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第358話 傾く天秤

「馬鹿な――。今、何を……。いや、それよりも……君は……!」


 トラヴィス達は信じられないといった表情で爆発のあった方向を見る。もう1人。保険として残してきたトラヴィスが何をされたか。他のトラヴィス達は目視なり探知魔法なりを放っていないと知る術はない。しかしそれでも、生きているかいないか程度の知覚はできる。


 仮面の魔法剣士が何か――大きな結晶のようなものを空中に放ち、それが発光した直後に消失。離れたところで爆発が起きた。結晶が何だったのか。どうやって隠れている分裂体を探し出したのか。トラヴィス達の知るところではない。ないが、因果関係がないとは思えないし、何より結晶が消失する瞬間の現象や魔力の動きには見覚えがあった。

 再現魔法の実験過程で何度も見ていたからだ。そんなことができる人間。やる動機のある人間。生きているとするならば、心当たりがある。


「グレ、アム、か……!?」


 捨てた名を呼ぶトラヴィスを意に介さず、ウィリアムは手の中に結晶を浮かべる。


「ちっ!」


 後方にいたトラヴィスは舌打ちして腕を振るいながら走る。瞬時に煙とも霧ともつかない濃い靄が発生し、トラヴィスからの視界を遮った。魔法の煙によって視界と探知魔法を妨害する効果がある。本来は自分の分裂の時間を稼ぐための手札なのだろうが、即席の防御手段とした形だ。


 後方のトラヴィスが動いたのは、魔力を温存していた分裂体の方が先に倒されたり手傷を負ったりする事だけは防がなければならないからだ。


 ローレッタ達と戦っている分裂体は、依然として戦闘中だ。保険となる分裂体が街中に隠れていたということもあって、いくらでも使い捨てにできた。しかしもう状況が違う。


「状況が変わったら逃げの一手か?」


 ウィリアムの手の中から結晶が消失。転送された結晶は――煙に身を隠して広場の外に走ろうとしていたトラヴィスの行く手を遮るように偏差で転送されてきた。


 眼前の煙の動きに違和感を覚えて、全力で横に跳ぶ。直後、そのまま直進した場合に自分の頭があったであろう座標に、正確に結晶が出現していた。爆発するのかと更に距離を取るが、それは単に鉱山竜の魔法道具で生成した通常の結晶弾だ。そのまま地面に落ちる。


 問題は。


 視界も探知魔法も遮っているはずの煙幕越しに、自分の進んでいる方向、速度、走る体勢。全てをグレアムが見切って来たことだ。

 探知手段に優れた連中、というのは予想していたつもりだ。だが、どうやって?

隠れていた分裂体にしろ、万一でも探知されないように高度な隠蔽結界を使っていた、はずなのに。


 できるなら最初からやっていれば良かった。それをしなかったのは、捕捉する手段に恐らく時間か手間が必要だったからだ。だが、ここまで姿を隠していたグレアムが動き出したと言うことは、自分をこの場で始末する準備が整ったという意味でもあるのだろう。


 二度、三度と、当たり前のように自分目掛けて結晶が転送されてくる。動きを正確に掴まれているから、広場からの逃亡は難しく思えた。


 難しい、というか。視覚外や感知範囲外から何らかの探知手段で結晶を叩き込んできている。どうやって探知されているかも分からない状況のままであれに付け狙われて、生きていることができるのか。

 グレアムの固有魔法での正確な遠隔攻撃。そんなことが可能なのだとしたら、それは悪夢だ。エルンストも距離を無関係に一撃必殺が可能な固有魔法での暗殺を警戒したからこそ、エルザを人質に取ったのだから。


 そう。自分とて、グレアムが裏切ってこの場にいると分かっていたら。遠隔で自分の位置を掴む未知の手段があると知っていたら。最初から姿など見せなかった。対抗できそうな人員は結界術に長けたクレールであったが、そのクレールも既に敗れてしまっている。


 駄目だ。このまま逃亡しても無意味。そう判断してトラヴィスは進むべき方向を変える。少なくともあの男はこの場で殺さねばならない。走りながら、分裂体を生成。


 その瞬間に。分裂体の出現した座標に結晶が叩き込まれ、瞬時に作り出したばかりの分裂体が砕け散る。


 分裂体の生成ですら感知されている。普通に行使しても魔力を無駄に消費して終わる。

 ならば再現魔法だ。ここで求められるのは分裂体ではない。反射速度。身体能力。求められているのはそういうものだ。


「生きていると知らせた以上、力の行使に加減はしない。何せ、生存をひた隠すために、今まで戦闘では仲間に負担をかけさせてばかりだったからな」


 ウィリアムは言って。結晶を転送する。


「ぐあっ!」


 悲鳴はトラヴィスとは違う方向から上がった。ウィリアムが狙ったのはセレーナと相対していた帝国騎士達だ。足に結晶を叩き込まれて、セレーナからの刺突を食らっていた。転送される座標を精密に見切れるセレーナは、ウィリアムが援護しても同士討ちする心配もなく、連携を取ることも容易だった。


 クレールやシルヴィア達に向かっていた騎士達も倒れ、人数、戦力的に拮抗していた戦況がセレーナ達に傾いた形だ。こうなると負担は帝国騎士達それぞれに向かう。この場合は――トラヴィスにだろう。


 後方をルシアに任せ、行動が自由になったセレーナがウィリアムと合流してくる。

セレーナは迷うことなく、ウィリアムに向かってくるトラヴィスに向かって突っ込んでいった。


 逆に自由になったのはウィリアムだ。セレーナは自分に任せて欲しいというような視線を一瞬だけウィリアムに向けている。そこから意図を汲み取るのなら、自分の固有魔法を使って帝国騎士や魔術師達の頭数を減らせということだろうと、ウィリアムはそう受け取った。


 そのやり取りに、トラヴィスもまた敵の意図、戦況の危険な変化を理解する。セレーナに手間取っているといいように側近達を削られ、その分多勢に無勢の状況になっていくと言うことだ。

 そして――そのセレーナは力任せに斬り伏せようにも、絶妙な角度で受け流して反撃を見舞ってきた。セレーナは再現魔法のオリジナル――ヴァンデルとも渡り合った経験がある。その速度も膂力も、一度体感しているからこそ対処も落ち着いていた。


 ウィリアムは正しく即席の作戦を迷いなく実行する。近衛騎士や宮廷魔術師。その顔触れや人となり、実情を知っているだけに容赦がなかった。エルンストの側近ということは、その支配体制を良しとし、帝国中枢にいることの旨味を享受してきた者達であるのだから。


「ぎっ!?」

「ぐあぁぁッ!」


 あちらこちらから悲鳴が上がる。他の者との攻防に気を取られているところに転送される結晶。対応できなかった結果として、結晶を身体に埋め込まれた形だ。セレーナの技量を信頼した上で、戦況を見て叩き込む対象を無差別に変えている。


 消耗戦を仕掛けていたはずが、急速に戦況が悪化していく。再現魔法の出力を上げてセレーナを突破しようと試みるも、セレーナはウィリアムに攻撃をさせないことを優先し、防御的に立ち回ってトラヴィスの猛攻をいなしてくる。しかも、竜牙の細剣に高密度に凝縮された魔力を纏わせ、隙あらば必殺の一撃を叩き込もうという構えを見せながらだ。


 元々の前衛であったトラヴィスと、ローレッタ、オルネヴィアの戦況の方はと言えば。逆にローレッタとオルネヴィアの動きに積極性が無くなって、こちらも防御的な動きだ。同じ防御的な立ち回りでも、セレーナのそれとは理由が違う。消耗している側を残した方が、トラヴィスの手札が減って逆転の目が無くなるという冷徹で合理的な動き。消耗させられたからと、作り直すのも難しい。今となっては魔力の無駄な消耗はできない。


 何故。どうしてこうなった。後方の保険さえ潰されていなければ、いくらでもやりようがあったものを。グレアムやエルザの生存を見逃していたことが計算違いを生んだのか。そもそも、後方の分裂体をどうやって探知したのか。


 思考は自分の方にウィリアムの魔法が向けられたことで遮られる。

 足元――。死角となる位置に不穏な魔力の気配を感じて、トラヴィスは大きく回避した。ぎりぎりで避けるのは、爆裂結晶という手札があるのを理解しているからできない。セレーナが先にタイミングを合わせるように後ろに引いたというのも、その選択を後押しするものとなった。


「ちっ――」


 セレーナが魔力を細剣に纏わせ、刺突の構えを見せていた。閃光のような刺突。それが繰り出される瞬間に合わせて、トラヴィスは再現魔法による魔力の出力増強で、防御を試みる。細剣が突き出され――魔力の防壁で急所を守るも、攻撃は来なかった。

フェイントだ。ウィリアムの隣に後方に跳んだセレーナが並んで立った、その次の一瞬。セレーナが掻き消えて、トラヴィスはその姿を見失う。


 セレーナの刺突は――トラヴィスの死角から飛来した。ウィリアムが固有魔法でセレーナ自身を移動させた形。出現と同時に空中からトラヴィス目掛けて必殺の一撃を叩き込んでいた。

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― 新着の感想 ―
お、ようやっと余裕綽々だった奴が慌てる様が見れましたね 散々雑に扱って死ぬ様に仕込んでおいて裏切りとはよく言いますわw
さすセレ あれ?今って誰が皇太子なんでしたっけ?コイツ?
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