第37話 従魔として
「――出る前にも言ったが、生きた魔物を人里の中へ連れて行くときは目的に応じた登録が必要でね。魔物使いや召喚術師のように、魔物を仲間として扱うのなら、従魔としての登録が必要になる」
「いずれにせよ人里の中では檻に入れたり繋いでおいたりといった措置が必要になりますわ。スピカは小人化も受け入れてくれますから普段はこう、襟のあたりに隠れてしまえますが街中に入る際はきちんと姿を見せておく必要がありますわね」
というとスピカは問題ないというように一声上げる。小人化の呪いも、それを相手が受け入れていて自由意志で解除できるという調整をするならば呪いに付随するリスクはない。小人化していることでの別の危険はあるが、小鳥サイズになってクレアの襟や袖の中に隠れてしまえるという方がメリットだ。
「では……スピカには村や領都に入る際には少し不便な思いをさせてしまうことになるかと思いますが」
クレア達の会話に、スピカは一声鳴いて応じた。
スピカに言わせれば魔物使いの下で使われていた時もそうだったのだ。従属の輪のような制限がないどころか、庵にいる際には好きな時に自由に狩りに行ってもいいし、そうしなくても食べ物と綺麗な水が出てくるという今の状況は、前と比べれば格段に自由だ。
そもそもクレアに恩義を感じているというのも事実なのである。人里に入る時に大人しくしているところを見せるぐらい、どうということもないものだった。クレアの衣服の中に隠れるのは――木の洞に隠れているようで割と落ち着くというのがスピカの感想である。
スピカの声色から待遇に不満はないという事はクレア達にも伝わったようだ。
クレアはスピカと付き合っていくにあたり、鳴き方や合図、手信号、仕草等によって日常や狩りといった状況に合わせてある程度の意思疎通や連係ができるように、まずスピカの声色で肯定や否定の意志を定めるところから始めているのだ。
森歩きや隠蔽結界のタリスマンを組み込んだ足輪を渡されており、今のスピカの森の中での飛行は更に自由度が上がっている。クレア達の少し前や森の上空を飛んで、周囲の状況を探りながらも先導するように進んで行く。元々飛べる種族であるスターオウルは、大樹海上空を飛んでも天空の王の狩りの対象とはならないのだ。探知魔法とは別の手段で広い範囲の偵察ができる。見渡せる範囲で異常があれば戻って鳴き声で知らせる、というわけだ。
そうやってスピカを新しく加える形で魔物を回避しながら進んで行き、やがて……一行は大樹海を抜けたのであった。
いつものように村に立ち寄ってポーションを売り、それから箒に乗ってクレア達は領都へと向かう。スピカも随伴するように飛行して歌うように鳴き声を上げたり、偶にクレアの箒に止まって休んだりしていた。
「スピカも活き活きしていて、良かったですね」
「自由に空が飛べて楽しそうですわ」
そんなスピカを見てうんうんと首を縦に振る少女人形と微笑むセレーナである。楽しいというように、肯定の鳴き声を返すスピカ。
スピカも交えて箒の飛行訓練もしつつ進んで行けば領都も見えてくる。
ある程度近付いたところで箒から降りる。スピカの足輪とリードを繋ぎ、肩に止めさせて普段は肩が定位置になっている少女人形の方は腕で抱える。猛禽の爪も、クレアの場合は糸魔法で止まらせる服の部位を補強してやればいいので特別な装具は必要としない。
「こんな感じで大丈夫ですかね?」
「問題ないだろうよ。門のところで従魔登録をする必要がある。冒険者ならギルドでも登録が必要になるがね」
「じゃあ、スピカは門での登録ですね」
そう言いながら領都に入る列に並ぶクレア達。領都には何度も来ているということもあって門番達もすっかり顔馴染みだ。軽く挨拶をして従魔登録をしたいということを申し出ると、詰所の中に案内されて手続きが進められていった。
「これが従魔の登録証明書だな。こっちの布は従魔を街で連れ歩く時に、どこか従魔の見えるところにつけておく必要がある。どちらも紛失した場合はすぐに申し出てくれ」
「分かりました」
赤い布が付いた紐だ。布の端には番号が刺繍されており、証明書にも布と同じ番号が記載してあるという形式であった。
特に魔法がかけられているものではないからそれ自体の偽装は不可能ではないのだろうが、街に出入りする従魔自体それほど数が多くない。召喚術師であれ魔物使いであれ、それなりにレアなため、通達が回れば兵士達が情報を共有することは可能である。
「冒険者ならばギルドでの登録でもこの証明書と布が必要となる。クレア嬢は冒険者ではないが、念のために伝えておこう」
「ありがとうございます」
クレアが少女人形と共にお辞儀をすると、スピカもそれに倣うような仕草を見せる。
「はは、賢い魔物だな」
それを見た門番達は少し笑ってから、領都に入っていくクレア達を見送る。ロナの後を追う途中で少し振り返り、門番達に手や翼を振って街中に去っていく少女人形やスピカと、一礼して去っていくセレーナを、門番達は微笑ましそうに見送った。
「まずは……そうだね。今回のはちょっと込み入った話になりそうだ。ギルドにも都合があるだろうし、あたしらが到着した事と泊まる宿だけは伝えて向こうに予定を組んでもらうか」
「では――宿をとったら一先ずは自由行動ですね」
「その時にお買い物にも行けますわね。うふふふ……」
「お、お手柔らかに」
セレーナは嬉しそうに笑い、少女人形が手を前に出してぱたぱたと振る。ロナは軽く苦笑してそれを眺めるのであった。
「こんにちはー」
「ああ、いらっしゃい」
宿を取り、ギルドに一先ずの連絡を入れてからクレア達は予定通り顔馴染みになっている店に向かった。仕立て屋の店主はクレア達の姿を認めると親しげに微笑む。
「あたしもお邪魔するよ。弟子が普段世話になってるらしいね」
「これは――魔女様でしたか。いらっしゃいませ」
ロナが言うと店主が応じる。クレアが黒き魔女の弟子というのは、それなりに親しくなっている店主も知っていたが、ロナ本人とは面識がなかったので来店してきたのは少し驚いた。
「今日は――人形用ではなくクレア様の衣服を見に参りましたわ」
「人形の服ばかり凝って自分は後回しってのが、ちょっと心配になったもんでねぇ」
セレーナとロナの言葉に店主は目を瞬かせ、クレアに視線をやったりしていたが、やがてその内容を咀嚼したのか、目を閉じて頷く。
「そうでしたか。何かお力になれる事がありましたらお聞きください」
「クレア様は魔女風の服装を気に入っていらっしゃいますから、基本はその方向で色々考えてみるというのは如何でしょう」
「そうだねぇ。普段行動する分にはそういう方が違和感もないだろうよ」
セレーナが言うとロナも頷いて、早速セレーナとロナに店主を加えてクレアに似合いそうな服を見繕うこととなる。
「目立たない方がと本人は仰っていますが、やはり晴れの日はというところはありますわね」
「そうさね。その辺は状況によっても変わってくるもんだ。この際、普段使い以外にも、軽く見繕っておこうか」
「クレアちゃんがドレスを纏った姿……見てみたいですね」
「いやあ。まだ成長途中ですから、その辺も加味しておいた方が」
盛り上がっている面々に少女人形はおずおずと声を掛けるが、セレーナと店主のテンションは高いままだ。
「人に正式に人形繰りを見せる場があるとしたら、人形に対してもそれなりに釣り合いが取れてないとねぇ。舞台衣装みたいなもんだろ?」
「むっ」
ロナの言葉に、ぴくりと少女人形が反応を示した。心無しか真剣な空気を見に纏うクレアに、ロナはと肩を震わせる。
「くっく、あんたは人形が関わると分かりやすいねぇ」
「ふふ。まあ、そこに理解がある人のするお話だからというのはありますよ」
隣で見ているスピカはそんなやりとりをするクレア達を興味深そうに眺めて短く声を上げるのであった。




