第29話 隠された扉
「……何の建造物なんでしょうね? 内部は別に複雑な構造というわけではなさそうに見えますが、変に折れ曲がっているというか……」
少女人形が首を傾げる。通路は入り組んでいるわけではないが、何度か曲がり角がある。それを除けば脇道に逸れる等もなく、奥に向かって進んで行くだけだ。内側に引き込んだところを墓守に襲わせるにしても、構造を複雑にした方が逃走しにくくなるだろうに、とクレアは不思議に思う。
事実として、カイレム達は不意打ちを食らった上で撤退に成功しているのだ。
「構造自体に魔法的な意味があるんだろうよ。紋様は壁が破損してたから完全には機能してないようだが……魔力は感じる。何の意味があるのかは再現や研究で調べてみないと分からないかも知れないねぇ。古代魔法と現代魔法じゃ構成や様式が違うってのもあるが……」
「建造物が壊れない限り、効果を発揮し続けるということでしょうか?」
「それはあるかも知れませんね。だとすると……用途としては何かを保管したり、とか?」
クレア達は周囲の魔力を探りながらも得られた情報から、あれこれと推測して言葉を交わす。
「確かにこういう様式なら長期保存には向いているか。大掛かりではあるが、遺跡自体の保存状態も極めて良いと言えるからねえ」
「大樹海での古代文明の遺跡――遺物の発見報告は過去にもありますが、これはその中でも状態の極めて良いものに入ります」
ギルドの調査員がそう言うと、グライフが口を開く。
「墓守は保管庫への侵入者対策か」
「過去の遭遇例にあった墓守とは違いますね。墓守はそもそも遭遇例の絶対数が少なく、古代文明において一般的なものであったかどうか判断する材料が足りていません」
「後はここに何があるのか、よね」
ルシアが奥の暗がりを見ながら呟いた。カイレムの警告を促す声。
「もうすぐ通路の隙間があった場所だ」
「……気を引き締めていきましょう。ここまで何もなかったのも、油断させるためだけ、という可能性もありますからね」
調査員がそう言うと一同が頷き、安全を確認しながらゆっくりと歩を進めていく。やがて問題の墓守が出現した隙間が見えてくる。
「魔女殿達は俺の背の後ろに」
グライフが隙間から守るように位置取りをする。
「変わった魔力は感じないね……。あたしの探知を潜り抜けてくる程の隠蔽がされてるならお手上げだが……墓守が寝てた時と起動したと思われる瞬間はそうじゃなかったからねえ」
「そこは私でも遠隔から感知できてましたからね。これだけ近付いて感知できていないというのは無いと思います」
「弱い魔力反応は――建造物全体。それから、もっと奥からかね」
クレアやロナの言葉に頷いたカイレムが、ランタンで隙間の奥を照らす。
「……あれか。墓守が出てきた跡だ。俺達も罠を疑って隙間の奥は確認したが、あんな窪みは存在していなかった。辺りの壁と同じように、溝の掘られた壁があっただけ……に見えたが擬態していたんだろうな」
隙間の奥には小さな空間があったが、そこの壁には人型の窪みがあった。
「では――やはりここから出てきた墓守が奇襲を仕掛けてきたということになりますね」
「……やっぱり、魔力反応は感じません」
カイレム達の推測が当たった形だ。クレア達の言葉と合わせて、少し安堵したように冒険者達が息をついた。
「次の墓守がここから出てくるということではないのなら、一先ずは安心できますね。他の危険がないと担保するものではありませんが。引き続き気を引き締めて参りましょう」
調査員の言葉を受けて冒険者達は再び緊張感を持って先へ――更に先へと進んで行く。そして――。
「行き、止まり……?」
鏡を使って注意深く曲がり角の先を覗いた斥候が怪訝そうな声を漏らす。
調査隊の行きついた先には、何もなかった。ただの行き止まり。通路の終わりがそこにあるだけだ。
「いや……魔力は感じるねぇ。そこの壁からだ」
ロナが歩を進めると護衛の二人と共にクレア達も少し前に出る。ロナは突き当たりの壁に手を翳して思案しているようだった。その様子に調査隊が固唾を飲んで見守る。
「……知らない魔力波長だねぇ。この壁に何かはあるんだろうが。あんたらは何か気付くかい?」
「うーん……。確かに感じたことのない魔力波長ですね。と言っても私はそこまで色んなものを見てきたわけではないのですが……紋様がここまでに来たものと違うパターンに見えますね」
クレアの肩で腕組みをして、首を傾げる少女人形。クレアの場合、こっそりと糸で壁の模様を写し取って重ねるような形での比較ができるのだ。その辺りの事は固有魔法に関することなので口にはしないが。
セレーナも顎のあたりに手をやりながら壁を注視していたが、やがて口を開く。
「私にも……初めての魔力波長ですわ」
セレーナの場合は魔力を視覚情報で捉えている。やはり固有魔法に関わる事であるために少し言葉を選んで口にしていた。
「けれど壁の中央あたり、でしょうか。その辺に何か――」
「……このへん、ですか?」
目蓋を細めて壁の一部を指差したセレーナの言葉を受けて、クレアが一歩前に出る。クレアが壁の前まで行ったその、瞬間に――。
「む――」
「え……?」
ロナやクレアの声。壁の中央に小さな光が宿ったかと思うと、描かれている紋様の溝に合わせてそこから青色の光が広がっていく。突き当りの壁一面にその光が満ちると、音を立てながら壁がゆっくりと左右に開いていった。
その奥には小部屋。小部屋の天井には光が宿り、中の様子が白々と照らされていた。
誰も、言葉もない。何がトリガーになって壁が開いたのか。そして小部屋の中にあるものは。それらに目を奪われ、事態の変化を飲み込もうと思案を巡らせ、それぞれに戸惑いや不安、それに期待を抱いていたのだ。
それから――壁が反応した時に一番近くにいたクレアにも注目が集まっていた。それに気付いたクレアが、振り返る。
「えっと……多分何もしてない……と思うのですが」
肩の少女人形が、ぱたぱたと手を横に振った。
「……えっと。恐らく、ですが。墓守の何かが反応したのではないでしょうか? 傍からではそのように感じましたわ」
「――ああ。墓守の残した残骸……でしょうか? その辺が鍵に……?」
「……のようだね」
セレーナがおずおずと言うとクレアとロナがそう応じて、調査隊にも納得したような雰囲気が広がる。
そうなると調査隊の注意が集まるのは、やはり小部屋の内部であった。だが、誰も不用意に踏み込むようなことはしない。墓守がいたことを考えれば罠の可能性とてある。魔法的な仕掛けがもうないとも限らない。
「部屋の中は――天井の光から魔力か。あの中央の台座からもだ」
「置かれているものは、本……でしょうか?」
台座があり、そこには本が一冊置かれていた。
「遺跡内の環境は本の保存状態を良くするためのもの、かねぇ」
「いずれにせよ、あの本は回収して調べなければなりませんね……」
ギルドの調査員が言う。と言っても、やはり魔法的な仕掛けがあるかも知れない部屋に、中々踏み込める者はいない。魔力を感知できるクレア達とて、古代魔法となると予想がつかない部分も多いのだ。
「ふむ。あたしが行くかね。魔法の仕掛けに対応できるのもあたしだけだろ」
「いや……それならば俺が取ってこよう。どうせ誰かは行かなければならない。魔法で引き寄せるような手段があったとしても、それが罠の発動条件になる可能性もあるしな」
ロナの言葉に答えたのは――グライフであった。
「危険だよ?」
「承知の上だ。この中で一番魔法に精通している者に危険な橋を渡らせては、護衛の意味がない。何かあった時に外から対処できる可能性が一番高いのもあなた達だ。ならば単純な戦士でしかない俺が出た方が良い」
グライフは一切迷いを見せずに言い切って見せた。
「だったら私も行くわ」
ルシアも言うがグライフは首を横に振る。
「駄目だ。護衛対象から両方が離れてどうする」
「それはずるいわね。ならくじ引きで――」
「案を出した者が実行すべき内容だ。だから――あなた達を頼りにしている」
グライフはルシアから向き直り、ロナ達に視線を向ける。
「良いだろう。しっかりと注視しておく」
「私も変化を見逃さないようにしますわ……!」
「私も一緒に行きたいところですが……気をつけて下さいね。念のため、ポーションを渡しておきます」
クレアが自作の痛み止めや治療用のポーションをグライフに渡す。
「心強くはあるな」
グライフはポーションを受け取って少し笑い、調査員や他の冒険者達に視線を向ける。
「そういう事で良いな?」
「……申し訳ありませんね、グライフさん。私個人からも危険手当ということでギルドに口利きするとお約束します」
「ああ。それも助かる。では、行ってくる」




