第387話 帝都の中へ
説得や説明、或いはどう交渉すべきかの作戦会議でもしているのか、門が開かれるまでは少し時間があった。
ただ日没までは待つ、と宣言した通りだ。守護獣達が包囲しているとはいえ、要人もいるのだ。青ざめたり震えたりしていて戦意があるようには見えないが、外壁の上に騎士や兵士達もいてこちらの様子を窺っているのだ。クレアとトリネッドの糸を張り巡らせて警戒をしつつ待つ。
そうやって待っていると前線から伝令として敗戦の報を伝えに来たらしい帝国の飛竜騎士がやってくる。
「て、天空の……王。帝都が包囲されているだと……?」
帝都が包囲されているのを見て絶句していた。
『帝国の飛竜騎士ですね』
クレアは帝国の飛竜騎士に声を響かせる形で届ける。
どこから声が聞こえてくるのか、騎士と飛竜は一瞬身体をびくりと反応させてから周囲を見回していたが、クレアは構わず声を続ける。
『敗戦の報を持ってきたのでしたら、中の者達に現状を知らせる意味でも通って構いません。降伏勧告はしましたが、日没と共に外壁と結界を破り、宮殿へと突入する予定ですので急ぐことです』
クレア達は自分達の降伏勧告の補強になるならと魔法生物達を両脇に移動させる形で通り道を作り、飛竜騎士を帝都に通してやる。
「そ、そうだ。前線はひどい有様で……お、俺は伝令に来ただけ、なんだ。攻撃を仕掛けるつもりはない……」
飛竜騎士は震える声でそう答えてから生唾を呑み込み、飛竜も周囲を警戒しながらもおっかなびっくりといった様子で飛行して帝都の中へと入っていった。
「さて。どうなるかしらね……」
ディアナが飛竜騎士の背を見送りながら言う。
「自分達の尻に火が点いているというのは理解している、とは思うが」
「保身を図るならば、門は開くでしょう。徹底抗戦するような気質、気概を持つ者の方が寧ろ少ないかと」
ウィリアムとイライザが言う。
「それはそれで辛辣な見方だね」
ルードヴォルグが苦笑しつつも応じる。
ウィリアム達の見解は――果たして正しかった。
外壁の門が開かれて再びオルトレンと共に、もっと上役らしい身形の良い初老の人物も姿を見せる。やはり顔色は青ざめているし守護獣達の動向を気にしているようではあるが、気力はぎりぎりで保っているようだ。
「宰相のリグバルド=ルオスタリか。実質今の帝都のトップではあるかな」
ウィリアムがその人物を見て言った。
「どういった人物なのですか?」
「実務型を纏める人物です。あまり理想や選民的なところに凝り固まっているわけでもなく、現実的な考え方をする印象です」
ルードヴォルグが答える。ある程度は考え方を知っているということは、ルードヴォルグが内政に詳しいことも分かっているはずだ。
こちらとしても交渉に値する人物だろうと頷き、クレアはリグバルドを見やる。リグバルドは自らを落ち着かせるように深呼吸をしてから言った。
「……お初にお目にかかります。ヴルガルク帝国宰相、リグバルド=ルオスタリと申します」
「クラリッサ=アルヴィレト=エルカディウスです。宰相殿が見えたということは、宮殿まで私達を通していただける、と言うことで良いですか?」
「それしか選択はありますまい。その前に……陛下をお返し頂けたことに礼を申しておきます」
リグバルドの言葉にクレアも頷く。
「では、案内をお願いします」
開かれた外門へと、魔法生物と守護獣達が続く。
「そ、その方々も一緒なのですな……?」
「私は彼らの抑えでもありますし、彼らは私の護衛でもありますからね」
当然のようにクレアが答える。帝都でトップが降伏を受け入れたということは、魔法的にはクレアに従う守護獣達は帝国の都市、城塞の結界を素通りできるということでもある。主の支配下、勢力下にある、という扱いだからだ。
彼らは正門を潜り、或いは城壁を乗り越え、堂々と帝都内部へと進んだ。守護獣達がクレア達の両脇、背後を固めるように隊列を成し、魔法生物達も天空の王を先頭にクレアの頭上で建物の上空で編隊を組み、悠々と大通りを進む。
人通りは――ない。大通り沿いに住んでいる者達は窓の隙間から覗いて、守護獣達を目の当たりにしてから顔を引っ込めるといった調子であったり、そもそも息を潜めている者もいた。
「……住民の反応は予測していましたが、彼らには慣れて頂きたいところですね」
「まさか……駐留させるおつもりですか?」
「必要があるならば。状況が安定するまで都市部の巡回などは行うつもりですよ」
「それは、しかし、一部の向こう見ずな者の暴発も招きましょう」
「それならそれで。血を流すのは本意ではありませんし民を飢えさせたり傷つけるつもりもありません。……しかし、だからこそやむにやまれぬ事情ではなく、反発心などから力を向けてくるなら遠慮なく力の流儀に倣いましょう」
そう言い切るクレアにリグバルドは目を剥く。
「中途半端な者なら傷つけずに制圧するのは簡単ですし、背後関係があるならば辿って根こそぎ潰すだけです。実行犯の状態がどうであっても魔法的に辿れる技術はいくらでもある……と、十分に周知しておいて下さい。言葉の真偽を確かめたいのであれば、受けて立ちます」
クレアは何でもないような事のように応じた。表情も口調も揺らがないので感情が読みにくいが、リグバルドには宮廷で長年立ち回って来た経験上、腹芸ではなく全て本気で言っていてそこに嘘がない、と理解できた。出来てしまった。
これが並みの相手であれば、平時であれば。或いは子供の言うことと一笑に付したかも知れない。しかし、これまでの情報や今の状況から判断するに、全て造作もなくできること、なのだろう。
実際、間近で接してみて、放射されている魔力も、人間だというのに周囲の守護獣達に匹敵するような、強大で深いものだと感じ取れてしまった。魔法の心得など大したことのない自分でさえこれなのだ。言葉と魔力の強大さとは裏腹に、神秘性に満ちた魔力は寧ろ底が知れない。
あの金獅子帝や皇子達が敗れるわけだ、と。その理由が腑に落ちてしまった。
クレアの魔力はエルンストやルゼロフとの激戦を超え、女神の依り代となったことで更に強いものとなっている。その魔法的知識や技術の幅もだ。一部とは言え、女神やエルンスト、ルゼロフの記憶を垣間見たことで広がった部分も多い。
それらが、人の身をして守護獣達に並ぶ程の魔力に押し上げている。リグバルドは自身の護衛の者達に、自分の直感が正しいのかと目を向けたが、彼らは守護獣ではなく、クレア自身にも萎縮している様子が見て取れた。
そう。散発的な反発も、組織だった反攻も、恐らく無駄なのだろう。
ただ……血を流すのは本意ではない、民を傷つけるつもりはない、という部分も本心からのものであったのは救いと言えた。
それが自分達帝国貴族に対しては無条件に向けられるものでないにしても、方針に従っている限りは理不尽な扱いはしないのだろうとも思える。
腰を落ち着けての戦後交渉に入る前から、既に宰相の心は折れつつあった。
一方のクレアはそんな風に答えつつも、帝都の街並みを静かに眺めていた。目に映る大通りだけではなく、糸を伸ばしてあちこちを見ている。裏通りはどうか。路地裏は。中心部だけでなく外縁部も。下水道のような地下区画も存在するようだ。
どこかに兵を潜ませていないかだとか、そう言ったところを見ることができるが、それよりもアルヴィレトの諜報員からの情報も加味していけば民の暮らしぶり、実情も解像度が高くなる、というのが今そうしている理由だった。今後の方針、計画を立てる上でもそれらの情報は大いに役に立つだろう。




