第288話 戦いの合間に
ネストール、バルターク……それに少し遅れてヴァンデルも討ち取られたという報も帝国上層部に伝わる。外にも小規模な部隊が潰されているという報告もあがっていた。
三名もの強者が立て続けに倒された、という報告が齎されたことは帝国の中枢にとっては凄まじい衝撃であった。
そのため守りを固める対応を取れというエルンストの指示は側近達にとっても帝国貴族にとっても願ってもないことだった。参軍させている肉親、親類縁者、領地から供出している領民、戦奴兵等々の損失は彼らにとっての損失でもあり、従属の輪を付けられて帰って来るせいで以後従軍できなくなるというのは、兵の供出や領地の防衛においても差し障りが出る。
そんなこともあって、帝国中央は周辺地域の大半からできるだけ早く兵を引き上げる方向で動き始めた。そう見せかけなければ『鍵』に警戒させてしまうとエルンストは言ったが、帝国貴族にとっても渡りに舟だったのだ。
帝国がそうした動きを見せる中、クレア達は辺境伯家に向かい、諸々の話をリチャード達に伝えていた。
拠点を放棄できないダークエルフの地下都市の防衛力強化と支援物資も必要だ。追加の人員をダークエルフの都市部に送るにあたり、クレアはウィリアムと共に固有魔法の研究を進めていた。
「増幅器がヒントになったと言いますか、送り先の座標、間取りと状況が分かっていれば、ウィリアムさんが残って転送だけということもできますからね。あちらに話を通しておく必要もありますが」
「長距離転送というのは頭になかったな。生存を伏せていなければ帝国の施設に外から破壊工作を仕掛けることもできるのだろうが――」
ウィリアムは少し残念そうに言った。転送するならばまずいつ送るかを暗号で記した手紙などを送ってから更に本命の物資、人員を決められた時間に送るといった手順になる。そうすれば向こうとしても転送に巻き込まれることなく安全に人員や物資を送れるし秘密も守れる。
時刻は合わせる必要もない。最初の手紙に何時間後に送る、という内容だけ記しておけばいいのだから。自身が一緒に飛ばないことのメリットは、往復の必要がなくなる、ということだ。それだけ増幅器の消費する魔力を抑制できる。転送先の状況が不明になるから、定期的には確認に向かう必要もあるのだろうが。
それに加えて、転送先の文様にウィリアムの固有魔法に合わせた補助術式を施す。
転送先に待機している人員が場の設備に魔力を流して溜め込むことでウィリアム当人や増幅器の魔力消費を抑制し、転送をより効率的に行うことができる、という寸法である。
「これならばダークエルフ達を十分に支援できそうだ」
「何よりだ。帝国への牽制や現地の拠点として支援を得るには十分なものだろう」
ウィリアムの言葉にリチャードも頷く。
「行く行くは、向こうの手紙をウィリアムさんがこっちにいながら引き寄せる、というような応用か、双方向での細かい情報伝達手段の開発をしたいところですね」
「それができるなら軍の運用そのものが変容してしまうな。いや、既にウィリアムの力を借りているだけでかなり優位に立ち回れているのだが」
クレアの言葉にリチャードが苦笑する。
「火急の事態を知らせてもらう、というだけなら既存の方法でできなくもないのですが――」
クレアが言う。魔法契約書を緊急時に相手方に破り捨ててもらうことで、その片割れの契約書も燃え上がるだとか、リスクのない魔法契約を取り交わせばいい。ただ、それでは何か異常があった、というような大まかな部分にしか伝わらない。
例えば現状なら必要最低限の緊急を伝えたいなら狼煙の方が簡単で低コストに色々なことを知らせることができるだろう。もっとも、それは勢力圏内でしか使えない方法ではあるから、ロシュタッドと地下都市のように遠隔地での連絡手段にはならないが。
そうやってウィリアムの固有魔法の応用術の開発を行い、帝国国内で活動しやすいように準備をしたり増幅器の魔力充填を行っている間、クレア達はリチャードと共に、元戦奴兵達に聞き取りを行っていった。
これも次の行動のための一環だ。戦奴兵の居住地や任地の情報を集め、ヴルガルク帝国の現在の状況、情報を集めておくことで、反抗組織の別動隊と合流した際に作戦を立てやすくする、というものである。
「戦奴兵以外は食料生産やその他生産活動などに従事。戦闘員ではないものは従属の輪をつけられてはいないが……」
征服された民族、種族の扱いを聞いてリチャードは眉根を寄せる。帝国の民という括りにはなっているが、扱いは奴隷と大差ない。戦功を上げる、生産効率を上げる……等々協力的であれば扱いもそれに準じて良くなってはいく制度ではあるらしい。
古くから帝国に名を連ねている者達は扱いもいいが、それは帝国に臣従していった結果と言える。あまり外征には出て来ず、比較的中央に近い土地を与えられているということだ。
そうした者達の中からは帝国貴族と婚姻関係を結ぶ者も出てくるのだとか。
逆に言うなら、周辺地域への外征に出てくるような戦奴兵達は帝国に連れて来られて日の浅い者達と言える。クレアと魔法契約を取り交わした協力的な者が多いのもそういった背景があった。
各地の情報を得つつ、どこにどのように働きかけるのが良いのか等をリチャードやルーファス、シルヴィアやシェリーを交えて話をする。
基本的な方針としては帝国の力を削げるように。しかし彼らの血が流れないよう、密かに従属の輪からの――引いては帝国の支配からの解放を目指すことになる。
ただそれも反抗組織との合流をしてからの話だ。直近で連れさられた者達の行先についての情報を追っているということもあり、危険性や緊急性の高いところから対応していくということになる。
どちらにせよ、反抗組織と協力して事に当たった方が上手くいくだろうという判断もあった。
準備を進める傍らで、クレア達は空いた時間を使い、辺境伯領都の街に仲間達と出かけることにした。
大きな作戦を終えた後の休暇であり、仲間達と交流の時間を作ろうという目的の時間でもあった。
「……どう、でしょうか。似合いますか?」
銀の髪留めを試着して少し遠慮がちに尋ねてくるのはイライザだ。買い物に出かけたクレア達であるが、イライザは普段から帝国から身を隠しているということもあって、あまり目立たないよう、外出も少なめにして過ごしている。
イライザ自身も周囲からは皇族として認められなかった娘だと侮られてきたということもあり、控えめであることを是としているのだ。ウィリアムもそうだが、自分が帝国出身であることからくる負い目というのもある。
だから……そうやって抑制的に過ごしているウィリアムとイライザに対し、今の身の回りにいる者達は少し心配の目を向けていたりする。そんなわけで休暇や気分転換を兼ねて共に買い物に出かけ、似合いそうなアクセサリーや服を見繕って薦めたりしているところ、というわけだ。
「良いわね。イライザの髪色に似合っているわ」
「そ、そうですか?」
シェリーが言うと、少女人形やセレーナ、ルシアもうんうんと頷き、イライザは少し気恥ずかしげに俯く。褒められ慣れていないということもあっての反応に、女性陣は表情を綻ばせつつもお互いどんな装飾品が似合いそうだとか、薦めあったり試着をしたりして和やかな時間を過ごしていた。
そうやってクレア達と楽しそうにしているイライザを見て、穏やかな表情を見せるウィリアム。
「有難いことだな……。こうやって妹共々誘ってもらえるというのは。降った当初はもっと距離を置かれるもの、と思っていた。皆も……出自を知って尚これというのは――」
「帝国の方針は……あなた方のせいというわけではない」
ウィリアムに答えるのはグライフだ。その言葉にユリアン達も同意する。
「妹を人質に取られていたというのなら、理解できるよね」
ベルザリオの言葉に、他の者達も頷く。
「信頼できるというのも、これまでの戦いの中で見せてもらった」
「信頼か。それを言うなら俺よりも彼女の方にこそその言葉は相応しいな。本当に……あなたの主君には感謝している」
ウィリアムが談笑しているクレアに視線を送りつつ言うと、グライフもまた眩しいものを見るようにクレアを見てから、目を細めて頷くのであった。




