第328話 木々の襲撃
そうして、クレア達は機を窺う。展開している部隊が長く伸びている瞬間。帝国の本陣を移すまでの間隙。襲撃に適した場所。そうしたものを待つ形。
結局、防備と隠蔽が物理的にも魔法的にも厚く、内情を覗き見ることは叶わなかった。といって、不安材料があってもいつまでも動かずに手をこまねいているわけにもいかない。孤狼は協力してくれているが、領地にまで帝国兵を突入させるつもりはクレアにはないのだから。
「エルム、準備は良いですか?」
「いつでも大丈夫」
クレアが尋ねると、傍らのエルムから短いながらも明瞭な答えがあった。
「では――始めます」
クレアはそっとエルムの肩から手を回し、軽く抱擁するようにして目を閉じる。エルムもまたクレアに背中から抱きしめられるようにしてその手に自分の手を重ねた。エルムと力を合わせ、周囲一帯の木々に干渉を行う構えだ。
クレアの立てた作戦。それは隠れながらの戦奴兵の解放ではなく、正面からの襲撃だった。「木を隠すなら森の中ということです」と、クレアは前世の諺を交えつつ自身の作戦を皆に伝えたのだ。
帝国はクレアの目的は知っていても、保有する戦力や手札まで知らない。だから、帝国軍が進軍している間に散発的にエルムの操る樹、植物系魔物に見せかけた操り人形による襲撃を何度か仕掛けて、そういった植物の魔物が出没するという意識付けを行ってきたのだ。
後は――タイミングを見計らって大規模な襲撃を行うだけだ。元々エルムがいれば大樹海でなら数的な不利を感じることなく戦いに持ち込めるというのは分かっていたことだ。その手札を、どこでどう効果的な場面で切るのか。それが今ということだ。
木々の大群に紛れて襲撃と分断。目と探知魔法、両方で襲撃があると理解できるのに、それがクレアのものだと判断させない。或いはその判断を遅らせる。
とりあえずの目的を果たすだけならばそれで十分だ。督戦部隊や本陣が狙いに気付いて対応する前にやれるだけのことをやってしまおうという作戦だった。
クレアの糸は既に周囲一帯の森に伸びている。エルムの魔力を合わせ、一気に干渉していく。
ざわざわと、大樹海の木々が揺らぐ。揺らぐように動いて、蠢く。最初はゆっくりと。しかし次第に勢いを乗せるようにして帝国軍目掛けて殺到させていく。
クレアが隠蔽で隠しているのは自分達の存在だけだ。殺到させている木々の群れは寧ろ見つかって当然といった調子で動かしている。
勿論、その異常はすぐに帝国の魔術師達の知るところとなった。魔術師達が戦奴兵や督戦部隊に注意喚起を促す。押し寄せる魔物の群れに対応するべく、戦奴兵も督戦部隊も身構えた。当然だ。大規模な魔物の群れの襲撃となれば、戦奴兵も督戦部隊もお構いなしに襲撃されるのだから。
それぞれの部隊の動きを見ながらも、クレア達は混乱に乗じるようにして動いた。小さくなったまま、木々の陰に乗っかって、目的の場所へと突き進む。
この時、帝国軍は木々の魔物に対し、個々の力は大したことのないもの、と判断していた。
これまでの襲撃でも、大して苦労することなく戦奴兵達に撃退させている。これは意図的なものだ。数が多くとも本陣抜きの展開されている部隊だけで対応し切れる。そう思わせる程度に留めておくことで、本陣の事態への判断、対応を遅らせようという狙い。本陣から休憩中の戦奴兵部隊が出てくるようであればそれがベストではある。
戦奴兵を人質に使うことを重要視しているのなら、本陣からは帝国の正規部隊が出てきて対応に当たるだろう。それで本陣に配備されている戦力やその内訳を探ることもできるはずだ。
難しいケースは、早々にエルンストとトラヴィスが両名揃って戦場に出てくること、だろうか。それは木々の襲撃であってもクレア達に対して最大限の警戒をしているということになる。尤も、本陣の戦力をひた隠しにしておいて、それを明かすような手を早々に打ってくるとはクレアは思っていないが。
クレアとエルムが操る木々の群れと、帝国部隊との戦端が開かれる。実質的にはクレア達と帝国侵攻部隊の激突だ。
戦奴兵達も督戦部隊、後詰めの交代要員や工作部隊が纏めて攻撃を受けるような形。
「これほどの数が潜んでいたとは――!」
「大したことのない魔物だ! 落ち着いて対処に当たり、本来の監視任務も忘れるな!」
督戦部隊の者達はそう言いながらも殺到してくる木々に対し、魔法の防壁を展開して足止めした後に魔力の輝きを放つ槍を突き込んで対処していた。
鐘のような魔法道具は――あくまで戦奴兵部隊に向けられたものなのだろう。木々に対応しつつも部隊長の注意や探知魔法の類は戦奴兵部隊に向けられている。
事実、操られる木々の個々の強さはそれほどでもない。殺到してくる規模こそ大きいものの、対応可能だろうと判断した。戦奴兵反逆やクレア達が救出しに来た場合に備え、魔法防壁での足止め等をできるように準備してきたらしく、それを使って動きを押し留め、リーチの長い魔法槍や魔法弓を使って対処している。
だから。それが付け入る隙だ。後列にいる上位種――と見せかけたクレアとエルムの操る木人形が動きを見せる。
メキメキと音を立てて振りかぶるように魔力を纏った木槍を作り出す。そして。それを凄まじい速度で投擲した。防壁の術は一般的に知られた魔法で、それなりに高度だが、特別なものではない。
最初から解析が済んでいるようなものだ。対抗術でコーティングされた木槍は、防壁の術を無視する貫通弾となり、正確に術を展開している魔術師を捉えていた。
「なっ!? ぐほっ!」
目に留まらない程の速度で飛来した木槍は、正確に督戦部隊の魔術師を貫いていた。前衛と交代要員。2か所の督戦部隊に時間差で叩き込んでいる。
「上位種だと……!?」
「この群れは統率されているのか! クソッ!」
防壁の術が消え失せ、下位種――と彼らが認識している木々――が督戦部隊に殺到する。
「ちっ!」
督戦部隊の前衛が迎え撃とうと構える。殺到する木々とぶつかり合うも、やはり下位の木々はあまり強くない。槍の一閃や刺突はあっさりと群がる木々を蹴散らしている。
顔のような凹凸や洞がある木々の魔物は、眉間の部分に魔法槍を突き刺せば、それであっさりと動きを止めてしまう。少なくとも下位種はそうだ。しかし、物理的な破損には強いのか、巨人兵の盾の一撃では大きく身体が欠損しても動いていたのを彼らは見ている。
「どうやら魔法に弱いようだな!」
上位種に警戒を払いつつ、被害が大きくなる前に対応を、と。部隊長が鐘の魔法道具を構える。広範囲に魔法攻撃の出来る魔法道具だ。群れとなって殺到する下位種を制圧するのには向いている。そう判断し、動こうとしたその瞬間だった。
それは、目に見えなかった。何かがすれ違ったような空気の動きを、部隊長も僅かに感じはしたのだ。しかし、それを感じた時には何もかもが遅い。首元に何か、一条の熱い感覚が奔り――遅れて、真っ赤な鮮血が噴き出す。
首の動脈にまともに斬撃を受けていた。
斬撃。下位種の魔物がどうやって? 上位種? どこから攻撃を食らった? いや、それよりも今はポーションで止血を。追撃を避けなければ。
混乱する思考の中で、部隊長は腰の小型鞄に手を伸ばしつつ難を逃れようとするが――その時には二度、三度と刺突と斬撃が見舞われていた。
「馬鹿、な――」
血だまりの中に沈みながら、薄れゆく視界の中で、男の影――グライフの姿をようやく見る。殺到する下位種の木々。隠蔽と幻影。それらに紛れて情報量を飽和させた中に姿と気配を隠して切り込んだ形だ。グライフの姿をまともに認識もできず、あっさりと接近を許して切り刻まれた。
後方の、交代要員の方でも異変が起こっていた。やはり、セレーナが木々の中に紛れての攻撃を仕掛けた形。
まだ遠い間合いと判断した部隊長は、やはり鐘の魔法道具を使って下位種を撃退しようと試みた。督戦部隊や自分の身を守るという意味合いもあるし、魔物の群れが襲撃しかけてくる方向的に普通に魔物と交戦している戦奴兵部隊を巻き込む心配も無かったからだ。
だが、注意が戦奴兵から魔物の群れに向けられた瞬間に、横合いから閃光が奔った。
セレーナの刺突だ。閃光のようなそれは――寸分違わず部隊長の急所を貫いていた。




