第363話 抗うべき運命は
「――定められた運命などない。それは同意見ですよ」
練り上げた魔力を噴出させるエルンストに対して、クレアは構えを取りつつ、静かに呟くように言って見据える。
「ですが、あなたにとって戦い、抗うべき運命の対象というのは――私だったのですか?」
「何……?」
次の瞬間にも攻撃が繰り出されそうな緊迫した空気の中で。クレアの言葉にエルンストがぴくりと反応する。
「貴方が抗うべき運命というものがあったとするなら、それは私などと出会うよりも、もっと前にあったはずです」
帝国の皇子として生まれたことがエルンストの持って生まれた運命で。
しかし、固有魔法に目覚めてもエルンストはそれ自体には抗わなかった。体制の中で奪う側に回って勝利と栄光を積み重ねはしたが、帝国の在り方、その呪縛や病巣とは戦っていなかった。
だから、クレアにとってエルンストと戦うことは必然かも知れないが、エルンストにとってはクレアと戦うことは必然ではなかった、はずなのだ。こうしてクレアと対峙しているのはエルンスト自身の選択の結果だ。
だから運命への理不尽に憤り、それを変えようと力を振るうのならばクレアの固有魔法に相対した今ではなく――。
「黙れ――」
金色の渦が全身を覆うようにが噴き上がり、身体に纏わりつくように集束していく。管理者が光弾を四方八方から叩き込むも、エルンストは回避しようという様子すら見せなかった。全てが命中し、その全てが弾き散らされた。
「――何という」
管理者が呟く。自我が薄い部分はあるが、そんな管理者をして驚嘆に値するほどの戦闘能力なのだろう。
金色の粒子がエルンストの身体に纏わりついて、揺らぐ。その中に蠢く獅子の顔のようなものが肩口から覗いた。金色の獣との一体化とでもいうような姿。ただ、先に見せていた獣や暴風の時とは明らかに魔力の量も質も、一回りも二回りも上だ。
ビリビリと肌を震わせるような圧力。前触れもなく、それは来た。
影も音も、置き去りにするような速度で前に出る。金色の獣の足の形状変化による踏み込みは一気にクレアとの間合いを潰している。が、予測の範疇。完璧なタイミングで正面から車輪が激突する。渦を纏う斬撃と車輪がぶつかる。そこまでは先程までの焼き直しに近いが、今度はエルンストが押し切る。
直後に斬撃が来る。大きく跳ぶように避ければ、空間ごと引き裂くように金色の大渦が薙いでいく。破壊力と物量。それらを以って予測や対応をしても尚対処し切れないだけの一撃を叩き込めばいい。一撃当たれば千切れ飛び、余波が掠めても抉り飛ばす。
今度は距離を取れば良いというものではない。糸の機動を超える速度。馬鹿げた力技で慣性を無視し、巨大な斬撃を叩き込んでくるというのは、今までと状況が異なる。
だから――クレアもまたファランクス人形の盾に身を隠し、廻る糸の渦を纏って余波を浴びないように受け流す。
黄金の斬撃に、クレアの傍らに出現した踊り子人形が隣で舞いながら長大な連接剣を叩きつける。粒子の奔流と雷光がぶつかり合い、幾度も爆発を巻き起こす。人形の攻撃力もクレアの運命を司る力の増強によって強化されている。人形繰りこそがクレアにとっての元々の本領だ。
守り、捌いて反撃を狙う形では押し切られる。攻撃が最大の防御とはよく言ったもので、車輪なり踊り子なりの攻撃をぶつけ合い、相殺し続けなければ凌げない。
目まぐるしく位置と攻守を入れ換え、攻撃を叩きつけ合う。互いに凌ぎ、攻防を重ねる中で、管理者もまた動く。クレアから糸で声を届けられたためだ。動きも攻撃の種類も感知して利用できるから、巻き込むことを気にするな、と。絡み合うように戦っていた二人に向かって、四方八方から光弾が集中し、傍らにいたゴーレム兵達が白光を纏ってエルンストに向かって突っ込んでいく。長大な斬撃がそれを薙げば爆発が起こる。ゴーレム兵による自爆特攻だ。有効打を期待するというよりは、警戒させる意味合いが強い。ゴーレム兵だからと放置して粒子の自動防御に任せれば至近で爆風を受ける可能性があるからだ。
無視できないという、それだけでいい。管理者自身の大技は、クレアが近くにいては流石に使えない。向こうが合わせてくれると言っても負担をかける形になってしまっては本末転倒なのだ。
それよりもクレアの動きと攻撃に極力合わせ、エルンストの意識を分散させる形での支援で良い。クレアにしてもエルンストにしても、その戦闘能力は管理者である自分を遥かに超えているのだから。
一方のエルンストは――クレアに対して憎悪と殺意を向けていても戦い方は冷静だった。
背後から迫って来たゴーレム兵を、十分な距離を取って粉砕したことからもそれは分かる。
斬撃から斬撃。大振りの一撃の隙を補うように身体に纏わりつく獣が防御と攻撃を兼任した動きで追随する。範囲攻撃に次ぐ範囲攻撃。周囲の空間ごと薙ぎ払っても性質変化をさせていることから糸の排除とはいかないが、それでも性質変化させることによるタイムラグや魔力の消費は狙える。魔力量の総量はクレアもまた桁外れのようではあるが、魔力を練りあげての大技を撃たせる暇は与えない。
踊り子人形の連接剣と車輪、茨と糸矢、糸鞭、操星弾で迎え撃ち、攻撃を掻い潜るようにしてあらゆる角度、あらゆる瞬間にエルンストへの反撃を繰り出してくる。
クレアも持てる力を余さず使っての総力戦だ。遠く離れた間合いにいつのまにか複数の人形が出現していた。楽士の人形達だ。エルンストが一瞬視線を巡らせるが、楽師達は攻撃に加わるわけではなく演奏を始めた。
瞬間、クレアの魔力が更に増強される。糸矢の弾速が更に増すことで、身の回りを薙ぎ払ってもより遠い間合いからこれまで以上の弾幕を形成される形。連接剣も車輪も、その破壊力を増している。打ち負けないにしても切り結ぶ度にエルンストの身体に重い衝撃を伝えてくる。
糸と運命への干渉。最初は厄介な性質だが力技で押し切れるという印象だった。しかしそれは間違いだ。多彩な手札と未知の技術体系。それを操る術者の魔法の制御能力と精度。寓意と底上げ、糸の形状と性質によっていくらでも底上げをしてくる。
問題は――クレアもエルンストもお互いの攻撃にぶつけ合って影響を受けないというわけではないという点だ。結局術式と、魔力の激突だ。力が拮抗していてぶつかり合う度に双方に魔法的な負荷と反動、反発が生じる。
踊り子人形に反動ダメージを分散させられてはいるが、その連接剣も大振りでなければエルンストの攻撃を捌き切れない。小回りと速度、破壊力を兼ね備える車輪が攻防の要となる以上、術者自身も反動ダメージを引き受ける必要があった。
エルンストもまた反動の一部を寓意魔法により、魔法生物と見立てて獣側に逃している。激突の度に粒子がエルンストの背後で爆ぜて、顕現している獣の顔が歪むが、それも完璧ではない。互いに指先――爪の間から血がしぶく。だが尚、片時も止まらない。掠め、躱し、受け止め、弾き、激突の瞬間に凄まじい衝撃が輪となって広がる。
こういう形となればエルンストは自分に分があると踏む。互角の攻防となっているのならば体格や骨格、肉体の頑強さが物を言うからだ。
鍵の娘の動きに未だ衰えはない。肉体的な痛みに対してはかなり強いようではある。が、それまでほとんど表情の変化を見せなかったのに、幾度かの激突の後に、何度か歯噛みするような表情を覗かせたのをエルンストは見逃してはいなかった。
飛び交う光弾。弾ける黄金の粒子。空間ごと引き裂くような斬撃と斬撃。爆ぜる魔力と衝撃に衝撃を重ね、攻撃と反撃とを応酬し続ける。判断の間違い一つ、肉体的な遅れ一つが命取りになる必殺の攻防。その濃密な時間の中で――幾度目になるか分からない激突で、互いの身体が後方に弾かれる。ぐらりとクレアの身体が揺らいで、身体が流れた。
ここ――!
エルンストは判断を下す。
「消し飛べッ!」
咆哮と共に振りかぶる。爆発的な黄金の粒子の噴出。金色の魔力が右手の大剣に集中し、巨大な竜巻のような形状になった。
一切合切を削り散らす暴虐の風が巨大な斬撃となって振り抜かれる。右から、左へ。横薙ぎの斬撃――とは名ばかりの竜巻に逃げる場所など存在しない。空間そのものを埋め尽くすような黄金の奔流が結界塔の壁を、天井を、床を削り取りながらもクレアに迫る。クレアは両腕を交差させたまま前に突き出し、術の名を唱える。
「――縮星、遍河光弾……ッ!」
結界塔内部に散らばって煌めきを放っていた運命の糸の瞬きが。クレアの手の中、一点に集束していく。凄まじい魔力の高まり。馬鹿げた威力の大技同士が激突し、白光を放つ。
師、ロナの奥義だ。無数に散らばる糸の煌めきを星々に見立て、星々の煌めきを運命に見立てることで模倣することが可能となった、操星弾の、魔女の技の極致。
光の奔流と黄金の暴風とがぶつかり合う。膨大な力の放出。激突。火花を散らし、空間を軋ませ、結界塔の外壁を崩壊させていく。
「お、おおおぉおぉおおおあッ!!」
「はあああああぁぁあッ!!」
互いの咆哮の響く中で、巨大な力と力が衝突する。ここでも互角。どちらが押し切るわけでもなく、互いの技を押し留めて凄まじい力の余波を周囲に広げていく。
そして――その力は拮抗したまま崩壊して、大爆発を起こした。
「ぐ、う、おおおお!」
爆風に晒される中で、エルンストは歯を食いしばって耐える。自身は、耐え切った。
まだだ。ダメージは受けたがまだ戦える。では、あの娘はどうだ。立ち込める爆風と瓦礫の中で、エルンストはその向こうを見据える。
濛々と立ち込める煙の中に、エルンストは何か、魔力の煌めきを見る。
クレアは――果たして健在だった。どこに潜んでいたのか。血に塗れた男――グライフに身体を支えられて、傍らに大弓を構える狩人の人形の姿。
引き絞られた矢が、放たれる。問題は、ない。最後の悪あがき。大した魔力を感じない。周囲の糸も全て先程の一撃で使い切っている。
これを弾き、踏み込んで今度こそ斬り捨てる。見れば鍵の娘もまた手足から血を流し、大きなダメージを受けているのだ。
それで、終わり。
そのはずだった。放たれた光の矢は途中から白光を放ち、凄まじい弾速となって突っ込んでくる。速度と威力を見誤り、エルンストはそれを金色の防壁で受けようとした。して、しまった。
誤算だったのは。その矢尻がヴェルドガルに伝わる破邪の宝剣であったこと。それから、使い切ったと思われたクレアの魔力には、エルムが攻防の中で吸収して形成した魔力の種という外付けの魔力資源があったこと。そして途中の攻防や先程の大技の撃ち合いでの反動ダメージの一部を、グライフがクレアに頼み、呪法で自身に引き受けていたことだ。
故に。エルンストは殺意と憎悪に逸って勝負所を見誤った。反動によるダメージで身体が揺らいだのも、魔力を使い切ったと思わせたことも、人形繰りで培った演技だ。
その結果として。防壁は防壁としての意味を成さず、黄金の粒子を破邪の力で散らした宝剣は、一条の閃光のようにエルンストの身体を貫いていった。




