第249話 門と人形
バルタークが離れた位置から剣を振るえば、斬撃が背後から迫ってくる。ゲートに斬撃を見舞い、離れた位置を直接斬る。そういう技だ。
ファランクス人形がクレアの背後に出現し、盾でそれを受ける。受けながらも槍を繰り出して反撃を見舞う。ゲートを通しての反撃、というのはバルタークからしても想定内でもあるし、自分の作っているものだけに軌道は分かりやすいのだろう。
ゲートから突き出される槍に対し、バルタークは手を翳すように受けた。バルターク周辺のゲート生成はほとんど瞬間的で予備動作がない。
バルターク側に突き込んだはずの槍は途中から再度ゲートを通り、クレアの左手方向から先端部分が突き出される結果となった。
が、クレアには当たっていない。クレアまで届く前にファランクス人形を小さくして槍ごと引っ込めた形だ。ほとんど同時に魔力の斬撃波と刺突がゲートから飛び出してくる。
それをクレアは回避せずに瞬時に編み上げた糸の盾で受け止め、妖精人形の糸矢で撃ち落とす。止めなければゲートからゲートへと飛び回る弾幕と化す。その物量を凌ぎ切るのはクレアとて難しい。対応しきれなくなる前に受け止めるか撃ち落とすかしなければならない。
クレアの動こうとした方向に、ゲートが出現する。逆方向に糸を伸ばし、伸縮させて自分の身体を引き寄せることでゲートに激突することを防ぐ。回避していなければゲートに呑み込まれるタイミングで入口が凄まじい速度で閉じていた。瞬時に狙いを察して回避したが、同時に糸を閉じるゲートに向かっても放っている。閉じられた瞬間にどうなるかを調べるためだ。
結果は、切断。内側にある糸に――別状はない。斬られたが消失までは維持していて、その存在を感知することができた。
ゲートと魔法の空間がセットになった固有魔法。剣を内側に保管していたことを考えても、内部に物を保存しておくことは可能なのだろう。しかし、飛び込むべきではない。内側の空間を自由に繋げられるというのなら、歪めて破壊することぐらいはできると想定しておくべきだ。
しかしゲートや魔法空間が魔法である以上、切断や歪曲に対し、結界や防殻による抵抗も可能なはずだ。固有魔法であるならば切断や歪曲の威力は普通の魔法より数段上と想定されるが。
分析しながらも撃ち落とし、バルタークに向けて糸矢を放って応戦する。ゲートで防がれても糸矢ならば軌道を変えられる。歪められても反転されても、糸ならば問題はない。
それでも、押されていることは否めない。
原因は、分かっている。平野部で、糸を使っての機動力を発揮できないからだ。だから――作戦が始まって以降、クレアは準備を進めていた。自分が優位に戦える場を作るための準備。
「エルム! お願いします!」
「ん」
「何……!?」
クレアの懐から、短い返答。同時に凄まじい勢いでバルタークとクレア達の周囲から何かが飛び出した。
開けた場所であってもクレアの力が発揮できるフィールドを作る。自分の強みも弱みも分かっている。その問題は、エルムが解決する手段を持っていた。
エルムは植物系の魔物を作り出せるが、あれは一代限りの即席植物を作り出すという能力だ。だから、フィールドを形成するための植物をクレアはその能力に求めた。
驚異的な成長速度と生命力を備える。頑丈で一掃しにくければ言うことはない。そんな条件に当てはまる植物をクレアは知っていた。後はそのイメージや構造を伝え、それを再現してもらえばいい。つまりは――竹だ。
地面から無数の槍のように突き出たかと思ったそれは、見る見る内に成長してクレアとバルタークの周囲があっという間に竹林に変化していた。
「それがどうしたというのだ!」
バルタークは笑う。驚きはしたが、それだけだ。植物を操る魔法を使えるからと、バルタークのゲートを攻略できるとは思えない。
だが、次のクレアの動きでバルタークは自分の予想が間違っていたと悟る。
周囲の植物は、攻撃のためのものではない。クレアは手から糸を伸ばしたかと思うと、凄まじい速度で身体を一切動かさないままに飛んだ。
一瞬ではあるが、バルタークはその動きを見失った。身体的な予備動作無しに飛んだのだ。普通にできる動きではない。糸の固有魔法の伸縮で飛ぶか、接続した植物を操作して引っ張ったか。
攻撃は上からも横からも来た。光る糸の矢が四方八方から降り注ぐ。展開されたゲートに呑み込まれるが、攻撃すべき対象は展開していたゲートの包囲網の中には既にいない。随伴していた妖精人形達も竹林の中に紛れるように分散したようだ。
「これは――」
視界の端で動く影を捉えてバルタークは頭上を見上げた。右へ左へ。縦横無尽に飛び回る影。竹林の中に少女の魔力が広がっていくのをバルタークは感知する。糸を林の間に複雑に張り巡らせているということだ。
直観的に危険度が高いと感じた。迷わず剣を振るい、周囲の竹を断つ。が、残った根本から更に伸びて斬り倒す前と同じような状態になった。竹は地下茎で広がっている。地下茎であると言うことを理解した上で、一帯の地面ごと抉り飛ばすような対応をしなければ、幾らでも伸ばし、生やすことができる。
竹が戻るのに合わせるように糸矢が撃ち込まれる。埒が明かない。植物の生育速度から言って、林の中から抜け出したところで同様のエリアを広げながら追ってくるだろう。封鎖結界で閉ざされている以上、バルタークのゲートでも逃げることはできない。
バルタークは迷うことなく、周囲に広く自分の魔力を拡散させる。危険だと直感が告げていたからだ。
固有魔法は現象に比して魔力の運用効率がいい。拡散させる魔力はそう多くなくていい。
クレアの動きに合わせるように、広げた魔力の先にゲートを作り、バルターク自身が疑似的な瞬間移動を見せた。間にある空間を縮め、ゲートからゲートへ。
クレアの変則的な動きに対抗しながら、その動きを視界に留めてバルタークは斬撃を繰り出す。一瞬で編み上げられた糸の盾が剣を受け止めたと思った瞬間。
「鬱陶しい!」
バルタークが広げた掌を握り込むような仕草を見せれば、一斉に展開したゲートからクレアに向かって魔力弾が放たれていた。
魔力弾を展開する予備動作も、ゲートに向かって弾丸を撃ち込むような動きもない。ゲート内部に直接作り出し、そこから叩き込む攻撃だ。クレアが手札を切ってきたのと同じように、バルタークもまた様子見を止めて温存していた技を繰り出してきた。
外から放たれた糸矢がゲートとゲートの隙間を縫って、互いの周囲でぶつかり合って弾ける。
撃ち漏らした弾丸は体術による回避。そして糸の盾と防殻で受ける。バルタークの至近。防御用に展開しているゲートの間合いより内側に、小さくなっていたファランクス人形が突如術を解除されて、出現しながらも槍を繰り出す。
当たらない。バルタークは手の先に展開されたゲートを盾に攻撃を受けた。ゲートはそのままファランクス人形を半分程呑み込むように一度広がり、そのままゲートの入り口を閉じる。
クレアの固有魔法で操作されている人形だ。装甲にゲートが食い込み魔法同士が干渉して火花を起こして抵抗を見せる。が、そこまでだ。ゲートにファランクス人形が切断される。離れた出口側に飛び出していた人形の半身が脱落する。
ファランクス人形が脱力したように左手の盾を取り落とす。バルタークの意識がそこから外れた瞬間だった。盾が空中で止まり、裏側に隠された爆裂結晶が至近でバルタークに向かって炸裂する。
「な、に!?」
バルタークは反射的に爆風をゲートで受けるが、飛び散った破片全てまでカバーしきれない。防殻を中和し、その手足に破片が突き刺さる。致命傷になる部位へのダメージは避けられたが手傷は与えている。
人形は破損しようが、どこか一部に糸さえ接続していれば操作できる。大きな破壊を受けたから活動停止したと見せかけたのだ。
「なるほど。少し理解しました」
クレアは言いながら林の間を縫うように飛ぶ。バルタークは鉄壁と呼んで差し支えない固有魔法を持つが、ゲートを開く際には点のような始点から展開しなければならない。決めた大きさに広げ、閉じる。一連の流れは凄まじい速度ではあるが、出現から消失まで、開閉という過程を経る必要がある。
反応が遅れたからゲートを広げるのも遅れ、破片まで防ぎ切るだけの大きさにできなかった。そういうことになる。




