第36話 開錠のためには
従属の輪の開錠リスクはかけられている魔法の精度次第だ。今回は探知魔法やセレーナの視覚で見る限りそこまで高度なものではないという見立てが下った。つまりは――現実的なラインで術を制御し切ることも十分可能なレベルということだ。
詠唱方法や開錠時の注意を受けたクレアが早速試してみるということになった。
「リスクって言ってもその場の痛みだけで尾を引くようなもんじゃないからね。ただ、痛み止めなんかの対処法は通用しない。何度か失敗するかもしれないが、その辺は慣れと覚悟でなんとかするしかないね」
「一応、痛みに強い方じゃないかなとは思うのですが……どうでしょうね。やってみないと分からないところはあります」
入院していた頃の前世の記憶を思い返しながらクレアは言う。
鳥籠越しに向かい合うと、スターオウルは目を閉じてクレアに頭を下げた。よろしく頼むということなのか、痛みを受けてでも開錠をしてくれる事への感謝や謝罪なのか。
「……良いですよ。自分の意思での行動がままならないというのは、辛いですからね」
クレアはスターオウルの姿を見て、自身の口でそう言うと僅かに目を細めた。
「受ける方は祈りな。従属の輪が付けられた経緯にもよるが、それが不当なものだったり解き放たれたいって想いが強ければより外れやすくなる」
ロナがスターオウルに言うとこくこくと大きく頷いた。
「では――行きますよ」
そして――クレアがスターオウルに向かって両手を差し伸べるように伸ばせば、鳥籠の真下……空中に光る魔法陣が描かれた。糸で構築した魔法陣だ。
クレアは朗々と詠唱を始める。
「我が痛苦と彼の者の祈りを対価に捧げ、これなる戒めの輪を解かん……」
詠唱と共に魔法陣が輝きを増す。スターオウルが大きな目を瞬かせる中で、その身体もが光に包まれた。
クレアの身体も光に包まれる。セレーナの目には従属の輪から伸びた茨のような魔力がクレアの全身に絡みついているように見えた。しかし――クレアの表情に変化は見えない。展開している偽装にも身に纏っている魔力にも、乱れが見えなかった。
「……痛みに強いって言うだけのことはあるね。高度なものではないとは言ってもそれでも結構な痛みがあるはずなんだが」
「恐らく、針で刺されるような痛み、でしょうか。そんな印象を受けますわ……」
「あんたにはどんな風に見えてる?」
「全身に茨が絡んで突き刺さっているようですわ……。痛みを伴うものと知っていると、クレア様が耐えている姿はあまり正視していたくはありませんわね……」
「確かに……愉快な光景じゃなさそうだね」
成り行きを見守っているロナとセレーナが小声で言葉を交わす。手助けできることはない。変に手を出せば術や集中を乱すことに繋がるからだ。
術を維持し続けるクレアと、祈り続けるスターオウル。両者を包む光が増していくのに従い、スターオウルの足に嵌った従属の輪にも輝きが絡んでいく。そして――。
ガラスが砕けるような音と共に従属の輪が割れて落ちる。
「……ふう」
クレアが脱力したように座り込むとセレーナが駆け寄った。
「クレア様、大丈夫ですか……!?」
「いやあ……開錠した瞬間に痛みも嘘みたいに引きましたが……中々しんどかったですね……。一度で外せて良かったです」
少女人形が安堵するように大きく息を吐くような仕草を見せる。
「何度もやるのは確かに気が重くなるだろうね。ま、一度やっておけば次があった場合の参考になるだろうよ」
「従属の輪を付けさせる経緯が不当なものだった場合、というのもありそうですからね……」
そんな会話を交わしてから糸で作られた鳥籠が足場の止まり木部分だけ残して消失する。スターオウルは意外そうに首を傾げてクレアを見やる。
「きちんと開錠できたということは……彼らから解放されたいと思っていたと判断しました。念のために聞きますが、私達や王国の人達、冒険者ギルドに害を与えようという気はないですよね?」
クレアが尋ねるとスターオウルは首肯する。それから床に降り、クレアの足元までぴょんぴょんと跳ねながらやってきて、お礼を言うように深々とお辞儀をするような仕草を見せた。それを見たクレアは小さく笑った。
「上手く開錠できて良かったです。あなたはもう自由ですから、行きたいところに行っても良いんですよ。大樹海でいきなり自由にって言うのもなんですから、領都に行く時に一緒にという方が良さそうですが」
クレアがそう言うが、スターオウルは頷いた後でクレアの近くに鎮座する。
「……それはクレアの近くにいたいってことかい?」
ロナが問うとスターオウルは肯定するように声を上げた。
「クレア様に恩返しをしたい、と」
「んー……。それも自由ですね。確かに」
少女人形の方が苦笑しているような声で応じる。
「……助けられたからって言うなら、それも筋かね。そのためにここにいたいって言うのなら好きにすると良いさ」
「では――住処や食事などは私の方で対応します」
「ああ。ま、仲良くやんな」
ロナはそう言って手をひらひらと振る。
「さて。では住居作り等も考えなければなりませんが……あなたに名前はあるんですか?」
少女人形が首を傾げて尋ねると、スターオウルは首――というか身体を横に振った。仮に諜報活動をしていた魔物使いが付けた名前があったとしても、その名前に良い記憶がないというのは想像がつく。
「では、もし良かったらあなたに名前をつけても良いでしょうか? スターオウルさんと種族名で呼ぶのも何か違いますからね」
そう言われたスターオウルはホウホウと鳴き声を上げ、身体を揺らすように大きく縦に振る。クレア達の目には何となくテンションが上がっているようにも見えた。
「この子は男の子なのでしょうか? それとも女の子なのでしょうか?」
「当人に聞いてみましょう」
クレアとセレーナが質問して雌雄を確かめていくと、どうやら雌であるということが分かった。
「うーん……。スピカ……なんてどうですかね?」
前世の記憶から星の名前が頭に浮かんだクレアであったが、提案するとスターオウルは嬉しそうに鳴きながら身体を縦に振り、翼を広げてはためかせる。梟なので羽音は静かなものだ。
「気に入っているようですわね」
「後は住居を考えていきましょうか」
「そうだねぇ……。山羊の小屋の隣か、あんたの部屋の隣に建て増しする感じになら作って良いよ」
「分かりました。ではスピカから希望を聞きつつ、色々考えてみますね」
「楽しそうですわね。お手伝いしますわ」
「ありがとうございます、セレーナさん」
そう言ってクレアとセレーナは声を上げるスピカと共に庵を出て、住居作りに着手するのであった。
それから暫く建て増しの作業を行い――出来上がったスピカの住居については、クレアの部屋の外壁部分から増築するような形で小さな部屋をくっ付けるような形となった。スピカはクレアの部屋にも直接顔を出せるし、増築部分から外にも出られるという構造だ。
それなりに広々としており、身体が梟にしては大型のスピカでも十分に寛げるようなスペースとなっている。建て増してもらったスピカも満足げで、早速落ち葉や枝などを集めて住居内に居心地のいい巣を作り始めていた。
スピカの住居を作ったり墓守の残骸を安全に管理するために容器に魔法的な処置を施したりと……数日の間、日常生活と修行の傍らで遺跡事件後の後始末をしていたクレア達であったが、やがてそれも終わる。
調査隊も領都に到着し、事後の報告や後始末も進んでいる頃合いだろうと、クレア達も領都へと向かう事となったのであった。




