文武両道の英才と言われて評判は高い。
ニコラスは12、3ぐらいといった見た目。固有魔法を持つという噂もあるが、まだ年若く、あまり表舞台には出てこないということもあって、その真相を知る者は少ない。
辺境伯家の武威を示すため、噂という形で固有魔法を持つと噂を流しているのではないか、という話もあった。
クレア達は辺境伯家の面々に挨拶をしつつも、それとなくニコラスの様子を見る。もしかしたら固有魔法を持っているかも知れない。そういう部分で興味がないわけではない。
流石に当人はやや小柄で、物静かな少年という印象だ。とはいえ、初対面の挨拶から失礼があってはいけないと、クレア達もその辺は無難に行う。
「魔女ロナの弟子、見習い魔女のクレアと言います。この人形については修行の一環でもありますので、気にしないでいただけると幸いです」
帽子を取って、クレアが少女人形と共にお辞儀をする。
「ふふ。可愛いわよね。クレアちゃんの人形繰り」
「修行だとしても面白いな。良く動く」
「生きてるみたい」
ルシアが微笑んで言うと、ジェローム、ニコラスが興味深そうに目を瞬かせ、「ありがとうございます」というクレアの言葉と共に少女人形が照れたような反応を見せた。
クレアにとっては人形繰りを褒めてもらえるのは嬉しい事なので、それ故自然に人形が反応している部分もあったりするが。
そうして初顔合わせの面々が挨拶をしあったところで、リチャードが言う。
「ロナ殿が招待に応じてくれたこと、嬉しく思う。調査隊の安全や帝国への対策に大きな貢献をしてくれたことに、この地を預かる領主として感謝の気持ちを改めて伝えておきたい。見合う程度とは言えないが、今宵は晩餐の席を楽しんで行って欲しい」
そう言って手を鳴らすと、広間に料理が運ばれてくる。運ばれてくる料理の量や質。楽師達等……リチャードが歓待に力を入れているのが貴族令嬢であるセレーナには見て取れたのであった。
リチャードの設けていた歓待は会食と言うほど堅いものではなく、食事をしながら好きなように歓談できるパーティー形式だ。
「大樹海の暮らしって……大変じゃない? そこら中魔物だらけで、危険なんでしょう?」
「住んでいる庵の魔物除けがしっかりしていますので、普段の暮らしに不満はないというか、意外に快適ですよ。狩りや採取に出かけた時は確かに、魔物への警戒は必要ですが」
「確かに大樹海の中とは思えないと感じたぐらいですわ……。探索時も、積み重ねによる洗練を感じて、師や姉弟子の研鑽に感動することしきりですわね」
少しぼんやりとした雰囲気のニコラスが首を傾げて尋ねるとクレアとセレーナが答える。
「大樹海で快適とはな。流石は黒き魔女殿の弟子というべきか。姉上が面白いと言っていた理由が分かるというものだ」
「でしょうー? 二人とも可愛らしいし」
ジェロームがそんなクレアやセレーナの返答に楽しそうに肩を震わせ、ルシアーナがにやっとした笑みを見せる。
「同年代でこんなに強そうな子達に会ったのは初めてだな……。ちょっと驚いた」
と、そんな風に言うニコラス。そんな光景を少し離れたところから見ながらリチャードが満足げに頷いた。
「ふむ……。ニコラスにも良い刺激になっているようだ。クレア嬢はあの歳で隠蔽が完璧だから、皆から逆に興味を持たれているようだし、セレーナ嬢も見た所かなり腕が立ちそうに見える。招待して良かったと思っているよ」
そういうところから逆説的にクレアの魔法の技量をジェローム達が見抜いたということになる。ルシアーナもそうだがリチャードの子供達もまた、いずれも魔法戦士として優秀な部類と言っていい。
「そうかえ。ま、あたしの弟子って事前情報があって魔力を感じなきゃ疑問に思いもするか。セレーナの方もご明察通りだが……それを言うなら、あのニコラスって子も中々面白そうじゃないか」
「はっは。親の欲目ではあるが、優秀で素直に喜んでいるよ。少しばかり内向的ではあるがね」
リチャードはそう言って楽しそうに笑うのであった。
セレーナの抱える事情をリチャードが知ったのは、それから程無くしてからのことだ。パーティー会場のバルコニーにて、リチャードとクレア、セレーナの二人が揃って話をするタイミングがあった。
「なるほど――。フォネット伯爵領に竜が現れたという話については知っていたが……今の内情がそのようなことになっていたとは」
「当家の恥をさらすようで赤面の至りですわ。だからこそ結果が出なかった時に家名に傷をつけぬよう名を伏せたのです。冒険者として身を立てる気は有れど、それは竜討伐に共に赴いて下さる仲間を探すため。決してトーランド辺境伯領に害意があってのものではないということをお伝えしておきたく存じます」
「では、伏せていた家名を名乗ったのは、私に対する無礼を避けようとしたからか。打ち明けにくいことを話させてしまったようだ。気を遣わせてしまったのは忍びないな」
「いえ。私も家名を隠しているのは心苦しくありましたので、今日お話しすることができてすっきりしましたわ」
そんなセレーナの言葉に、リチャードはふっと笑う。
「そう、か。では、一つ当家の借りということにしておこう。セレーナ嬢が当家に望むことがあれば、可能な部分は便宜を図ると伝えておく」
「それは――感謝しますわ」
「しかしロナ殿の弟子となっているというのは驚きではあるな」
「ああ。それはクレア様と知り合って紹介して頂いた成り行き……という感じでしょうか。私は魔法を修めたく、クレア様は――人形繰りの技術や表現の向上の為に作法や夜会での踊りといった技能を必要としていたのです」
その話は少しだけ実際の経緯とは違っていたが、固有魔法云々は伏せておいた方が良いし、相手が辺境伯だからと自分達の生命線は迂闊には話せない。
「そこで、私から魔法の指導をする代わりにそう言ったものを教えて欲しいという話になったのです。ですが私は見習いですので師に話を通す必要がありました」
クレアも補足するように言った。
「ロナ殿に話を通したら、セレーナ嬢もロナ殿の弟子として落ち着いた、というわけか」
「はい。以来、大樹海にて魔法の指導をしていただいております」
「なるほど。経緯は分かった。結果を見るならば――二人を弟子としたのはロナ殿の慧眼故ということなのだろうな」
「私にとっては良い師ですよ」
「私にとってもですわ。最高の師です」
リチャードの言葉に対して断言するクレアとセレーナに、少し離れたところで茶を飲みながら頬を掻くロナであった。




