第338話 守り人
為政者の名は共通しているようだった。ルゼロフ王。数代に渡って魔法の研究と発展を奨励し、偉大なる魔法王国を更に発展させた王、ということだ。
住民達の認識が共通しているのを見るに、ルゼロフの代に永劫の都がこうなった、ということなのだろう。
古代魔法王国の名は、エルカディウスというらしい。蛮族や魔物との戦いもあるという情報が聞けたが、どうも都の富裕層である彼らはあまり外部との戦いについては情報を多く持っていない傾向があるようだ。
幸福な夢の中にいるというような認識も、そのあたりの情報収集に関しての妨げになっている。
子を戦地に取られ、亡くしたと言った親もいた。いたのだが、悲しみの表情を浮かべた途端に認識に制御を受けたのか、顔や体にノイズが走ったようになると、今度息子夫婦が遊びに来るのだと、笑顔で語っていて。
そうやって外部から制御を受ける前後で認識している開国祭までの時間も変化しているようだったから、書き換えているというよりは別の時期の記憶を引き出しているという方が正しいのかも知れない。
「ルゼロフ王の評判は――鵜呑みにはできませんね」
「そうね……。彼らは幸福の中にいて、それ以外の暗い話、暗い記憶は別の幸福な記憶の中にいた時に戻されてしまう。それに、都に住んでいる富裕層でもあるものね。それを前提に話を聞かなければならないわ」
ルシアの言葉に頷きつつ、クレア達は聞き込みをしながらも星塔の区画から出て進んでいく。
「……それにしても僕達と彼らの差はなんだろうね。ここに立ち入ったからゴルトヴァールの制御下に置かれるわけではないようだけど。少なくとも、トリネッドは永劫の都の情報を知った上で、僕達が踏み込んで問題ない、と思っていたわけだし」
「考えられるところとしては……魔法王国の民であるかそうでないか、でしょうか。その辺が魔法契約のように作用して効果を及ぼす……というのがまず考えられるところでしょうか」
ニコラスの言葉にクレアが答える。
条件としては都に住むことを認められているだとか、何かしらの儀式、処置などを施される等々、色々と考えられるが、少なくともクレア達はゴルトヴァールの住民達のようになるようなことはないようだ。
そうやって情報収集しながらも進んでいると――探知魔法に何かが引っかかる。
「……こっちに何かが来ます!」
情報収集のために糸繭の外に出ていたクレアと、その護衛のために糸繭の外に出ていた者達は、すぐさま糸繭の中に潜ると、近くの路地へと入って息を潜める。
クレア達が隠れた直後に、それは現れた。目の覚めるような青いローブを纏った何者か。光る魔法陣のようなリングを身体の周囲に纏わせたそれは、人間なのかそうでないのかが分からない。顔を全面の光沢のある仮面か、兜のようなもので覆っていたからだ。構造色で複雑な光沢を放つ仮面は複雑な装飾こそ施されているものの目も耳も鼻もなく、つるりとしている。
背中にも何かある。仮面と同じ金属光沢。独立したパーツとして浮遊しているそれは、何かの魔法生物のようにも見えるし、武器のようにも見えた。
それは音もなく高速で飛行してきたかと思うと、急減速して通りの上に留まる。
「……反応が消えた」
古代語で、それは呟くように言った。響くような声だ。人間ではないのか、それともあの仮面を被っているからそうなっているのか。合成したかのような不思議な響きこそあるものの、印象としては中性的で女の声のようでもあり、少年のような声でもあった。
手足も鎧のような装飾で覆われていて、生身の人間なのか、そうでないのかは見た目から判別できない。
ゴルトヴァールの防衛戦力か、管理側か。領域主と同様の存在と言うことも考えられる。明らかに普通の住民達とは違う動きと言動だ。
問題は、どう対応すべきかだ。敵なのか、味方なのか。言葉が通じるのであれば交渉は可能なのかも知れないが――。
その仮面の何者かは、周辺の住民に「ここに誰かいたか」と尋ねているようだった。ただ、住民達の認識が認識なので、そうした聞き込みもあまり効果的なものとは言えない。
「誰かいたような気がする」
「世間話をしていた」
「そう言えばどこかにいってしまった」
そんな返答ばかりで、あまり重要な情報は聞けない。実際、クレア達も情報収集していたと言っても個々に聞いていたことは状況把握のための当たり障りのないものばかりだ。
そんな光景を眺めながら、クレアはどうすべきかと思案する。接触を図るか身を隠すか。二つに一つだ。領域主達は味方をしてくれたが、ゴルトヴァール内の存在が同様にこちらに好意的とは限らない。
接触することで不利益があるかも知れないし、都の防衛装置のようなものが作動してしまうという可能性はある。
「どうしたものか。もう片方の者達は――今は住民達への接触を断っているようではあるが……」
仮面は呟きながらも街の逆方向に視線を向けていた。
もう片方の者達。それはつまり、エルンスト達だろう。どうやら、自分達とは離れた位置にいた、らしい。
逡巡している様子の仮面に、クレアは仲間達に言う。
「接触を図ってみようと思います。目的が沿うのなら、一時的な協力も出来るかも知れません。住民達への反応から探って来たというのなら、エルンスト達が行動を起こせば相手の位置を掴める手助けになるかも知れませんし。エルンスト達に接触させたらあの人も危険があると思いますから」
仮に敵対してしまったとしても、仮面が自分達を見失ったと言うことは再び逃げおおせることも可能なはずだ。
だから――クレアは糸を伸ばし、まずはあらぬ方向から声をかけた。
「私達に、何か用、でしょうか」
次の動きを見せようとしていた仮面は、ぴくりと反応を示した。
「話をしに来た」
「分かりました。こちらに攻撃の意志、ありません。姿、見せようと思います」
古代語はやや片言ながら、意味は通じている。
「……良いだろう」
空中に浮遊したままの仮面は頷くとゆっくりと降下した。警戒していないわけではないのだろうが、見失っていたところに声をかけてきたことから仮面も浮遊を解除して地上に降り立ち、話を聞くという構えを見せている。
「こっちです」
クレアは糸からではなく、自身の口で言葉を紡ぎながら姿を見せる。
「大した隠形だな。この距離で位置を掴ませないばかりか、視覚で認識して尚、容姿や魔力が認識しにくい」
「恐れ、入り、ます。クレアと言います」
「今期の守り人の任についている。ルファルカという」
クレアに続き、グライフやセレーナ、ニコラス、ルシアも姿を見せてクレアから紹介する。
「言葉があまり上手くないようだ。外の民か」
「外の民。この国の出身でない、というのなら、そう、です。敵を追ってくるのと、一緒に、この国のわからないこと、調べ、来ました」
「そうか。意思疎通をしやすくする術があるのだが、用いても良いか?」
「はい」
クレアが頷くと、ルファルカは傍らに浮かんでいる金属の何かに向かって合図を送るように片手を上げる。
流線形のそれは――やはり魔法生物の類であったらしい。守り人の補助的な役割を果たすのか、目に相当する部分をぼんやりと光らせ、不思議な音を立てると周囲に魔法を広げた。結界術の類かも知れない。魔法生物の周囲に何かの魔法が広がる。
「これで、お前達の言葉も理解できるはずだ」
どうやら、結界型の翻訳魔法であったらしい。
「これで通じていますか?」
「ああ」
普通の言葉で話しかけるとルファルカが応じる。どうやらある程度は話も聞けそうだと、クレア達は目配せをして頷き合うのであった。




