第247話 光の鏡
「くく。顔を隠している者が名乗るとも思えんが……ヴルガルク帝国第五皇子バルターク、推して参るぞ」
剣を構え――魔力の高まりと同時に踏み込んでくるバルターク。周囲に展開された円と鏡は、本体であるバルタークから離れることなく、動けばぴったりとついてくる。
対するクレアは一定の距離を保ちながら迎撃する形をとった。足元の光の円や背後に浮かぶ鏡の正体が不明だからだ。
クレアの唸る雷鞭と魔力を帯びたバルタークの剣がぶつかり合い、空中にいくつも火花を散らす。バルタークの使っている武器は魔法銀。切り結んだところで感電も期待はできないだろう。
しかし――雷鞭はあくまでもクレアの技量で振るっているものではあるが、糸の固有魔法を核として操作できるものでもある。攻防の中でバルタークが合わせて弾いた鞭の攻撃の一つが、突如慣性を無視し、死角から軌道を変え、蛇のように打ち下ろしへと変化する。
迫るそれを、寸前でバルタークが弾く。
「面白い!」
感心したような声で目を見開き、一瞬身体を屈めるバルターク。急激に魔力が高まったかと思うと、砲弾のような爆発的な速度で地面とほぼ平行に飛来してきた。錐揉み飛行のような挙動から斬撃を見舞ってくる。
下から上へ。見切りにくい軌道と角度の斬撃であったが、バルタークの剣が捉えたのは幻影だ。展開されているサークルの内側には入らないよう、揺らぐような動きでクレア本体は後ろに引いている。グライフの体術を模倣した動きだ。
着地し、反転。迫ってくるバルタークであったが、迎え撃つように結晶弾が放たれていた。剣による迎撃の構えを見せるが――結晶弾は接触する瞬間に寸前に爆発を起こした。鉱山竜の術を応用変化させたもの。爆風の方向に指向性を持たせ、しかも纏う魔力が別の魔力と触れると爆発するという、いわば近接信管方式だ。
爆風が薄れる。掌を前に翳すバルタークは健在。というより無傷だ。
「今のは……」
少し離れたところで相対するクレアは小さく呟く。爆裂結晶への対処に違和感があった。
防殻を打ち破れなかったというわけではない。そもそもそこまで爆風が減衰して届かなかった。爆発自体が想定したものより小規模なものにされてしまったという印象。
ただ、そもそも爆裂結晶一つで痛手になるとは思っていなかったから、クレアはバルタークの対応に関係なく既に次の動きを見せている。周囲に光が瞬いたかと思うと呪いが解除され、複数の妖精人形がクレアの周囲を固めるように飛ぶ。
「召喚術……? いや、何だ?」
不可解に思ったのはバルタークもらしい。召喚術というものはある。しかし、それとは何かが違う。
互いに固有魔法の正体は掴んでいない。だが、分からないままに互いが動く。先程と変わらず。前に詰めるバルタークと距離を保ったまま戦うクレア。
先程と違うのは――妖精人形を展開しているという点だ。元々妖精人形は遮蔽物の無い平野において即席の銃座や糸を繋ぐ基点とするためだ。
糸の魔法の正体を簡単には掴ませない、偽装の意味合いもある。
距離を詰めようとするバルタークに対し、四方八方から糸矢の雨が降り注いだ。防殻を貫通する性質を宿らせた、魔術師殺しの弾幕だ。
防御も回避も至難。殺到するそれらに対し、バルタークが大きく腕を振るって魔力を放つ。
瞬間、光る鏡がバルタークの周囲に展開していた。同時に、腕から放たれた魔力の波を基点に、クレアの後方にも鏡が展開していた。バルタークの周囲に展開された鏡に呑み込まれ別の鏡――クレアの後方から降り注ぐ。
利かない。糸矢はクレアの制御を受けているものだ。不活性化するか軌道を変えて消失する。
「空間操作の固有魔法、ですか」
ウィリアムの転移とはまた異なる空間制御系の固有魔法だ。
別の空間同士を繋ぐゲート。或いは仮想空間を作り出して出入口を自由に設定できる、というものだろう。恐らく、持っていなかったはずの剣もそこに収納していたと思われる。
その防御力もそうだが、殺傷能力も高い可能性がある。例えば、閉じようとしているゲートに挟まれた物はどうなるのか。ゲートに呑み込んだ上で入口を閉じた時に閉じ込められた場合はどうなるのか。そういったものが未知数だ。
但し、ゲート自体の殺傷力は同じ空間系の固有魔法であるウィリアムに比べると劣る、というよりも攻撃実行までが「遅い」と言える。バルタークの周囲に展開されているサークルは瞬間的に発生したが、クレアの周囲に現れたゲートはまずバルタークが魔力を先に放っていた。
それがバルタークの実質的な射程とも言える。
その後にゲートを通過させる分だけ、攻撃を飛ばして命中させるまでのタイムラグがあるし、ゲート広げて相手を飲み込み、挟むにしても内側に閉じ込めるにしてもウィリアムの術に比べると1手、2手は遅れる。
だが、そうした弱点とて研鑽や工夫、対策で補える。クレアは、自分ならばそうした術を使うためにどうするかに想像を巡らせながらも動く。
バルタークの取った手の一つは、展開したゲートの位置操作だった。クレアの周囲をつかず離れずの位置取りでゲートが追随してくる。
それはいつでも狙撃が可能な銃座であり、クレアの攻撃を反転させる時のための基点とも言える。
バルターク本体もクレアを追う。離れた間合いから剣に魔力を込めたかと思えば――。
「っ!」
クレアは魔力反応を感知した瞬間に身を逸らす。展開していたゲートの一つから、三日月型の魔力の斬撃が飛来していた。回避したと思ったその時には、別のゲートに呑み込まれた斬撃が更に別のゲートから戻ってくる。
バルターク本体が更に剣を振るい、斬撃の波や刺突の魔弾を追加することで凄まじい密度の波状攻撃と化した。
避けきれなくなるより前に――妖精人形達が撃ち落とす。撃ち落として、バルターク本体への応射を見舞う。
バルタークも自身の周囲にゲートを展開する。こちらは瞬時の展開だ。だが妖精人形が放っているのは単なる魔力の矢ではない。妖精が放っているように見えて、クレアの制御下にある糸矢なのだ。途中で軌道を鋭角に変えると、ゲートの隙間を縫ってバルタークに降り注ぎ、呑み込まれる寸前に動きを止めて吸い込まれるように伸びていく。
剣戟の音と共にすり抜けてきた糸矢を弾く。光弾と糸矢の複雑な応酬。ゲート操作に対し、クレア側に本体から繋いだゲートを見切ると、クレア本体からゲートに向かって糸の斬撃を叩き込む。
「ちっ!」
舌打ちして跳び退る。その一撃は防殻を破り、僅かにバルタークの頬を薙いでいった。
「妖精――いや違うな」
攻防を重ねながらバルタークはクレアから広がる不可解な魔力――固有魔法の正体に思案を巡らせる。魔力はクレアから繋がって広がっている。妖精も、放たれる光の矢も同種のものだ。力を貸しているか、制御や操作しているか。それが可能だとするなら、本体から伸び、繋がっている何か。
「――糸か。それを細かく性質変化させているようだな」
糸の色や形状、性質を変化させられるから妖精を操っているのが目に見えない。が、魔力感覚を研ぎ澄ませれば繋がっているものはある。
放った矢に外から何か術式による加工を加えていないのに複雑に変化しているのは、矢自体が糸だからだ。冒険者風の服装をしているが近接戦闘にも対応できる、実戦に重きをおいた魔術師だ。故に、固有魔法の変化の多彩さや対応力は相当なものだろうとバルタークは予想を立てた。




