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第369話 力を合わせてこそ

 突っ込んでくる守護獣に対し、糸を以って迎え撃つ。糸車から放たれた斬撃と守護獣の斬撃とが空中でぶつかり合う。激突の瞬間に妖精人形達が繰り出され、周囲に広がりながらも糸矢を放っていた。


 エルカディウスの技術の精髄であり、ゴルトヴァールを維持してきた守護獣だ。クレアは欠片も侮らず、最初から運命を司る力も併用して出力を底上げしている。

 妖精人形達の放つ糸矢は螺旋を描いている。回転運動そのものが貫通力を増強する効果もあるが、糸車の寓意を与える意味合いも付与されており、通常の糸矢よりも遥かに威力が増している。


 それは、守護獣をして警戒に値するものであったらしい。


 後方に一瞬跳ぶも、守護獣は空中で翼を広げると高速で飛翔しながらも妖精人形の糸矢を回避する。武器を持っていない掌が空に向かって翳されると。光球が三つ、四つと浮かんで、守護獣に随伴する。そこから――。


 空間を薙ぐように光が奔った。球体から細く絞られた魔力の線が伸びるようにして、斬撃状に放出されたという印象だ。複雑な軌道で遠隔から斬撃を浴びせられたが――当たってはいない。

 クレアもまた守護獣の翼から飛翔するものと了解していた。箒に乗って妖精人形と共に飛翔し、すり抜けるように回避している。箒もまた、糸車の力で出力を上げているため、速度自体が上昇している。守護獣に匹敵する速度でクレアもまた飛翔した。


 広く、開けた空間だ。敵の移動範囲の制限も分からず、糸もまだ十分に展開できていない状況。結界塔での戦いとはまた違う方法で機動力を確保し、場を構築する必要があった。


 多腕で手数が多く、翼での機動力がある。火力、射程距離、反射速度。今の攻防で十分に理解できるほどの脅威だ。守護獣は即ち後の領域主でもある以上、少なく見積もって領域主達の中でも上位の実力を持つと思っておいた方がいい。


 本来ならば。クレアでは相性として勝てない相手なのだろう。

 神々の力を制御するということは、神々由来の因子魔法を外から制御することに繋がってしまう。しかしそのリソースは今、運命の女神イクシリアの制御に取られているし、今はクレアと主導権の奪い合いになっているという状況だ。その力をクレアには向けられない。そうした瞬間に主導権の天秤がクレア側に傾き、肝心の女神への制御が外れてしまうからだ。


 女神の作り出したクレアの心象世界、精神世界の中での戦いという状況は、恐らく守護獣の統制を崩すのに唯一のチャンスと言える。少なくとも、ゴルトヴァールの防衛機構全てを突破して守護獣本体と戦うよりは、だ。


 高速で飛び回りながら斬撃と糸矢とを応酬する。糸矢は回避されても生きている。ロナの使っていた操星弾の準備段階――展開した魔力球に接続して空間自体に実体化させないままで糸を幾重にも張り巡らせていく。それを諸共に薙ぎ払おうと守護獣は斬撃の攻撃範囲を広げるが――それは叶わない。


 クレアが実体化させていない幻影のような状態というものあるが、魔力球も糸の配置も、星々や星座に見立てて寓意を与えたものだ。観測はできても手の届かないものとしてそこに存在し、破壊することはできない。そういう寓意を与えているから、ロナの編み出した操星弾は、攻撃手段として有効化されるまで妨害もできないという性質を持つ。


 故に隕石や流星として飛来させるか、星座の獣として寓意を与えるまでは触れられない。干渉できないと見て取るや否や、守護獣はクレアに攻撃を集中させてくる。

 複雑に交差するように迫る光の斬撃の間をすり抜けて、糸矢を撃ち放ちながら空間に張り巡らせ――その中に本命となる攻撃を混ぜ込む。回避されて通り過ぎた糸矢が軌道を変えて守護獣の背後から撃ち込む。


 が――その翼が青白い光を纏い背後から迫る糸矢を弾き散らし、翼のはためきがそのまま左右から衝撃波となってうなりを上げて迫る。


 時間差で随伴する球体からの斬撃光も飛来している。空間を埋め尽くすように迫る波状攻撃を、錐揉みを回転しながらの箒の飛行ですり抜け、守護獣に向かって突っ込みながらもすれ違いざまにファランクス人形の刺突を見舞う。守護獣は手にした光刃で切り払おうとするも、寸前で何かを感じたのか、軌道を無理矢理変えて真後ろに下がるように動いた。


 突き出された槍の穂先がそのまま炸裂する。普段装備している槍ではなく、結晶槍だ。爆裂結晶と魔封結晶の複合であるために、光の剣で払っても受け止めても指向性を伴った爆発と共に魔封結晶を撒き散らす。


 魔力の波長から危険性を感じ取り、打ち合わずに避けたということなる。クレアとしては手札を一つ使ったがそれはそれで構わない。守護獣の感知能力の高さを確認することに繋がったし、魔封結晶という攻撃手段があるというだけで魔力により構成された剣や球体を構築している守護獣への牽制や抑止になるからだ。


 守護獣は光壁も展開して爆風を防いでいたが、魔封結晶の効果もその際に確認したらしい。上空へ飛びあがり、右に左にジグザグに飛行したかと思うとクレアに斬撃光を縦横から叩き込んでくる。箒で飛行しながらも応射。螺旋の矢と斬撃光とがぶつかり合って爆発を起こした。




「おおおっ!」


 ユリアンと走竜マルールが咆哮を上げながらイリクシアに突っ込んでいく。それにニコラスの武器群が並走するように続いた。大通りから帝国兵が防衛戦力によって排除されたことで、そこで戦っていた者達もイリクシアとの戦いに加わることができるようになったからだ。


 が――それで戦況が好転したというわけではない。イリクシアの糸の制御能力は多対一を苦にしない。あちこちに渦巻く糸車が生まれ、そこから矢や斬撃が放たれる。


 対帝国連合の部隊の中には対応、出来ない者もいた。致命傷を食らうも、それで終わりというわけではない。


「――案ずる必要はない」


 腹に大穴を穿たれた反抗組織の戦士を前に、イリクシアは言う。その次の瞬間には大穴は塞がり、そしてその戦士は虚ろな目のままでふらふらと後ろに下がっていく。


「我にこの場で敗れたとてそれは死を意味するものではない。同時にあの巫女に恩義や忠節を誓うそなたらは、ゴルトヴァールを支える臣民足り得る」

「なるほど……。それは最高だけど、最悪だな!」

「ああ……! 尚のこと負けられないな……!」


 ニコラスの言葉を引き継ぐようにグライフが言って斬撃を掻い潜って踏み込んでいく。


 死なないで欲しいというのは、クレアの願い。イリクシアも殺すことが目的ではなく、守護獣もまたゴルトヴァールを広げたい。だから、殺す前に運命を回帰させて取り込むというような形になる。

 最終的にクレアを取り込むのならば、それはクレアを慕う者達もゴルトヴァールを支え、広げるための力になるという判断だ。


 けれど、そうなることはこの場にいる誰も望んではいない。だから、もう戦えないと女神から判断されれば戦闘から脱落させられる。

 勝てば皆無事に帰ってくるというのは最高の話でもあり、負ければ全員が人として死ぬことすら許されず、信仰や忠節という力を支えに、ゴルトヴァールは更に外に拡がっていくという最低の可能性も示唆されている。


 王国も帝国も、何もかもが飲み込まれる。そんな事態だけは断固として避けなければならない。


「ちっ!」


 ユリアンの一撃は糸の壁に阻まれていた。そのまま包み込まれそうになるもマルールが鋭敏に反応してユリアンを乗せたまま後方に下がる。

 代わりに糸の斬撃を掻い潜り、ユリアンが間合いの内まで踏み込んだ。そこに――。


「食らえッ!」


 背後から跳躍しながら巨大な剣を振り上げた巨人族の戦士がイリクシアに肉薄。大上段から全体重を乗せて振り下ろす。


「未熟」


 グライフと斬撃を応酬しながらも、後方からの一撃には視線すら向けずに対応してい見せた。糸車と、後方に翳したイリクシアの指先に張られた糸で斬撃を受け止めている。その足に糸が絡んだかと思うと、巨人の巨体が引っ張られて宙を舞った。空中にいる巨人に、回避はできない。四方八方から撃ち込まれた糸矢で全身を貫かれ――瞬時に運命を回帰させられる。また一人脱落する結果となった。


 それでも。それを目の当たりにしても誰一人として退かない。攻め続けて攻め続けて。波状攻撃と飽和攻撃で運命感知の守りを突破しなければならない。


「それで良い。人は寄り集まり、力を合わせてこその種。だが、まだ足りぬな」


 イリクシアはそう言って。あちらこちらに更なる銃座とすべく、糸車を浮遊させた。

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― 新着の感想 ―
 クレアの対守護獣戦は…… そうか!屋内や森林ではないから得意の立体機動ができないないか!ロナの得意技で飽和攻撃を仕掛ける準備しつつ色々と見せ札を出して牽制中と。  一方、皆の対イリクシア戦はある意味…
クレアの方はまだ余裕がありそうですがグライフ達の方は少し分が悪そうですかねー
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