第298話 城内の回廊で
朝がやってくる。門が開かれて人の往来も増えてくるが――やはり監獄島や皇子達の撃破で帝国軍の動きが活性化している節がある。早朝から巡回の兵士が魔術師を伴って出て言ったり、街に入ろうとする商人らへの検問を細かく行っていたりと、かなり警戒している節が窺えた。
人員か物資か。再配置も進んでいるようで帝国軍関係の往来も増えている様子だ。クレア達はやってきた帝国軍の馬車を選び、その下部に滑り込むようにして取りついた。
様子を窺っているが、それなりにしっかりとした馬車で門番達にも敬意を持って迎えられていたが、やはり荷物や人員はしっかりと調べなければクラインヴェールには入れないようだ。
「申し訳ありませんな。皇帝陛下の厳命でもあります故」
「承知している」
調べられる方もそれは承知しているようで、明らかに門番の上の立場ではありながら、名前や所属等を伝え、中身を検めるなどの調査には静かに協力していた。
目視での確認。探知魔法での調査。両方とも行っていたし、糸繭を潜ませている馬車の下部まで覗き込んでいたが、それでも同化と隠蔽結界があったためにクレア達の発見には至らなかった。不審物とすら認識されていない。底面全体を再現しながら二重底になるような形で空間を作り、元々車体にあった汚れや傷等を再現していたのだから、違和感を覚えるのは至難の業だ。
結局クレア達の発見には至らず、そのまま都市内部へと通される。
「……入れたね」
クレアの糸からの情報で外の状況を確認しながらアストリッドが言った。
「そうですね。城に向かってくれると良いのですが」
「確かに……練兵場や詰め所に向かってしまう可能性もあります」
クレアが答えると、イライザが静かに応じた。一先ずどこに向かっているかがはっきりするまでは静観するしかない。
別の施設に向かうようであれば程よいところで離脱し、改めて城に入り込む方法を探す。
そう決めて馬車の行先に注意を払っていたが――どうやら馬車は城へ向かうようだ。
クレア達はそのまま静観する。城の門でも外壁と同様に門番達のチェックが行われており、本当に厳重な体制というのが窺えた。
「とはいえ……人というのは四六時中気を張っていられないものだ。外側で厳重にしているからこそ、内側に入り込んでしまえば、警戒が甘くなる瞬間や場所というのはどうしても出てくる」
グライフが言う。その警戒、集中力を持続させていられるのは門番が交代しながらそういいう任務として行っているからで、城内の人間がそれだけの警戒を常時維持していられるはずもない。
平常時より注意深くはなるかも知れないが、そういうものだ。
「帝国に限った話ではないわね。私達も気を付けたいところではあるけれど」
「まあ確かに……限界はあるよね」
ルシアとニコラスが言う。領主の子らとして、敵の潜入という事例に対しては思うところもあるのだろう。ただ、クレアのような方法での潜入を想定して対応というのは無理な話だ。
味方で良かった、とそんな風に思っていると馬車がその動きを止める。荷を降ろす動きを見ながらも、クレアは糸を伸ばしまず周辺の構造を調べていく。空から見た時の情報に照らし合わせると、城門を潜ってすぐの場所だ。馬車を置いておくための場所――車庫と言えばいいのか。厩舎に隣接した施設。
馬車を所定の場所に停めて荷を降ろしつつ、馬を休ませるために装具を外して厩舎に連れて行ったりと人員は慌ただしく動いていた。
「この分だと、すぐに馬車を動かすということはなさそうです。この奥に中庭がありましたね」
「空から見た感じではそうだったな」
「では、人が少なくなってからそちら側に移動します」
ウィリアムの言葉にクレアはそう応じた。潜むならその場所が良い。糸繭を隠せる場所が多く、普通は人が潜むことのできない狭い空間に身を置いていられるから、そこは巡回の盲点にできる。
馬車の周囲から人が少なくなったところでクレアは行動を開始した。床を滑り、壁から天井の暗がりへ。人目の警戒や不自然な魔力反応がないことを確認し、採光窓から中庭側に出る。中庭の映像から身を隠す場所を定める。
植え込みに噴水。よく手入れされた、帝国中央の城と呼べる格を感じさせる美しい中庭ではあるが――身を隠すような場所は案外少ない。植え込みは背の低いもので、巡回の兵士から身を隠すには心許ない。
が……それは普通ならの話だ。クレアは身を置く場所を見定めると行動を開始した。目指す場所は中庭にある東屋だ。天井があり、目に付きにくく直接触れられたり近付かれたりして調べられにくい。かつ、天井から柱が伸びているので糸を地形に沿って展開させやすい場所だ。
巡回の兵士の配置位置、人数、タイミングを把握したところで動き出す。
窓から壁に滑り降り、植え込みの根本を滑るようにして東屋の柱を昇る。天井裏に糸を張ると、裏側から二重底になるような形でそっくりそのまま天井裏の質感を再現して見せた。
この場合、見て違和感をあるとしたら天井までの距離感ということになるのだろうが、そうした細かな感覚は隠蔽魔法によって阻害されてしまう。
「――これでしばらくは身を隠していられるかと」
クレアが言うと、他の面々も移動を静かに見守っていたが、少し安堵したように頷いた。
ここから城内の情報を、クレアの糸とセレーナの目で探っていくということになる。
城は広いが、まず探すべきは1階部分からだろう。先入観で決めつけ過ぎるのは良くないが、物資、人員、機材の搬入などを考えるなら、上階にというのは利便性が悪くなる。
一方で隠し通路というのは想定しておくべきだ。扉や通路を結界で隠して運用するというのは十分に有り得る話なのだから。
クレアは糸を伸ばして構造を把握した分だけ、糸繭の中にも立体的な縮尺模型を構築していく。物理的な形状が把握できれば隠し通路があるのなら発見しやすくなる。魔法を使わないものであればグライフやウィリアムが。魔法を使うものであればクレアやセレーナが見つけるという二段構えだ。
クレアの糸からの視界で、セレーナが安全を確認しながら探索範囲を広げていく。その中で――どのぐらいの兵士がどのぐらいの頻度で巡回しているのかといったことも情報として収集していった。
「やはり、糸で立体的な構造が見られるというのは良いな。仮に戦うことになった場合も地の利を奪われずに済む」
立てこもれそうな場所。どこからどうやって逃げるか。挟撃されないためにどう立ち回るか。そういう情報を得ることができるのだ。
グライフは立体図と外からの映像を確認しつつ、罠や隠し通路らしき構造がないかを確認していく。
そうした中でクレアの糸が、曲がり角を抜けて回廊に出る。他の場所と変わらない、静かな回廊といった様子だった。巡回の兵もいる……が。
「待ってくださいまし。前方に何か……魔力が見えますわ」
セレーナが言って、自分の見えたものを説明していく。
「魔力の――帯のようなものが……そうですわね。腰ぐらいの高さで回廊を塞いでいる、と言えば良いのでしょうか。その帯から繋がる光は柱に沿って天井に伸びていて――」
「……吊り天井の罠か。魔力の帯に触れると天井が落ちてくる、というような仕掛けか?」
天井の端に僅かな隙間があるのを見つけて、グライフが眉根を寄せる。
「物理的な罠を魔力で作動させるわけですか。吊り天井とは、また大がかりな仕掛けですね……」
「恐らく、回廊を踏み込んで帯に触れた瞬間、封鎖結界も展開されるかと。待機させている魔力反応がそれだと思います」
罠の範囲は回廊の柱を始点に次の柱まで。外とは少しだけ異なる意匠の柱の装飾がその目印になっているのだろう。
「巡回も柱を目印に引き返す、というような運用をしているのかも知れないな。迂回路があってもおかしくはないが――」
「迂回路――そこの両開きの大きな扉から入って、向こう側の――あの大きな扉に出る……とか?」
ニコラスが首を傾げて言う。
「外敵に対する備えにはなるわね」
扉に鍵を掛ければ管理もしやすいというわけだ。いずれにせよ、罠がある方は怪しいと見るべきだ。回廊の広さや扉の大きさも、搬入路としての利便性を考えるなら十分なものと考えられた。




