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第394話 祝宴

「クラリッサもしっかり受け止めてくれているし、皆の意志も確認できて、私も安心ではあるかな」


 ルーファスが言うとシルヴィアもうんうんと頷く。


「後は――そうね。王配についても考えないといけないけれど……時期尚早かしら」

「いや、その辺りの話は案外重要かも知れないね」

「そうですな……。クラリッサ姫は外を飛び回ることも多いでしょうし」


 ルーファスとシルヴィアの会話に、パトリックも同意する。


「おうは……――ええと、ああ、王配ですか」


 シルヴィアの言葉の意味が一瞬分からず、反芻するようにクレアは首を傾げて呟くも、すぐにそれが王配のことだと気付く。

 王配。つまりは婚約者なりについても考えておかなければならない。確かにそうだ、とクレアは思う。

エルカディウスの女王に婚約者がいないという状況だ。しかも年若く未熟と思われれば、女王に接近し、懐柔できればエルカディウスの全てを手中に収めることができる、と勘違いする者が出てくる可能性はある。


 クレアはそう考えるが……ルーファスやシルヴィアからするとその辺は名目上の話だ。二人から見ると案外分かりやすいところがあったが、当人に自覚があるのかないのかは不明だ。だから後押しも、と多少考えたところがあった。

 何分その相手も――人格的には問題ないが、立場的に踏み込まなさそうなところがある。クレアは気にしないだろうが相手は自分の家柄や出自について気にするだろう。だから、周囲が――特にルーファスとシルヴィア達はそれを認めていると示唆してやる必要はあった。


 アルヴィレトは平和な時代が長かった。だから、家柄についてなど気にする必要はないし、寧ろ権謀術数への対処を心得ている人間が傍にいてくれた方がルーファス達としても安心というものだ。外部は勿論、仮に内部に不心得者がいたとしても、強力な抑止力になり得る。何より、エルカディウスの力に目が眩んで裏切ったりしないと、信頼するに足る人物であるから。


「あー……ええと。そう、ですね。うん。考えないといけませんね」


 クレアの視線が一瞬泳ぎ、うんうんと頷く。表情に出るのは珍しいところがあるが、内面的にはやはり人見知りであることには変わりない。王女としての顔、魔女としての顔はそう振舞って見せているというだけなのだ。

王や王妃――組織の長としての顔で振る舞う、というのはルーファスもシルヴィアも理解できる部分だった。


 そして、クレアが好意を向けている相手の反応はと言えば――クレアやルーファス達の様子で十分に察することができた部分はあったらしい。

 こちらも一瞬驚くような反応を見せていたが、これも普段が冷静沈着であるだけに、珍しい表情だとルーファス達は笑みを向ける。


 そんな風にルーファス達が微笑ましそうな表情を向けるものだから、認めている、応援されていると気付いたらしく、目を少し閉じて色々と考えている様子であった。


 勘違いではないのか。勘違いでなかったとして、自分はどう答えるべきなのか。実直な性格であるだけに、色々と考えてしまうのだろう。


 ともあれ、後押しはしたし、当人達も自覚してくれた部分はある。ルーファスとシルヴィアとしては恋愛結婚であったから、あまり頭ごなしにこうした方がいいと、押し付けるつもりもないのだ。当人達の気持ち、納得が重要だと思っている。

後は――成り行きを見ているだけで問題ないだろうと、ルーファス達は頷き合うのであった。




 そうして王都返還を祝う宴の準備も整い、城の大広間にて宴が行われることとなった。城の中庭に面した広々としたバルコニーもあり、大広間に入りきれない武官や民達はそちらにも出て宴に参加する予定だ。


 テーブルや食器等は残されていた。アルヴィレトの職人達が作ったものではあるが、アルヴィレトの食器も装飾等に特徴があるから、それが外に持ち込まれて出自を勘繰られるのをエルンスト達が嫌った結果だろう。


 食欲をそそる良い香りが大広間や中庭の広場にも漂っている。


 各々に酒杯が行き渡ったところで、バルコニーへとドレスに着替えたクレア――クラリッサが姿を見せる。クラリッサ王女としてここにいるということもあり、偽装魔法は解いている。

 魔物蜘蛛の糸で編まれたドレスに身を包んだ王女の姿に、居並ぶ面々が息を飲んだ。金とも銀ともつかない髪色と、蜘蛛糸のドレスが陽光を浴びて煌めくような美しさだ。


 クレアの隣にルーファスとシルヴィアが並び、ディアナやグライフ、ローレッタ、パトリックといった重鎮達も後ろに控える。

 クレアは糸の魔法を使い、広間からも中庭のどこからでも姿が見えるように映像を映した。大きな歓声が響き渡る。


 大歓声が収まるまで待ってから、まずルーファスが前に出る。皆の顔を見回し微笑んで頷く。


「こうして皆で我らの生まれ育った故郷に帰って来られたこと。アルヴィレトの国王として嬉しく思う。国難にあたり、長く苦しい日々を耐え抜き、よくぞ生き延び、よくぞ戦ってくれた。皆の忠節と忍耐、努力と献身により、我らはこうして再びこの地に舞い戻ってくることができた。これからの復興等もあるからまだ落着というわけではないが――今日という日ぐらいはそのことも忘れ、皆で飲み食いし、祝おうではないか。だが――その前に。クラリッサからも皆に声をかけてやってくれ」


 ルーファスがクレアに視線を向ければ頷いて一歩前に出て、再度大きな歓声が起こる。

 帝国打倒の立役者であると、皆も知っているのだ。ただ、偽装を解いた姿を見るのは初めてという者も多い。実質的に国民へのお披露目であり、王位を継承する者であると内外に示す意味合いもある。


 クレアはスカートの裾を摘まむようにして優雅に一礼すると、顔を上げて口を開く。


「初めてお会いする方、変装していない姿を初めて見せる方も多いですね。ですから、敢えて初めまして、と言わせてください。クラリッサ=アルヴィレト=エルカディウス、と申します」


 大歓声。それらが落ち着くのを待って言葉を続ける。


「当時赤子であった私にはこのお城で過ごした記憶は残っていないのですが――とても綺麗な場所だと、感じました。こうしてこんなにも美しい生まれ故郷に皆で帰ってくることができたことを、嬉しく思っています。戦いの中で、傷付いた者もいるでしょう。私を守り、逃がしてくれたオーヴェル卿を始め、犠牲になった者もいます」


 オーヴェル達、故人を偲んでか、静かな空気が場に満ちる。クレアは皆の顔を見回してから、表情を動かして静かな微笑みを浮かべる。


「けれど――彼らの志や、魂は。受け継がれて私達と共にある。共にこの地へと帰ってきたのです。私だけのことではありません。私達が戦い抜くことができたのも、帝国に勝つことができたのも、あなた達や、あの方達が繋ぎ、守ってくれたからこそ。沢山の人々が支えてくれたからこそ。ならばこそ、此度の宴ではここにいる者達も、帰って来た魂達も。皆が主役なのです。存分に食べて、飲み、歌い、踊って楽しみましょう。きっと――あの方達も私達が故郷で喜びあっている姿を、喜んでくれるはずですから」


 そう言って、大歓声の中でもう一度一礼し、ルーファスに視線を向ける。

 ルーファスも頷いて酒杯を掲げると、クレアが。シルヴィアが。そして居並ぶ者達が皆それに続いた。


「我らが故郷と、魂に!」

「我らが故郷と、魂に!」


 ルーファスの言葉を繰り返し、酒杯が呷られて。楽師達が高らかに音色を奏でだす。そうして祝宴が始まったのであった。

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― 新着の感想 ―
 色々とめでたい! そしてオーヴィル卿と配下の皆さんの、正式な墓碑なりできるのだろう R.I.P.
逃げ延びた赤子が立派になって国を取り戻し王位も継承して自分達の前にいる これほど嬉しい日はないでしょうねえ
 まあ、1人しかおらんよなぁ…>王配候補  だがしかし敢えて言おう…爆発しろッ!(笑)
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