第24話 遺跡と黒い影
「――あれは遺跡、ですか」
糸の上に立ったクレアは遠巻きに状況を確認する。
間違いなく崖崩れの痕跡があり、崩落した斜面に何か――石の建造物が露出しているのが見えた。
建造物の中に入ることができるような形でぽっかりと黒い穴が開いている。建造物の全体像は分からないが入口ではなく、壁面の一部が崖と共に崩れてそこに穴が開いているようにクレアには見えた。感知していた妙な魔力反応は、やはり――そこからのものだ。
その穴の近くに、何人かの冒険者がいた。
冒険者達の接触を止めに来たクレアであるが、間に合ってはいない。感知していた人数と、視界に入っている人数が合わない。既に何人かを斥候として内部に送り込んでしまった後ということだ。
外にいる者達は見張りか、仲間が戻ってこない場合の救助役、或いは救助要請等の連絡を行う役回りなのだろうと判断する。
ロナやセレーナのところに残してきた糸を使って、二人への情報伝達を行う。原理としてはシンプルに糸で一筆書きのように文字を形作るだけだ。
「どうしたものでしょうか……」
冒険者達は既に内部に入ってしまっている。遺跡の正体が分からないのに自分まで遺跡の中に入るのは悪手だとクレアには思えた。
この後の状況変化も予測不能。である以上は冒険者達と行動を共にするのも控えておいた方が良い。冒険者達もある程度の危険を予測して外に人を残しているのだ。クレアから言える事はない。それどころか、遺跡に迂闊に近寄って同じ場所にいては、爆発等で一網打尽になってしまう危険だって考えられる。
ロナとセレーナに情報は伝えたのだから、距離を取って推移を見守るべきだと判断し、頭上の糸にぶら下がりつつも少し高度を下げていく。
現状「飛行」してはいないが、天空の王のセーフアウトの判断基準など、クレアには知る由もないのだから。そのまま状況を一望できる高い樹上に位置取り、周囲に糸を飛ばして張り巡らせていく。
(このまま……無事に先遣隊が戻ってくれると良いんですがね……)
クレアの眼下では冒険者達が興奮冷めやらぬといった様子で何事か話をしている。
彼らは未発見の遺跡を最初に見つけたという立場だ。名誉という意味でもそうだし、価値あるものを持ち帰ることができれば、それらは彼らに富を齎す。だからそうやって喜んでいるのも至極当然とは言えた。
冒険者達の様子を見ながら何事もなく終わって欲しいと、祈るような気持ちを抱えていたクレアであったが――。
「う……」
思わずクレアの口から声が漏れ、肩に乗っている少女人形が顔を背けるような仕草を見せた。
遺跡から漏れ出していた、魔力の質が変わったのだ。静かに佇んでいるような印象だったそれが、暗い穴の中から噴き出すようなものに変化したのを感じてしまった。攻撃的で剣呑な、その魔力。
遺跡の中で何があったかまではクレアには分からない。しかし遺跡が目を覚ましたというのは間違いなかった。
冒険者達も噴き出た魔力に何かを感じたのか、談笑を止めて黒々とした穴を覗き込む。
後方に連絡を入れながらも、クレアはどうすべきかと思案を巡らす。迂闊には踏み込めない。救助に向かうにしても二重遭難になっては目も当てられないからだ。それはロナとセレーナを危険に晒すことになる。
冒険者達の救助を考えるにしても、ロナ達の到着を待ちながら情報を伝え続けるべきだ。
「出口だ! 走れッ! 走れ走れ走れえ!」
「ぐ、おおおっ!」
悲鳴に近い声と慌ただしい足音、断続的な金属音が遺跡の中から聞こえる。直後、何人かの人影が暗い穴の中から飛び出してきた。
身体のあちこちに裂傷を負い、血塗れになった冒険者達だ。意識を失いかけている仲間に肩を貸すように転がり出てきた。
「おい! 大丈夫か!?」
外に残っていた面々が倒れ込んできた仲間達を受け止める。外は崩落したばかりの斜面だ。
「見たことのない化けもんだ! 追ってきてる!」
「ジェナがやられた! 出血がひでえ!」
「くそっ! おい、しっかりしろ! すぐに治療する!」
男達は背中から出血して朦朧としている軽装の女冒険者に呼びかけるも深手だ。出血量が多い。
咄嗟に腰のポーチからポーションを取り出して応急処置をしようと試みる冒険者達であったが――そこに鎧と盾を装備した重装甲の戦士が、自身の正面に盾を構えながら穴の位置まで後退してくる。その重装戦士も、身体のあちこちから結構な出血が見られた。
戦士は一瞬後方を肩越しに確認して、歯を食いしばり、穴の入り口で踏み止まる。もし自分が抑えなければ、追ってきているというそれが、後方にいる仲間達にも襲い掛かるという判断だろう。
次の瞬間、黒い影のようなもの穴から飛び出し、戦士の盾に、鎧に、その隙間に幾度も浴びせられた。先端に煌めき。鞭のような刃のような何か。金属音と舞う血しぶき。凄まじい速度の斬撃の雨、雨、雨。
「だ、駄目、だッ! もうもたんッ!」
致命傷だけは防ごうという動きを見せる戦士であったが――その防御の間隙を縫うように、刺突が混じる。必死に盾を支える戦士の肩口に黒い触腕が突き刺さり、力が入らなくなった瞬間を狙うように、盾を跳ね上げられた。
「しまっ――」
声を上げる重装戦士。迫る斬撃。
瞬きの刹那に。
「う、おおおっ!?」
「な、何だ!?」
冒険者達は纏めて、後方に引き寄せられ、空中に舞い上がっていた。
全員のその身体に、不可視の帯がいつの間にか巻き付いていた。そのまま後方に張られたネットで受け止められる。
状況を把握できていない冒険者達の身体が輝きに包まれた。浄化の魔法だ。
「出血が多い……。その人は止血だけ優先しておきますか」
深手を負っていたジェナの背の傷を、クレアの糸が縫合していく。血管を繋ぎ合わせ、開いた傷を縫い止めていった。
「な、何だ?」
「魔女……?」
「まずは手当を」
クレアは呆然として固まっている冒険者達の近く。枝の上に立っていた。遺跡の方から視線を逸らさず、冒険者達の戸惑いの声に短く答える。
「あ、ああ……」
「よ、よくわからんが。助けてくれたのか……。れ、礼を言う」
思い出したというように冒険者達はポーションを使って治療を施していく。
そうやって治療を施している傍らで、遺跡からそれが出てくる。
陽光の下に出たそれは――人影のようなシルエットだ。漆黒の、人型の何か。涙滴を逆さにして、丸い頭部を乗せたというような。しかし、目も鼻も口も手足もない。
正体不明のそれに、皆が目を奪われている中で――頭部に裂け目が開くように、ぎょろりとした単眼が覗いた。
誰かの生唾を飲み込む音。
一瞬明後日の方向を向いた目であったが、ぐるりと視線を巡らし、クレアと冒険者達を睨め付けると、牙を備えた口腔を開いて咆哮を上げた。特に――脅威と見做したのか、クレアを真っ直ぐに見ている。
手出しをしたからなのか、それとも目につく者に攻撃を仕掛けるのか。攻撃の意思を示すように、剣呑な魔力がクレア達目掛けて吹き付けてくる。
「あー……全員が遺跡を出たからって許してくれるわけではないみたいですね。追ってきたのはあれ一体ですか?」
「あ、ああ。二匹目がいたら、多分……いや、間違いなく俺達は生きちゃいねえ」
「分かりました。頃合いを見て地面に降ろしますから、貴方達は治療が済んだらあっちへ逃げて下さい。ポーションではあんなに流れた血までは戻してくれませんから。それに、誰かが生き残って伝達することが大事です」
クレアの肩の少女人形が、逃げるべき方向――調査隊本隊のいる方向を指差す。
「あ、あんたはどうするんだ?」
「時間稼ぎします。というか、どうも……私に対して目を付けてるみたいですし」
「あ、おい!」
クレアは言い残すように男達から離れた場所に降り立つ。黒い影は大きな一つ眼でクレアの動きだけを追った。




