第258話 記憶とも呼べない記憶
「姫様だ……!」
「姫様が帰って来た……!」
クレア達が沢山の者達を連れてきたことで、大人の巨人族も顔を出し、子供達は天幕や木々の陰から何事かと様子を窺っていたが、アストリッドが笑顔で手を振ると、巨人族の子供達も満面の笑顔になって駆け寄って来た。
子供と言っても、幼いのに背はクレアやセレーナに届くぐらいだとか、もっと高いという者が多かった。巨人族の集まりだけのことはあるだろう。
「みんな、久しぶり!」
アストリッドがしゃがんで子供達を迎える。一番小さな女の子が抱き着いてきて、アストリッドは嬉しそうに微笑んだ。
再会を喜んでいるアストリッドや子供達の様子に、大人達も喜びの色を露わにしていた。案内役の巨人族から掻い摘んだ事情を説明されて、納得したように頷く。元より反抗組織と協力関係にある。外の人間を受け入れられる下地はあったということだろう。
「皆、すまないな。まずは王に説明しなければならない。姫様も報告に向かうから、また後でゆっくり話をして欲しい」
頃合いを見て、再会を喜ぶアストリッド達に案内役の巨人族が言うと、子供達も名残惜しそうにしつつ離れた。
「では案内しよう。客人の同胞もそこで待っていらっしゃる」
「ありがとうございます。よろしくおねがいしますね」
巨人族に先導され、クレア達は中心部にある天幕へ向かった。ここにある天幕も上空から目を惹かないように天蓋部分に偽装の幻術が施されているようだ。氷晶樹は背が低い木々であるから、上からでは目立たないというのはあるだろう。
クレア達はそうしたものを眺め、巨人族達に会釈をしながらも主だった者達と共に天幕へと入る。
「お連れしました」
「うむ。よくぞ参られた。歓迎しよう」
そこにいたのは長い白髪、深い空色の目の巨人だった。豊かな髭を蓄え、他の巨人達より頭一つ分大きい。大きいが威圧感はない。静かで重厚、雄大と言った雰囲気だ。多分、魔力反応が精霊のそれに似ているからだ、とクレア達は感じる。
その巨人は立ち上がってクレア達を迎える。
「クレアと申します」
「ふむ。年若いが、そなたが代表ということかな。儂はヴェールオロフという。王ということになっているが、礼儀作法等は然程気にする必要はないぞ。人間族はそういうことを気にする傾向のようだから先に言っておこう」
クレアが一礼すると、白髪の巨人も名を名乗る。巨人族の王ということで間違いないようだ。あまり礼儀作法などに拘らないというのは、砕けた印象のあるアストリッドもそうだろう。ヴェールオロフも落ち着いていて重厚な雰囲気こそあるものの、理知的で大らかな人物とクレア達には感じられた。
理知的な印象を強くしているのは、多分その深い色の目なのだろうとクレアは感じた。
天幕の中には他にも何人かの人物がいる。王の側近と思われる巨人族が何人か。それから、フードを目深に被った者達。フードを被っている者達は巨人族ではない。人間サイズの大きさではあるが種族は分からないようにしているようだ。反抗組織の人間だろう。
「わかりました。ただ、私の方は普段からこう言った口調なので気にしないで頂けると助かります」
天幕の中の様子を確認しつつ、クレアが答える。
「承知した。娘を助け出してきたと聞いている。まずはそのことについて礼を言っておこう。未熟者ではあるが、いると皆の雰囲気も明るくなる娘なのでな」
ヴェールオロフは目を細めてクレアとアストリッドを順に見やり、それから言葉を続ける。
「加勢を考えているということだが……まずはここに至るまでの経緯と事情を聞かせてもらえるだろうか?」
「はい。少し長い話になります。皆さんもそれでいいですか?」
「問題ない。そなた達はどうかな?」
「我らも異存はありません」
天幕で待っていた反抗組織の面々も頷く。信用するかどうかは話を聞いてから、というのがあるからだ。案内してきた者達も、ヴェールオロフが話をしているということもあり、予断なく話の内容を受け入れてもらうのが良いだろうと、クレアの出自については現時点では明かさずに成り行きを見守っていた。
「では――」
ヴェールオロフの返答を受け、クレアは一旦目を閉じると大きく息を吸う。
話を始めるには少しの覚悟が必要だった。きっと話のどこかで彼らにも伝わるのだろうから。
探している人は、この中にいるのだろうか。魔力の波長は偽装されているのか、よく分からない。ここでお互いに認識した上で母と顔を合わせたら。自分は。相手は何を思うのか。
そんな思いが胸中に過ぎりながらも、クレアは口を開く。
ロシュタッド王国側に近い大樹海に住んでいたところから帝国との因縁について話を始めた。
遺跡から古文書を発見した事に端を発してからの帝国との因縁。戦い、経緯等をクレアは順に話をしていった。その中で。
「――待って」
声を上げた者がいる。女の声だ。
「は、話を……遮って申し訳ありません、ヴェールオロフ王」
「……構わんよ。大事な事なのだろう?」
フードの女の、少し震えた声にヴェールオロフは何かを感じ取ったのか、落ち着いた調子で応じる。
「ありがとうございます」
そう言ってから、女はフードを脱いで顔を見せ、同時に偽装を解いた。
「帝国が運命の子と言って、追っている子……。あなたは……」
いるかも知れないと予期していたことではあるが、それでもクレアの目が少し見開かれた。ディアナやグライフもようやく見つけることができたと安堵したように胸に手を当てたり、目を閉じたりといった反応を見せる。
その人物は――アメジストのような美しい色の目をしていた。クレアやディアナに面影の似た美貌の女性だ。偽装を解いたことで強い魔力も持っているのが分かった。
アルヴィレトの王妃にしてディアナの妹。そして、クレアの母親、シルヴィアだ。
「私も……偽装を解きますね」
クレアも頷くと仮面を外して、偽装魔法を解く。再びその姿が露わになると、天幕の中にいた面々も息を呑んだ。
シルヴィアは――クレアの偽装が解け切るより前に駆け寄っていた。そのまま、クレアを抱きしめる。静かに嗚咽が漏れた。
「無事で……。生きていて、くれた……のね」
グライフと共にアルヴィレトの面々に会いに行った時も、ルーファスに会う時も、そして、今も。クレアはどうしても心配して、不安になってしまうことがある。
前世の記憶があって、その時の両親との関係がぎくしゃくしてしまっていた自分が、顔を合わせた時にきちんと肉親だと思えるだろうか。表情に乏しいこんな自分で、がっかりさせてはしまわないだろうか。
親や兄弟姉妹だからと、無条件で愛し、愛されるわけではないのだし。
だから。
だから今の自分が、こんなにも、ここまで強く感情を揺り動かされるとはクレアは思っていなかった。
この人を、知っている。この声も。体温も。魔力も。優しさも。みんなみんな知っている。
それはクレアがクレアとして世界を認識するより前の記憶とも呼べない記憶だ。
そう感じられることが、嬉しかった。何か残っていてくれたものがあることが。こんなにも縋るように抱きしめてくれることが。この人が生きていてくれたことが、嬉しかった。
「うん……。おかあ、さん……」
クレアもまた、シルヴィアに抱擁を返し、その身に顔を埋めるようにして嗚咽を漏らす。
長い時を経て再会した母と娘はそのまま抱き合い、しばらくの間静かにお互いの無事を喜び合うのであった。




