第232話 獣化族の状況
小人化と糸繭等も活用しつつ複数の気球に乗り込んでクレア達は移動していった。獣化族の子供達は高所に慣れているのか楽しそうに目を輝かせる者もが多い。スピカも姿を見せると、子供達は大きな梟からの挨拶に笑顔になっていた。
気球はゆっくり移動する乗り物という印象こそあるが、実際のところは条件が整っていれば一般的な自動車以上の、それなりの速度にはなる。クレアが操る気球の場合は、それらの条件を結界と風の魔法で割合自由にできるため、結構な速度を出すことができた。
「見つけたわ」
探知魔法を放っていたディアナが言って進むべき方向を指差すと気球もそちらに向かって進む。
獣化族の案内があると言っても、空からでは獣化族にも集落の位置を把握するのは難しい。大体の方向を教えてもらい、その方向に進んで探知魔法を放って場所を探していた形だ。
「ちょっと僕達だけで先に話をしてくるね」
「わかりました」
驚かせないように近くで気球から降りて獣化族の者達だけで話をしに行く。
少しすると、ベルザリオと共に獣化族の者達が戻ってくる。体格のいい精悍な顔つきの男がおり、容姿からするとベルザリオと共通するものがある。恐らく親子――族長だろうと推察された。その裏付けをするかのように、その男はすぐに自己紹介をする。
「息子やマーシャ達を助けてくれて感謝する。獣化族の族長ラドミールという」
獣化族の族長ラドミールは、クレア達に一礼する。
「はじめまして。帝国に追われている身のため、顔と名前は今の時点では明かせませんが、ご容赦をお願いしたく存じます」
「今の時点ではという事は、いずれ明かすこともある、という意味かな?」
「交渉の行方次第でしょうか。私達も帝国と戦うために共に手を取り合える相手を求めておりますので」
「なるほどな」
ラドミールは頷くと、少し笑って背後を手で指し示す。
「そういうことであれば話を聞かねばなるまいな。ベルザリオがこうして自由の身として戻って来て、マーシャからも従属の輪が外されたということを見るに、そうするに値すると判断する」
「ありがとうございます」
そう判断する理由の一助としては走竜達と同じく、クレア達の匂いから判断したところがある。帝国の者達と共通する部分がないのだ。
嗅覚から相手の背景情報を探る事もできる。森で生きてきた。そう思わせる匂い。ポーションを作ったり錬金術を仕事とする者の匂い。或いは森で狩りをして生きる者の匂い。そういった背景事情が窺える。
「しかし、多種多様な顔触れがいるのだな」
「ヴェルガ監獄島に囚われていた各地の人質達が、それだけ多様だったのです」
「監獄島か……。帝国にはそんなものまであるとはな」
ラドミールの先導でクレア達が森を進むと、獣化族の集落が見えてくる。
「ここが我々の集落だ」
「これが――」
クレア達が頭上を見上げると、そこには巨木を支えに家々が作られていた。木で作られた家。木製の足場と吊り橋があちこちに渡され、高所に村が形成されている。縄梯子も降ろされており、それを登って高所にある家々を訪問できるようになっている。
クレア達は梯子を案内されるままに梯子を昇る。板張りの足場を進み、一際大きな巨木にある建物に通された。
「ここは集会所だがな。今の俺の家は、避難してきた先ということもあって手狭なんだ」
ラドミールが自嘲するように笑って、クレア達を集会所に招き入れた。
クレア達は腰を落ち着け、そこで話をする。帝国に国を追われた事。仲間を救出するために監獄島に向かい、ユリアン達と出会った事。
ユリアン達も自己紹介をしつつ、自分達の出自と今現在の状況についての説明をしていった。
ラドミールは静かにそれに耳を傾けていたが、一通りの話を聞くと静かに頷く。
「――戦えない者達の避難と他勢力との連合構想、か」
連合の候補としては東のダークエルフと、北西の巨人族。それに貴女方の本拠地というのが帝国と大樹海を跨いでの南方……ロシュタッド王国という事になる。
「はい。私達としてはまず今連れている方々を帰還させてから順次他の方々に関する工作も、と考えていました。巨人族の周囲では帝国に反抗する組織が協力していたという情報も得ていますので、運が良ければ彼らに接触を図れるかもと考えているのですが、反抗組織については何かご存じではありませんか?」
「もっと南方にいた時はそれらしき者達の話もあった。巨人族のところに現れた者達と同じ組織かは分からないが……貴女方同様、手助けをしてくれた者達がいたのだ。だが……ここには現れないかも知れないな」
ラドミールは表情を少し曇らせる。
「と、仰いますと?」
「隣国が、少しな。先だって新しい王が即位し、帝国に対しては友好的な者を国の中枢に据えていると聞く。そのせいで国内政治もごたついているという噂を聞くが、どうなることやら。そのような場所に、秘密裡に活動している者達も訪問しにくかろう。実際、私達も更なる移住をするかどうか、身の振り方を考えなければならない、と話し合っていたところなのだ」
「僕がいない間に、そんな事になっていたのか……」
ラドミールの言葉に、ベルザリオも眉根を寄せた。
「話し合いの方向としてはどうなっているのですか?」
「抗戦か移住か、だな。少なくとも、帝国に臣従や隷属というのは有り得ん。感情的な意見でもそうだが、もう少し冷静な者達の意見もそこは一致している。我らのような別の種族となれば、あの者達は都合よく使い潰しにかかるだけだろう」
ディアナが尋ねるとラドミールが答える。
「だが……エスキル殿の一族の話を聞く限りでは、別の選択肢も取れるように思える」
「私達のところに避難するのであれば、グロークス一族と幼い走竜を迎えても十分な余力があります。森で樹上に住むことを希望していて巨木が必要というのであれば、対応もできるかと」
「ん」
クレアの隣でエルムがこくんと頷く。木々を成長させたり操ったりできるということを伝えるとラドミールは驚きの表情を見せる。
「それは――望む者もいるだろう。だが、避難を考えるにしても、そこまで望むのは贅沢というものだ。樹上での生活は我らとしても落ち着くが、それが必須というわけでもない」
ラドミールとしてはそこまでは考えていないというわけだ。
「僕は……どうするにしても彼らに協力したい。恩があるから」
ベルザリオは獣化族全体がどうであれ個人として手伝いたいと思っているとラドミールに伝えた。
「……そうだな。恩義を返さぬは一族の恥。この土地も追われる可能性がある以上、避難と抗戦を同時に考える事も必要になるかも知れない」
ラドミールは「皆と話し合いをする」と伝えて立ち上がる。
「話し合いの結果が出るまで、ここで寛いでいて欲しい。あまり大したものではないが、もてなしの用意をさせよう。ベルザリオ。お前も説明のために来て欲しい」
「わかった」
そう言ってラドミールとベルザリオは集会所から出ていった。すぐに獣化族の者達がやって来て、食事を運んでくる。鹿肉や山菜、キノコ、果物といった森で採れる品々だ。
「隣国……には接触しない方が良さそうですわね」
「潜在的な敵国と想定しておいた方が良い。そして、そういった相手に対して、帝国は内部からの切り崩しにかかる」
ウィリアムがそう応じる。
亡国に至るにせよ属国となるにせよ、そうなるにはまだ時間はかかるということだ。帝国の大樹海方面への計画を考えるならそこまで本腰は入れないと予想された。
「新王の選択だものね。生き残る事を考えたのか、そもそも傀儡なのかは分からないけれど
「そう、ですね。帝国を弱体化させれば隣国の状況も変わるでしょう」
ルシアの言葉に、クレアも静かに応じるのであった。




