第401話 グライフの想い
戴冠式の後――クレアは再び城下町に姿を見せ、国民と戴冠式を祝いに来た者達に女王となった姿を見せていた。女王にはなったが、国民との交流は以後も続けるつもりだ。
帝国との戦いは終わったが爪痕が消えたわけではない。元々のアルヴィレトの国民だけでなく、新しく国民となった者達からも家族を失った者も多い。
孤児には衣食住と読み書き計算の教育を。それから孤児達だけでなく、戦争被害者への慰問は定期的に行う予定だ。
女王になったからと国民との間に隔たりができるのは嫌だったし、戦いの傷はまだまだ癒えていない。当事者との関わりを持ち、問題点を見つけることができる機会は欲しい。
それに目を向けてもらっている。大切にされているという意識は日々の活力に繋がる。教育の機会を設けるというのも将来の人材を育成することに繋がるだろう。勿論、クレア自身が人形劇などを見せたかったからというのもあるが。
そんなわけで、女王となってからすぐに顔を見せた形となる。歓声と祝福の声の中、クレアはゆっくりと時間をかけて城下町を巡ったのであった。
数日の間、アルヴィレトは祝祭のような様相を呈していた。
クレアと商会が持ち込んだ物資は豊富で、城でも城下町でも酒や食事が振舞われ、笑顔と活気で満ちた数日間となったのであった。
その数日間が過ぎると、町には復興に向かって進んでいく人々の姿が戻ってくる。クレア達は各地を奔走する日々だ。忙しくはあるが、それでもやりがいの感じられる毎日となった。
女王となってやることも増えた。
アルヴィレトの重鎮達の報告を受け、相談をしてクレアにしかできないことならクレアが対処。任せられる部分は家臣達に任せるような形となる。
パトリック達から執務についての講義を受けるといった時間も設けて女王としてできる仕事の幅を増やしつつ、各国との交渉に向かったり、ゴルトヴァールの後始末を進めたりしつつ、大樹海の整備をする、といった具合だ。
現状、大樹海の空は幻術を広範囲で展開して、普通の空が戻っているように見せているが、依然としてゴルトヴァールはそこにあるのだ。危険な遺産、技術もあるが有用なものもあり……役立てられるものなら役に立てたいという想いもあった。
いずれにせよ中途半端な状態にしておくのはよろしくない。なるべく早く後始末を終えて、地上に都を降ろし、神域との行き来に制限をかける必要がある。
エルムや守護獣達の力も借りて、大樹海の整備は急ピッチで進んだ。ゴルトヴァールが降ろされるのはやはり中心部の遺跡とその周囲のエリア、ということになる。この一帯は元々守護獣達が集中していたから他の魔物が生息しておらず、魔物をそれほど排除する必要もなければ追われた魔物が他に影響を与えることもない。
深底の女王の眷属が住まう川が円周状に広がっているから、水源や堀の役割も果たせる。
遺跡周辺の木々を除けて整備し、空き地を作っていく形。ゴルトヴァールそのものがすっぽりと入ることになるから、結構な範囲の整備が必要ではあったが、規模の割にはスムーズに進んでいるといった印象だった。
場所が決まればその他の拠点と魔物の分布からどのように街道を繋ぐかも決まってくる。なるべく魔物の被害が出ず、影響も少ないようなルートを選んで拠点と拠点を繋いでいく形。
――そうやってゴルトヴァールを地上に降ろす準備が進んでいく中で、1年、2年……と目まぐるしく日々は過ぎていった。
グライフは王配となることが戴冠式の後に公表されたが、結婚自体は数年が過ぎてもまだだ。
結婚してしまえば後始末以外にもやることが増えるし、まだクラリッサ女王の年齢が少し若い、ということもあった。周囲としては大きな山場を越え一段落するタイミングで、二人が落ち着ける時間を取れるようにと思っている部分もあったのだ。
結婚を何時にするのが良いのかという話し合いも行われ、ゴルトヴァールを地上に降ろしたタイミングで結婚式を執り行うのがいいのではないか、という結論になった。
クレアもグライフも、結婚を急いでいたわけではなかったからそれには賛成した。
安全になったゴルトヴァールをお披露目し、そこに結婚を祝う人達も集めるという形も取れるというわけだ。
後始末や復興と平行して結婚式の準備も進められた。要するに、周囲の者達も皆、二人のことを盛大に祝いたかったのだ。だから、じっくり時間をかけて進められるというのは周囲の者達にとっても都合が良かったのかも知れない。
二人が婚礼の儀に身に纏うドレスや礼服についてはトリネッドが糸を紡ぎ、ルーファスとシルヴィア、ディアナ、セレーナとイライザ、そして服飾に造詣の深いシェリル王女を交えて相談して作っていく形となった。
「クレア様にはこんなデザインが似合うのではないでしょうか」
「良いわね。色は――どうしようかしら?」
「隣に立つグライフのことも考えて、二人で映えるデザインが良いわよね」
「そうなると――」
……と、ああでもないこうでもないと頭を捻っての力作だ。
周囲の祝いたいという想いに応える形で、クレア自身はノータッチである。
結婚指輪の素材は――グライフとロナ、孤狼や白狼を中心とした面々に加え、ユリアンやベルザリオ、ミラベル、アストリッドと言った面々で素材を集めに行く形となった。
素材を確保しに行った場所はダークエルフ地下都市周辺だ。地底に出没する岩石系の魔物から採取できる鉱物で、宝石としては貴重で最高級の代物となるだろう。
ただ、その魔物は鉱脈を食い荒らすからダークエルフやドワーフ達には厄介者として見られている側面もあるようだ。
王配となる婚約者が直接素材の確保に動くのもどうなのかという考えもグライフとしては過ぎったが――いつぞや贈ったブローチだけでは納得がいかなかったというのもある。あれは元々人形用の装飾としてどうかと思って贈ったものだから、クレア自身に身に着けて欲しいと思って贈る品は自分の手で確保しに行きたかったのだ。
「王配になってしまえば、贈り物をするにしても自分の手で、というのは無くなってしまいそうだしな……」
というのがグライフの弁で、周囲もその気持ちを酌んだ形である。
素材探しについては実際の宝石をダークエルフの族長らが所持している。その匂いを孤狼が覚えて、魔物が出没するドワーフの鉱道へと探しに行った形だ。
「宝石の加工ならあたしがやってやろうじゃないか。グライフの言う通り、女王になっちまったからには、あたしがそれに見合った贈り物をする機会なんてないだろうしねえ」
ロナは肩を竦めてそんなことを言いながら同行した。
「ロナ殿であれば、贈り物をすればクレアは喜びそうだが」
「まあ、そりゃそうなんだが、女王に見合うだけの格ってのはやっぱり必要だろうからねえ。あんただってそうだろう?」
グライフの言葉にロナがにやりと笑って答えると、グライフも苦笑する。
鉱道を先導するのは孤狼だが、ロナの魔法で地下を通れる程度に身体を縮めている。その身を護るのがグライフだ。
魔力も交えて匂いを感知する孤狼の能力はここでも強力に作用し、ミラベルの使役する土の精霊の力と併せて複雑に入り組んだ蟻の巣穴のような鉱道を、一行は迷うことなく進んだ。そうして――何度かの魔物の襲撃を退け、件の魔物を発見したのはかなり奥待った場所の空洞だった。
「あれがその魔物だが――」
「何だか、特別大きいのがいるね」
「こんな沢山いるとは聞いていなかったな」
「あー……。上位種が群れを形成したんだろうね……」
ミラベルの言葉にアストリッドやユリアン、ベルザリオが応じる。鉱石の煌めきが壁面を飾る中で、その魔物達はいた。
クレアがその姿を目にしたらヤシガニのようだ、と形容しただろう。その甲殻から無数の結晶が美しい煌めきを放って飛び出しているという姿だ。大きな鋏も宝石のような煌めきを放っていた。ジュエルクラブと呼ばれる、地底に住まう甲殻系の魔物だ。鉱石を食らい、体内から生成した宝石や結晶で外殻を形成、硬化させていく習性を持つ。
「幸いにして広い場所だ。小人化の術は解除して思い切りやれるか。それに――」
孤狼と白狼がやる気に満ちた唸り声を上げる中で、ロナが笑って狼達やアストリッドにかけていた術を解く。
「縄張りに入って来たあたしらを、逃がすつもりはないようだよ。結構な硬さって聞くが――油断は……まあ、あんたは問題ないか」
ロナが言うとグライフが笑って応じる。婚約者ではあるが、クレアの身を最後に守るのは自分だと思っている。腕や勘を鈍らせたりはしていない。
「上位種、か。あれの鋏を形成している結晶は――良いな。クレアが好きな色だと言っていた」
――グライフが宝剣を逆手に構えて言うと、孤狼がにやりと笑った。
上位種の腕は深い色の青。ロナの灯す魔法の光に照らされて、美しい輝きを湛えている。
上位種が咆哮を上げると、号令に従うようにジュエルクラブ達が見た目以上に俊敏な動きで殺到してくる。
「悪いな。狩らせてもらう」
そうしてグライフは宝剣を構えたまま、孤狼や白狼、仲間達と共に群れに向かって突撃していったのであった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
後何話かでエピローグになるかなと思います。
最終話まで更新頑張っていこうと思いますので、どうぞお話にお付き合いください。




