第38話 冒険者と少年
店内で色々な服に着替えるとなっては顔を見せないというわけにもいかない。店主とは仲良くもなっているので顔を見せても問題ないだろうという判断もあり、クレアは魔女の弟子としての事情を伝えつつも帽子を脱いで店主にも顔を見せていた。セレーナも弟子ではあるが、ロナが年齢による等と適当な理由をつけて誤魔化していたりする。
「えーと、こんな感じ、です」
人目につかないよう店の奥で帽子を脱いだクレアに、店主は「おー……」と、声を漏らしてから気を取り直すように「な、なるほど。わかりました」と応じた。
歳の頃は12、3ぐらい。普段通り表情には乏しいのがクレアだ。しかし、店主の目にはそこが逆に神秘的な雰囲気を醸し出しているように映った。
当人の内面を知るとまた印象も変わるが、初対面だとその容姿には少し気圧されるだろうなと、傍から見ていたセレーナは思う。
まずは普段使いの服装ということでクレアに合いそうな色合いを見ていくという事になるが、魔女風の方向性でというのは変わらない。暗めの紫や紺色といったアウターを基調に、インナーを明るい色にして全体のバランスを整える。
クレアの髪と瞳の色は偽装しているが、偽装前も偽装後も基本的には明るい色合いだ。どちらでも似合うような色合いを考えるなら、服自体は暗い色を基調にした方が似合うというのもあった。
そうやって全体の方向性を決めてから刺繍やフリル、パフスリーブ等の装飾を入れることで細部の情報量を増やす――というのが人形作りでもクレアのやっている方法だ。クレアの持ってくる人形に使われている技法は店主にとっても良い刺激になっていて、それを参考にした衣服のお陰で最近は売り上げも伸びている。そういうところから店主の作った新しい衣服が王都でも話題になり始めていたりするのだが……それはまた別の話だ。
「この糸を使ってここに刺繍を入れてですね……」
少女人形は指を差したり身振り手振りを交えて完成予想図を説明する。
「うーん。仕上がりが楽しみになるわね」
「出来上がったら見せに来ますね」
「楽しみにしているわね、クレアちゃん」
店主がにっこりと微笑む。普段採取や狩猟に使う服と小物には色々と魔法的に仕込むものが必要だ。そのためクレアは自作するつもりでいる。服を着替えたり生地を合わせたりして仕上がりを予想しながらも、布や糸を新しく買い込んでいった。囮人形にも着せるものも必要なので素材は多めになる。
その際に色々着せ替えの過程をセレーナ達も楽しんでいたりするが。
「さて。普段使いの物は良いとして。次は夜会だとか舞踏会用の服かね。折角だし髪型も変えてみるか」
「良いですわね……!」
「そういったドレスやリボンならクレアちゃんに似合いそうなものがありますよ……!」
ロナの提案に拳を握るセレーナと椅子から立ち上がる店主。そうして持ってきたドレスをクレアにドレスを着せたところで――それを見た三人から声が上がる。
普段使いの魔女服よりも鮮やかなブルーの色使いだ。立体的な製法や細やかな刺繍等が施されたそれは、この世界では先端的でありながらも奇抜とまではならず、結果としてクレアにはよく似合うドレスとして仕上がっている。
「おー、これは……」
「ほーう。似合うじゃないか」
「そ、そうですか?」
「先鋭的ながらも纏まりがあって素敵ですわ。しかも誂えたようですわね……!」
「ふふふ。実はクレアちゃんの素顔を想像しながら、教えてもらった製法や人形を参考に作ったものなのよ。思った通り、似合っていて安心したわ」
帽子で顔は見えなくとも、体格と髪の色は分かっている。
新しいデザインを取り入れながらもサイズが丁度良く、後のことを考えて調整もしやすく作ってあるのは店主の腕が確かだからだ。
「いやあ、ここまでお膳立てをしてもらったとあらば、このドレスは是非買っておきたいところですね」
「お代はいいわ。それは気に入ってくれたなら、お礼として渡したいと思っていたの」
「えっ? それは――このドレス、かなり手が込んでますよ? 生地だって良いものですし」
少女人形が驚いたように声を上げる。
「そうでなければお礼の意味がないもの。クレアちゃんはお得意様の上に色々見せて貰っているし、私の服飾の師匠みたいなものとまで思っているのよ」
「それは……分かりました。ありがたく受け取らせてもらいます」
クレアは少し考えた後で、腹話術を介さずに言って頭を下げたのであった。
「確かに、受け取りすぎていると感じてのものならそれでいいのかもね」
そんなやり取りを見てロナが言うと、店主が「その通りです」と笑い、セレーナも微笑む。
「ふむ。それじゃ、髪型もいじっていくかね」
というロナの言葉を受けて早速クレアの髪をシニヨンに結ったりリボンで纏めたり、三人は色々な髪型を試してから、あれも良いこれも良いと、これが合う等とクレアやドレスに似合いそうな髪型の模索と研究を行う。
こういう経験が前世も含めてあまりないクレアとしては中々に大変ではあったが、みんなが楽しそうならいいか、と傍らの少女人形が静かに頷くのであった。
そのまま他の店にも足を運び、新しい魔女服やドレスに似合いそうな小物等も買ってからクレア達はロナと別行動となった。
ロナは領都に来た時はいつも通りだ。裏の情報を集めに少し治安の悪い場所に行く形だ。諜報員が捕まったと言って……いや、だからこそ今の時期に動向を探るということなのだろう。
セレーナはと言えば、行商に実家への仕送りを頼むということで、ロナから紹介してもらった商人ギルドを訪れていった。
商人ギルドを通して依頼を出すというのは荷物の無事を担保するためにかなり有効だ。魔法契約を締結して依頼を出すことができるからである。というよりも、魔法契約があるからこそ、いわば信用を売る商売が成り立っていると言えた。
預ける荷物が高額、多量になればなるほど依頼料、契約手数料も上がるというのはあるが、そこはクレア達だ。大樹海の魔物の中でもあまり出回らないものを討伐しているということもあり、稼ぎは良い。月に一度送るものを選び、仕送り金額も調整して、依頼料、契約手数料が余り跳ねあがらないように調整しているセレーナだ。
とはいえ、セレーナと商人ギルドの魔法契約の場に第三者は立ち会えないということで、クレアも後で宿にて落ち合おうということで一旦別行動となった。
衣服などの買い物には付き合ってもらったから、今度は知識を増やすために書店を見に行ったり、露店を巡って人形用の小物がないか探したりしているクレアである。
流石に自分用の服やアクセサリーを選んでもらっている時に、人形用の素材を買っているのはどうかと思ったのでクレアも控えていたのだ。
襟元から顔を出して外を眺めているスピカの頭を指で軽く撫でれば、スピカも心地よさそうに小さく声を上げる。
そうやって街中を歩いていると、ふと子供の声が聞こえてきてクレアは足を止めた。そちらに視線を向け、声を漏らす。
「あれ、あの人――」
そこにいたのはグライフだ。地面にうつ伏せになっている男の子がいて、そこに足早に駆け寄って屈みこんでいるところであった。
グライフが子供を助け起こしているが、水溜まりの上で転んでしまったのか、衣服が汚れている。その上、膝には擦りむいたような傷が出来ているのが見えた。
「あらら」
クレアも小さく声を上げると、そちらへと向かう。
「何か手伝える事はありますか?」
「――クレア嬢か。調査の時は世話になった」
声を掛けられたグライフはクレアの姿を認めると静かに答え、子供の方に視線を向ける。転んだ少年は歳の頃にして8歳ぐらいか。親らしき人物の姿は見えない。転んだ膝が痛いのか、グライフに助け起こされながらも涙目になって顔をしかめていた。
「足は――痛むだろうが、動かせるか? 足の他に痛む場所は?」
「痛い……けど、動くよ。手も痛い」
骨折の有無も確認しているのだろう。少年が足を曲げ伸ばしするのを見て、グライフは静かに頷いた。




