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第41話 辺境伯家への招待

 夕暮れになって、クレア達の宿泊している宿に辺境伯家の紋章が付いた馬車が迎えにやってくる。

 晩餐への招待ということで馬車に乗ってトーランド辺境伯家へと向かう。


「あの中心部の立派なお城がご自宅というのは、中々ピンと来ないものがあります」

「はは。外から見るとそういう印象かも知れませんな。城の内部で暮らしている者にとっては日頃から慣れ親しむ生活の場ですぞ」


 案内役として馬車に同乗している白髪の執事が、クレアの感想に対して柔和に笑う。


「あんたのとこはどうなんだい?」

「私の実家は普通の屋敷ですわ。少し古めかしい家ですわね」


 ロナが尋ねるとセレーナが苦笑して応じる。古めかしいという言い回しをしているが、経済的に困窮しているということもあり、気になる部分があっても早々気軽に増改築や修繕できないという切実な台所事情もあったりする。


「フォネット伯爵家ですな。ご令嬢が身分を隠して冒険者をしている、しかもロナ殿の弟子になっているということについて、旦那様は少々興味深そうにしておいででした。あの場では込み入った話は聞かない方が良いと判断されたようですので、もし必要あれば晩餐の折に、とお考えのようです」

「お気遣い頂き、感謝しておりますわ」


 セレーナは微笑んで執事に一礼する。必要な話が終わった後、セレーナは家名を伏せているので、名前もこの場だけのものとしてとどめておいて欲しいということは、あの場にいた者達に伝えてある。


 リチャードが何も聞かなかったのは、集まった目的から横道にそれるということもあるが、セレーナ側の事情を慮ってのことでもあった。

 だから、晩餐の席ではそうした事情も、相談してくれるのであれば聞くことができると、リチャードは執事を介してそう言っているのだ。


 貴族家同士というのは、派閥やパワーバランスで成り立っている面もあるし、立てるべき面子もある。

 今は台所事情が逼迫しているが、フォネット伯爵家とて高位貴族の端くれ。本来なら他の貴族の後ろ盾になる立場であるし、事実そういう時代もあった。


 だから単純に相談に乗れば良い、何でも頼れば良いというものではない。トーランド辺境伯のように、大きな影響力を持つ武門ならば、尚の事慎重になる必要がある。国内のパワーバランスを考慮し、中立を心掛けているところがある。


 セレーナとて安易に同じ貴族だからとトーランド辺境伯家に助けを求めなかったし、リチャードもそれは分かっているから直接は言わない。明かせない事情ならリチャードが自分から聞くこともないと、話す話さないの判断をセレーナに委ねているのである。


「確かに、家名を伏せてこのように領内で動いているとなれば、領主としては興味をお持ちになるというのもご尤もです。相談――という形になるかは分かりませんが、誓って後ろ暗いことはありません。事情や経緯については晩餐の折にお話ししようと思いますわ」

「承知しました。では、旦那様にはそのようにお伝えしておきます」


 執事はセレーナの返答に、穏やかに笑って応じた。


 やがてクレア達を乗せた馬車は、領都中心部にある城の敷地内へと入っていく。トーランド領都の中心部は丘になっていて、街より一段高い位置にある。

 その為、そこに建てられた辺境伯の居城は、都市外部からでも目立つ。城塞都市としての全体的な雰囲気に調和させた実用的な厳めしさと、高名な武門トーランドに相応しい威容を備えた尖塔を備えた城であった。


 単体の城として見るのならば丘という地形そのものを城壁に見立てた城だ。城周辺、丘の要所要所に監視や矢と魔法を射るための尖塔も存在し、都市の内側にありながらも防衛能力と侵入者への殺意が高いというのは、トーランド辺境伯領の精神性を体現していると言えた。


 馬車から降り、城内へ案内される。

 城の内部に入ってもクレアが外から見た印象は変わらない。質実剛健。領都でありながら防衛力と堅牢さを追求した作り。

 けれど、クレアとしては初めて見る城塞の内部に色々と目を輝かせてしまう。但し反応しているのは専ら少女人形の方で、クレアの両肩に手を付いて身を乗り出して周囲に目移りするような仕草をしている。とはいえ、これは操っているというよりも思わず人形が反応している方だろうとロナとセレーナは思う。


 そんなクレアの反応に表情を綻ばせつつ、セレーナは自身も武で身を立てようとしている者の一人として、トーランド城内部の構造に感心しつつも心を弾ませていた。


「すごいですわね。人員をこっそりと忍ばせて奇襲するスペースや、大勢で挟撃するための構造が見られます。これが実戦的な城塞の中なのかと感動させられますわ」

「そうですねえ。トーランド城は内部まで敵の侵入を許した歴史はないと書物で読みましたが、後ろにこれだけのお城が控えていたら、領民も安心ですね」

「はは。恐れ入ります。そのお言葉を聞けば旦那様や歴代の当主方もお喜びになりましょう」


 執事は柔和に笑いながらもクレア達を奥へと案内していく。もっとも、執事が案内しているのはこのように防備が厚いのだと武威を示すため、外部から来た客に見せるためのルートでしかない。

 侵入した外敵を全滅させるための仕掛けも各所にある。仕掛けを起動させると広間の天井が落ちるだとか落とし穴だとか危険な罠もあるため、それらは外部から来た客には色々な意味で見せられない部分だ。


 そして――城塞の上階、その奥まった場所へと進むと少し雰囲気も変わってくる。


「この辺りからは辺境伯家の家人にとっての私的な空間とも言えますな」

「おおー……」


 厳つさ、堅牢さの目立っていた城塞内部であったが、それ故に飾り気があると目立つ。装飾の施された柱が立つ廻廊に入ると、そこには絨毯も敷かれ、調度品も置かれていて貴族家の家らしい雰囲気になった。


 とはいえ、あまり華美な印象がないのはリチャードの人柄を反映したものだ。廻廊には肖像画も飾られていて、それを目にしたロナが言う。


「ふむ。懐かしい顔だね」

「歴代当主の御尊顔なのですが……。ロナ様には驚かされますな」

「長く生きてるだけさね。こっちが遠くから見て知っているだけだとか、必ずしも互いに面識があるってわけじゃない」


 そう言う意味では当代のリチャードとは接点のある方だと言える。勿論、歴代の中には互いにしっかりと面識がある者達もいるのだが。


 やがて両開きの扉の前で執事は足を止めるとノックの音を響かせる。


「旦那様。ロナ様方をお連れしました」

「入って貰いなさい」


 部屋の中からリチャードの返答がある。

 扉が開かれると――そこは舞踏場のような広い部屋だった。当主であるリチャードを始め辺境伯家の面々が勢揃いしている。

「よく来てくれた。歓迎しよう」


 そう言って笑みを深めるリチャードにロナが頷き、クレアとセレーナが作法に則って一礼する。ロナは相手がリチャードであれいつも通りといった印象だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] セレーナの事情はあまり大っぴらにしたいことではないですからねー
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