第26話 調査隊との合流
「いずれにしたってあんたが成長したら作り直さなきゃならないからねぇ。自分には怪我は無くて良かったってことにしておきな」
「そう……そうですね。冒険者の皆さんも助けられましたし。うう……ちゃんと直してあげますからね……」
クレアはそう言いながら二体の人形を回収する。
「造型がクレア様そっくりというだけではなく、服や内部にも色々と魔法的な処置がしてある、という話でしたわね……直すのは大変そうですわ」
「そうですね……。こうやってどっちかの服が破れたらもう片方も破損しますし、人形内部の容器に血糊も仕込んであります。後は偽装の魔法でそれっぽく見せかける、と。戦闘中に怪我や汚れで本物かどうか判別されると困りますから」
クレアが術を解くと、クレアの衣服にも人形と同じような破損個所が現れた。今は糸で隠しているのだろう。
そんな解説をしながらクレアが糸を引き寄せると、その先に何か――穴を穿たれて砕かれた、金属の心臓のようなものが絡めとられていた。
内部から、正八面体の宝石のようなものが転がり出してくる。最初は淡い光を放っていたが、それも段々と落ち着いていって、やがて光を失った。
「墓守の心臓とその中身か。あたしも見るのは初めてだ」
「壊さないように加減している余裕は……ちょっとなかったですね。墓守も溶けてしまいましたし」
「手加減して反撃されてりゃ目も当てられないからね。時間をかけて調べていきゃ良いさ」
クレアは頷いて、破損した心臓と石を糸でぐるぐる巻きにしていく。墓守が地面にしみ込んで白煙を上げていた場所の土や葉っぱ等も回収し、瓶詰にした後で糸を巻き付けた。
万が一復活しそうになった時の保険だ。不穏な様子があればすぐさま察知して対応できる。
「遺跡に向かおうか。あっちで待機してりゃ、ギルドの連中も来るだろう」
「では、先導しますね」
クレア達はそのまま、森を歩いて遺跡の前まで移動する。
遺跡は変わらず。崩落地の斜面に黒々とした穴を空けたままで佇んでいた。
しかし、最初にクレア達が感じていた不思議な魔力は黒い影が目覚めた時点で消えている。
「休眠状態の魔力があれだったんですかね」
「多分、ね」
しかし微弱な魔力はまだ遺跡の奥から感じとることができる。
何かはあるのだろうが、だからと言って内部調査にこのまま乗り出すという話にはならない。ギルドの到着やクレアの魔力回復も含めて、万全な態勢を整えてからにした方が良いに決まっているのだから。
クレア達としても興味がないわけではないのだが、危険がないということを確認できれば一先ずはそれでいいのだ。
ロナが遺跡の穴周辺に防護結界等を施しながらも待っていると、人の声と茂みを揺らす音が近付いてくる。
「もう少しだ……!」
「急いでくれ! 一人で戦ってくれているんだ!」
探知魔法で得られた情報だとやってくる人数は12人。野営地に戻ってから急遽搔き集めてきたというのなら十分な人数だろう。
木々の間を抜けて、先程助けた冒険者達が顔を見せる。
「こんにちは」
「良かった……! 無事だったか……!」
クレアから声をかけられると、先頭の男が安堵したような笑顔となる。
「ええ。あれは――何とか倒しました。遺跡の危険が無くなったかは断言できませんが」
「そう……そうか。良かった。加勢に入ろうか迷ったんだが、とても追いつけなくてな……」
「森歩きの術がないと中々難しいところではありますね。怪我を負った人達は大丈夫でしたか?」
「ああ。野営地で休んでいる。あんたは命の恩人だ。ええと」
「クレアです」
追いついてきた他の冒険者達も、その会話を聞いて緊迫感が薄れていく。
「黒き魔女殿とそのお弟子さん達か……」
「ちょいと変な魔力反応を感じてね。様子を見に来たってわけさね」
ロナが肩を竦める。
冒険者達と同行してきたギルドの調査員の男が代表して自己紹介をする。クレアとセレーナも名を名乗ると、ギルド調査員はよろしくお願いします、と応じてから斜面を見上げた。
「――あれが遺跡ですか」
「危険がないか、調査する必要はあるだろうね」
「……謝礼を用意いたしますので魔女様方にも協力をお願いできませんか? 報告からすると危険な魔法生物――墓守がいたわけですからね。戦力と知識は多ければ多いほど良い」
「あたしは構わないよ」
ロナがクレア達に視線を向ける。
「私も魔力が回復したら大丈夫です」
「お手伝いできることがあれば嬉しいですわ」
少女人形が自分の胸のあたりを叩き、セレーナも笑みを見せた。
「それじゃ、決まりだね。報酬については内部に突入するまでに詰めとくか」
「分かりました」
クレア達は遺跡への侵入や内部からの出現を防止する結界を張った後で、調査隊と共にキャンプしている場所に移動することとなった。
比較的魔物が弱いエリアに魔物避けの強力な結界を張り、そこを調査隊の野営地としている。
「あ。これはロナ様がお作りになったものですか?」
セレーナが結界の様子を見て声を上げた。
「ギルドに頼まれて売った覚えはあるがね。セレーナには違いが分かるのかい?」
「はい。こう……非常に整っていて綺麗と言いますか。他所で見る結界は歪みがあったり揺らいでいたりしますので」
「ふむ。あんたにしかできない判別法だね」
「術者ごとに癖みたいなものがあるのなら、他では得られない情報が得られますね」
そんな話をしながら三人は野営地を見て回る。居残り側の戦力は最低限といった感じではあるが、これはロナの提供した結界符があるからだろう。
戻ってきた冒険者達が事の顛末を説明すると、クレア達に視線が集まる。
そこに、一人の冒険者が近付いてきた。先程クレアが墓守から助けた冒険者達の内の一人だ。
「少し良いだろうか? 仲間達があなたに礼を伝えたいみたいなんだが、まだ貧血気味で動けないんだ」
「分かりました。それじゃあ、ちょっと行ってきます」
「私もお見舞いに行ってきますわ」
「ああ。行ってきな」
「助かる。本来なら俺達から揃って礼を言いに来るべきところなんだが」
「いやいや、全然問題ないです。というか、無理せず安静にしていた方が良いですよ」
少女人形がプルプルと首を横に振った。しなければならないことがあるのに動けないもどかしさというのは前世の記憶で知っているつもりだ。
クレアとセレーナが冒険者達に続いて彼らが寝かされているテントに案内される。
「魔女のお弟子さん達に来てもらったぞ」
「あ、無理に起きないで下さいね。お見舞いに来たところもあるので」
クレアが彼らの顔を見た瞬間に言う。
「俺達は……大丈夫だ。本当に深手だったのはジェナぐらいだからな」
重戦士の男が上体を起こし、テントの奥に目をやる。そこに、墓守に背中を深く斬られていた冒険者――ジェナが寝かされていた。大量に血を失ったということもあってまだ顔色が悪いものの、意識は戻っているようだ。ジェナはクレアからそう言われても身体を起こそうとしたようだったが、慌てたように手を振りながら駆け寄ってきて、寝ているように伝える少女人形の姿に、弱々しいながらもクスリと笑う。
それから頷いて身体の力を抜き、クレアを見て言う。
「……あり、がとう。あなたがいてくれなかったら、多分……あたし、死んでた」
「ジェナだけじゃない。あれは俺達全員が危なかった。ありがとう」
クレアは頷くと、深呼吸を一つしてから帽子を脱ぎ、顔を見せて頷いた。
「どういたしまして。全員無事で良かったです」
腹話術ではなく、クレア自身の口で言う。少女人形が腕組みしてうんうんと頷いているあたり、事情を知るセレーナの目から見ると、そこも含めて人形繰り師としての動きではあるのだろう。
セレーナが今まで見てきたクレアの性格からすると、冒険者達の命を助けた、助けられたという一件で話をするのなら腹話術抜きで応じるかも知れない。そのへんで挙動がぎこちなくなってもフォローできるようにと見舞いについてきたというところもあったが、問題はないようだ。
クレアは再び帽子を被ると、落ち着いたというように小さく息をつく。そんな姉弟子の姿に、セレーナは微笑みを浮かべた。




