第403話 生まれ変わった都にて
クレア達は外に出て状況を確認する。まずは空。亀裂も閉じて、都市の上空には快晴が広がっていた。
陽光の下で、柔らかな風に花びらが舞う。
都市の飾りつけは結婚式を行うために地上に降ろす前に済ませている。これは戴冠式の時と同様、エルムが行った。花を咲かせ、家々の壁を飾るよう蔦を茂らせ、通りのあちこちに植木鉢を配置。それらの飾りつけは守り人達が行っていった形だ。
その為、ゴルトヴァールは最初に訪れた時との不気味さとはまるで様相が違い、華やかで美しい印象だった。場に満ちる魔力と合わせ、都市を預かる主が変わればここまで変わるものかと、最初にゴルトヴァールに突入した面々は感心しながらも都市の様子を眺める。
地上に降ろした影響や仕上がりも見ていく。ゴルトヴァールの位置や角度は完璧なもので、水が流れて行かない程度には水平を保っている。
痕跡は大樹海との境界線が薄っすらと亀裂として残っていることと、そこから地面の質が若干変わっていることだろうか。
もっとも、今後結界ではなく外壁を建造していけば、こうした接合部も目立たなくなるだろう。壁は――都市の中心部、城や神殿を囲むように作られていて、現状でも結構な威容を誇っている。
その他、降ろした際の影響が出ていないかを確認したり、アルヴィレトの王都、ロシュタッド王国、ヴルガルク帝国の3方向からの街道が都市の大きな通りと接続するように降ろされているかを確認したりしてからクレアが言う。
「完璧ではないでしょうか」
「都市の自重による岩盤の破壊等は――恐らく心配ないだろう。生活に根差した問題は、そちらで対処すると良い」
イリクシアは運命から何かを読み取っているのか、思案しながら応じる。
「ありがとうございます。今後は都市外壁を建造していく予定ですので、それまでの繋ぎとして防護と魔物除けの結界を張ったら招待客をお迎えする準備をしていきたいと思います」
そう言っていると、外から守護獣達がやってくる。彼らにとっては帰郷、だろうか。どこか懐かしそうに都市を眺めていたが、クレアの姿を認めると居住まいを正すような仕草を見せた。
「おかえりなさい、で良いのでしょうか。お城の方にみんなで滞在できる設備を作っていますよ。詳しくは、守り人の皆さんに聞いて下さい」
『古都へ迎えてくれたことに感謝する、クラリッサ陛下。場所を確認したら、我らも見回りや招待客の護衛の任に当たらせてもらおう』
ネフ・ゾレフがクレアに応える。ネフ・ゾレフの頭の上にはちょこんとしたシルクハットが乗っており、翼と目玉といった姿のネフ・ゾレフを少し愛嬌のあるものにしている。そうした衣服や装飾品はクレアのお手製だったりするので、守護獣達としてもそれぞれで反応の違いはあれど、気に入っている様子なのが窺えた。
「守護獣の皆さんが警備に当たっているのでしたら外壁がなくても安心ですわね」
セレーナが言うと、天空の王がにやりと笑う。守護獣達が結集しているということもあって、魔物達が寄ってくるということもないと思われた。
そうして――都市を覆う結界を構築してから、クレア達は招待客や参列客を迎え、結婚式を執り行うための準備に入ったのであった。
大樹海に通された街道は結界で守られているが、所々に魔物が地上の行き来をできるようにと、地下道も作られているような形だ。これは魔物の分布に合わせて考えられたもので、ダークエルフやドワーフ達の協力とノウハウで構築されたものである。
そこを通ってやってくる招待客や参列者は、まずアルヴィレトの王都から。重鎮達や国民達が女王の結婚式を祝いたいと続々とゴルトヴァールにやってきていた。
南方――ロシュタッド王国からシェリル王女やリヴェイル王、トーランド辺境伯家、フォネット伯爵家やミュラー子爵家は勿論、更に海洋諸国からも訪問客はやってきている。パトリック達の作った商会で南方海洋諸国との繋がりもあるし、彼らもアルヴィレトとの取引を望んでいるのだ。
ヴルガルク帝国からはルードヴォルグ、ウィリアム、イライザを始め、リグバルトとオルトレン。
グロークス一族や獣化族にダークエルフ、ドワーフ、巨人族……と、北方の民族、小国家群からもクラリッサ女王の結婚式を祝いたいと、様々な顔触れが集まってきていた。
今回はクレアの知り合いが多く訪れている形ではあるが、その知り合いからの伝手や紹介でやってきた者もいる。その内訳も国家の使者から、祝いがてら移住希望者の下見であるとか取引を希望する商人等々……様々だ。
城に招待されるのは主にクレアの知り合いや国家から遣わされてきた賓客だ。町中にも十分な規模の宿泊用設備や食事処、屋台を用意しているため、お祝いに訪れてきた者達が寝泊まりや飲食するのには不自由はないだろう。
街道の見回りは魔法生物達が行っており、街中の見回りや道案内は守り人達が行う。
元々街中の諸問題を解決し、治安維持を担う守り人達の得意分野でもある。
宿泊設備で食事や寝床を提供する役回りはアルヴィレトの面々が請け負ってくれた。逃亡生活の中で商いをしていた者はいるので、客商売に慣れている、という者も多いのだ。
そんなわけで、ゴルトヴァールの準備が整った旨を連絡すると、あちこちから続々と人が集まって来て、すぐに街中も賑わいを見せていた。
そして――結婚式が行われる日がやってくる。
クレア自身は結婚式の準備もあり、城に通された面々以外には挨拶もできないが、街中の様子は糸で見ることができる。
『いやはや、大樹海を通っていくという時はどうなる事かと思いましたが、素晴らしい街道でしたな』
『全くです。あそこまできっちりと整備されているとは。馬車の乗り心地も良かった』
『結界で覆われ、難所も地下を通ることで魔物と遭遇しない、と言うことでしたからな』
と、乗合馬車から降りてきた商人らしき者達が世間話をしている。石で舗装された道は馬車二台分が行き違うことのできる幅を確保している他、歩行者が通るための専用スペースまである。
トリネッドが糸で様子を見ているが、魔物達の動きも問題はなく、乗合馬車でスムーズに往来できている、とのことであった。
『綺麗な街……』
ゴルトヴァールの街並みに見惚れている者もいる。そう。建築様式は馴染みのないもので、住民達が歪んだ形で囚われていたから最初の印象こそ不穏なものであったが、基本的には壮麗で美しい街並みなのだ。エルカディウスの者達が、楽園を目指して作り上げた都なのだから。
特に今は主も変わり、花と植物で彩られた街並みは色彩鮮やかで美しいものだ。
そして誰もが目を奪われるのがゴルトヴァールの城だろう。
大通りの正面。城門を開け放ち、跳ね橋を下ろせば真正面から荘厳な城の様子を目にすることができる。これは都市の設計時点で意図されたものだろう。大通りから城を見せるための構造になっているのだ。
花々で彩られた通りと、荘厳な城。その光景を目にして、皆足を止めて城にしばらく見入っている様子であった。
ともあれ、街も街道も、大きな混乱はないようだ。守り人達は静かに道案内していたし、訪問してきた者も結婚を祝いにきた面々ばかりだからか、揉め事を起こすようなこともなく、どこを見ても朗らかに笑顔でやり取りをしているといった印象だった。
「街道や街の方は心配はいらなさそうですね」
城の――臨時の控室として使っている部屋で、少女人形がクレアの肩で満足そうに頷く。
「そうね。何かあっても私達で対応するわ」
ディアナが言う。
「よろしくお願いします。私も……そろそろ着替え等の準備をしないといけませんし」
「ま、めでたい日なんだ。あまり緊張せずにいってくるといい」
「クレア様のドレス姿、楽しみにしていますわ」
クレアの言葉に、ロナが笑って、セレーナも微笑みを浮かべる。シルヴィアやシェリルもにこにこしながら頷いており、クレアがドレスに袖を通したところを心待ちにしている様子であった。
「では、行ってきます」
そうして、皆が見送る中、クレアは侍女に呼ばれる形で着替えに向かったのであった。




