第335話 永劫の都へと
厚い防殻を纏っているために天空の王の背では風や寒さを感じることもないが、相当な速度で進んでいる。ただ、天空の王の身体が大きく遥か上空を飛んでいるから、ゆったりと優雅に飛翔しているようにもクレアには感じられた。
踏破するのが難しい難所も当たり前のように飛び越えていく天空の王。クレア達は箒で飛べるから空からの景色も見慣れてはいるが、当然ながら大樹海の上空を飛ぶのは初めてだ。本来ならば見ることのできない景色を、クレア達は興味深く眺めながら移動していく。
「あれが深底の女王の住んでいる湖ですか」
少し遠くに見える湖は、中心部に近い位置にある。そこから伸びる川や、領域主達の領域の配置。
中心部を囲うように存在して防衛ラインを形成しているというのが上空から見るとよく分かる。植生が巨大なシダ植物のように変化していたり、ごつごつとした岩場になっていたりと――領域主達の守る場所は特徴的な地形が見られるのだ。
他にも森に埋もれた遺跡らしき構造物が垣間見える等、未踏破地帯や未だ世間に知られていない場所を空からなら見て取ることができる。
だが、そうした景色をあまりまじまじと眺めていられる時間も僅かな間だけのことだ。
あっという間に中心部が近付いてくる。木々に覆われた、三角形の小山のような地形をしていた。あくまで、空から見れば、だ。ゆっくりと天空の王が舞い降りて行けば、木々に埋もれた人工物があるのが見えた。
「神殿――」
蔦と木々、苔に覆われてはいるが――。ピラミッド状の建造物だ。柱の天空の王は神殿の正面――円形の祭壇のようになっている場所へと音もなく降りる。
クレア達もその背から降りて周囲を見回す。静かだった。鳥や虫の声すらない。土地に強い魔力が秘められていると感じた。何か巨大なものの上に立っているような感覚がある。
永劫の都に向かうための施設だというのなら、その程度の魔力反応ぐらいは当然あるだろう。
クレアが天空の王を見ると、天空の王は静かに首を縦に動かす。行くと良い、と促しているようにクレアには思えた。
「連れてきていただき、ありがとうございます」
一礼すると天空の王は二度ほど瞬きしてそれに応えたようだった。それからクレア達は神殿へと進む。石段を登り内部へとクレア達が見えなくなるまで天空の王は見守っていたが、やがて一声上げるとその場から一気に空中に飛び立っていった。
「……少しだけ、アルヴィレト王城の地下祭壇と建築様式が似ている、と思うわ」
「系譜が連なるというのなら、共通している部分もあるのでしょうね」
ディアナの言葉にクレアも周囲を見回しながら応じる。
細かく優雅な印象の装飾は多いが、過去を推測できるような壁画や文字のようなものはない。魔法的な保護が働いているのか、外側は植物に覆われていたが内側は経年劣化などもないようだ。ぼんやりと光る黒い石で作られており、階段を登ったところから奥に続く通路は見通すことができた。
探知魔法を放ちながらも奥へと進んでいく。
「魔力反応は見えますが――これはあくまで施設由来のものですわね」
「待ち伏せはなさそうではあります」
セレーナの言葉にクレアも頷く。
通路はまっすぐ伸びていて、奥にある広間に通じている様子であった。入り組んだ構造でもない。糸を先行させて死角になっている角などを確認しながらもクレア達は奥の広間へと進む。
天井、壁、床を問わず、複雑な紋様が刻まれていて、そこに光が走っている。中央に大きな台座と水晶柱。壁にもいくつか小さな台座のようなものがある。小さな台座の方は太陽、月、星、魚と海、木々と鳥、草原と獣といったレリーフがあって、今は太陽が光っているようだった。中央の台座から壁の台座へ光のラインが走る装飾は繋がっているが、光っているのは太陽に繋がるものだけだ」
「ここから行先が選べると、トリネッドさんは言っていましたね。多分、今の状態は太陽の場所へ行ける、と言うことなのでしょう」
「レリーフがそこだけ光っているし、確かにね。別々に飛ばされたら困るし、装置を操作する時は固まって行動しましょうか」
「はい」
シルヴィアの言葉に頷いて観察を続ける。すぐに壁の台座に小さな水晶球がついていることに気付く。
問題はどの行先に行くかだ。エルンスト達が直接永劫の都に飛んだのか、ここを経由したのかは定かではないが、行先がこれだけあるというのを考えると、そうそう待ち伏せは受けないだろう。
「どこを選ぶかだね。といっても勘で選ぶしかないような気もする。何かしら人が最近きた痕跡でも残っているなら話は変わるけれど……」
ニコラスが言うとグライフが床や台座に人がきた痕跡がないかを調べていた。
「……それを示唆する痕跡は見つからない……というより、見つけられないな。ここに来るまでの通路もそうだったが、年月が経っているにも関わらず、埃などが積もっていない。建材が劣化していないこともそうだが、施設に魔法的な保護がされているか、されてきたか。外から来た足跡でも残っていれば良かったのだが……」
「仕方がない、ですね。指紋や掌紋も残っていない感じがしますし」
調査をした上でクレアが選んだもので構わないと皆も応じた。クレアは頷くと、広間を見回し、思案してから言う。
「それでは――星にしようかなと思います。太陽と月に続いて重要そうな気がしますし、ロナの魔法やディアナさんやお母さんにあやかって、縁起も良いような気がしますから」
操星弾の術や星見の塔と、何かと身の回りの人達が星に関わりのあるモチーフの物が多いということで、クレアが提案する。
「他に判断する材料もありませんし、縁起を担ぐ、というのは確かに」
イライザもそう言って頷く。
「一応、移動直後に襲撃があるかも知れません。身構えておいて下さい。それから向こう側でどこに移動したか判別する手段があるかも知れません。待ち伏せがなくとも、すぐにその場から離れましょう」
「分かりましたわ」
「防護術の類は発動待機させておくわね」
「だったら、私は隠蔽系の術を」
即座に動けるようにクレア達は分担で防護系、隠蔽系の術を用意し、意思を統一。それから装置を操作していく。小さい台座の水晶球に手を翳して意思を込めれば、特に難しいこともなく太陽の台座から中央の台座に繋がっていた光のラインが、星の台座から中央の台座へと繋がるものに変化した。
「良いようですね。では、続いて中央の台座を操作していきます」
クレア達は固まって移動し、中央の台座に手を翳して意思を込める。
すると――クレア達の身体が光の球体に包まれた。周囲の景色が薄っすらとしたものになったかと思ったのも一瞬。浮遊感と共に天井をすり抜けるようにして、クレア達は高速で垂直に移動していた。
浮遊感。あっという間に地上が遠ざかり、永劫の都ゴルトヴァールが迫ってくる。中心部に見えていた高い塔の屋上部分――そこに太陽のモチーフが刻まれているのが見えた。それも束の間。すぐに光の球が回転するようにして周囲の景色が鮮明なものになる。クレア達の上下を入れ換え、今度は身体が水平方向に流れていく。
「なるほど。移動方向が見えてしまう以上は偽装が必要ですね。移動中は装置に干渉しては危険ですからできませんが、到着したら偽装工作を行います」
クレアはそう言って、エルムに次に何をするかを伝えていく。木人形を遠隔操作して別の場所に飛ばすことで行先を偽装する。別の場所にいるという可能性を示唆する。そういう作戦だ。姿を消しているだけなのか、別の場所に移動しただけなのか、分からないようにするという偽装工作だ。
そんな話をしている間に光の球が進む速度が急激に緩やかになり、クレア達は星のレリーフの上にゆっくりとした速度で着地するのであった。




