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第351話 世界を天秤にかけても

「あーあ。通しちゃったか。鍵の娘も随分とまあ……この短時間で色々とやってくれるものだね」


 クレアの背を見送って肩を竦めるのはトラヴィスだ。事ここに至っては顔を隠している意味合いもないと思ったのか、外套のフードを降ろしてその顔を露わにする。


 トラヴィスを見据えて剣を構えるのは、ウィリアムやローレッタ、オルネヴィアといった顔触れだ。ウィリアムはトラヴィスとは対照的に、仮面で顔を隠して正体を伏せたまま。自身の手札を隠し、確実に必殺の一撃を叩き込むための布石ではある。


「はは。君達は見たところ、僕に随分恨みがあるようだね」


 そんなウィリアム達の視線に気付いてトラヴィスは笑って見せる。ウィリアム達は――笑いもしなければ軽口に答えることもしない。受け答えしても余計な情報を与えてしまうだけだからだ。誰であるか特定されれば手札の一部も予測されてしまう。静かに魔力を高めることで応じる。

 トラヴィスはその反応に薄く笑いながらも、自身も魔力を高めていく。それを見て取ったセレーナは「警戒を……!」と短く促していた。


 それはつまり、トラヴィス自身の魔力に不可思議な流れを確認した、ということだ。高い魔法技術を保有していることを考えれば、どんな隠し玉があるか知れないトラヴィスを警戒しているのは最初からのことで、わざわざトラヴィスを警戒しろと伝えるのは、固有魔法を持っているという意味合いに他ならない。




「クレール。何故こんなことを……?」

「私にはそれしか望みがないからですよ。貴女方には、分かるでしょう?」


 一方でクレールはシルヴィア、ディアナの二人と対峙していた。離れた距離で自分を見据えるシルヴィアとディアナにクレールは静かに目を閉じて応じる。

 そんなクレールの返答に二人は僅かに眉根を寄せた。シルヴィアとディアナ、そしてクレールも、それぞれ星見の塔出身の魔術師だ。だから、二人はクレールのことを知っていた。だから、クレールの動機に思い至る部分はある。

一瞬だけ二人は遠くを見るような目になり、そしてかぶりを振った。


「さっきエルンストが言っていたこと……?」

「死者の復活……? それともこの都の住民のようになるために……?」


 クレールには――若くして亡くなってしまった恋人がいた。

 アマンダという魔術師で、優しいが儚く、美しい女性であった。塔の魔術師であるシルヴィア達にとっても知り合いだったのだ。

 元々身体の弱い女性で、季節の変わり目などには体調を崩しがちだった。ある朝、自室で倒れているところをクレールが見つけ――そしてそのままだ。心臓の病であったらしい。


 クレールの嘆きは、見ていて気の毒なほどだった。アマンダの病を治すために薬草を取りに森に入ったり、古文書を調べているのだって、古代の魔法にそれを何とかする手立てやそのヒントがないか探しているというのを、知っていたから。


 それから暫くは――周囲の者もクレールを気にかけていたが、やがて立ち直ったように見えた。表向きは何も起こらず、静かに日々は過ぎていった。クレールが崖崩れに巻き込まれて行方不明になったのは、それからしばらくしてからのことだ。タイミングとしては、シルヴィアの懐妊が内々に知らされた頃合い、ということになる。


 だから――クレールがアルヴィレトの全てを売ってまでゴルトヴァールを目指したことに理由があるとするのなら、アマンダが動機になっている、ということぐらいしか二人には思いつかない。


「そう。アマンダとまた会うためです。しかし……貴女方はこの都の本質をまだ、見誤っておいでのようだ。卓越した魔法技術により住民達の人生の一部を切り取り、留め、記憶や肉体を再生している、程度に思っているのでしょうが」

「違う、というの?」

「違いますな」


 クレールは腕を広げ、学生に講義でもするかのように言う。


「ゴルトヴァールの現状を成し得ている力の源泉は、そういう小手先の魔法技術などではないのです。本当の神秘であり奇跡。エルカディウスはその力を望む方向性に制御しているだけに過ぎない」

「……だから、死者すら蘇らせる……と?」

「その通り。この奥に進めば、それは届き得る。理屈ではそのはずなのです」


 薄く笑うクレールはどこか熱に浮かされたように結界の奥に向かって手を差し伸べていた。


「……その力に頼った結果が、この歪みでしょう。アマンダのことは、確かに気の毒だったわ。だけれど、そのためにどれぐらいの人々を犠牲にしたか、あなたは理解しているの……?」

「それすらも、元通りにすればいいではありませんか。怒りも悲しみもなく、死の恐怖も離別もない。ゴルトヴァールのこの姿を貴女方は歪みと仰るが、結構なことです。私にとってアマンダは世界と天秤にかけて足るものなのですから」


 クレールの言葉に、シルヴィアはかぶりを振った。


「……そう。あなたはそう考えるのね。天秤を切り捨てられる側としては受け入れるわけにはいかないし、相容れないわ。特にエルンスト達のような者と組んでいるのであれば」

「それに……元通りになっても、裏切りや罪は消えるわけではないでしょう。あなたは自分の過去だけを理由に、他者の不幸や悲劇を顧みずに踏みとどまることをしなかった」


 アマンダはシルヴィアにとっても優しい、もう一人の姉のような人物で、ディアナから見ても良い友人だった。

 クレールの言葉が希望的観測なのか、確信あってのものなのかは定かではないが、仮に復活したとして。アマンダはクレールの選択を知ってそれで尚、喜んでくれるような人では決してないと、二人は思う。


 何より、その力を扱うのはエルンストやトラヴィス達ということになるのだ。そんな事を認めるわけにはいかない。


「元より、許しなど求めてはいませんよ。さて。そろそろ始めましょうか。どれほど成長したのか、見せて頂きたい」


 杖を構えるクレールに、シルヴィアとディアナも身構える。


 クレールの術の本領は結界術だ。自らの周囲と敵の周囲を同時に結界で閉ざし、回避や逃走をままならない状態にした上で遠隔魔法にて仕留める、といった戦い方をする。それを知っているシルヴィアとディアナも、戦闘の開始と同時にまず自身らの周囲に多重の結界を構築し、守りを固めるところから入った。


 そうしなければ小規模の閉鎖空間を身体の周囲に作られて身動きすらままならなくされると知っていたからだ。多重結界構築は術者が帝国の騎士達から近接戦闘を仕掛けられることを防ぐことにも繋がるから、いずれにせよ二人が戦闘の場に立つならそういう形にはなるだろう。


 予測した通り、構築した結界に複数の圧力がぶつかって負荷の感覚が二人に走る。クレールの妨害用の閉鎖結界だ。儀式や魔法陣等で構築する据え置き型の結界と違い、その場で構築する結界術は術者が中心。結界という防壁を破ろうとするものがあれば、それは術者に負荷となって跳ね返る。


 が。それはこちらとて同じだ。防護結界を構築すると同時に、二人もまたクレールに弾幕と閉鎖結界をそれぞれに叩き込んでいた。


 ディアナが閉鎖結界。シルヴィアが攻撃術。


「私は結界を!」

「ええ! 魔弾は私が!」


 姉妹、そして同門故の呼吸の合わせ方で、二人は言葉にする前に繰り出した技をそのまま連携方法としてクレールとの攻防に集中する。


 互いの結界を壊し、解除しようとする干渉の光が走って弾け、直接的に結界を破壊しようとする魔弾が飛び交う。


 同門故の攻防だ。相手の術構成を予測。それを分解しようとする妨害術式と、それを阻止、或いは回避、幻惑するための術とがぶつかり合う。


 ディアナは星見の塔の導師となったが、当時の実力はクレールに及ぶものではなかった、と思っている。兄弟子のような存在だったし、クレールが地下祭壇を任されていたのもその実力と魔法に対する深い造詣、知識があってのことだ。本当にアマンダが存命の頃は思慮深く、真摯で穏やかな人物で、人間的にも実力的にも周囲の者達からは信頼されていた。天才と言われるほどの魔術師だったのだ。


 その実力は今でも健在であるらしい。ディアナとシルヴィア、二人を同時に相手取り、何ら引けをとることのない密度で攻防両面の術を構築して渡り合っていた。

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― 新着の感想 ―
裏切りの理由はそれでしたかあ 悲しい事ではあるけども他者どころか祖国すら犠牲にしていい理由にはならんよなあ
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