第359話 金色の刃
無数の魔法陣が瞬き、光弾がエルンストの背後から殺到する。エルンストは正面のクレアと戦っているが、その支援となる形で死角から管理者は光弾を撃ち込んでいる。不規則な動きをするクレアだけに支援がしにくいところもあるが、そこはクレアも心得たもので、基本的にはある程度動く方向を絞っているし、放たれた弾幕の射線が把握できているならそちらを盾にするように動くことで有効活用をしている。
対するエルンストは――背後から叩き込まれる光弾に対しては一瞥すらしない。金色の獣が届く前に弾き散らし、エルンストの行動を阻害するものや命中する軌道のものの悉くを防いでいる。
金色の獣は獅子を彷彿とさせる姿をしているが、行動の一瞬一瞬、形が崩れて本来の粒子、疾風のような形状となることで超高速移動と範囲攻撃を行っている。だから、クレアと戦うエルンストがどう動こうとも追随しながら防御も行えるし、自律行動をしているためにエルンストの思考の妨げにならない。
だが、だからこそあの金色の獣は牽制し続ける必要がある、と管理者は判断する。本体と獣の両方をあの娘に集中させては負担が大きくなる。少女と管理者の展開する弾幕は粒子の防御を散らし、エルンストに攻撃を届かせるための道筋にもなるのだから。
形が崩れての防御を兼ねた高速移動。側面から撃ち込まれた弾幕を散らしたかと思った次の瞬間、エルンストの背後にまで動いてきた黄金の疾風は、再び獣の姿に実体化すると、がぱっと管理者に向けて大きく口を開いた。
「!」
口腔に瞬いた閃光が、細く絞られ――管理者に向かって放たれる。さながらレーザーだ。管理者は腕を振るって多重防壁を展開する。一枚、二枚、三枚と展開している防壁にぶつかって、ギシギシと軋むような圧力を結界塔全体に伝えてくる。
こちらも凄まじい威力。溜めが必要なようではあるが、射程と破壊力は目を見張るものがあった。それでも、多重防壁と結界によって閃光を止めている。
一方、クレアとエルンストは光弾と糸矢が飛び交う中で、塔の内部を縦横に跳び回りながらの攻防を繰り広げていた。
糸を利用しての高速機動を行うクレアと、金色の粒子で足場を構築して飛翔するエルンスト。最高速度としてはエルンスト。小回りとトリッキーさではクレアに軍配が上がるだろう。
結果として、追いかけるエルンストと、一定の距離を取っていなし、迎え撃つクレアという図式になる。
迫るエルンストに対して接近を阻むように弾幕を張る。金色の暴風にも細かな粒子の刃にも対応するために、伸縮性を付与した糸矢だ。暴風に巻き込んで遠心力で散らすも、糸矢はそこから更に変化した。空中で再接続。防御の薄くなったところへの射撃の基点に変化して弾幕となる。
それを見て取った瞬間に、エルンストは暴風を解除し、弾幕の一角に自ら飛び込んでいく。金色の剣で糸矢を打ち払って突破。弾幕の外側に飛び出すとクレアに向かって猛然と突き進む。纏う暴風は全周囲の攻性防壁として機能するが、その分視界が阻まれ、細やかな感知能力が下がる。変化する糸ならば暴風の常時展開は結局突破されると踏んで、戦い方を変化させた形。
渦が無くなった分、防御は薄くなったが機動力、感知能力は向上している。先程よりも一瞬の踏み込みの距離が伸びて間合いを潰しながら、クレアの手足に目掛けて金色の剣で斬撃を見舞う。糸に引かれるように転身して回避。組み込んだ魔法により、条件を満たすと人形繰りの要領で糸による操作によって、反射神経で動くよりも早い回避行動を可能としている。
いくつかのパターンを構築していて回避行動そのものの動きを読むのも難しい。自動操縦かどうかすら、人形繰りを自身に施す動きが流麗すぎて判別しにくいのだ。
自身の回避を糸の自動操作に任せ、クレア自身は至近からファランクス人形を繰り出して反撃を見舞う。
繰り出された槍をガントレットで弾くように逸らす。舌打ちしたエルンストは大きく後ろへ跳びながらファランクス人形への斬撃を見舞う。下がりながらの一撃は竜素材の盾で逸らす――が、即座に反転。人形の盾を発生させた小さな渦で弾いて斬撃を見舞えば、今度はファランクス人形を胴薙ぎにしていた。
地に落ちていくファランクス人形。クレアは人形を繰り出した時には既に距離を取っていて、エルンストが突破してきた空間を埋めるように糸矢が雨あられと降り注いでいた。その先端に何かが付いているのを見て取ったか感知したか。エルンストは迷うことなく渦を大きく広げた。
糸矢は吹き散らされるでも伸縮するでもなく、糸の先端と渦が触れた瞬間にそれは起こった。あるものは小さな爆発。あるものは渦そのものの動きが阻害されて粒子の流れが乱れる。正体は爆裂結晶と魔封結晶の矢尻だ。いずれも糸矢の矢尻になっている程度なので小規模ではあるが、無数に撃ち込まれれば渦の動きも大きく乱れる。
防御が空いたそこに、時間差で四方八方から紫電を纏った螺旋状の光弾が殺到する。
管理者からの時間差攻撃だ。管理者からすれば、結界塔内部で戦う以上はどこにでも感知の目や銃座があるようなものだ。クレアが離れているのなら制限なく、どの位置、どのタイミングからでも攻撃ができる。クレアが攻撃を変化させたのを察知。それに乗った形だ。
刹那。背後を守っていた金色の獣がばらけて形を変えた。複数の黄金の剣となり、光弾を斬り払い、或いは剣の腹で弾く。半端な術では塊となった粒子――剣を破壊することはできない。
「邪魔だ!」
腕を振るえば紫電を纏う黄金の剣が影さえ留めない速度の砲弾と化してクレアと管理者の双方に向かって撃ち込まれていた。
糸の感知網は人間の反射速度を遥かに超える剣の動きも追えている。自身への人形繰りは正しく機能し、クレアは剣と剣の間をすり抜けるように転身。回避していた。
管理者も障壁が役に立たないと判断したのか、その場から動いて避ける。黄金の剣は複数枚張られた障壁を貫通。最後の結界に突き刺さって罅を入れたかと思うと、後続が割り砕いて管理者へと殺到する。障壁による僅かな遅延によって管理者の回避もまた、間に合っている。
射程距離は一時的に伸ばすことが出来ても一度手元から離れてしまった粒子は細やかな制御や維持ができないのか、軌道の複雑な変化や再度の攻撃というのはない。壁に突き刺さったそれは、ばらけて消えていく。それでも尚、回避以外を許さない驚異的な速度と殺傷力だった。
一瞬の攻防は互いに手札を切り、互いに不発に終わった形。クレアは爆裂結晶と魔封結晶という手札があるということがばれて、エルンストは一度形成した黄金の獣分の魔力を失い、変形と射出という手札も見せた。管理者は結界を粉砕され、守りを固めていれば安全圏から支援できるわけではないと証明された形だ。
それでも――クレアは敵が伏せていた手札の他にも、得るものがあった。波状攻撃の中に潜り込ませた縁の糸を放っていた。そしてそれは――確かにエルンストに触れたのだ。
「――届きましたか」
それは、エルンストの目的を探るためでもあり、エルンストの考え方や視点を理解しなければ倒し切れないと判断してのことでもある。目的を暴けば裏をかかれることもなく、考え方や視点、手札を暴けば勝利に繋がるのだから。
そして。刹那にも満たない僅かな一瞬の間に、クレアはそれを。その光景を目にする。




