第35話 輪の開錠術
「書物に加えて、という形になりますが……グライフさんとルシアさんに、彼らと手紙の領都までの輸送をお願いできますか?」
「良いだろう。引き受けた」
「どっちにしろ重要なものだものね。纏めて受けても同じことだわ」
調査員からのグライフとルシアへの信頼は厚いようだ。追加の依頼を受けた二人もまた、二つ返事で答える。
「ありがとうございます。輸送に必要な人員の選出も二人にお任せします」
「遺跡に入った顔触れの中には――もう紛れていない公算が高いな」
「そうね。害意や悪意を感知されていないということなら」
「では、よろしくお願いしますね」
クレア達は手紙と捕らえた男達を調査隊に引き渡した。
調査隊に紛れていた男については腕利きではあるが時折スタンドプレーする傾向があったらしい。他にも暗躍していたのだろうとギルドの調査員は言った。
「それじゃ、今度こそあたし達は帰るよ。領都には早めに顔を出すことにするかね」
「その時は、墓守の残骸も持っていきますね。保存したままでもこっちの研究はできますし、情報共有をしておくのは大事かなとも思いますので」
「承知しました。調査隊の人員や残骸に関することまで気をかけていただけるとはありがたいことですね」
「では、輸送もお気をつけ下さいまし」
「ああ。お互いにな」
「また領都で会いましょうねぇ」
調査員やグライフ、ルシアを始めとした調査隊の者達に見送られ、今度こそクレア達は庵への帰途についたのであった。
「――いやあ……人形も破損してしまいましたが、ローブにも穴が空いてしまいましたね……」
庵に帰ってきて一夜が明ける。残骸の安全な管理方法を考えたり、普段している日常の仕事といった細々とした作業を終えたところで……クレアがローブを掲げるようにして、墓守にぽっかりと開けられた穴を眺めて残念そうにしていた。
クレアは表情にあまり出ないので変わらないが、少女人形の方は俯いて首を横に振っている。
墓守との戦闘中に穿たれたものだ。帰宅するまではクレアも自身の糸魔法で穴を塞いで、何事もなく見せていたが、術を解いてしまえば結局破損したままなのである。
「そのローブはどうするつもりなんだい?」
「繕って直します」
「ま……物持ちが良いってのはいいことだがね。あんたぐらいの年なら、もう少しぐらいは飾り気があってもいいんじゃないかってあたしは思うんだがね。あまり普段言わないが、多少は自覚しといてもいいだろうよ」
クレアの返答にロナは少し笑って肩を竦める。
「そう、ですかね」
「そうさね。あんたは自分で服が作れるし繕えるから丈だろうが袖だろうが何でも手直ししちまう。目立たないようにしてるってのはあるにしても、見習いだとか弟子だとかは気にする必要はないってのは言っておくよ」
クレアの身に纏っているローブは黒いものが多いが、これはロナのお下がりでもあるからだ。普段はあまりこういった事に口出しせずに放任するのがロナのスタンスではあるのだが、色々事情があるにしても人形は飾り気が多いのに本人がほとんど着飾る気がなさそうなのは見ていて心配になる部分がある。
「飾り気ですか。確かにそれは、見てみたい気がしますわね」
セレーナも目を閉じ、腕組みをしながらうんうんと首を縦に振る。
クレアは楽しそうに領都の仕立て屋に足を運んで生地や糸を購入したり露店や商店等でちょくちょく小物等も買っているのに、それらが活用されているのは専ら人形になのだ。
当人が楽しそうにしている姿は微笑ましいが、もう少しクレア自身に使ってもいいのではないかとセレーナも思う。
「むう……。お二人がそう思うということは、少し危機感を持った方が良いのかも知れませんね。今の服は魔女感があって好きなのですが」
「魔女感……。魔女のだからそりゃそうだろうがね」
少女人形が顎に手をやって空を見上げ、ロナは明後日の方を見て嘯く。
クレアとしてはロナのお下がりと言ってもプレゼントであることには変わりない。大切に着ているというのはあるが、それはそれとしてアクセサリー等を自分に使っていないというのも事実ではあった。
新しく作った人形や、同じくロナからの贈り物である少女人形の着替えや装飾に使われたりしている。そうやって錬金術や糸魔法で人形作りや人形繰りが色々できるのが楽し過ぎて、優先度が下がっていたというのは確かに頷ける部分であった。
「近い内に領都に行くわけですし、一緒にお買い物に行きたいですわ……!」
「おお……。それは楽しそうですね」
買い物のコンセプトとしてはクレアの身の回りのものを、ということになる。仕立て屋やアクセサリー等を売っている店はクレアがよく足を運ぶ行きつけの店なので、店主達とも顔見知りでもあるのだ。
買ったものがクレア本人には反映されないという、変わった客ではあるのだが。
「ふむ。その辺、セレーナに任せときゃ安心だろうが……焚きつけた手前、あたしも付き合うかね。偶にはクレアの方に着せ替え人形になってもらうってのも面白そうだ」
「良いですわね……! 盛り上がってきましたわ」
そう言ってセレーナは拳を握る。クレアとしても次の領都訪問は楽しみが増えた。
それはそれとして穴を空けられたローブはちゃんと直そうと考えていたりもするのだが。
「それじゃ、飯を食ったら午後は従属の輪に関する講義をするとしよう」
その言葉にクレアとセレーナの視線が鳥籠に入れられているスターオウルに向けられる。
「スターオウルの処遇を具体的にどうするのかは講義の後に考えりゃいい。ま、悪いようにはならないだろうから、あんたもそこは安心しといて良い」
そう言われたスターオウルは一声上げたものの、大人しく鳥籠に収まっていた。
「やや条件付きではあるが、結論から言うと従属の輪は外せる。ま、従属の輪に懸けられている術の強度だとか、当人や輪を開錠する者の意志も重要なんだけどねぇ」
食事が終わった後、居間に設置されたスターオウルの鳥籠を前に、ロナの講義が始まった。
クレアとセレーナに並んで、スターオウルもロナをじっと見るようにして、講義内容に耳を傾ける。
「従属の輪の開錠術ってのは、秘匿されててね。世間にはほとんど流布してないし、犯罪奴隷に使われているような真っ当な使われ方をしてる場合もあるから大っぴらに使える事を言うものでもない。それなりに精緻な術だし、後に引くようなもんじゃないがリスクもあるから、使う側の技量や覚悟も問われるってのもあるがね」
「リスク、ですか」
「ああ。外そうとする術者側に痛みがあるんだよ。従属の輪にかけられている術が高度なものになればなるほど、その痛みも上がっていく」
その場だけでの痛みがあるだけとはいえ、それなりに難しい術の最中にそんな痛みを受けながら開錠に至るまで術を制御し切れるのかという話でもある。しかも途中で失敗すれば最初からやり直しだ。
「当人側の意志も問われるというのはどういう理由なのでしょうか?」
「外したいって意志がきちんと当人に伴ってなきゃならないのさ。その現状を望んだり諦めたり受け入れているような心情だと、結局術者側が痛い思いだけして最後の最後に失敗しちまう」
クレアとセレーナ、それぞれの質問に答えるロナ。
「それは確かに……当人と術者と、両方の意志と覚悟が重要ですわね」
「つまり、そっちが理由で開錠が失敗してしまったら、当人側が外すことを望んでいないかそういう心情ではない、ということですか」
「ああ。だから開錠するのなら、最初にそこを確認しておく必要がある。偽っても後で分かる事だしね。そこで、だ」
ロナはスターオウルに視線を向けた。
「あんたがほんとに輪を外したいと思ってるのなら、鳴いて答えな。そうでなかったとしたら……当面は現状維持で解放できないってのを受け入れてもらうしかないねえ」
問われたスターオウルは、真っ直ぐにロナを見返したままで迷いなく声を上げる。
従属の輪に関してはスターオウルにとって望んでいない状況だということなのだろう。
「なるほどね。で、輪を外す役だが……」
「やり方を教えてください。そもそもスターオウルをギルドに引き渡さないというのも、私が言い出した話ですから、覚悟を決めて術を使うとしたら私がやるのが筋です」
少女人形が自分の胸に手を当てる仕草を見せる。ロナはそんなクレアの返答に頷くと、開錠の術の詠唱や使い方を教えていった。




