第241話 地底の生活を眺めながら
「なるほど。これは――」
早速ディアナは結界の護符や魔法道具を見せてもらった。
幻影の岩壁を作り出す魔法道具。方向感覚をかき乱す幻惑の護符。それに水を作り出すとか浄化するとか、生活環境を保つための魔法道具もだ。篭城にも作戦行動にも使えそうな魔法道具が多い。
しばらく検分していたが、やがて顔を上げて口を開く。
「そうね。私と同じく研究開発をしたのでしょう。少し独特の変化はあるけれど……。元になっているのはアルヴィレトの術式……だと思うわ」
ディアナの言葉に、クレア達は顔を見合わせる。クレアの表情はいつも通りではあるが、襟元で少女人形が嬉しそうな様子であるし、セレーナもグライフも明るい表情を見せていた。
それをしてクレアの母である王妃シルヴィアが反抗組織にいると断言できるものではないが、可能性はかなり増したと言えるだろう。
クレアとしても期するものがあるのか、静かに目を閉じる。
「その人達にはどうやって連絡するの?」
「私達からは会えないわ。帝国の侵攻を警戒して道に罠を作るから危険になるし、抜け穴もいつまで使えるか分からないということを伝えると、もし故郷を追われ、それでも戦うつもりがあるならばと、身を寄せられそうな場所を教えてくれたわ」
ニコラスが尋ねると、リュディアはそう答えた。
例えば北方の巨人族――アストリッド達のところだ。帝国に抵抗している勢力の中でも、大きな力を有する種族で抵抗組織も期待を寄せている、ということだ。ダークエルフ達も防衛能力の高さに期待を寄せている、との言っていたという話ではあるが。
巨人族も帝国に押されて移住しているというのは間違いないが、それでも地形や気候を以って頑健に抵抗しているということである。
そこを避難先の候補として挙げたというのは、抵抗組織も巨人族の支援に力を入れているからと予想された。
ともあれ、抵抗組織の人間は帝国国内の調査や秘密裡の工作をしている。隣国からダークエルフ達を訪れているという建て付けもその隣国が帝国に下った今、ダークエルフ達に接触しにくくなっているというのは間違いない。戦場の近辺をうろついていたら帝国兵に捕まって尋問されるだろう。
抜け穴を使うにしても、ダークエルフ達との繋がりを疑われたらそちらが発覚することになりかねない。そういう点も含めて、現状ダークエルフ達に対しては支援も難しいだろうと予想された。
「この状況では接触も控える、か」
「接触できた場合、あなた方のことは伝えるわ。魔法道具を見て、同門だと言っていたというぐらいの伝え方なら問題ないかしら?」
「そうして頂けると助かります。巨人族の皆さんのところにも、顔を出す予定ではありますが」
「アストリッドさんがいるものね」
リュディアがそう応じるとクレア達も首肯する。
「ありがとう。嬉しいな」
アストリッドも微笑む。
「ともあれ、作戦に向けて準備を進めていこう」
「まずは秘密を守れる信頼厚い者達を集め、魔法契約を取り交わしていく。元々臨戦態勢だったのだ。数日以内には準備も整うと思う」
長老達はそう言って、早速指示を出すために動いていた。
「儂らは交代で動いとるが、地上の者じゃととっくに寝とる時間じゃろ。寝床を用意させる故、今日のところはゆっくり休んどくれ」
既に夜遅い時刻ではあるものの、地下生活でしかも有事では昼夜の違いもない。ダークエルフ達は時間で交代しながらの生活を続けているということだった。
「明日以降、作戦に加わる者達も集めて話を通したら歓迎の宴も開こう。戦時故、あまり大した持て成しにはできぬが、我らの結束を高める席にしたいものだ」
「準備にも時間がかかる。クレア殿は温泉に期待をしていたようだし、明日はそちらを案内してゆっくり休んでもらうことにしよう」
ミラベルが言うと、クレアの襟元で少女人形がふんふんと首を縦に振る。
そんなクレアの様子にミラベルは少し笑って「楽しみにしていてくれ」と伝えるのであった。
クレア達は塔の一角に案内されて一夜が明けた。
一夜といっても地下では朝になっても代わり映えしない。一応、昼夜の変化は闇精霊の活動状態で知ることができる、という話ではあるが。
地下でも闇精霊は夜間少し活動的になるし、昼間はその逆だと言うことらしい。日の出、日の入りが分かるという程度のものだが、基準にはなる。今は帝国に包囲されているが、平時は地上からの来訪者もあったのだ。来客を迎えるにあたって、外の生活基準に合わせるのは大事なことではあるだろう。
朝食は昨日ミラベルに聞いていた通り、地下でとることのできる魚やキノコなどが食材として使われていた。
地中を泳ぐ魔物魚と言うことで少し構えるところもあったが、臭みもなくしっかりした身だ。
「これは色んな料理に合わせやすそうですね」
というのがクレアの感想である。事実、スープにしたり焼いたりして提供しているので、便利に使える食材であるということだ。キノコも風味が良い。
「今はまだ大丈夫ということだが、地上との交流が途絶えると食材の種類は少なくなる。特に……香辛料の類は手に入らないな。地底で手に入れられるのは岩塩ぐらいのものか。魚醤は作れるが」
ミラベルが言った。地下資源は意外に豊富で自給自足や篭城はできても、交易が不可能だと困る部分も多いのだろう。
「でしたら、そういったものを支援物資として提供しましょう。備蓄として余分に持ってきていますので」
「それはありがたい。皆も喜ぶだろう」
クレアの申し出にミラベルが笑みを見せる。
「食事が終わったら……そうだな。温泉に案内しよう。詳しい話は信頼のおける者にしか明かせないが、あなた方の来訪を歓迎している姿は皆にも見せておきたいからな」
「共同作戦を行う上でも重要ですわね」
「そうだな。私が共にいれば皆の不信も軽減されるだろう」
ということで、食事が終わった後、クレア達は温泉施設へと向かうことになった。要人用の施設があり、使用許可を貰っているとのことだ。
そこならば余人を抜きにして温泉を楽しむことができるだろう。
塔を出て、街中へ。ダークエルフやドワーフ達の暮らしぶりを眺めながら温泉施設へと移動していった。
地下と言うことを除けば店もあり、民家もある。案外普通の営みをしている、というのがクレア達の印象だ。
「空気を浄化するための魔法道具が街中のあちこちに設置されているというのが地上との大きな違いかも知れないな。あの柱がそうだ」
ミラベルが言って、街中のあちこちに立っている柱を指差す。柱の上部に水晶がくっついており、それがぼんやりとした光を宿していた。
それらの魔法道具に魔力を注ぐダークエルフの役人も巡回しており、地下暮らしにおいては重要なものなのだろう。生活環境自体は大精霊の加護があるから魔法道具無しでも最低限の維持はできるが、住民の活動次第で空気も汚れる。快適さを維持するなら話は別、と言うことらしい。
特に、今は有事であるからドワーフの鍛冶場なども忙しく、空気が汚れやすい状況なのだとか。
「地下生活も色々大変そうだね……」
「今はな。平時はそうでもない。暮らせば快適なものだ」
ベルザリオの言葉にミラベルが笑って答える。
そうやって街並みを眺めながら移動していき、クレア達は都市部の一角に向かった。
都市部の下層に近い場所に温泉施設はある。都市部から少し離れたところにある源泉から湯を引いてきている、とのことであった。




