第22話 地図と魔法契約
「なるほどねえ……」
合流したクレアとセレーナの話を聞いて、ロナは真剣な面持ちで頷いた。
「予定にはなかったが、宿を取るか。そこで話をするとしようかね」
「分かりました」
3人は連れ立って街中を移動し、以前も使った宿を取り、客室に向かった3人はそこで話を始める。
「世情を知るために情報屋に話を聞いたりしてきたんだけどね。そこで得た情報をあんたらにも伝えておこうか」
「情報屋――」
「あんたらには近付かないように言ってあるような場所さね。関わらないで済むならそれでいい」
つまりは、柄の悪い者達が集まるような区画という意味だ。子供や貴族令嬢がうろつくような場所ではない。
「どうも帝国の諜報活動が王国内で活発化してるようなのさ。北方や大樹海に絡んでのものだから、仮にそれを受けての王国の反応だっていうなら連中の狙いが何なのか、どいつが諜報員なのかだとか探ってる部分や、諜報活動そのものを委縮させる目的もあるのかもねぇ」
「ヴルガルク帝国ですか……。出来る事ならあまり関わり合いになりたくない国という印象ですが」
「奇遇だね。あたしもさ」
「私もですわ。歴史的に見ても王国とは仲が悪いですからね」
武力で周辺を併呑してきた軍事国家だ。王国内でも諜報活動などの暗躍をしていると囁かれていた。小競り合いや諜報員の拘束等も過去に何度か起きている。
今回の冒険者ギルドの依頼が帝国の諜報活動への探りや牽制といった裏の目的があってのものなのかは分からないが、全員の共有認識として頭の片隅に入れておいた方が良い情報だとロナは判断した。
「で、その可能性も考えつつギルドに大樹海の情報を渡すべきか、そうじゃないかだが……。あんたらの考えを聞いておこうかね」
ロナから問われ、二人は思案してから答える。
「状況を把握したり、ある程度の対応ができると考えれば……多少なりとも関わっていた方が良いかも知れませんね」
「私もクレア様の意見に賛成ですわ。その後の関係のこともありますし、渡す情報はこちらで選べるということですから」
ロナは二人の考えを聞くと自身も考え込む。
「悪い方向に働くようなことがあるとするなら……王国や辺境伯があたしらに対して腹に一物ある場合。それから調査隊に帝国の諜報員が紛れ込んでること、か。いずれにせよ情報提供をしなければその辺の把握のしようもないね」
王国や辺境伯が何を考えているのか。帝国の動向は。その辺を知り、何かあった場合に手遅れになる前に対応するためには関わりを持っておいた方が良いだろうと、三人は頷き合った。
「そういう危険を想定すると……庵の場所に近付かれないように情報を出す、とか」
「そいつは問題ない。あんたらが庵に出入りできるのは、あたしが立ち入りを許してるからさね。招いてもいない奴が大樹海の中で進んで来ようとしても庵は見えないし途中で感覚を惑わせて辿り着くことができないようになってるってわけだ」
「そうだったんですのね……」
セレーナはコンパスや探知魔法があれば普通に行き来出来ると思っていたが、それはロナが庵に仕込んでいる魔法があるからということらしい。
「というわけで、こっちの庵の場所を絞り込めない程度に広い範囲の情報を渡してやったほうがいいだろうね。手間だが……地図を用意してやるか」
ロナは鞄の中からスクロール用に買っておいた紙や羽ペン、インクを取り出し、そこに領都とそこから大樹海側へと伸びる街道を端の方に描き込んでいく。
大樹海の大まかな輪郭。いくつかの領域の場所に円を付け、その近辺を縄張りとする魔物達の分布を記入していった。
「知らない場所も多いので参考になります」
「領域主は一律にどうこう言えないってのは教えてる通りさね。周囲で何があろうが自分の領域外なら我関せずってのもいれば、周辺にいる魔物の親玉みたいに振舞うのもいる。例えば――ここの領域主は後者だ。あんたらは近付くんじゃないよ」
ロナが地図上で指し示した領域主と周辺の魔物達を、まじまじと見て場所を覚えようとするクレアとセレーナ。
領域があることが分かっている以上、わざわざ主に触れることはリスクが高い。性質不明というのが最多で、ロナが一つ一つ注意書きをしていった。
「天空の王の本拠地は――随分と奥地なのですね」
天空の王。大樹海の空を飛ぶ者を狩る領域主の通称だ。
「あれは活動範囲が広すぎるからね。恐らくこの辺を塒にしてるんだろうっていう、観測からの推測さね。それから……地図をギルドに渡すにあたって魔法契約を使う。セレーナにも契約書の作り方を教えてやるから覚えておきな」
「魔法契約……」
「後で地図を悪用できないよう、契約書を作って約束を取り交わすのです。同意していた相手が契約書に書かれてる条文を破ると、その中に書かれていた現象が起こるというわけですね」
セレーナにクレアが魔法契約について説明する。
「今回は紛失、もしくは悪用した場合、地図が燃えるってのと、こっちが契約を破ったことを察知できるって感じでいいだろう。念のために地図が使える期限も区切っておくかね」
「それはまた……便利そうですわね」
「だが、注意すべき点もある。契約の穴を突かれたり、こっちが持ってる契約書を紛失すると効果が出ない」
「……その辺りは普通の契約書と同じというわけですわね」
「ああ。それじゃあクレア、契約書を作りな」
「了解です」
もう一枚スクロールを取り出すロナに、クレアは頷き、契約書の文面を考えていくのであった。
「おう、来たか。婆さんも一緒みてえだな」
「あたしも顔を出した方が面倒も無さそうだからねぇ」
明くる日。三人がギルドに顔を出すと奥の部屋に通され、ギルド長のグウェインが迎えた。
「魔物や領域主の分布図を作ってきました。しかし、悪用も可能なので、調査する範囲内だけで活用するというのを約束していただけますか?」
「契約書を読んで、内容に同意するなら血判を押しな。違反すると地図が燃え上がるから保管の仕方も考えておくんだね」
「あー……まあ、そうか。地図の情報がありゃ、領域主を刺激することで混乱を引き起こすってことも可能だしな」
グウェインはクレアから契約書を受け取ると、その内容に目を通していく。
「――地図の内容をギルド主体の調査目的以外に使う事と、紛失した場合に地図が燃える、と。地図の一部を複製して用いる場合は、契約者が信頼できる者に預けることを認める? 但し複製委任状に血判を貰う事……なるほどな。それで魔法契約に影響を与える対象を、必要に応じて後からこっちで増やせるってわけか」
委任状を活用することで、地図の一部を複製して調査隊に預け、現場で活用しやすくできる。契約書や委任状に関してはクレアが作った内容であるが、ロナとセレーナもそれを見て穴がないかを相談した上で持ってきている。
「地図の出来は婆さんから見てどんなもんだ?」
「領域主を避けたり、刺激しないための役に立つってのは請け負ってやるさ」
そう言って地図に何が記されているかについておおまかに伝え、謝礼金についても交渉していくロナ。
「まあ……いいだろ。契約書と委任状のここに血判を押せばいいんだな?」
「はい」
やがて金額にも折り合いがついたのか、グウェインが契約に応じる。血判を契約書と委任状の部分に捺すと、地図や契約書、委任状が一瞬淡い光を纏った。
それを見届けたロナが地図を引き渡し、グウェインはそれを机の上に広げる。
「……なるほど。確かにこいつはきっちり管理しなきゃならねえな。手出ししない方が良い場所って奴が、悪意のある奴に伝わったら大事に成りかねねえ」
「そういうことさね。で……あんたなら地図の内容を、調査する場所に応じて使えるだろ?」
「まあな。確かに支払った金額以上の価値がある」
グウェインは地図を見て自信ありげににやりと笑うのであった。




