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第331話 急転

「空が――」


 割れていく。最初はほんの一ヶ所。見る見る亀裂が広がって、景色が剥落するように崩れ落ちていく。割れ落ちた空は、大樹海に到達する前に黒い霧となって、蒸発するように消えていく、非現実的な光景がクレア達の見ている前で広がっていた。


「ああ――だから」


 クレアが声を漏らす。

 最強の領域主――天空の王が空を守っていた理由はこれなのだと腑に落ちた。割れた空の向こう側に、逆しまに映る街が広がっている。それを守るように、天空の王が翼を広げて咆哮を上げる。紫電の雷光が瞬いて、大樹海と空の街を一瞬だけ照らす。


 空に浮かんでいるというよりは空の穴の向こう側に、逆さに映る別の空間が存在しているという印象だ。それが時折、蜃気楼のように揺らいでいた。ゆっくりと旋回する天空の王の存在も相まって、異様な光景だった。


 やがて空が崩壊していく幻想的な光景も終わりを見せる。穴の中心部ははっきりと実像を結んでいるが、外縁部は普通の空と同化するように薄れて揺らいでいて、全体的な街の規模を地上から把握することはできない。恐らく、穴の向こう側にもっと大きな街が広がっている。


 大樹海中心部の大きさから見て永劫の都は地下に埋もれているのではと推測もしたが、そういうものではなく、古代の魔法文明は別の空間を作り出し、そこに都を建造していたということになるだろう。


 穴の中心部には高い塔のような建築物があるのが見える。塔の頂点から地上に向けて直線を引いていけば――大樹海の中心部あたりの座標になる。空にある永劫の都。入口があるとするのなら――それは領域主達が守る、大樹海の中心部ということになるのだろう。

 そこに入口に相当するような設備があって、永劫の都に移動できるということだ。


『封印が解けたようね』

「驚いては――いないのですね。あれが永劫の都ですか」


 トリネッドの落ち着いた声に、クレアが答える。トリネッドはこうなることを予想していたのだろう。クレア自身も、異変が起こる前に不思議な感覚があったことから、運命の子だとか鍵だとか言われる自分の何かが封印を解いたという自覚があった。

 例えば、コップの水が縁から溢れて零れるように、何かの閾値を超えたから封印が解けたか、或いは既に封印の限界を超えそうになっていて、こうなるのは最早、時間の問題だったか。


『そうね。封印が解けるのは近いのではないかと思っていたわ』

「あなた方は何を……いえ。今は止めておきましょう」


 何を知っていて、何を自分に求めているのか。そう尋ねようとしてクレアはやめた。

 作戦の途中だし状況も大きく変わった。トリネッドと話をするよりも、帝国の動きに集中しなければならない。

 本来ならば戦奴兵を救出した後、ウィリアムの固有魔法で戦力を結集させて、本陣を叩くという予定ではあったのだ。ただ――このタイミングで永劫の都が姿を現すというのはクレアにとっては予想外の出来事だった。


 トリネッド達領域主にとってはこうなることを予期していた部分ではあるようだが。


「そちらからも見えていますか?」

『ああ。見えている。あれが永劫の都か』

『戦奴兵達は救出したようですし、本陣の動きを監視しつつ出方を見るというのも手かと思いますな』


 永劫の都の出現に少し混乱しつつも、トリネッドの糸を介してウィリアムやリチャード達と話をして、これからどうすべきかを決めようとしたその時だ。


「な――」


 クレアの探知魔法に少し不思議な感覚が生じる。前に一度感じたことのある反応だった。空中に大きな魔力反応が生じる。それはウィリアムの固有魔法に酷似――否、ウィリアムの固有魔法そのものと言って良い。


 クレア達の見ている前で、工兵部隊の切り拓いた森の上に光が瞬き――何もなかった空間に沢山の人影が姿を見せる。


 ウィリアム、ではない。獰猛とも呼べるような笑みを貼り付けた、金色の長い髪の男を先頭に、強い魔力を纏った一団が現出してくる。


「……エルン、スト」


 そう呟いたのはローレッタだった。


 ヴルガルク帝国皇帝、金獅子エルンスト。一団を率いて現れたそれは――ゆっくりとした速度で降下して地面に降り立つ。


 封印が解けて永劫の都が姿を現す。こうなることを予期していたというのなら、それは帝国――エルンスト達もだ。


 だからその時のために全ての準備を進めてきた。戦奴兵を派遣したのも、督戦部隊をつけたのも。帝国兵をこのタイミングで大樹海に派遣したのも、全ては鍵の娘の覚醒を促すためだ。


 情報収集能力と隠密能力が高く、他種族、他民族の救援や人質の救出に力を入れている様子。であるなら、大樹海に戦奴兵を派遣すれば、勝手に現れて勝手に助けようとするだろうという目論見。


 かくしてクレアの覚醒、力の増大と共に永劫の都は姿を現した。恐らく、アルヴィレトの地下祭壇にあった水晶柱も、今頃は砕けているのだろう。


 エルンストは音もなく地面に降り立つと、無造作に腕を振るう。何か――金色に瞬くものが見えたような気はしたが、はっきりとは分からないが、木々の操り人形らがまとめて広範囲を薙ぎ払われて吹き飛ばされていく。


 エルンストと共に降り立った者が1人、その背後で苦しそうに声を漏らして蹲る。フードを目深に被った人物だ。エルンストはそれには一顧だにせず、前を見据えたまま口を開く。


「クレール」


 痩せぎすの男が杖を掲げると、強烈な防護結界がエルンスト達を覆うように展開された。クレアは本陣に展開されていた結界の性質が変化していることに気付く。つまりは――遠隔で結界を制御していたのはこの男、ということだ。


「……まさか……」


 ディアナが呟くように言う。知っている相手であるらしい。

 永劫の都の出現。ウィリアムの固有魔法に似た魔力の動きと、エルンスト達の出現。今のディアナやシルヴィアの反応。気になることは多いが、状況が大きく推移している。見極めなければならない。特にクレールなる人物は相当魔法の腕が立ちそうだが、これまで情報になかった。


 結界が展開されたことにエルンストは満足げに頷き、周囲を睥睨すると言葉を紡ぐ。


「――鍵の娘よ。……いや、確か、運命の子だったか? この声もどこかで聴いているのだろう?」


 エルンストは牙を剝くように笑う。


「グレアムを始末したのも貴様らだった可能性があるのだったかな。それならば話は早いのだが――」


 エルンストが片手を上げて合図を送る。

 背後で蹲っているフードの人物を、近衛騎士が無理矢理立たせてフードを上げて、前に放り出すように投げ出した。

 子供だ。目や鼻から血を垂らし、荒い呼吸をしていた。


「長距離移動が出来る固有魔法を、再現することに成功したんだ。だけれど、まだ少し未完成でね。こうやって、使用者には反動の過負荷が生じてしまう。技術者としてはお披露目するのが少々不本意なんだけれどね」


 そう言って肩を竦める男。一見すると人当たりの良さそうな細面の青年だ。少し癖のある金髪の男だった。


『トラヴィスか……』


 ウィリアムの感情を抑えた声がクレアに届く。


「消耗品は替えを用意すればいいだけのことだ。我らはこれより、この力で永劫の都に向かう」


 エルンストは――薄く笑う。右手に軽く魔力を集めながらも言った。


「追ってくるがいい。役者が揃わねば演目というのは始まらぬからな」


 攻撃を仕掛けて、妨害すべきか。

 確かに、エルンスト、トラヴィス。それにクレールと重要人物がここに結集している。

 かと言って即座に仕掛けられるのは躊躇われた。エルンストの、あの攻撃速度。これまでのやり口から言って、あの子供をエルンストの眼前に置いたのも、いつでも攻撃に移れるように手に魔力を溜めているのも意図的なものだ。エルンストは自分達がこの場で見聞きしているという前提で動いている。


 仮にここで迂闊に仕掛けたら、人質として使うというのも予想された。性格的な部分を読んでいるから、あの子供は見捨てられないだろうと踏んでいるのだ。それに……わざわざ手口を話したのも何か狙いがあってのものと思われた。


「次は――顔を合わせるのを楽しみにしている」


 そう言って。背後に控えていた別のフードの人物達が意を決したように魔法を発動させる。それは――ウィリアムの固有魔法の再現だ。光を残してエルンストや共に現れた者達の姿は掻き消えていた。反動の苦しみにあえぐ、子供を残して。


 同時に本陣も動きを見せる。武装した帝国兵がエルンストの出発を合図にして動き出したのだ。クレアが追うまでの時間を稼ぐ。対応しないのならそのまま永劫の都で目的を果たすべく動く。そういう狙いなのだろう。

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― 新着の感想 ―
ろな(割れた空を見てから、不安が止まらない。あの娘がとても心配になる・・・) とりねっど『貴女が心の底から彼女の無事を願うなら、この庵に棺が現れるでしょう。 そこから先は、あの引き戸の向こうの転生者に…
 永劫の都はそこにあったのか!というかすっかりエルンストとトラヴィスの策にやられちゃったね。ここからどう巻き返すのか。  何となくだけどトラヴィスの裏の手も見えてきたかもしれない(領域主さんたちは対応…
確か帝国に何かクレアの力計測器、みたいなのがありましたけどそれは誰がどうやって作ったのか持ってきたのか、都の情報が圧倒的にこちら側には少ないですよね。そして子供に色々と仕込まれてそうでやーーだーーー。
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