第262話 開拓村での再会
たっぷりと母娘の時間や反抗組織の仲間と話をする時間を作ってもらい、クレア達はその後、巨人族の面々とも話をして相互の理解や今後の協力についても取り付けていった。差し当たっては避難計画だ。非戦闘員を後方に逃がしながら氷晶樹を植え替えるための準備を行う。
「お話はヴェールオロフ王から窺っていますよ。私達の命を繋いでくれた、大切な樹ですから、大切にしてあげてください」
「わかりました。お約束します」
「ん。ん」
クレアの隣でエルムがこくこくと首を縦に動かす。真剣な面持ちのエルムの様子に、氷晶樹の世話をしている巨人族の娘達は思わずといった様子で表情を綻ばせていた。
世話をする上での注意点等も聞いておく。
「世話を、と言いますか。私達は果実を一度に採り過ぎたり勝手に食べられたりしないか管理しているぐらいですよ」
「寒さに強い丈夫な樹ですし、この土地では放っておいて大丈夫ではあるのですが……お役に立てずにすみません」
彼女達の管理に関してはそれほど気を遣っていることというのはないらしい。
「大丈夫……。大樹海の近くで、クレアが結界を張るなら。そしたら、手伝うから」
エルムが静かにクレアに言う。
「それを聞いて安心しました。植え替えに適した苗木ぐらいの幼木を何本かと……それから果実から植えて育ててみますね」
「それだけでいいんですか?」
「はい。他の木々は、この土地にそのままにしておくのが良さそうです。それなら、影響も少なそうですから」
根付かないという結果に終わったとしても、出る影響は少ない。何本かの幼木を選んでエルムの力を用いて動かし、麻布を巻いて根を保護しておく。
それから避難民であったが、こちらは既にアストリッドやヴェールオロフ王が説得や説明をしてくれていたらしい。
「元々住んでたところは離れちゃってるから……」
「うん。また少し、行く場所が変わっても平気」
「姫様がみんな優しくていいところだって、言ってたもんね」
「俺達も大きくなったら一緒に戦うよ!」
巨人族の子供達はそんな風に言う。
「ああ……。みんないい子ですね」
「そうだね。助けたい。一緒に頑張りたいって思ってくれてるんだと思う」
アストリッドが言うと、子供達もこくこくと首を縦に振っていた。
「私達も、安心できる環境があるなら」
「そうじゃな。老いてしまった者は戦いの場には出れんが、まあ、子供の世話や集落の仕事ぐらいはこなして見せよう」
母親達も身重の者がいるので帝国の脅威がある状況では不安だと、そんな風に言って避難には賛同してくれているらしい。老人達も同様だ。戦いになった時、自分達が足手纏いになりたくはないと、移住に同意している。
こうしてスムーズに進むのは、一度追われているからというのがやはり大きいのだろうとクレア達は思う。
「聞けば、あんたらも住んでた場所をあいつらに追われたっていうじゃないか」
「辛いことがあったら言っておくれよ。同じような立場だから分かってあげられることもあるだろうからねえ」
「ありがとうございます」
そんな巨人族からの言葉を受けて、クレアも礼を伝え……皆納得した上で避難のための準備は進められていった。魔法契約を交わしつつ、衣類、生活用品や天幕等をそれぞれが纏め、すぐに移動できる形をとるというわけだ。
巨人族の隠れ里にウィリアムの固有魔法の目印となる布を置き、いつでも行き来できるように準備を整えれば一通りの準備は完了だ。
クレアが糸で立体的な足場を作り、そこに避難する巨人族達が腰を落ち着ける。クレア達も一旦戻り、報告や連絡をしつつ、巨人族の避難民の居住地や氷晶樹の植樹といった作業を進める予定であった。
「まず、巨人族の皆さんがあちらにいるというのが伝わってしまうと、どうしても帝国に動きを察知され、警戒されてしまいます。その為、身体を小さくする術を掛けておく必要があります。この小さくする術は色々縛りもあるのですが、私と同じぐらいの大きさにする、という強度ならば魔法契約を交えることで離れていても維持できる……という応用術を構築しました」
巨人族がロシュタッドに避難するにあたって、もう一つやっておくべきことがある。流石に巨人族は珍しく、人目を惹く。開拓村に手出しはできなくとも行き来する手段の示唆によって帝国国内の警戒度が高くなってしまうのは望ましくない。
そのため、巨人族に大きさを誤魔化しておく必要があった。
「腕に契約の証として、紐を巻いておくことで自らそうしている証として契約を成すことができるというわけですね。身を守る時など、必要に駆られた時に紐を外せば解けますし、お互いに危険もありません」
クレアはそう説明しつつも紐を配って、避難民一人一人と魔法契約を取り交わしていった。術はしっかりと効果を発揮し意図を以っての紐の付け外しをトリガーとして解除することができた。
紐自体は変哲の無い素材だが、クレアが織り込んで作ったものだ。固有魔法に関連した意味づけもされており、術者と契約者の関係性、繋がりを増強する効果を持たせていた。
そうやって諸々の準備を進めていき――避難民達と共に、ロシュタッド王国へ向かう時がやってきた。
「それでは飛ぶとしよう。準備は良いか?」
「範囲内からはみ出している人も……いませんね。そのまま、気を楽にしていて下さい。
クレアが糸の足場全体をチェックし、周囲の者達を見回して心の準備を促す。巨人族の面々はできるだけ身体を小さくするようにして立体的な糸の足場に収まっていた。
「気を付けて行って来るのだぞ」
「留守はお任せを」
巨人族や反抗組織の面々が見守り、クレア達はその者達に頷いた。
「すぐに戻ってきますね」
「うむ」
「では飛ぶ」
そう言ってウィリアムが固有魔法を発動させる。飛んだ先は――開拓村の近くだ。
すぐに地面に降り立つ。空中から見た森は巨人族の今までいた場所と植生も違えば気温も湿度もかなり異なる。
「あったかい」
「綺麗な森だね」
と、子供達は景色を眺めながら声を漏らしていた。
「それじゃ、僕達は領都に行くね」
「巨人族を受け入れる場合の土地の開拓には領主の許可も出ているわ。報告と連絡は私達に任せておいて」
「わかりました。開拓村の方々に戻ってきたことを伝えてから、巨人族の皆さんの居住区と氷晶樹園を作っていきたいと思います」
クレアがそう応じると、ルシアとニコラスは早速開拓村にいる辺境伯家の警備の者に戻ったことを伝え、馬に乗ってリチャードに報告へ向かっていた。秘密にすることが多く、書状や伝言で済ますような内容でもないからだ。
巨人族の受け入れに関しては話が通っている。小人化もしているので避難して受け入れられた民という括りに見られており、事情を知らない開拓村民とも普通に挨拶をしながら村を移動していった。
クレアの家に到着すると、戸口からロナとチェルシーが顔を覗かせる。
「おや、帰って来たようだね」
「ただいま戻りました」
クレアが軽く手を振ると戸口から出たチェルシーは小走りで駆けてきて、その手をとってこくこくと頷く。パーサ一人でルーファスの身の回りのことをするのも大変だろうと、チェルシーも今は開拓村の方に来てもらっている。庵の方はゴーレムと結界で守っている、というわけだ。
そのパーサも顔を出すと、それを見たシルヴィアが声を漏らす。
「ああ。パーサ。あなたがいるということは――」
「お、王妃様……? まさか王妃様であらせられますか……?」
シルヴィアはフードを被っていたが、その声や話し方、仕草等から、それが誰かパーサには分かったのだろう。少し小声ながらも、パーサは震える声で言ったのであった。




