第260話 語らいの時間を
「差し当たっては――この土地を包囲している帝国兵達への対応をどうすべきか、だろうな。あの者達は山岳地帯にいくつか部隊を派遣して我らを捜索しているが、その者達が山中で行動できるのも、麓に作られた城塞という物資と人員の集積地があるからだ」
ヴェールオロフが現状について話をする。
「現状で、人質が取られていたりと言うことは――」
クレアが尋ねると、ヴェールオロフが少し眉根を寄せて応じる。
「ある。現状でも城塞に何人か囚われているのは確認している。ヴァンデル皇子は人質を使うやり方を好まんようだから、あれが来てからは人質を盾にしながら捜索範囲を広げるようなことは途切れたがな」
「そんなことをしてきたわけですか……」
少女人形が度し難いというように小さくかぶりを振った。
「情報は追跡中だけれど、今城塞にいない人質は後方――帝国国内のどこかに送られたようだわ。巨人族はどうしても移送すると目立つから……アストリッド王女の時は、警備と秘匿が厳重すぎて追えなかったけれど、今回は追えそうよ」
シルヴィアが言った。
ヴェルガ監獄島は帝国でもかなりの機密情報に位置する。追えず、奪還できず、現地に近付くのも難しいから怪しいと踏んでも調査自体が難しい場所だった。
「追えるというのは……」
クレアが尋ねるとシルヴィアは「ふふふ」と口元に手を当て、冗談めかしつつも得意げに笑って見せる。
「城塞内や帝国国内に潜り込ませた仲間がいるのよ。帝国は巨人族の内部にはそうした人員を送り込むのは難しいけれど、私達の方はそうではないし、その用意を進めてきたもの」
帝国は相当手を広げているし恨みも買っている。潜り込む手段はあったし実際にそうすることができた。対し、巨人族と反抗組織内部に密偵を潜り込ませるのは難しい話だ。魔法契約等で帝国と内通していないか程度の調査は行う。
「……確かにな。大義もない戦いを続けているような国では、末端の意識や忠義も低くなりもするだろう」
ウィリアムが驚くには当たらない、というように静かに言った。汚職であれ怠慢であれ、図体がでかい分付け入る隙もあるということだ。
「この土地を離れること自体は問題ないとしても、同胞の救出はしておきたい。城塞への潜入か工作、攻略は必要となってくるだろう」
ヴェールオロフの言葉にクレアは頷く。
「潜入での救出なら力になれると思います」
「ヴェルガ監獄島に潜入した手腕か。そこは期待させてもらいたい。無論、我らも力になれることがあるならばいくらでも応じよう」
巨人族の側近達も同意するように首肯する。
「後は、食料面の問題もありますな。氷晶樹があればともかく、普通の食料となると、我らは見た目通り、食料も相応に必要になるかと……」
「でしたら――エルム。あの木々を他の場所に移したり、育てたりはできますかね?」
クレアの呼びかけに応じるように、襟元からエルムが出てくる。
「アルラウネ……?」
「私の従魔ですね。エルムと言う子で……出自がちょっと特殊なアルラウネと思って頂ければ」
「何と……」
シルヴィアにクレアが答える傍らで、エルムは天幕の外に生えていた氷晶樹に自分の蔦を伸ばす。氷晶樹や果実に触れて、魔力を発して何かを調べ、少しだけ土を掘り返してそれを口の中に運んで咀嚼して、何かを感じ取るかのように思案を巡らす。
やがてエルムは、クレアを見て短く言葉を紡ぐ。
「ここぐらいの寒さは、必要」
「なるほど。そうなると、魔法で補ってあげれば良いと」
「ん」
クレアの質問にこくこくと頷く。
「エルムの力を借りて魔法で補えば、別の土地でも栽培や育成できそうです。継続的な栽培と……それから? 植樹もできる、と」
エルムからの耳打ちにクレアが声に出して伝える。
「短期的な食糧は十分なものを用意しています。領主家では、巨人族の方々が避難してくることも想定していますし、帝国や大樹海に備え、普段から備蓄は十分なものを用意しているのです」
ルシアが説明するとヴェールオロフは思案を巡らせる。
「辺境伯家の御厚意に感謝する」
クレアの話の中でも軽く辺境伯家との繋がりがあることは伝えている。ヴェールオロフが感謝の言葉を述べると、ルシアではなく、ルシアーナとして優雅に一礼して応じた。
「そうなると、救出の作戦を考える必要がありますが――先んじて非戦闘員に避難してもらう、というのも有りかなと。後顧の憂いが無くなり、氷晶樹も外に持ち出して増やせる……となれば、本陣の守りを重視する必要がありませんから」
「確かに……。子供らであれば、人間族の家屋でもそう不自由はしないし、守る必要がなければ自由になる戦力も増える、か」
ヴェールオロフと側近達は顔を見合わせると頷き合う。
「その提案、受けよう。現在城塞で人質になっている者を救出。その後、我らも南方に拠点を移すという方向で考える。連れ去られた他の仲間達は――追跡調査が必要だな」
「それに関しては私の仲間達が情報を持ち帰るのを待ちましょう」
シルヴィアが答え、クレアが救出作戦のための情報を二人に求める。
「後は――要塞や駐屯している帝国軍に関する情報を教えて頂けますか?」
「うむ。情報を整理した上で作戦会議といこうか。クレア殿達が合流したことで、取れる選択肢も広がったであろうからな」
そう言ってヴェールオロフ、シルヴィア、クレア達は腰を落ち着け、情報を持ち寄って避難計画と人質救出の計画を練っていくのであった。
作戦会議が終わってからはすぐに動くのではなく、巨人族から歓迎の意を込めてクレア達と交流の時間をとった。
お互いに食料を持ち寄り、一緒に食事して歌を披露したり談笑したりといったものではあったが、アストリッドを帝国から救出して加勢にきた、というのは周知されており、巨人族達からは総じて歓迎の意を示されていた。
反抗組織の面々に関してはシルヴィアが自ら来ているということもあり、巨人族へ加勢に来ているのはアルヴィレト出身の者達で構成されている。そのためクレアにとっては大体身内のようなものだ。偽装していなければならないことを残念がってはいたものの、皆クレア達に丁寧な挨拶をしていく。
「よろしくお願いしますね」
そんな風にクレアも応じる。
クレアが提供した食材も、普段氷晶樹の果実ばかりになっていた巨人族の食生活にはかなりありがたいものであったらしい。隠れ潜む生活の中で我慢を強いられていたということもあってか、歓迎の宴はかなりの盛り上がりを見せたのであった。
宴が終わった後は長年を経ての再会であるからクレアはシルヴィアと過ごす時間を作る事にした。アストリッドもまた救出されて久方ぶりに仲間と会うことができたということもあって、ヴェールオロフを始め王妃、仲間達とゆっくり過ごす時間を取ることにしたようだ。クレアもアストリッドも久しぶりの再会だ。1日、2日ぐらいは時間を取っても良いだろうと、そうヴェールオロフは言った。
天幕は巨人族側が用意してくれたため、そこでクレアはシルヴィアとゆっくり腰を落ち着けて話をすることにした。帝国に絡まない部分――どこでどんな風に育ち、どう暮らしてきたか。師は。友人は。シルヴィアに話をしたいことは沢山あった。
天幕に入ったところでクレアが覆面を外して偽装魔法を解く。シルヴィアも偽装を解いて天幕に腰を下ろし、クレアのすぐ隣に座る。
嬉しそうにクレアに視線を向けてくるシルヴィアに、クレアも自分の顔を良く見せる。
「その……改めて、会えて、嬉しいです。お母さん。クラリッサです。今は――育ての親につけてもらった、クレアと名乗っています」
「ええ。私も……会えて嬉しいわ」
そう言って、シルヴィアはクレアを抱き寄せるように腕の中に抱擁する。
「育ての親……どんな人?」
抱き寄せたままの体勢で尋ねるシルヴィア。
「大樹海に住んでいる魔女です。ロナという人で……少しぶっきらぼうですが、優しくて尊敬できる師ですよ。お母さんのことも、紹介しますね」
クレアの言葉にシルヴィアは穏やかな表情を浮かべて頷いた。




