第240話 長老達との会談
「戦奴兵への対策か。意に沿わず戦う彼らと剣を交えなければならないのかと思っていたが……」
「人質を取られ、従属の輪で無理矢理戦わせられているのだものね。その対策も含めて、魅力的な提案に感じるわ」
リュディアが言うと長老達も「確かにな」と頷く。
「避難の手段についてはまだ具体的な内容は言えない、ということじゃが……連合なり同盟なりが成立すれば教えてもらえるのかの?」
「それは勿論です。現時点でも答えられることは答えるつもりです。」
長老の言葉に応じるクレア。その言葉通り、質問にはできるだけ答え、答えられない場合はそれについてもできるだけ何故答えられないのかの理由を添えて伝えていった。
「ふうむ。どうも話を聞いている限りだと、帝国はそなた個人に執心しているように見えるが」
「私の受け継いだ遺産……のようなものを狙っているのだと思います」
遺産、と言っているがそれはクレア自身のことではある。クレアを捕らえたとしてその後どうするつもりなのかという皇帝エルンストの考えまでは伺い知れないから、そうなのだろうという推測が含まれた話ではあるのだが。
「帝国が私を探していることと、大樹海の打通に拘っているのは間違いないのだろうと見立て、ロシュタッド王国北部で大樹海にて迎撃するための準備を進めているところですね」
いずれにせよ大樹海で迎え撃つということは説明しておく必要がある。
離れた土地に住んでいるダークエルフ達も、大樹海は人外魔境の魔の森だとは聞いていた。そこを戦いの場に選ぶというのは普通の選択ではありえないものだが……クレア達なら何か考えがあるのだろうと思われた。何せ、ここに至るまでの間にミラベルを含めた各種族の重要な人質達を救出し、今も帝国の陣中にいる人質達の従属の輪を外し、誰にも察知されないまま要塞まで降りてきているというのだから。
直近の出来事だけでも保有する魔法技術が普通ではない、というのが窺える。大樹海で戦うための手段に関しても、色々と手段を持っているのだろう。
後は信用に足るのか、という話になって来る。実際受けてもいいのではと長老達の気持ちも傾いている部分はあるが、その前に一つ、確認しておきたいところがリュディアにはあった。
クレアから感じる印象はダークエルフ達にとっては良いものだった。言動や見た目が、という話ではない。精霊達が来訪を喜んでいるようで、恐らくそこに関わる部分なのだろう。
「問題がなければ……一部の隠蔽を解いて魔力を見せてもらってもいいかしら?」
リュディアがクレアを見て言う。
「わかりました」
クレアはそう言って魔力の隠蔽を解く……と、その魔力が広がった。小さな精霊達がその魔力を歓迎するように活性化して舞う。
セレーナもその光景に思わず視線を巡らす。光の粒が明滅しながら踊るという……美しいものだったのだ。
長老達も「おお……」「これは……」と声を漏らす。
ミラベルが従属の輪を外された時に妖精人形に感じた魔力もそうだが、クレアやロナの魔力の在り様は精霊に近しいものなのだ。それは魔女としての暮らしが培ったものでもあるし、クレア自身の固有魔法という特性が後押ししているものでもある。
結果、精霊に近しい神秘的な印象としてダークエルフ達には感じとれるというわけだ。精霊達には仲間か何かと思われているのか、クレアの肩の上に乗った光の粒が軽く跳び跳ねたり、髪に乗ってから滑り落ちてまた戻ったりと、何やら遊んでいるような、親しんでいるかのような光景がセレーナには見えて、思わず表情を緩めてしまう。
「ふむ。お前さんらは何やら好印象を持ったようじゃが」
ドワーフの代表が言うと、リュディアが応じる。
「何と言うか、精霊と魔力の相性がいいみたいなのよ。私達は先入観を持ってしまうところがあるから、あなた方はあなた方の目で見たもので判断して欲しいわ」
「承知した」
「……そろそろ結論を出すとしよう」
「そうじゃな。聞くべきことは聞いた」
そして、ダークエルフの長老とドワーフの代表は「彼女らは信用できると思う」「手を結ぶ利点も大きいわ」とそんな話をしてからクレア達を見て伝える。
「精霊と父祖の名にかけ、あなた方との約束を守り共に帝国と戦うと誓おう」
「儂らも精霊様にとはいかんが、一族の名誉にかけて誓うぞ」
長老達がそれぞれ誓いの言葉を続け、ドワーフの代表者もそう応じた。
「ありがとうございます。私も……故郷の皆や師の名誉にかけて約束を守ると誓いましょう」
クレアは深くお辞儀をしてそれからリュディアを始めとした長老達と握手を交わす。
「では――互いの秘密を守るという基本的な部分の魔法契約を取り交わしてしまいましょう。それが終わったら、話せていなかった部分もお伝えしていきますね」
クレアがそう言うと長老達も頷き、そして書面を用意して魔法契約を行っていくのであった。
ロシュタッドのこと。アルヴィレトのこと。それに仮面を外した素顔や一同の名、肩書き等を伝えていく。
避難先への移動方法もそうだが、長老達は明かされる情報の数々に驚きを露わにしていた。
「これまで伝えた情報を元に、外の部隊の壊滅と人質の救出を目標に動きたいと思っています」
撃退ではなく、壊滅だ。クレア達は協力が得られないなら得られないなりに、人質の救出と糧食などの物資を奪取する等の工作はするつもりでいた。
だが、ダークエルフ達の協力を得られるとなればそれ以上を目指すことができる。
「承知した」
「現在囚われている人質の移送がされないかが不安なところではあるが……」
「人質の方達にはその動きがあれば、察知して追えるよう、渡しておいた備えを使うようにと伝えてあります」
「移送部隊を途中で襲撃して奪還することになるだろうな」
長老の言葉に、クレアとグライフが答える。
「……帝国も、我らが出撃してきた時の人質や盾として使うために陣中に留め置いているのじゃろう。事実、そのように使ってきた」
戦意を挫く。士気を落とす。そういう目的だ。怒りで戦意を奮い立たせる者もいるだろうが、そうでない者もいる。やがて心を折ることができれば、帝国はそれで良いと考えている節がある。
ともあれ、そうであるというのなら人質達がすぐにどこかに移送されるということもない。準備を整えた上で外の部隊に当たることができるだろう。
「それと――今回のことに直接の関係はないのですが、帝国への反抗組織に関する情報がありましたらお聞きしたく。できれば彼らにも接触を取りたいのです。顔をお見せしたからお伝えしますが……もしかするとその組織に親族がいるかも知れないので」
ミラベルから聞いた話も含めて情報提供者に関する話をすると、リュディアが頷く。
「分かったわ。私達が知っていることについては教えるわ。と言っても、そこまで彼らも多くのことを伝えてくれてはいないのだけれど」
「それだけに、信義に反するような情報を明かすようなことにもならない」
「ま、仲間になってくれるかも知れない者達じゃし問題なかろ」
長老達が言う。そして、情報提供者がどんな出で立ちだったとか、彼らの行ってくれた情報提供以外の支援についても教えてくれる。
帝国との激突も予想されるため、結界札や魔法道具の類を残していってくれたらしい。奇襲や撤退、篭城等々、様々な場面に使えるものだという。
「それを――見せてもらってもいいかしら。同門の系統なら見ればわかるわ」
ディアナがそう申し出るとリュディアは勿論、と頷く。同門だという確信が得られるなら、反抗組織の人員にアルヴィレト出身の者がいるという確信も得られるだろう。




