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第318話 訪問者

 ローレッタは続いて、ジュディスやセレーナ、ルシアやニコラスとも剣を交えて訓練を続ける。ローレッタは本来剛剣の使い手ではあるし、今は剣しか使っていないものの、実戦では魔法も補助的に使うことがある。瞬間的な防殻の展開であるとか、離れた距離での魔弾の射出、剣に魔法、魔力を纏っての斬撃、瞬間的な身体能力強化等がそれだ。


 かなり戦士寄りの魔法剣士ではあるが、アルヴィレトの騎士らしく実戦的な魔法の実力を持っているということだ。グライフも術としての魔法は使わないが、瞬間的な魔力運用による身体強化等は基本技能として使っている。


 セレーナやルシア、ニコラスも魔力による身体強化、魔法混じりの接近戦は行うがアルヴィレトとはやや運用のノウハウが違う。他流派との交流はお互いにとっての刺激になるということで、ローレッタ達と意見を交わしながら訓練をしていた。


 それを傍らに眺めつつ、クレアの顔をロナがまじまじと覗き込む。


「帰ってきて、また魔力の量と質が増大しているように思うが……ふむ」

「皆さんを分離させるための魔法を使ったから、でしょうか。エルムの時もわかりやすく増大しましたから」

「そうさね。固有魔法の使い手はそうなのかと思っていたが、何かしら特性というか性質に隠された部分があるように思うが……」

「そのあたりの性質は、自分で把握しておきたいと思っていたところではあります。直感的に、何か掴めたような、あと少しで言語化できるというような……もどかしいところではあるのですが」


 クレアも自身の固有魔法の変化に伴う増大については気になっていたらしい。少女人形が肩の上で腕組みしながら首を傾げる。


「あたしの時もそうだったが、他人が絡んでの時な気がするねぇ。逆に自分じゃイルハインに追い詰められてても大きな変化はなかっただろう?」

「それは……確かに」


 例えばロナの時は相打ちもロナの計算の内というのが予期できてしまった。ローレッタとオルネヴィアの時も、それは同じ。ローレッタ達も自分の始末を自分でつけようとしてしまっていたし、さりとてあの時点では分離手段がないとクレアも気付いていた。

 破綻が予想出来てしまったから、それを打破するために……だろうか。だがロナの言う通り、イルハインの時も自分自身の破綻は予想できたのにそれは切っ掛けにはならなかった。


 発動させる術に、状況を打破できるような寓意を込めたのは確か。寓意魔法で威力を引き上げられるのも間違いのないことではある。だからと言って寓意魔法ならばイルハイン討伐時やローレッタとオルネヴィアの時のような規模の術が使えるのかというと、それも違う。

 他に共通していることがあるとするなら――。


 そんなクレアの思考が、中断される。大樹海側に広げている探知魔法の範囲にひっかかる反応があったためだ。


「……ん。孤狼さん達が近付いてきているようですが」


 孤狼達は敢えて自分の存在をこちらに感知させてから顔を出す印象がある。

 白狼もいるのが分かるが、それよりも気になる事があった。


「反応が……もう一つあるか。でかいよ」

「はい。領域主クラス、でしょうか……これは」


 孤狼や白狼と共にゆったりとした歩調で進んでくる何かがいる。

 大きさも孤狼と同じぐらい、と考えるとかなり大きい。感じた魔力の大きさは一瞬だ。探知された瞬間に自分がどんな存在なのかを示すように魔力の大きさを見せ、それから抑えている。


「敵……ではないのだと思います。孤狼さんが何か思うところがあって攻撃しにきたのだとしたら、白狼さんは連れてこないと思いますし」

「そこに同行しているなら、少なくとも戦いが目的で来ているわけではない、というところかね」

「だと思います。だとするなら、孤狼さんの友人……あたりでしょうか」

「顔を合わせて見ればはっきりするさね」


 クレア達はそのことを皆に伝えつつ、家の軒下から大樹海側に移動して少し待っていると、まず孤狼と白狼が森の奥から顔を覗かせる。

 後方の暗がりとクレアを交互に見てから落ち着いた感じで喉を鳴らす。


 誰かを連れてきたのは分かっている、というようにクレアが頷いて応じると、孤狼は後方に声を上げて合図を送り、そのまま歩みを進めてくる。それに続いて――。


「蜘蛛……いえ、あれは」


 大蜘蛛だ。黒い身体に金の模様――しかし、本来蜘蛛の頭部があるべき場所には人型の上半身が生えているような姿。長い黒髪に黒い光沢のある衣服を纏った美しい女性の容姿。だが人ではない、というのははっきりしている。

 蜘蛛の魔物であることを示すように複数の目が額に黒真珠のように配置されているからだ。人の目がある場所の目も真っ黒な宝石のようで、白目がない。


 アラクネ。アルケニー。そう呼ばれるような魔物の姿をしていた。


「樹海の貴婦人か。一応話が通じる側ではあるねえ。自身の領域外に出てきたって話は聞いたことはないが」


 ロナが言う。樹海の貴婦人。そう呼ばれる大蜘蛛の領域主だ。領域への侵入者にはまず警告。無視すれば攻撃。悪意がないと判断するなら立ち去れば見逃す。そういう手順を踏む領域主というのは知られている。

 天空の王や孤狼と同様、悪意がないなら見逃してくれるタイプではあるらしい。孤狼と同行していることや貴婦人という呼称も、その辺を表しているのかも知れない。


 自身の肘のあたりに触れるように腕を組んで、ゆっくりとした足取りで進んでくるその仕草も、確かに貴婦人と呼ばれる優雅さがある。


 孤狼達がクレアの前で足を止めたのを見ながらも、そのまま自身も同じく、クレアの近くまでやってきた。一同がやや警戒しながらも見守る中で、貴婦人はその必要はないというように手を広げ、笑みを浮かべて見せた。


「――どうやら、貴女に間違いなさそうね」

「……ええと。初めまして。クレアと申します」

「あら。案外動じないのね」

「驚いてはいますよ。ただ、言葉を話せる領域主さんには、初めてお会いするわけではないですから」


 愉快そうに笑う貴婦人に、クレアはそう答える。


「ああ……。イルハインね。そういうことなら、私も名を乗っておこうかしら。トリネッドというのだけれど……貴方達に通りの良い名でも別に構わない。好きに呼んで頂戴な」


 樹海の貴婦人――トリネッドはそう名乗った。


「では、トリネッドさんで」

「良いでしょう」


 トリネッドは満足そうに頷く。


「トリネッドさんは――私に会いに来られたのですか?」

「そうねえ。狼や鳥が興味を示していたようだし見ておこうかなって。私の領地の近くを狼が頻繁に通るものだから、気になっていたのよね」


 そう言って。クレアをまじまじと観察するように見る。

 狼というのは孤狼。鳥というのは天空の王のことだろう。領域主は自分の領地から外に出ることは報復時を除いてほとんどなく、領域主同志が交流を図っている姿というのも知られてはいない。孤狼だけは報復というわけでもないのにあちこち移動して回っている例外ではあるが。


「その……大樹海の秘密を聞いたりしたら、答えてもらえるのですか?」

「それは今の時点ではできないわね。私達が領地を守るというのは、大樹海の秘密を守るためでもあるのだから。ただ――私との話からあなた達が想像を巡らせるのは自由よね。だから――そう。言葉が話せる私が来た方が、お互いにとって都合がいいという、ただそれだけよ」


 トリネッドはクレアの問いに、少し笑ってそう答えた。今の時点では。では、状況次第で話せるようにもなるだろうということだ。

 そもそも領域主を敵と見るべきなのか味方にも成り得る存在と思っても良いのか。それは分からない。領域主にとって都合のいいことというのが、人にとって、自分達にとって都合のいいことなのか悪いことなのかも。


 ただ……ここまでの話だけ、否、クレアを目的として会いに来たというそれだけでも推測できることがある、というのはトリネッドの言葉通りではあるのだろう。

いつもお読みいただきありがとうございます!


書籍版魔女姫クレアは人形と踊る2巻の発売日を無事に迎えることができました!

ひとえに皆様の応援のお陰です!


今後とも更新頑張っていきますのでどうぞよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
おー、何かあるとは思ってましたが明確に秘密があるって言われたのは初めてですねえ 明らかになるのが楽しみですわ 2巻発売おめでとうございます!! 購入済みっすわー!
 トリネッドさん。アラクネな形態をしているということは糸と布方面でのクレアとの繋がりかな?領域主だけに多彩な技を持っていそうだな。
 Q,ワイズたちから糸を奪った件はどう思われますか?(笑)
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